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カレーにたゆたう

カレーライスにしめじを入れることは断固として反対する。
なぜなら、おいしくないから。香り高くて若干すっぱいものは、まったりとしたスパイシーなカレーには絶対に合わない。

最初にこの不思議なカレーを私にごちそうしてくれたのは男友達の母親だった。次は、近所の小児科医。その次は義母。全員にある共通点があった。息子の母親であることと、私にマウントをかましてきたということだった。

彼女たちから見た私は、自分たちの息子よりも優秀で彼らを能力でもってして脅かすかもしれない存在だったようだ。だから、マウントかまして「あなたは息子ちゃんよりも決して優秀じゃないからね、勘違いしないでね」と釘を刺してきたのだろう。

そんなこと別にしなくても私は彼らを脅かすことはしないのに、と思うと同時に、彼女らの目にさぞかし優秀に映ったのって何で? と疑問だった。

おそらくだけど若いころの私は背筋が伸びていて声が通って自分の主張を理路整然と伝えられる、賢い子どもに見えたのだろう。若ければ若いほど、彼女たちが脅威だと思うほどそれは優秀に見えたのだろうと思う。

でも実際は別にそんなことはなく、体力は培われず気力もない、別に脅威になどなりえない人間だった。だから、あたかも優秀な人間に見せることなんて本当に簡単なんなんだなと彼女たちのあからさまな態度を見て思った。

ときは流れ、男友達の母親たちに会う機会もなくなってせいせいしていたころに結婚したら、今度は義母がかましてきた。

義母はとても良い人で善い人だとも思う。サバサバしていて友達からの信頼も厚く、こちらに嫌な関わり方もしない。人格的に優れた人間だと思っていた。最近まで。いろんな人に良いお姑さんに恵まれて羨ましいと言われたから、そうなのかなと思っていた。

でも、少しずつ義母のコンプレックスを会話の端々に感じ始めた。学歴への自信とコンプレックスが垣間見え、言葉を交わすたびに少し胸が痛かった。私へのマウントという形でそれがあらわになったら、ああそうかこの人は……と思わざるをえなかった。

もしかしたらすべての姑は、元の人格がどうであれ嫁よりも優位に立たないと死ぬ生物なのかもしれない。だって、義母はいやみったらしい姑には絶対になりそうにないタイプだと思っていたから。それとも私の見る目がなかったのか。

夫は世間一般的には、何も言わずとも周りから賢いカテゴリに分類されるようなタイプだ。だまっていても賢そうに見える。義母もそのタイプだ。

一方、黙っていたらたぶんそんなに賢そうには見えず、別に最終学歴も華々しくない私は、義母の通っていた高校より高い偏差値の高校の出身だった。その後の選択した職種の専門とか、もろもろそういうものが決して自分の努力だけで得たものでないところが彼女の気に触ったのだろうと思う。

男友達の母親たちからマウントをとられたころから、なるべく頭悪く見えるようにふるまおうと思っていたけど、ようやくそれを忘れられたころにコレか、と思った。

義母は、小さなころから勉強ができてずっと賢くて良い大学に入って卒業して、就職して、結婚妊娠をへて退職。それ以来ずっとアルバイターだ。

私は嘘をついて「お義母さんよりも本当、恵まれていない状況なんですよ」といわなければならないのだろうか。相手のことを思って。相手のコンプレックを刺激しないため。

義母が作ってくれたしめじ入りのカレーはお世辞にもおいしくなかった。コロナの影響でしばらく会えてないけど、しめじ入りのカレーライスを思い出すたび舌の端っこがぎゅっとなる。

緊張しながらスプーンでどろどろの液体を掬う。そこにつるんとしたしめじのカサを見つける。カレーの香りになじまない上品すぎる和の香りに眉をひそめる。前歯でそっとしめじの柄を噛みしめる。すっぱさが舌にまとわりつく。カレーのスパイスと完全に分離していて、飲み込むのをためらうも、早く飲み込んだ方がいいとコップに注がれた水で流し込む。目の前には悪気がなさそうな笑顔が浮かんでいる。おいしくない。でもおいしいです、と答える私。嘘をついたことに罪悪を感じながら。

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