紅葉と たい焼きさんと 待ってます

※登場人物※
『やよい(娘ねこ)』

山あいにある温泉街の旅館の若女将修行中
旦那様のお嫁さんになるさくらの妹嫁になる日を待ちわびる
『女将』
温泉街でも有名な旅館の女将でやよいを自らの子供のように育てている
本人にはひた隠しにしているが溺愛しており日々写真が増えている
『たい焼き屋のおばあちゃん』
女将の母だが旅館経営に飽きたのでたい焼き屋をはじめて隠居中
山深い温泉街の木花咲夜姫と言われ天候すら従えるらしい

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すっかり紅葉した並木道を少しだけ小走に急ぎます。
落ち葉を踏んだ時のカサカサとした音がが心地よいです。
やがて温泉街の中にある目的のお店に到着です。

お店に近づいていくだけで、すごくいい匂いがしていて
この匂いだけでも疲れが飛んでいってしまいそうです。

「おや、やよいちゃん休憩時間かい?」
「はい」

嬉しそうにおばあちゃんが声をかけてくれた時には
すでにわたしはお店にはってあった紙に釘付けでした。

『栗あんはじめました』

おばあちゃんのきれいな字で書かれている紙です。

「おばあちゃん、これ……えっと……ありますか?」
「栗あんのだね、そこの椅子にこしかけてまってな」

おばあちゃんはにこにこしながら
あらかじめ用意をしてあったようにたい焼きさんをわたしてくれました。

たい焼きさんを受け取ったわたしは
いつものように少し小さめの長椅子に座ります。
たい焼きさんを食べる時の特等席です。
誰でも使える椅子なのですが
わたしが座る時はいつも誰も座っていません。

「やよいちゃん、このお茶もお飲み。
 熱いから持つ時気をつけてな」
「おばあちゃん、お茶もいいのですか?」
「いいのよ、それじゃ看板娘よろしくな~~」
「看板……娘、ですか?」

おばあちゃんの言っている事がよくわかりませんでしたが……
紙に挟んであるたい焼きさんの匂いで頭がいっぱいです。

たい焼きさんを食べる時は頭からです。

「はむっ」

フワッとした少し厚くて甘めの皮が最初にあってから
その奥の甘い餡にだどりつきます。
栗さんの滑らかで甘くて甘い……そして甘い香りの餡が幸せです。
大好きな栗さんが大好きなたい焼きさんに包まれているなんて……
驚くべき幸せです。

お茶をいただきながら、たい焼きさんの世界に浸ります。
駅と温泉街には何件かたい焼き屋さんがあるけれど、
わたしはおばあちゃんのお店の
ちょっと厚めでフカフカした皮のたい焼きが一番好きです。
フワッとした皮の甘さと餡の甘さの両方がたまらないのです。

「はふぅ……ふぅ……」

半分くらいまで夢中で食べて、お茶を飲んでひと息落ち着くと
お店の方にお客さんが並んでるのに気がつきました。
おばあちゃんのたい焼きさんを沢山の人に
美味しいって思ってもらえるのは嬉しいです。

忙しそうならお手伝いをを思ったのですが……
そんなの必要ないという感じの動きで
テキパキとたい焼き屋さんを売っています。
おばあちゃん凄いです。

「おや、もう食べ終わっちゃったかい?」

たい焼きさんの食べる手を止めて
お店の方をポカンと見ているわたしにおばあちゃんが気づいたようです

「まだ半分のこってます。
 お手伝いしようかなと思って……」
「何を言ってるんだい、大丈夫さね。
 そこで椅子でゆっくり食べていなさい」
「はい……。
 ありがとう、おばあちゃん」

おばあちゃんはウィンクするとまたたい焼きさんを捌き始めました。
お店にはたい焼きを買う人が次々にやってきます。
……わたしのコトをちらちら見るのは気のせいでしょうか?
椅子に座りたいけど、わたしがいるからでしょうか……?
でも椅子の方には来ないので座っていても良いのでしょうか……?

気を取り直してたい焼きさんです。
今度は胴体の部分からしっぽの先までを食べていきます。
おばあちゃんのたい焼きは尻尾の方にはあまり餡が入っていないけれど
それがまた大好きです。
フカフカした皮をゆっくり頬張って残っている幸せを噛み締めていると
たい焼きさんを食べ終わるって感じがするのです……にゃう。

「にゃふぅ……しゃーわせですにゃぁです」
「それならよかったよ」

いつの間にかお店から出てきて
隣に腰掛けていたおばあちゃんがニッコリと笑いながらそう言います。

「おばあちゃん、お店は大丈夫なのですか?」
「やよいちゃんのおかげで完売御礼だよ」

あははっとおばあちゃんは笑う。
わたしのおかげ??
良く分からないですが、おばあちゃんが嬉しそうならいいのです。

「今日のお客さんはアベックが多かったけど、
 やよいちゃんにはそういう人いないのかい?」
「アベック……? あ、恋人さんというコトでしょうか……?
 そういう方はまだ……」
「まだ、ってことはこれからそうなりたいって人がいるのかい?」
「……そう、なりたい? ……お付き合い……恋人……旦那……様……はぅ!?」
「どうしたんだい?」
「にゃ、にゃんでも……なんでもありません……です」

顔が熱い……お耳も熱い……胸がドキドキする……
旦那様のコトを思い浮かべると……だめににゃってしまうようです。
なんででしょう……にゃ……

「ほほぅ……。
 そんな顔にさせるなんてどこの男だい? どこにいるんだい?」
「おばぁちゃん……えと……あのですね……」

頭がぐるぐるの状態で全然まとまりません。
……おばあちゃんの声のトーンが少し下がったきがします?
わたしがあたふたしていると後ろから聞き慣れた声が――

「少し前に旅館にお泊りになったお客様です」

お、おかあ……女将さん!? いつの間に……?

「あんたは会ったのかい?」
「もちろんです……」
「話を聞かせな」
「そうしましょう」

ふたりで話をしながらお店の中に入っていってしまいました。

たい焼き屋さんは女将さんのお母さんのお店です。
女将さんに迎えていただいた時に
「あたしのことはおばあちゃんとお呼び」と言っていただけました。
わたしにとってたい焼き屋さんは、おばあちゃんなのです。

……それにしてもふたりともなかなかお店から出てきません。
声をかけて旅館に戻ろうと思いお店の中に入いろうとした時に
ちょうど出てきた女将さんに封筒を渡されました。

「やよい、郵便局でその封筒を速達で送ってきなさい。
 旅館に戻るのはその後でかまいません」
「……? はい、わかりました」

わたしは封筒を持ち駅前の郵便局へ向かいます。
手にしているのは季節感のあるきれいな封筒です。
誰宛なのでしょうか……。
なぜか興味がわいてしまいました。
そして宛名を見て封筒を落としてしまいそうになります。

これはとても大事な封筒です。
……このまま届けに行きたいくらいです。
落ち葉を踏みしめる音が段々はやくなっている……気がします。

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「ご主人さま! ご主人さま! これ! これ見て下さい!」

そう言ってさくらがきれいな模様の入った封筒を嬉しそうに持ってきた。

「どこから……あれ、ここって? 前に行った、やよいさんのいる旅館?」「そうなんですよぉ! やよいちゃん元気かなぁ。
 ね、ね、ご主人さま、開けてみても良いですか?」
「いいよ」
「にゃぁん♪ えへへ、ありがとうございます♪」

ととと……ぽすっと膝の上に座り、封筒を開けはじめる。

「……さくら?」
「どうしたのですか? ご主人さま?」

まぁ、そういうものなんだろう……そのままにしておこう。

「あ、お手紙と写真が入ってますよ! わぁぁ~~きれいです!
 すっごく紅葉してますよ! あと……あ、にゃふ♪」
「ん?」
「こっちの写真はやよいちゃんがたい焼きを食べてます♪
 美味しそうなのですよ~~♪ やよいちゃ~ん♪ にゃぁん~」

からだをくねくね動かしながら楽しそうだ。

「ご主人さま、ご主人さま、このたいやき屋さんは
 やよいちゃんと一緒に行ったお店なのですよ。
 すごく優しいおばあちゃんがお店をやっていて
 たい焼きもすごく美味しいのですよ♪
 ご主人さまが行けなかったお店なのですよ」

写真を見せてくれる。
お店の軒先にある木の長椅子に座って
たい焼きを食べているやよいさんの写真だった。
……?
なんだか少し違和感を感じる写真なのはなんでだろう……?
写真を見ながら首をかしげる。

「えっと、お手紙と……にゃ……?
 あっ! これ……ご主人さまっ!」
「ん?」

写真を不思議そうに見ていると、
さくらが勢いよく振り向いてなにかの紙を差し出してくる。

「宿泊……券?」
「あ、たい焼きの写真も入ってました♪
 えへへ、美味しそうなのですよ~♪
 『この季節だけの栗あんのたい焼きはじめたよ』って書いてあります
「え? たい焼き屋さんからも写真?」

なんで?

「お手紙はやよいさんおかあさ……女将さんからなのですよ♪」

ゾクリとなにかを感じる。

「えっと、紅葉がきれいな季節になったので
 是非遊びにいらして下さい……だそうです……よ?
 にゃふぅ……紅葉、温泉、秋の味覚なのですよぉ……(チラッ)」
「……」
「……」
「……いいよ、行こうか。
 せっかく送ってもらった物だし、使わせてもらおう」
「にゃぁん!! ご主人さま! 大好きなのですよ!」

この喜びようで行かないなんて言えるわけないよなぁ。

「……ん?」
「ご主人さま? どうしたのですか?」
「この宿泊券……来週末が使用期限だ……」
「そうなのですか? にゃう……ご主人さま……大丈夫なのです?」
「そこはちょうど何の用事も入ってないから大丈夫だよ、来週行こう。
 あと連絡もしておかないとね」
「にゃぁん! えへへ、すごい偶然なのです♪ 準備しなくちゃですね!
 ご主人さまと旅行~~♪ にゃっふふ~♪」
「…………」

ご機嫌のさくらのあたまを撫でながら
なんともタイミングの良い期限ギリギリの宿泊券と写真を見る。

「……あ」
「ご主人さま?」
「あ、ううん、なんでもないよ」

このやよいさんの写真――
なんとなく隠し撮りっぽいんだ――

【おしまい】

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