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「苦しかったらいつでもここへおいで~『きじかくしの庭』~」【YA54】

『きじかくしの庭』 桜井 美奈 著  (アスキーメディアワークス)
                          2018.3.20読了
 
とある高校のひとりの男性教師・田路が、校内でもっとも目立たない場所でなぜかガーデニング、それもアスパラを育てています。
その場所には錆がところどころついたベンチがあり、3年間は育てないと食べられない背の高いアスパラが植えられています。
タイトルの“きじかくし”というのはアスパラのことです。
雉を隠してしまうくらい大きく育つからと言う意味らしいのです。
 
そこで繰り広げられる、教師と生徒たちとの交流が描かれていきます。
 
はじめにアスパラを植えたのは、田路が担任をしていた3年生の亜由でした。
同じクラスの男子生徒に突然ふられてしまいますが、その男子が同じクラスの別の女子と付き合い始めたのです。
裏切られ、でもまだ忘れられないでいる亜由。
つい泣きたくなった時に逃げ込んできた場所が、当時ガーデニング部だった亜由の秘密の場所だった花壇の一角だったのです。
 
しかしその時、田路本人も恋人との間に生じた行き詰まりに悩み、そのベンチで考え事をするために訪れていました。
突然やってきた亜由の話を聞き、アドバイスらしきことをする田路でした。
そして悩んだ末に亜由は男子生徒にちいさな復讐をしようと決意します。
 
次の年には、花壇で二人の親友同士の女子生徒がささやかな諍いをおこしてしまいますが、花壇の中でたばこの煙をくゆらす田路との会話から、からまった行き違いの糸をほどいていきます。
 
3年目の年には、つい手を出してしまった喫煙が学校に見つかり留年をせざるを得なくなった祥子の唯一の居場所がこの花壇でした。
祥子が田路と交流するうちに、ついには自分の生きていく目標を見つけていく終盤にかけては感動的で晴れやかな気持ちで読み終えることができます。。
 
田路も一度別れた彼女が、どこか忘れられず、なんだかんだと世話を焼いてくれる親友のおかげで、ハッピーエンドを迎えます。
 
社会人だが自分の恋愛に関しては未熟な教師と、青春真っ只中の生徒たちとの交流がくっつきすぎず、かといって突き放した感じではなく、いい距離感で描かれていて共感できます。
 
小さな社会の中で生きていくうちに様々なことに笑ったり泣いたり悩んだりの繊細な若者たちを、まだ人間的には未熟ですけど温かい目で見守ってくれる優しい教師がいるというだけでどこか安心しますよね。
 
花壇という草花が多くて癒しになる場所、そしてアスパラが伸びてまだ人としてちっちゃい自分を隠してくれるという安心感がある場所が、高校生たちの逃げ場所として描かれるのも象徴的ですね。
 
ほっこりと温かい空気が心の中に満ちてくるような物語です。
この小説は、第19回電撃小説大賞を受賞しました。
今後も少しずつライトノベルも紹介していこうと思っています。
 


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