数年前祖父が他界するまで、実家の仏間には遺影がふたつ飾られていた。どちらも白黒写真で、片方は曽祖母、もう片方は叔母だったひとだ。二人ともわたしが生まれる前にはもう亡くなっていたから、どちらにも会ったことはない。叔母は遺影の中で、わたしの母校のセーラー服を着ていた。 * 誰にでも、誰かと比べられて暗い気持ちに駆られたことがあると思う。それはたぶんきょうだいだったり、幼なじみだったり、親の過去だったりさまざまだろうけれど、わたしの場合は死者だった。 ものごころついた頃か
朝7時、ふだんと同じ時刻に鳴るアラームを止めたら、ふだんよりもしゃきっと目が覚めた。旅先での目覚めと思えば、特に早い時刻でもないような気がする。となりのYさんはぐっすり眠りこんでいたので、のんびり紅茶を入れてスマホを見ながら彼女の起床を待っていた。 が、いっこうに起きる気配がない。ウソでしょ、朝市行くんじゃなかったのとなかば笑いがこみあげつつ、わたしもわたしで気の急かないたちだ。ひとりで朝風呂へ行った。 このホテルがなんとも居心地のよいコンドミニアムのような作りになって
(何も気にせずのびのびと旅を楽しみたいよ〜!という気持ちが高まって、去年の函館旅行の記録をいまさら書きました) * 函館を訪れるのはこれで何度めだったかと指折り数えると、高校三年の夏に初めて訪れてから今回で五回めだった。あの時はいわゆる聖地巡礼の旅で、本(キャラメルブックス。函館を訪れるファンのバイブルだった)を持ち歩き憧れの人と同じ場所同じポーズで写真を撮り歩いたが、今回はただの観光なのでそういうたぐいのあれこれは置いていくことにしていた。モバイルの中に入っている膨大
先週の酷暑を思えば少し暑さのやわらいだ気がする午前中、四六時中エアコンに当たって逆にだるくなりつつあったので、電源をオフにして二度寝をこころみる。うとうとしたのはほんの30分ほどだった気がするが、ほんのり汗ばんでなんとなく体も軽くなった。 リビングでは夫が寝巻きのままソファで眠っていた。このあいだ、誕生日にネックピロー型のマッサージ機をプレゼントしたのだが、これが有無を言わさず眠気を誘うしろものなのだ。電源を入れると肩と首付近をマッサージしつつ、本体がじわじわ温かくなる
昨年6月、新しく一人旅用のスーツケースを買った。8月にあるライブで遠征するための買い物だった。 2019年、小学生のころから長く追い続けたロックバンドがデビュー25周年を迎えた。 8月17日は晴天で、いっときの盛夏の暑さは多少やわらいだとはいえ、そこに立っているだけで汗が流れ落ちる程度には残暑のきびしい一日だった。 わたしはその暑さのなか、真新しいぴかぴかのスーツケースを引いて、西武球場前駅に降りた。池袋駅で預けてしまう予定だったのが、道に迷ったり電車に乗り間違った
2017年秋のはじめに、祖母が逝った。 水曜の夜10時頃、母から電話がかかってきて、「明日お通夜で翌日お葬式だけど、来なくていいからね」と言う。子どもを連れて大阪から島根まで移動するのはそれなりに大変だからとの気づかいだった。わたしは「なんで、行くよ。電車でも車でも行けるから」と答えて電話を切った。 * 結婚して家を出るまで、おおむね年に三度(盆暮れ正月とゴールデンウィーク)祖母に会いに行っていた。祖母の家は島根の山あいの集落にあって、家の前には田が広がり、裏には畑
5月7日に誕生日が来て、夫に「何が欲しい?」と訊かれた。わたしは少し考えて、「靴が欲しい」と答えた。フェイスブックで見かけた靴がどうしても気になって仕方なかった。 近所に靴屋がある。海外から買いつけた奇抜でデザイン性の高いものや、セミオーダーの履きやすい下駄、履き心地にこだわり抜いた運動靴なんかを扱う路面店。同級生がそこでシューフィッターをしていて、ときおり訪れてはすてきな靴に魅了されている。 なにしろ良い値段の品物ばかりだから、気に入ったものがあったからといって頻繁