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中沢新一の「南廻りの藤井風」のコラムが腑に落ちた理由

週刊現代に連載中の思想家・人類学者の中沢新一氏の連載「今日のミトロジー」の「南廻りの藤井風」回によれば、現代の日本人の耳になじんでいるのは、アフリカからアメリカ大陸を経由した、洗練された「北廻り」の音楽だという。
 
対して、藤井風の音楽がなんだか耳新しいのは「南廻り」の音楽の“風”を浴びているから、と中沢氏はつづる。
 
アフリカからインドを経由し、朝鮮半島を経て日本へ。南廻りの音楽には、多ジャンルを横断しているようでいて、マインド的にも「アフリカ的構造」がセットされているという。

私にとってこの仮説(?)は、ストンと腑に落ちる。 
 
「洗練」という言葉は、ポジティブな意味で使われることが多いが、ある音楽がWash(洗う)されPolish(磨く)され、さらに海を渡って日本にやってきたときには「ロンダリング(洗浄)」の末、「ルーツ」が見えにくくなっている。

私個人の感覚に限っては、昔、「南廻り」の音楽と舞踊を「体が欲している」ことに気づき、中沢氏が言うところの「南廻り」と「北廻り」のような概念を体で考えてみたことがある。
 
まず、個人的な経験をつづる。
 
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十代の頃、部活の体作りの一環でクラシックバレエの「超初心者向け基本」の部分をかじった。両足の角度や手の位置はガッチガチに決まっている。クラシック(古典)ゆえ、振り付けには強固な「型」があった。
 
その後、趣味でいろんな踊りを少しずつかじってみる。何一つモノになっていないが、私の「ダンスかじり歴」はこんな感じだ。
 
ヒップホップ、バリ舞踊、アフリカンダンス、社交ダンス、レゲエ、サンバ、アシェ(ブラジルのミナスジェライスの群舞)、サルサ、ベリーダンス、ズンバ、インド発ボリウッドダンス……。(盆踊りは物心ついたころから好き)
 
海外の滞在先でダンス教室を探して飛び込み参加したり、夜の町に音楽を浴びに出かけていた時期もある。
 
振り返ると、主体的に選択してきた踊りは、ほとんど「日本以南」発のものだ。
 
そんな選択をし続けた背景には、日本のダンスレッスン文化の特有の空気もあった。
 
町には感極まって踊り出す人はいないし、学校の授業や発表会の踊りの振り付けは決まっている。NY発ヒップホップを日本で習おうにも、「これから、正しい縦ノリの仕方を教えます」とまじめに言われた時点で、ルーツを踏まえると後ずさりしてしまう。
 
クラブハウスの薄暗いフロアを除き、日本では「自由に」踊る場所が限られており、レッスンの場では「正しく」「同じように」踊るという圧力が少なからずある。
 
ゆえに、私は自分にとっての未知の踊りを求めながら、多少の逸脱に目をつむってもらえる「踊りのルーツを実感できる舞踊」を通じて、日本国内では得難い「自由」と「工夫」の余地を求めていたのかもしれない。
 
このような踊りの凡人の話から話を展開させるのも非常に申し訳ないが、中沢氏のコラムの仮説を飛躍させてみる。
 
アメリカ大陸・ユーラシア大陸経由の「北廻りの音楽」が日本に入ってくる過程で洗練され、型がある程度固定されたものだとすれば、「南廻りの音楽」は「アフリカ的構造」を土台とした音楽にその土地の文化を加え、工夫の余地があるもの、と言えないだろうか。
 
ところで、過去の藤井風のインタビューで、高校時代をこんなふうに振り返るくだりがあった。

“インタビュア:クラシックの演奏家って、楽譜から外れるようなことをするのはNGですもんね。演奏家ごとに色みたいなものはあっても、作曲家の意志から外れた演奏をするのはNGっていう、そういう世界ですから
 
藤井風:そうなんです。それをキッチリ守ってきた子ばっかりだったので、だからこそ自分のできることが見えたというか、逆にクラシックを僕よりもちゃんと弾ける子もたくさんいたので、自分が音楽でできることもより鮮明に見え始めた感じでした”

『MUSICA』2022年5月号


仮に、藤井風の音楽が「北廻り」と「南廻り」/「古典」と「モダン」/「自由」と「規則」/「都市発」「ローカル発」の中でせめぎ合ったり、溶け合ったりしながら生まれたのなら、とてもワクワクする。
 
ちなみに、冒頭の中沢氏のコラムよれば、「南廻り」のルートで欠かせないのが「インド」のピース。中沢氏は、藤井風は幸運にも両親からインドの風を浴びているので、「アフリカ的構造」を「心の中」にセットすることができた、とつづる。
 
「南廻りルートにインド必須説」めちゃくちゃわかる。
 
例えばインドのボリウッド。いろんな音楽の要素といろんな踊りをごちゃまぜにしているのに、どこまでもインドらしい。幅広い年代の踊り手を包括して、ワイワイと踊る場面は「まつり」のよう。日本人の私にとって耳新しいのに不思議と心癒される。
 
最後に、最近、家事の前に踊ると元気が出る激推しボリウッドダンス動画を貼っておく。神の名がついたDJが出てくる後半からの展開がおもしろい。
 
この曲がフィットせずとも、皆さんの心のどこかに「インドのピース」が埋まる余白が絶対あると思う。


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