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あ、先輩

びっくりした。音も無くいなくなったのに、突然現れた。
とっくに最寄り駅には住んでなくて、家を引き払いに来たタイミングだったらしい。偶然の再会だ。

一緒にお昼ごはんを食べた。
「マジか」を多用する先輩は職場と少し違ってた。
後輩と話すときの、なんていうか、埋めようとしてるときのような気がして、せっかちなのか、気遣いなのか、居心地がよくないときの、だと思う。
先輩は人との居心地の悪さに慣れていなさそうだった。

CAMELのメンソール。タバコ界でかっこいいのか悪いのかわかんない。顔を初めてちゃんと見た気がする。
煙が滞らないように手で仰いでいる。気遣いなのか、なんなのか、仕事ができることと器用なことは違うんだなとも思った。

先輩は職場で、「MI(エムアイ、は世界で先輩しか呼ばないわたしのこと)はめちゃくちゃ仕事ができるぞ」とあちこちで評価してくれていたけれど、私はほんとダメダメなので、ダメダメなことを伝えながらふわふわのカツを食べた。

仕事のこととか、辞めた理由とか、そんなことは一切聞く気にならなかった。
ただ真っ直ぐ座っていたくて。
定食と、店に流れるテレビの音と、あと先輩。 
先輩はお皿を重ねていて、私はまだお茶碗を持っていて。
私の話はいいから、ちょっと待って、咀嚼と咀嚼の間を掻い潜って喋ろうとするけど、至難。

だんだんと恥ずかしくなってきて、じんわり汗をかく。窓側の奥の席だから外気の影響を受けやすいのか、カツのカロリーが高いのか、単純に向かい合わせで食事するのが苦手だからなのか、もはや分からない。一回茶碗をひっくり返しそうになった。

もう口の中にカツとかお米とかお新香とか何があるか分からなくなってきて
「づかさん何も言わずにいなくなるし、そのまま何ヶ月も経ってるし」
みたいなことを口走って、あ、演劇的だな、と冷静な自分がいたりして。
「アサシンだからね」
先輩のアンサー込みで。
なんだそりゃ。 

先輩は都会の人、って田舎の人であるところの私は思う。
優しい、って枠が広すぎて、優しさ、について分解すればするほど無力な言葉だなと思うんだけど、あえて、優しい人だとそう言いたい。
都会的な優しさ。うーん、違うかも。
違うけど、先輩は優しい。

駅前で別れた。
「また、」
「おう、またいつでも」
「うん」
うん、は違ったかな、違ったかもしれないな、なんてぐるぐるしていると、電車が来て。

またね、先輩。

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