銭湯の窃盗犯「板場荒らし捕物帳」
お客様が見守る中、一人の男が刑事に取り囲まれ、逮捕状を示され身柄を拘束されました。
両腕には手錠がかけられ、逃亡できないよう腰縄をうたれています。
ドラマさながらのこの光景は、20年ほど前に、勤めていた温浴施設で展開されました。
刑事さんと目が合います、その目は
”支配人、約束は守りましたよ”と暗黙に語っているようでした。
板場荒らしに御用心
銭湯での盗みは、板場あらしと言われます。施設でも注意をしていますが、発生するとイメージも悪く、何より折角来店されたお客さまに迷惑がかかかるため頭を抱える問題です。
盗難に会う人の共通点
ある時期、3ヶ月くらいの間に、繰り返し連発してロッカーの盗難が起こる時期があリました。被害者には一定の共通点があります。
男性のお客さんが、鍵をなくしたから、ロッカーを開けてくれないかと申し出てくるのです。
一緒に浴室を探すと出てくる場合もありますし、出てこない場合もあります。
鍵を開けると、衣類は入っているのですが、財布だけ盗まれているのです。
共通しているのは、鍵を無くしたと申告されることです。みなさん、この時はまだ鍵を盗まれたとは思っていません。
入浴中に無理やり鍵をもぎ取られた記憶のある人はいません。
つまり、無意識に自分の意志で鍵を外されていることになります。
多くは鍵をいつはずしたのか、そもそも最初から身につけていなかったのか、その意識もないのです。
くつろぎにこられている訳ですから仕方ないのかもしれませんが、これは困ったことだな、このままでは施設の評判が落ちてしまいます。
浴室の巡回中に意識して見ていると、体を洗う時に鍵を外す癖のある人が多いことが解ります。
初めから、手首にはめずに、持参した洗面用具を入れるカゴに、タオルやシャンプーと一緒に鍵を入れたまま、サウナを利用している人も一定数おられるます。
どんな世界でも、プロはいます、単独犯もいればグループ犯もいます。刑事さんに聞いた話ですが、短期的に特定の地域で犯行を行い、全国を行脚する窃盗団もいるそうです。
防犯のためには、お客様の教育も必要と考え、声かけキャンペーンを行いながら、お客様への啓蒙に力を入れるようにしました。
防犯ビデオと女の感
しかし、新規のお客様も多く、このままでは被害が収まらないのも問題です。
男湯の脱衣場には防犯カメラを設置していましたので、事件があった前後の様子を見ていると、共通して映っている男の存在が見えてきました。
実は、ビデオ捜査をする前から、フロント担当の女性社員が、多分あの人が怪しいと指摘していた人物がいました、理由を聞くと、勘なのだそうです。
当時、その施設は平日でも1,000人以上の入浴者があり、余程奇妙な動きをしなければ、記憶に留まらないと思うのですか・・・・
果たして、そのビデオを見せるとまさにその男でした。
『女の嗅覚はすげーな!!』
お巡りさん、さっさっと逮捕してよ!!
その防犯ビデオは、警察に証拠品として提出していましたが、それだけでは証拠として弱いのだそうです。(なんでなんでしょうね)
現場を抑えるので、その男が来たら、すぐに通報してください。と頼まれたのですが、当時の防犯カメラは解像度も悪く、明確にその男を判断できるのは、その女性社員だけです。
フロントに立つ彼女はやる気満々で!任せてください、とばかりに眼光が光り、不敵な笑みをたたえフロントに立つ日々が続きました。
『この娘は敵に回せねーな!!』その時そう感じたのを忘れません。
しばらくして、ついに来ました!
速攻、警察に連絡すると、刑事が3名やってきました。
そこから、監視が始まります。狭い事務所に刑事が3人、小さなモニターに釘付けです。
警察24時をリアル体験です。
『やれよ!やれよ!』不謹慎ながら、心の中で犯行を期待して、固唾を飲む自分の気持ちが複雑です。
待つこと2時間半、やっと男が脱衣所に現れ、ロッカーを開けて、着替えはじめました・・・・オイ!
どうやら、不発です、獲物が見つ蹴ることができず諦めたよです。
”支配人、次の機会を待ちましょう”
そう云って刑事たちも施設を後にしたのでした・・・・!(悔しい!)
数日後、またもや奴が現れました。よし!今度こそ・・・
はやる気持ちをよそに、またしても奴は動きません!今回も刑事が3人、狭い事務所に陣取っていますが、なかなか行動しません。
“刑事さん、僕が入って、囮になります。意を決して、申し出ると、それは、ダメです!と止められました。
よく解りませんか、軽々に囮捜査のような事はできないようです。
果たして、この日も不発でした、
”おい、おっさん、しっかり盗めよ。お客さんも、何やってんだよ、しっかり盗まれて、泣き言の一つや二つ吐いてくれなきゃ困るんだよ!!”
などと心で呟きながら、撤収する刑事さんを見送るとき
“見せ場は作りますから!ここは辛抱です”と妙な励ましをもらいました。
それから数日、またしても奴が現れました。手慣れたもんです、警察に連絡して、刑事さんがやってくるのを待ちます。
今日こそ勝負をつけたいのは、お互いのようで、若い捜査員が、支配人、ちょっと様子を見に、風呂入れてもらっていいですか、なんて、気の利いたことを云ってきます。
頼むぜ、相棒。なんて、まだそんな番組は企画にもなかった頃だと思いますが、なんだか連帯感のようなものが芽生えていた気がします。
今日も、待つこと数時間、動きました!奴が自分の衣類を入れたロッカーとは明らかの違うロッカーを開け、そこにある衣類を物色しています。
息をのみながら、防犯カメラを見つめます。
”刑事さん、今やりましたよね!これは動かぬ証拠ですよね!”
このまま、脱衣場に乗り込み、捕物が始まるとおもいきや、
支配人、このビデオ証拠品として、お借りしますね。逮捕状を請求しますので、今日は失礼しますが、被害者に被害届を出してもらってくだい。
”ちょい1ちょい!ちょい!なんでよ!どういうことよ!現行犯でしようが、なんでですの?”
なんと、ビデオ越しの犯行確認は現行犯にはならないそうで、証拠品から逮捕状請求をとるのが決まりだと言われました。
なんだか納得がいかない私に対して、かならず挙げますからと説得をするようにいしてその回も刑事たちは引き上げてゆきました。
お客さんの前で、見せしめの逮捕
Xデイは、間も無くやってきました、性懲りもなく現れた男が、店内にはいり、チケットを買い、フロントにきたところを数人の刑事が取り囲み、逮捕状を突きつけます。
この日は、なぜか通報もしてないのに、刑事さんたちが彼らは現れました。
身元も割れ、俗にいう「泳がす」「尾行」を行っていたと思われます。約束通り、見せしめのように、奴は連行されました。
後日談
この事件の後日談を二つ
一つ目は、数日が過ぎた頃、検察から電話があり、事情を伺いたいので登庁ねがいますと依頼されました。
検事さんから、事情を聞かれ、調書の作成に協力をして、部屋を出た廊下に、警官に付き添われ、腰紐に手錠をかけられた奴が待機していました。
因みに、事情聴取に応じると、数千円の日当が出ました。
二つ目は、女の感をビンビンに働かせ、逮捕劇の立役者となった女性社員は、その後も優秀な仕事ぶりで、後に私の後継者として、店の支配人に指名し寿退社まで貢献してくれました。
めでたし!めでたし!
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