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つづける素晴らしさ!40年前の高校生が、現役高校生に学んだこと!

吹奏楽に興味があるわけでも、自分の子供が所属しているわけでもないのだが、大阪フェスティバルホールで開催された、淀川工科高校の吹奏楽部の卒業公演に招待されたので行ってきた。

公立校ではあるのだが、伝統と実績のある名門のクラブで、今回が52回目の定期演奏会になる。

クラブを名門校に引き上げたのは一人のカリスマ先生の存在が大きい。愛情と熱血指導で、全国大会で金賞の常連校となり、工業高校ながら、クラブに所属する目的で入学を希望する男女も多いときく。

ところが、今年卒業する3年生はコロナ禍のまっただ中で入学をした。1年生の頃は十分な練習もできず、さらにコロナが原因ではないが、このカリスマ先生が病気のため他界した。

人生には運、不運というものが常に付きまとう。

輝かしい青春時代をコロナ禍の中で過ごし、カリスマ先生を失った彼らは不運であったといってよい。退部するものも多かっただろう。だが、続けることによって彼らは昨日のステージの上に立つことができた。

僕が高校時代、不注意で大火傷をして1ヶ月入院した。直接の原因かどうかは今でも不明なのだが、その直後に急性緑内障によって左目の視野を失った。

小学校から続けていた剣道を退め、勉強にも力が入らない。荒れることはなかったっし、今も当時の友人との付き合いもあるが、高校生活はどちらかといえばおもしろいものではなく、母校のことはあまり好きではない。

そのため、度々同窓会や寄付のお願いのお知らせが届くが、今まで反応することはなかった。

火傷をしたって治癒はしたし、独眼竜で剣道を続けることはできただろう。確かに不運だったけど、自分の人生を不運を言い訳にして片付けてしまていたのではないか?もったいないことをしたな。どんな経験だって、捉え方次第、それが自分をかたち造る礎となる。

カリスマ先生の後を引き継いだ先生や、仲間との関係、OB・OGからの援助。フェスティバルホールという立派な会場に立つことができるのは、そういった人たちとの関係を断ち切ることなく、続けたからこそ実現したということを覚えていてほしい。

ステージの上で演奏する彼らが奏でる音は、必ずしもパーフェクトではなかったが、なかなかよかった。彼らの勲章といって良い。そして、40年前に高校生だったおじさんは、彼らから多くのことを学んだ。

卒業おめでとうございます。


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