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レッドアイと吐き気

絶対に、そうされていたとは言いたくなかった。だって惨めだから。かわいそうだと思われるから。それに自分が悪いと思っていた。私の存在がいけなかったんだ、彼女の気分を不快にしたのだからと。

学生時代、いじめにあっていた。期間はそんなには長くなく数ヶ月のことだった。けれど、私はその数ヶ月で学校に行けなくなった。結局、だいぶ時間が経ってから復帰したけど彼女は学校にいて、姿を見掛けるたびに動機と吐き気に悩まされた。

されたことは主に精神的ないやがらせで、頭の良い彼女は周りの人間に、私がだらしなくダメな嘘つきだと吹聴し、見事それを信じさせたのだった。

本当に私はだらしなくダメな人間なのかもしれない。ただ、嘘はついていなかった。彼女に聞かれたことをあまり答えたくなく適当にあしらっていたら、彼女の思い込みがある日“事実”になっていた。否定するのも煩わしいのでそのままにしていたら、あるとき、それが“嘘”だと糾弾され始めた。嘘もなにも最初からなかったことなのに、嘘とは? 奇妙に思いながら、そもそも前提から私は認めていなかったことを別の友人つたいに伝えたけれど、全く聞き入れてはもらえなかった。

よく覚えている。笑いながら言われたこと。

「うちら、あんたの周りの人間にまでこのこと言わないであげるから」。

  楽しそうに数人で連れ立って、まるで漫画に出てくるキャラクターみたいな笑顔を浮かべて。

  違うことは違う、と否定しなかっただけで私は嘘つき呼ばわりされ、あげく、アルバイト先にまで押しかけられて不調で学校に行っていなかったことをどうしてかアルバイト先の上司に言われ、それをまた嘘だと責め立てられた。いじめがひどくて起き上がれず、どこにも行けないことがそんなにも罪だったのか。

彼女がアルバイト先に押しかけたのは私の当時の彼氏を一目見てみたかったからだと、私は知っていた。私に彼氏ができたことを快く思っていなかったことも知っていた。ひと目見て、品定めしたかったのだと知っていた。

既に「あんたとは二度と関わらないから」といわれた後のことだった。でも、バイト先に押しかけた彼女は「あの子(私)のことが心配で」、といっていたそうだ。既に笑いながら絶縁宣言した後だったのに? 逃げても追ってきて嫌がらせするタイプであることも知っていたけど、ほっといてほしいと心底思った。

彼女はレッドアイをよく飲んでいた。いつもおいしそうにゴクゴクと、爽快に飲み干していた。カラオケに行ったときに、片手にグラスを持って歌っていた彼女。唇の端についた液体を小指でぬぐっていた。
 
 だからレッドアイはおろか、しばらくトマトジュースも飲むことができなかった。トマト自体も、一瞬視界に入ると不快感が背中から駆け上ってきた。もともと大好きなトマトがおいしく感じられなくなって、声を殺して泣いた。

でも、あるときから飲めるようになった。喉をすっと涼しげにしてくれる苦い泡とトマトの酸味。コショウが入っているときもある。セロリなんかもよくあう。オリーブオイルを入れるとオシャレな味になる。今では大好きな、本当に大好きなお酒になった。

私はもう二度と苦しめられることはない。だって彼女はもうこの世にいないのだから。訃報であんなに安堵したことは初めてだった。よかった、もう彼女がおいしそうにレッドアイを飲んでいるのをどこかで見かけてしまう心配はないのだ。よかった、本当によかった。

いじめを受けたのは私に非があったのだろうか。勝手に私に目をつけて自分の思い込みを信じて、それが違うと分かるとこちらが嘘をついたという……本当に私が悪かった? 自分の言葉で自分の伝えたいことをしっかりと伝えられなかったということだけで、私が悪いことに?

断固として違うと言いたい。私だけの話ではない。いじめにあっているすべての人に伝えたい。あなたは悪くない。悪いのは、あなたに目をつけていじめている加害者。

彼女彼らは犯罪者だ。人の心を殺す卑しい存在だ。

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