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荀子 巻第七王覇篇第十一 13

治国なるものは分のすでに定まりたれば、主相臣下百吏は各々其の聞く所を謹しみて其の聞かざる所を聴かんとすることを務めず、各々其の見る所を謹しみて其の見ざる所を視んとすることを務めず。聞く所と見る所と誠に以てととのえば、則ち幽閒(閑)隠辟(僻)の百姓と雖も敢えて分につつしみ制に安んじて以て其の上に化せざること莫し。是れ治国の徴なり。

(「荀子」岩波文庫 金谷治訳注)

幽閒ゆうかん→①はるか遠くへだたる。遠くて辺鄙。また、その所。
隠僻→遠いかたほとりの地。辺地。辺隅。
拙訳です。
『治まっている国というのは各役割が既に定まっているので、宰相から各大臣・官吏一人一人にいたるまでそれぞれ聞くべきことを慎重に聞き、聴く必要がないことはあえて聴こうとはせず、それぞれ見るべきことを慎重に見、見る必要がないことはあえて視ようとせずその役割を全うする。聞く所と見るところが本当に見聞され役割が全うされれば、はるか遠く僻地の民であっても役割を慎み制度に安心して、為政者に必ず感化される。これが治まっている国のしるしである。』

なんでもかんでも手を伸ばす、首を突っ込むのではなく、まずは任された役割をきちんと果たしなさい。皆が役割を理解し全うすることで、遠くの人も感化され国は治まると教えてくれています。
やるべきことをきちんと理解し、任されたことをやり遂げる。仕事はこれの積重ねですね。惰性になることなく、初めに理解した役割・目的を維持し続けることも大切だと考えました。

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