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最後の梅干し

【人物】
濵田樹里(30)  片桐鉄工・社員、男性
郷田沙奈(28)  片桐鉄工・社員
山口あさ子(58) 片桐鉄工・事務員
杉山健太(35)  片桐鉄工・社員

○片桐鉄工・外観
 古い小さな工場。

○片桐鉄工・事務所内
 山口あさ子(58)が、パソコンの前で仕事をしている。作業着の濵田樹里(30)、事務所に入ってきて、帽子を取ってお辞儀をし、
濱田「お休みいただいて、ありがとうございました」
あさ子「大変だったねぇ。一緒に住んでたんでしょ?」
濱田「そうっすね」
あさ子「もっと休んでもよかったのに」
濱田「(笑いながら)そんなシャバいことしてらんないっすよー」
あさ子「まーた、そんなこと言ってぇ」
 あさ子、濱田の腰を強めに叩く。濱田、自分の腰を押さえて、
濱田「いった……」


○片桐鉄工・工場内
 郷田沙奈(28)、金属を研磨する。周りに人はいない。濵田、ふざけて沙奈に顔を近づけ、
濵田「なんで怒ってんの?」
 沙奈、濵田を手の甲で払い除けながら、
沙奈「うっさい。仕事中に話しかけてくんな」


○片桐鉄工・外
 沙奈、工場の裏の壁にもたれ掛かって座り、タバコを吸う。裏口のドアが開き、濱田が入って来る。タバコを取り出しながら、沙奈の横に座る。
濱田「ねぇ、なんで怒ってんのー?」
 黙って煙草を吸う沙耶。
濱田「(冗談ぽく)あ、この前の買い物のおつり返さなかったから?」
 濱田、尻ポケットから財布を取り出す。
沙奈「は。そんなちっせえことで怒んねーよ」
 濱田、財布を開け、
濱田「あ、そういやこの前TSUTAYAのレンタルの割引券もらったからあげる」
 濱田、財布から券を出し見せる。
沙奈「いらねーよ。そういうの期限以内に行けた試しねーから」
濱田「えー!持ってるだけでお得だよ?」
 濱田、券を沙耶の方に差し出す。沙奈、ボソッと
沙奈「持ってるだけで得ではないだろ……」
濱田「一応持っときなって」
 沙奈、券を持つ濱田の腕を押す。
沙奈「しつけーな。財布パンパンになるだろ」
 濱田、沙耶の顔を覗き込み、ふざけて、
濱田「あ、俺がポケカの転売してるから……?」
沙奈「は?お前そんなシャバいことしてんの?きめぇってマジで……」
 沙奈、タバコを吸い終わり、
沙奈「ほんとはわかってんでしょ……?」
 濱田、灰皿に灰を落し、
濱田「ばあちゃんが死んだこと、言わなかったから……?」
 沙奈、むくれた顔で遠くを見ながら、
沙奈「余計なことばっか言うくせに、一番大事なことは話してくんない」
濱田「だって、自分の知らねぇ人が死んだとか言われても、何言っていいかわかんねぇだろ」
沙奈「何も言えなくても、できることあるかもしんないじゃん……」
 濱田、下を向く。
沙奈「ばあちゃんの話しょっちゅうしてたし……大切な人の、大切な人じゃん……」
濱田「いや……変に気ぃ遣われたり、的外れなこと言われたりすんのがやだったんだよ」
沙奈「なんであたしが的外れなこと言う前提になってんだよ」
濱田「そうじゃなくて……。30にもなって、彼女の前でしょぼくれてたらダセーだろ」
沙奈「なんでわかんねぇかな……そんなんで今更冷めねーよ。そういうときこそ……一番近くにいたいもんなんだよ」
 沙奈、言い捨て、裏口のドアを勢いよく閉め、去る。濱田、立ち上がるも手に持った吸い途中のタバコに気づくく。灰を落とし、ため息をつきながらがっくりと下を向いてしゃがむ。


○片桐鉄工・休憩室
 杉山健太(35)、弁当を食べている。濱田、弁当袋を持って入ってきて、テーブルに強く弁当袋を置く。その音に、杉山は驚いて、
杉山「どしたどした?珍しい」
 濱田、弁当箱を開けて、食べる。
濱田「俺、女心とかマジでわかんないっすわ」
 杉山、弁当を食べながら首を傾げる。
濱田「杉山さん、奥さんの前で泣きます?」
杉山「うん、泣くかな。(笑って、)韓国ドラマ一緒に見たときとか!」
濱田「いや、そういうんじゃなくて……」
杉山「なに、喧嘩でもした?」
濱田「ばあちゃんのこと言わなかったら怒ってて」
杉山「濱田、ほんとばあちゃん子だったよな」
濱田「父ちゃん出てってから、母ちゃんとばあちゃんと三人暮らしで。母ちゃん夜勤とかあるんで、ほとんどばあちゃんといて」
杉山「そうなんだ」
濱田「飯もばあちゃんがつくることが多かったし、昔は俺の野球の試合とか、よく見に来てくれて」
 濱田の目が潤む。
濱田「俺が免許取ってからは、よく買い物とか連れてったりしてて……」
 濱田、涙を流し、顔を覆う。杉山、戸惑い、
杉山「(小声で)おいおい……」
 杉山、弁当を食べる手を止め、テーブルに置かれたティッシュボックスに手を伸ばす。
濱田「ぜってぇこんな顔、見せられないっすもん」
 杉山、ティッシュボックスをスライドして渡す。濱田、白米の上に乗った梅干しを見て、
濱田「ばあちゃんの梅干し、今食べてる瓶が最後なんす」
 濱田、梅干しを箸で掴み、口に運ぶ。
濱田「しょっぺえ……」
 濱田、鼻水を垂らし号泣し、ぐしゃぐしゃの顔。
杉山「(小声で)それは……見せられないかもな」

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