異国のホテルにて【ショートショート】
「やっぱり、異国のホテルはいいな。家具や内装はもちろん、部屋の中の香りまで日常を忘れさせてくれる」
男は長期休暇をとってアメリカに来ていた。
ホテルに宿泊して、明日には観光地を巡る計画をたてている。そこまで良いホテルではないが、ごく一般的なホテルであっても“異国の地”という非日常が男の感受性を鈍らせていた。
シャワーを浴びてバスローブを着た男はまだこの“異国の地”に酔いしれっている。ソファに深く座り、ワインを飲みながら明日の予定をぼんやりと考えていた。
ドンッ。
隣りの部屋から何か重いものを落としたような、鈍い音がした。時計を見ると22時をまわっていた。
「やれやれ…隣人が出すノイズってのは、どこの国でも不快なものだ」
普段はアパートの狭い部屋で生活をしていた男は日常を思い出して少し眉をひそめた。
気分を変えるために夜景でも見ようと男は窓を開けた。遠くにある建物がキラキラと金色の光を帯びている。近くにある背の高い木々たちはほんのり赤く照らされている。
コンコンコン。部屋の扉を誰かがノックした。
『ルームサービスです』
男はルームサービスと聞いて胸を躍らせた。狭いアパートの部屋から“異国の地”へこれたことを思い出し、意気揚々と部屋の扉を開けた。
「ルームサービスは頼んでないが、何かサービスがあるのかい?」
笑顔で言う男にホテルの従業員が答えた。
『いいや、何もない。次にルームサービスが来ても易々と扉を開けないことだ。さっき隣のホテルで殺しがあって犯人は逃げたらしい。パトカーと救急車がきてるのには気付かなかったのか?』
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