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ロングアイランド・アイスティー

【これは、劇団「かんから館」が、2006年8月に上演した演劇の台本です】

カクテルの「ロングアイランド・アイスティー」が、スピリッツの微妙な配合率の一期一会で作られているように、この芝居は、3人の、かなり味わいの違う人間の一期一会から成り立っている。その3つの味をステアしたら、どんな味のカクテルに仕上がるか?


     〈登場人物〉
      新藤 真紀
      鶴見 美佳
      石田 透


 
      明かりがつく。
      夏の早朝の東京駅前。
      セミの鳴き声。
      石田が歩道に座り込んで、ギターを弾いている。
      隣に大きなバッグ。

石田   ♪今夜の夜汽車で旅立つ俺だよ
   あてなどないけど どうにかなるさ
   あり金はたいて 切符を買ったよ
   これからどうしょう どうにかなるさ
         (かまやつひろし「どうにかなるさ」)
   ♪死にたいくらいに憧れた 花の都「大東京」
   薄っぺらのボストン・バッグ 北へ北へ向かった
   ざらついたにがい砂を噛むと
   ねじふせられた正直さが
   今ごろになってやけに 骨身にしみる
   ああ しあわせのとんぼよ どこへ
   お前はどこへ飛んで行く
   ああ しあわせのとんぼが ほら
   舌を出して 笑ってらあ
         (長渕剛「とんぼ」)

      石田、路上を歩く鳩を見る。
      静かな声で鳩に歌いかける。

石田   ♪ぽっぽっぽっ はとぽっぽ
     マメがほしいか そらやるぞ
     みんなで仲良く‥‥
     あ。

      鳩が飛んでいった。
      それを見送る石田。

石田   ‥‥ハトかて、朝っぱらから歌なんか聞かへんて。

      石田、ギターをケースにしまい、あたりを見回す。

石田   ‥‥東京や。‥‥東京やな。

      石田、ポケットからしわくちゃになったメモのようなものを取り出す。
      そして、それをぼんやり眺める。
      携帯電話を取り出してかけようとする。
      腕時計を見る。

石田   ‥‥まだ、早いかな。

      石田、携帯電話と、メモをしまう。
      空を見て、目を細める。

石田   朝っぱらから、暑いなあ。

      石田、おもむろにバッグとギターを持って歩き出す。

      暗転。


      明かりがつく。
      古ぼけたアパート。
      それなりに片付いてはいるが、そんなに整然としているわけでもない。
      デーブルにカップラーメンのカラがあったりする。
      真紀が化粧をしている。

真紀   ♪タイムマシーンにお願いー。

      チャイム。

真紀   ん?

      真紀、無視して、化粧を続ける。

真紀   ♪タイムマシーンにお願いー。

      再び、チャイム。
      化粧を続ける。

真紀   ♪タイムマシーンにお願い。タイムマシーンにお願い。タイムマシーンにお願い。

      激しくチャイム。

真紀   もう、うっせーな。

      真紀、化粧をやめて、戸口に去る。

真紀の声   もう、あんたねー!(ドアを開ける音)あれ?
石田の声   こ、こんにちわ。
真紀の声   あんた、誰? 新聞ならいらないよ。
石田の声   いや、その‥‥。
真紀の声   何なのよ? はっきり言いなさいよ!
石田の声   ここ、メゾフォルテ中野ですよね。
真紀の声   ああ、そうだけど。
石田の声   それで、ここは三〇二号室ですよね。
真紀の声   そこに書いてあんじゃん。見りゃわかるでしょ? で、何なのよ?
石田の声   あのー。
真紀の声   もう、あたし急いでるんだから、さっさとしてよね!
石田の声   あ、はい。‥‥あのぅ、ここに鶴見さんという方が‥‥。
真紀の声   え? もっとはっきり言ってよ! 小さくて聞こえない!
石田の声   はい、すみません。あの、鶴見美佳さんのお宅じゃないんでしょうか?
真紀の声   鶴見? ‥‥誰、それ?
石田の声   だから‥‥鶴見美佳さん。
真紀の声   ふーん、ツルミミカ。‥‥そんな人、いないよ。
石田の声   だ、だって‥‥。ほら、この紙に‥‥。
真紀の声   あーあー、もうそんなの見てるヒマはないの!じゃ、バイバイ。(ドアを閉める音)
石田の声   ‥‥‥。

      真紀、部屋に戻ってくる。
      再び化粧を始める。

真紀   ‥‥もう、何なのよ。あの子。

      チャイムの音。
      真紀、無視する。
      再び、チャイムの音。

真紀   (大声で)だから、いないって言ってるでしょ!

      沈黙。
      黙々と化粧する真紀。

真紀   ♪タイムマシーンにお願いー。‥‥さ、完了。

      真紀、立ち上がり、バッグを持って戸口へ。
      ドアを開ける音。

真紀の声   あ。
美佳の声   ‥‥ただいま。
真紀の声   ‥‥‥。
美佳の声   ‥‥入っても、いい?
真紀の声   ‥‥勝手にしたら?
美佳の声   そう。

      美佳が部屋に入ってくる。
      疲れた様子で座り込む。

美佳   あーあ。

      美佳、テレビのリモコンをいじる。
      テレビの音。
      何度もチャンネルを切り替えて、消す。

美佳   あーあ。‥‥寝よっかなー。

      ドアを開ける音。
      真紀が入ってくる。

美佳   あれ? あんた行ったんじゃなかったの?
真紀   会った?
美佳   何?
真紀   だから、若い男。
美佳   誰?
真紀   ツルミミカさんのお宅じゃないですか、って。
美佳   えっ?
真紀   あんた、ツルミって言うの?
美佳   ねえ、どんな子?
真紀   ‥‥高校生か、大学生ぐらい。
美佳   他には?
真紀   えーと‥‥そうだ、でっかいカバンとギター持ってた。家出少年みたいだった。
美佳   ねえ、マキ、今日、何日?
真紀   えーと‥‥十八日。
美佳   わーっ、しまった! ‥‥でも、おっかしいな。

      美佳、バッグからあわてて携帯電話を取り出す。

美佳   あ!
真紀   どうしたの?
美佳   電池切れてるー!
真紀   ふーん、それで? 約束でもしてたの?
美佳   マキ、それ、何時頃?
真紀   ついさっき。
美佳   そう。
真紀   まだ、その辺にいるかもよ。
美佳   ちょっと見てくる!

      美佳、立ち上がる。

真紀   あたし、もう出るよ。
美佳   うん。

      美佳、戸口に去る。
      ドアを開ける音。

真紀   カギかけとく?

      返事はない。

真紀   ‥‥何なのよ? あれ。

      真紀、戸口に去る。

      暗転。


      明かりがつく。
      部屋に、真紀と美佳が座っている。

美佳   何で入れてあげなかったのよー?
真紀   だってー。
美佳   だって、何よ?
真紀   だからさー。
美佳   だから、何よ?
真紀   ほら、昨日怒って出て行ったじゃん?
美佳   え? ‥‥ああ、あたし?
真紀   そ。
美佳   それと、これと何の関係があんのよ?
真紀   あたしもさ、怒ってたからさ‥‥。
美佳   それで?
真紀   それに、ツルミミカなんて知らないしさ。
美佳   え?
真紀   そんな人いないって‥‥。それはホントでしょ?
美佳   え? 何よ、それ? そんなの、まるで子供の言い訳じゃん。
真紀   だってー。‥‥それに、あたしも急いでたしー。
美佳   もう! いいわよ!
真紀   ‥‥‥。(美佳の顔色をうかがう)
美佳   あー、どうしようかな。
真紀   ‥‥‥。
美佳   うーん。
真紀   ‥‥ミカちゃん。
美佳   何?
真紀   ‥‥怒ってる?
美佳   ‥‥怒ってもどうにもなんないじゃん。
真紀   ‥‥そだね。
美佳   うん。
真紀   ‥‥‥。
美佳   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

真紀   ‥‥あのさ。
美佳   何?
真紀   あの子、どういう子?
美佳   どういう子って?
真紀   だから、どういう知り合い?
美佳   さっき言ったじゃん。田舎の知り合い。
真紀   ‥‥それだけ?
美佳   え?
真紀   本当にそれだけ?
美佳   ‥‥それ、どういう意味よ?
真紀   いや、別にー。
美佳   何、勝手に想像してんのよ。
真紀   いや、別にー。
美佳   勝手に想像してれば?
真紀   じゃ、勝手に想像しとく。
美佳   もう。‥‥問題は、そういうことじゃないんだから。
真紀   そーよねー。
美佳   何よ。人ごとみたいに。
真紀   ごめーん。‥‥でも、子供じゃないんだから。
美佳   それは、そうだけど。
真紀   いくつだっけ?
美佳   十八‥‥いや、もう十九。
真紀   若いねー。大学生?
美佳   浪人生。
真紀   いいねー。
美佳   どこが?
真紀   いや、何となく。自由でいいじゃん。
美佳   よかないわよ。浪人なんて。
真紀   おいしーよねー。十代の活きのいいのをムシャムシャパクパク。(寿司を食べるしぐさ)
美佳   あんた、ほんとしつこいわね。
真紀   おねえさんが教えて、あ・げ・る。
美佳   うっさいなー。‥‥昔の話よ。
真紀   えっ、えっ、やっぱりそうなの? ムシャムシャパクパクやってたの?
美佳   あんたは、言い方が下品なのよ! 何よ、ムシャムシャパクパクって。
真紀   いーなー。‥‥だったら、高校生の時? いや、もしかして中学生?
美佳   高校よ。
真紀   ねぇ、ねぇ、高校生と付き合うってどんな感じ?
美佳   その話は、もうおしまい! マキ、いいかげんにないと、ほんとに怒るよ!
真紀   ‥‥‥。ごめんなさーい。(正座する)

      しばしの沈黙。
      美佳、時計を見る。

美佳   ‥‥もう、こんな時間か。
真紀   ‥‥今日はお店出なくていいの?
美佳   うん。今日は休み。
真紀   ‥‥そっか。
美佳   ‥‥うん。
真紀   ‥‥不幸中の幸い?
美佳   ‥‥かな。

      携帯電話が鳴る。

真紀・美佳  あ。

      美佳、携帯を手に取る。

美佳   もしもし‥‥あ、透君? ‥‥‥どうしてたの? 心配してたのよ。‥‥‥うん‥‥あ、ごめん、携帯の電池が切れてて。‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥それで、今、どこにいるの? ‥‥‥え? ‥‥‥それ、どういうこと? ‥‥‥うん‥‥‥え? 恐いお姉さん?(真紀を見る)‥‥‥ああ、いるけど、大丈夫よ。‥‥‥うん、ほんとに大丈夫だから。‥‥‥じゃあ、待ってて。

      美佳、電話を切る。

真紀   浪人生?
美佳   うん。
真紀   どこにいるの?
美佳   そこ。
真紀   そこって?
美佳   だから、ドアの前。
真紀   えー!
美佳   ちょっと待ってて。

      美佳、戸口に向かう。
      しばらくして、美佳と石田、入ってくる。

美佳   こちら、石田透君。
石田   ‥‥こんにちは。
美佳   こちら、マキさん。
真紀   ‥‥初めまして‥‥じゃないわよね。
石田   ‥‥はあ。
真紀   恐いお姉さんでーす。あははは。
石田   ‥‥ははは。
美佳   ‥‥‥。

      しばしの間。

美佳   ‥‥まあ、座って。
石田   はい。

      石田、座る。
      美佳も座る。
      しばらく、気まずい沈黙。

美佳   ‥‥マキさんはねぇ、私のルームメイトって言うか‥‥。
石田   ‥‥はあ。
美佳   まあ、要するに一緒に住んでるわけ。
石田   ‥‥はあ。
美佳   ‥‥石田君はね、京都で浪人してるんだけど、予備校が休みになったから、気晴らしに東京見物に来たのよ。
真紀   ふーん。
石田   (土下座して)石田透と申します。ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます。
真紀・美佳   は?
美佳   透君、何よ、そんなに改まらなくても‥‥。
石田   ミカさん、実は俺、家出してきたんです。これから東京で暮らすつもりなんです。よろしくお願いします。(土下座)
真紀・美佳   はあ?
美佳   え‥‥、そんなの聞いてないわよ。それ、どういうこと?
石田   大学受験はやめました。東京でミュージシャンになることに決めたんです。
美佳   何、それ? ちょっ、ちょっと待ってよ。
真紀   ‥‥いったい、どうなってんの?(美佳に)
石田   住む所は、そのうち自分で何とかします。ご迷惑でしょうが、それまでの間、どうかよろしくお願いします。(土下座)
真紀・美佳   はあ?
真紀   よろしくって、どういうこと?(美佳に)
美佳   さ、さあ?
真紀   ここに住むってこと?
美佳   さ、さあ?
真紀   何なのよ、それ!
石田   ミカさんは悪くないんです。全部俺が悪いんです。俺が勝手に決めたんです。でも、俺、ミカさんしか頼る人がいないんです。どうかよろしくお願いします。(土下座)
真紀・美佳   ‥‥‥。
石田   よろしくお願いします!(土下座)
真紀・美佳   ‥‥‥。
美佳   ‥‥ど、どうしよう?
真紀   それは、あたしのセリフだよ。
石田   ‥‥‥。
美佳   ‥‥あのね、透君。
石田   はい。
美佳   そういう大事なことは、勢いで決めちゃダメなのよ。
石田   勢いじゃありません。じっくり考えました。
美佳   お父さんとか、お母さんとかにも相談したの?
石田   しました。
美佳   それで?
真紀   反対されたんでしょ? ガツーンと殴られたりして‥‥。
石田   いえ‥‥。笑ってました。
真紀   は?
石田   父さんも母さんも妹も、大笑いしました。
真紀   え?
石田   妹は、「お兄ちゃん、やってみれば?」って言いました。
真紀   ‥‥‥。それって‥‥ひょっとして、まともに相手にされてないんじゃない?(笑)
石田   そうなんです。(キッパリ)
真紀   あ‥‥そう。
石田   だから、決めたんです。ほんとにミュージシャンになって、見返してやるんだって。

      真紀、美佳、見つめ合う。

美佳   ‥‥どうしよう?
真紀   だから、それはあたしのセリフだって。
石田   お願いします。(土下座)
美佳   ‥‥でもね、透君、東京に出たからって、そんなに簡単にミュージシャンになれるわけじゃないのよ。
石田   わかってます。俺、バイトでも何でもしてがんばるつもりです。
真紀   そんな風に夢見てる人は、いっぱいいるのよ。成功してるのは、ほんの一握りだけ。
石田   わかってます。五年でも十年でも下積みをする覚悟はできてます。

      真紀、美佳、見つめ合う。

真紀・美佳   どうしよう?
石田   掃除でも、洗濯でも、料理でも、何でもします。どうかよろしくお願い申し上げます。(土下座)
真紀・美佳   はあ‥‥。

      暗転。


      明かりがつく。
      真紀が座っている。

真紀   おーい、お茶。
石田の声   はーい。

      石田が、お茶を持って出てくる。

石田   はい、お待たせしました。
真紀   うん。

      真紀、茶を飲む。

真紀   石田。
石田   はい。
真紀   ちょっとぬるい。
石田   あ、すみません。
真紀   冷凍庫に入れろって言っただろ?
石田   でも、破裂するんじゃ‥‥
真紀   口ごたえしなーい。
石田   あ、はい。
真紀   以後、注意するように。
石田   はい。
真紀   あ、それから石田。
石田   はい。
真紀   洗濯物を混ぜるな。
石田   は?
真紀   あたしとミカとお前の洗濯物を一緒に洗うな。
石田   でも、量が少ないと水がもったいない‥‥
真紀   口ごたえしなーい。
石田   あ、はい。
真紀   特に、お前のは、絶対混ぜるな。
石田   はい。
真紀   ‥‥‥。
石田   ‥‥‥。
真紀   何、見てんのよ?
石田   いや、別に何も‥‥。
真紀   下がってよろしい。
石田   あ、はい。

      石田、去ろうとする。

真紀   あ、石田。
石田   あ、はい。
真紀   何か、せんべいとかなかったか?
石田   さあ‥‥どうでしょう?
真紀   さっさと探す。なかったら買いに行く。
石田   あ、はい。

      石田、去る。
      真紀、茶を飲んでいる。

石田の声   マキさーん。
真紀   あったか?
石田の声   ありませーん。
真紀   よし、買いに行ってこい。
石田   何がいいですか?
真紀   そうだな? ‥‥ハッピーターン。
石田   わかりました。
真紀   よし、行ってこい。
石田   はーい。

      ドアを開ける音。

石田の声   あ、お帰りなさい。
美佳の声   ただいま。‥‥透君、どこ行くの?
石田の声   いや、ちょっと買い物に。
美佳の声   何を?
石田の声   いや、ちょっとハッピーターン。
美佳の声   あ、またマキね。‥‥そんなの行かなくていいから。
石田の声   いや、自分もハッピーターン食べたいっすから。
美佳の声   いいから、言うことききなさい。
石田の声   あ、はい。

      美佳が部屋に入ってくる。
      後ろから石田がついてくる。

美佳   マキちゃん!
真紀   あ、お帰り。
美佳   ただいま‥‥じゃなくって、またやってたでしょ、奴隷ごっこ。
真紀   そんなのしてないわよ。
美佳   だって、透君が‥‥。
真紀   石田、お前、何か言ったのか?
石田   い、いえ、何も。
美佳   それが奴隷ごっこだって言うのよ。
真紀   違うわよ。石田君と一緒にハッピーターンを食べようって。ねぇ?
石田   あ、は、はい。
真紀   お茶には、やっぱりハッピーターンよねぇ?
石田   あ、はい。そうっすよねぇ。
美佳   透君も透君よ。そんな犬みたいにしっぽ振らなくていいのよ。
石田   俺、犬でもいいっす。楽しいっす。ワンワン。
真紀   ほんと、お前はいい子ねぇ。よしよし。(石田の頭をなでる)
石田   (うれしそうに)ワオーン。
美佳   もう、勝手にやってなさい!
石田   ワオーン。

      美佳、着替えに去る。
      石田、真紀の膝枕で甘えている。

真紀   あんたね。
石田   クウーン。
真紀   クウーンじゃないわよ。いつまでやってんのよ!
石田   あ、すいません。

      石田、あわてて離れる。
      真紀、時計を見る。

真紀   あ、もうそろそろ行かなくっちゃ。

      真紀、立ち上がる。

真紀   じゃ、あたし行くから。‥‥ちゃんと洗濯しといてよ。
石田   ワン。
真紀   バーカ。

      真紀、戸口に去る。
      入れ違いに美佳、部屋に戻ってくる。

美佳   あれ、マキ、もう行ったの?
石田   ワン。
美佳   もう! いつまでやってんの?
石田   クウーン。
美佳   あほ!(関西弁で)

      美佳と石田、見つめ合う。
      思わず二人とも笑い出す。

美佳   あ、そや、チューハイ買ってきたけど、飲む?
石田   ワン!
美佳   ひつこい!
石田   ハハハハ‥‥。

      美佳、缶チューハイを持って来る。

美佳   それにしても、朝から暑いねぇ。
石田   うん。
美佳   かんぱーい。
石田   かんぱーい。

      二人、缶チューハイを飲む。
      美佳、タバコを取り出し、火をつける。

美佳   吸う?
石田   いらんわ。
美佳   あれ? 透、吸ってへんかった?
石田   ‥‥やめた。
美佳   ふーん。‥‥変なの。酒は飲むのにタバコは吸わへんの?
石田   昔、好きな女の子にやめさせられたんや。
美佳   へー、そうなんや。それ、どんな子? どんな子?
石田   ‥‥‥。
美佳   ねぇ、もったいぶらんと言うてーな。
石田   ‥‥‥。もう、忘れたん?
美佳   え? ‥‥あ。
石田   ‥‥‥。
美佳   あたし、か‥‥。
石田   ‥‥‥。
美佳   ‥‥そんなんも、あったなあ。
石田   ‥‥ミカちゃん、変わったなあ。
美佳   そうかな?
石田   そやて。初め会うた時、誰かわからんかったわ。
美佳   ‥‥あたし、そんなに、変わった?
石田   うん。‥‥タバコかて吸うし。
美佳   ‥‥‥。
石田   ‥‥‥。
美佳   まあ‥‥いろいろあってん。
石田   ‥‥‥。
美佳   ‥‥嫌いになった?
石田   そんなこと、ないけど‥‥。
美佳   ないけど?
石田   ‥‥‥。
美佳   ま、東京で暮らしていくのは、楽ではないんです。
石田   ‥‥そやね。
美佳   ‥‥うん。
石田   ‥‥‥。
美佳   ‥‥こんなはずやなかったって思てへん?
石田   どうかな?
美佳   後悔してへん?
石田   ‥‥ミカちゃんは?
美佳   どうかな? ‥‥でも、後悔ちゅーのんとはちょっと違う気がする。
石田   どう違うの?
美佳   うーん‥‥うまく言えへん。
石田   ‥‥そうか。
美佳   うん。
石田   ‥‥‥。

      二人、黙って缶チューハイを飲む。

美佳   でも、あたし、元気やよ。
石田   ‥‥‥。
美佳   すごーい元気。
石田   ふーん。
美佳   あのね、透。あたし、東京に来てよかったって思ってるんよ。マジで。
石田   ‥‥‥。
美佳   そら、しんどいことや嫌なこともぎょーさんあるけど、なんか、この街好きやねん。
石田   ‥‥‥。
美佳   何てゆーのかな、ほら、あたしらみたいなんが一杯いるやん、東京には。それで、一発当てたろとか、ビッグになったろとか、そんなギラギラしたエネルギーの缶詰みたいやん。
石田   ‥‥うん。
美佳   朝の新宿駅とかにいるとねぇ、次から次から、どこからわいてくるんやろと思うぐらい人が一杯来るねん。それで、この一人一人が、そんな夢みたいなエネルギーをかかえて生きてるんやなあって思うと、何か胸が一杯になるねん。そのエネルギーの缶詰みたいなんが、いつか核爆発みたいに大爆発せーへんのかなって。
石田   ‥‥ふーん。
美佳   ‥‥あたしも、いつか大爆発したいわあ。
石田   ‥‥‥。ミカちゃんは、強いね。
美佳   そうかな?
石田   うん、強い強い。
美佳   あたし弱いで。すぐに泣くもん。
石田   いや、いざとなったら男より女の方が強いわ。
美佳   ‥‥透。もしかして、くじけかけてる?
石田   いや‥‥まだ大丈夫。
美佳   そう‥‥。よかった。
石田   ‥‥‥。
美佳   よかった。
石田   ‥‥ありがとう。
美佳   なんやの? えらい他人行儀やね。
石田   そんなことないよ。ほんまに感謝してるんや。
美佳   ふーん。
石田   ‥‥‥。

      二人、黙って缶チューハイを飲む。

美佳   ‥‥‥。ねえ。
石田   うん?
美佳   ねえ、歌うとてくれへん?
石田   え?
美佳   なあ、ええやろ?
石田   そら、ええけど。‥‥何歌うの?
美佳   何でもええ。透の好きなやつ。
石田   そういうリクエストが、一番困るんやけどな‥‥。

      石田、ギターを取り出す。

美佳   ねぇ、何うとてくれるん?
石田   そやな、何にしよか?
美佳   何?
石田   ‥‥思いっきりキザなやつでもええ?
美佳   うん、ええよ。
石田   ほな、歌うわ。
美佳   何? 何?

      石田、ギターを弾き始める。

石田   ♪I love you   (美佳  わあ、尾崎や!)
     今だけは悲しい歌 聞きたくないよ
     I love you
     逃れ逃れたどり着いた この部屋
     何もかも許された恋じゃないから
     二人はまるで捨て猫みたい
     この部屋は落ち葉に埋もれた空き箱みたい
     だからお前は子猫のような鳴き声で
         (尾崎豊「アイ・ラブ・ユー」)

      いつの間にか、二人、肩を寄せ合っている。

      暗転。


      明かりがつく。
      夕方。
      美佳が横になっている。
      真紀がテーブルの前に座って、窓の外を見ている。

真紀   雨が降りそうだね。
美佳   そうだね。
真紀   お店出るの?
美佳   どうしようかな?
真紀   熱はあるの?
美佳   ない‥‥と思う。
真紀   思うって、測ってないの?
美佳   うん。
真紀   だめよ。ちゃんと測らなくっちゃ。
美佳   わかるから、いいの。
真紀   ええっと、体温計どこだっけ?

      真紀、隣の部屋に探しに行く。

美佳   もう、いいよ。
真紀の声   たしか、この辺に‥‥。
美佳   大丈夫だから。
真紀の声   別に測ったって減らないじゃん。‥‥あ、あった。
美佳   ‥‥‥。

      真紀、戻ってくる。

真紀   さ、これで測るの。
美佳   うん。
真紀   はい。(体温計を渡す)

      美佳、体温計を脇の下に入れる。

真紀   寒気とか、頭痛とかは?
美佳   寒気はない。頭痛は‥‥する。
真紀   きついの?
美佳   いや、そんなにひどくないけど‥‥。
真紀   他には?
美佳   え?
真紀   だから、他に症状とかないの? お腹痛いとか?
美佳   ハハハハ‥‥。
真紀   何よ?
美佳   マキちゃん、お医者さんみたい。
真紀   何言ってんのよ。ほんとに病気だったら大変じゃん。‥‥それでお腹は?
美佳   別に‥‥。ただ、だるいだけ。
真紀   そう‥‥。風邪かなあ?
美佳   いや、ただの夏バテでしょ? あたし、暑いの弱いから。
真紀   だとしても、今日は休んだ方がいいよ。
美佳   うん‥‥でも、なんとか行けそうだから。
真紀   ダメよ、無理しちゃ。それでお酒なんか飲めないよ。‥‥頭痛薬飲んだ?
美佳   飲んだ。

      体温計が鳴る。

真紀   はい、貸して。
美佳   はい。(体温計を渡す)
真紀   三六・八。‥‥ミカ、平熱低かったよね?
美佳   五度八分ぐらい。
真紀   じゃ、微熱か。‥‥やっぱり、今日はお休みしなさい。
美佳   うーん‥‥。
真紀   ね。
美佳   はーい。
真紀   ちゃんと着替えてベッドで寝た方がいいんじゃない?
美佳   ここでいいよ。‥‥横になってたら楽になってきた。
真紀   そう?
美佳   うん。

      遠くで雷の音。

真紀   やっぱり降りそうだね。
美佳   うん。
真紀   いっそのことザーと降ったら、涼しくなるんじゃないかな?
美佳   そうだね。‥‥でも。
真紀   でも、何?
美佳   透が商売できなくなっちゃう。
真紀   ‥‥そっか。
美佳   うん。
真紀   ‥‥ガード下でも、地下街でも、どこでもできるっしょ?
美佳   でも、この頃警察がうるさいって‥‥。
真紀   透が言ってたの?
美佳   うん。

      しばしの間。

真紀   ‥‥ミカ、この頃ちょっと変わったね。
美佳   そう?
真紀   何かと言えば、透、透じゃん。
美佳   そんなことないよ。
真紀   そんなことあるよ。
美佳   かな?
真紀   うん。

      遠くで雷の音。

真紀   ‥‥あのさ‥‥透が来て、やっぱうれしかった?
美佳   さあ、どうかな?
真紀   うれしかったんでしょ?
美佳   ‥‥さあ?
真紀   こら、正直に言いなさいよ。
美佳   正直に言ってるよ。ほんとにわかんないんだもん。
真紀   そうなの?
美佳   うん。
真紀   ‥‥そっか。

      雷の音。

真紀   わっ。今の、けっこう近かったんじゃない?
美佳   だね。
真紀   これは、ザッーと来るね。
美佳   うん。

      しばしの間。

美佳   ‥‥マキはどうなの?
真紀   え?
美佳   マキはさ、透が嫌いなわけ?
真紀   ‥‥んなことはないけどさ。
美佳   ほんと?
真紀   ‥‥うん。
美佳   今度は、マキが正直に言う番だよ。
真紀   ‥‥そうねぇ‥‥。

      大きな雷の音。

真紀・美佳   キャッ!

      しばしの沈黙。

真紀   今の、落ちたんじゃない?
美佳   そうだね。

      真紀、窓の外を見に行く。

真紀   あ。‥‥降ってきた。
美佳   そう。‥‥きついの?
真紀   まだ、それほどでもないけど‥‥。

      しばしの沈黙。
      雨の音。

美佳   ‥‥強くなりそう?
真紀   うん、なりそう。西の空が真っ黒。
美佳   そっか。

      しばしの間。

真紀   今日、透、どこだっけ?
美佳   渋谷。
真紀   じゃあ、まだ降ってないかもね。
美佳   そうだね。
真紀   でも、これじゃ、みんな急いで帰るから、客がつかないっか?
美佳   そうだね。
真紀   ‥‥心配?
美佳   そりゃ、濡れたらかわいそうじゃん。
真紀   ‥‥そりゃ、そうだ。

      雷の音。

真紀   夕立だから、すぐにあがるよ。
美佳   そうかな?
真紀   うん。

      しばしの間。

真紀   ミカさあ‥‥。
美佳   何?
真紀   今でも‥‥今でも、透のこと好きなわけ?
美佳   え?
真紀   だから、今でも愛してるの?
美佳   それは‥‥ないんじゃない?
真紀   ほんと?
美佳   うん。
真紀   ほんとにほんと?
美佳   ほんとにほんと。
真紀   ‥‥あたしさ、元カレとより戻したこととかないからさ、よくわかんないんだけど‥‥。
美佳   だから、よりなんか戻ってないって。
真紀   それならそれでもいいんだけどさあ‥‥。
美佳   なんかひっかかる言い方ねぇ。
真紀   その、元カレと一緒に暮らすのってどういう感じなわけ?
美佳   え?
真紀   ご感想を聞かせてほしいわけよ。
美佳   ご感想って言われてもねぇ‥‥。
真紀   ねぇ、ねぇ、どういう感じ?
美佳   どういう感じもこういう感じも、何もないよ。
真紀   うっそー!
美佳   だって、ほんとだもん。
真紀   だって、本気でつき合ってたんでしょ?
美佳   それは昔の話よ。
真紀   昔ったって、愛してたんでしょ?
美佳   そりゃ、その時はね。
真紀   それが、きれいさっぱりなくなっちゃうなんて信じらんない!
美佳   きれいさっぱりかどうかわかんないけど、割り切るってのかな?
真紀   割り切れるの?
美佳   まあ‥‥ね。
真紀   透も?
美佳   そうなんじゃない?
真紀   ほんとかなあ?
美佳   ほんとだよ。何もないよ。
真紀   ‥‥じゃ、仮にそうだったとしてもよ、ほら、よく言うじゃない? 焼けぼっくいに何とかって‥‥。そういうのもないわけ?
美佳   マキ、どうしたのよ? やけにしつこいわね。
真紀   いや‥‥単なる好奇心よ。
美佳   それにしては、からむじゃない?
真紀   からんでないわよ。
美佳   からんでる。からんでる。
真紀   からんでない!(少しムキになる)

      しばしの間。

美佳   ‥‥ははーん、わかった。
真紀   な、何がわかったのよ?
美佳   マキちゃん、お主、焼いてるな。
真紀   何言ってんのよ?
美佳   あたしを透に取られるんじゃないかって心配してんでしょ!
真紀   ‥‥‥。
美佳   ?
真紀   え、えーん。(泣き出す)
美佳   え、え、マキ、どうしたのよ?
真紀   え、えーん。
美佳   ねえ、マキったら! どうしたの?

      真紀、泣きやまない。

美佳   ねえ、マキちゃん。あたし、何か悪いこと言った?
真紀   えーん。い、言ったー?
美佳   え? 何? あたし、何、言った?
真紀   えーん。図星なのよー! えーん。
美佳   え?
真紀   ミ、ミカが、透とどっか行っちゃうんじゃないかって‥‥。
美佳   え?
真紀   あたしの前からミカが消えちゃうんじゃないかって‥‥。
美佳   ‥‥‥。
真紀   あたし、ずっと心配してたんだから‥‥。ずっとずっと心配だったんだから‥‥。
美佳   ‥‥マキ。

      すすり泣く真紀。

真紀   ミカ、あたしのこと嫌い?
美佳   ううん。どうして?
真紀   あたし、ミカのこと大好きだよ。
美佳   あたしもよ。
真紀   大大大好きだよ。
美佳   あたしも大大大好きだよ。
真紀   透とどっちが好き?
美佳   そんなの、マキに決まってんじゃない。
真紀   ほんとう?
美佳   ウソついてどうすんのよ?
真紀   うれしい。
美佳   うん。
真紀   あたし、ほんとにうれしいよ。
美佳   うん、うん。
真紀   ミカ‥‥。
美佳   何?
真紀   抱いて。
美佳   ‥‥マキ。‥‥うん、わかった。

      美佳、真紀を抱きしめる。

真紀   もっと強く。
美佳   うん。
真紀   もっと!
美佳   うん。

      しばしの沈黙。

真紀   ミカ‥‥。
美佳   何?
真紀   キスして。
美佳   ‥‥‥。‥‥うん。

      美佳、真紀にキスする。
      長い抱擁。

      突然、ギターを抱えた石田が入ってくる。

石田   !

      女二人、しばらく気づかない。
      石田、そっと戸口に戻ろうとして音を立てる。

美佳   あ。(二人、離れる)
石田   あ。
美佳   ‥‥帰ってたの?
石田   ‥‥ただいま。
美佳   ‥‥いつから?
石田   今。
美佳   ほんと?
石田   うん。
美佳   ‥‥今日、ライブじゃなかったの?
石田   ‥‥うん。ほら、でも雨がきつくってさ、やむかなあって思ってたんだけど、なかなかやまないし、お客さん来そうになかったし、こりゃ今日はダメかなって‥‥。
美佳   ‥‥そう。
石田   ‥‥うん。

      気まずい沈黙。

美佳   ‥‥あ、そうだ。晩ご飯食べた?
石田   ‥‥いや、まだだけど。
美佳   じゃあ、ピザでも取ろうか? 準備もしてないし。
石田   あ、ああ、そうだね。
美佳   じゃあ、ビールなんかも飲んでさ。‥‥マキもそれでいい?
真紀   ‥‥‥。
美佳   じゃ、そうしよう。えーと、確かピザ屋のチラシがあったはずなんだけど‥‥。
石田   ああ、俺も確か見たよ。

      二人、チラシを探し始める。
      真紀、立ち上がって、歩き出す。

美佳   あれ? どこ行くの?
真紀   お手洗い。
美佳   そう。

      真紀去る。
      チラシ探しが続く。
      石田が隣の部屋から見つけてくる。

石田   あった、あったよ。
美佳   あー、それそれ。‥‥えーと、何にしようかな?
石田   いろいろ食べられるから、ハーフがいいんじゃない?
美佳   そうね。‥‥透、何がダメだったっけ?
石田   エビとトリ。
美佳   えー。もう、それじゃ、これも、これも、これも、アウトじゃない。
石田   ごめーん。
美佳   じゃあ、半分はエビ、トリ入りだからね。
石田   はーい。
美佳   マキー、リクエスト言わないと決めちゃうよー。

      返事がない。

美佳   あれ? おっかしいな? ‥‥ちょっと見てくる。
石田   うん。

      美佳、戸口の方へ去る。
      しばしの間。

美佳   透! 大変!
石田   え、どうしたの?

      美佳が走って戻ってくる。

美佳   マキがいないのよ! 靴もなくなってる!
石田   え! どこ行ったんだろ?
美佳   わかんない。
石田   こんなに雨も降ってるのに‥‥。よし、俺が探しに行くよ!
美佳   ごめん。お願い。

      石田、走って戸口に去る。
      美佳、一人取り残される。
      呆然とピザのチラシを握りしめている。

      暗転。


      明かりがつく。
      翌々朝。
      美佳と石田がテーブルに座っている。
      二人とも疲れた様子。
      美佳はタバコを吸っている。

美佳   透。
石田   うん?
美佳   コーヒー取ってきてくれへん?
石田   ああ‥‥でも、何か食べた方がええんとちゃう?
美佳   ‥‥うん。
石田   コンビニ行ってこよか?
美佳   ええわ。
石田   あかんて、食べんと。
美佳   牛乳飲んでるし。
石田   あかんよ、もっとちゃんとしたもん食べんと。‥‥夏バテしてんのやろ?
美佳   ‥‥うん。
石田   よけいにバテるで。何か買うてきたるわ。

      石田、立ち上がる。

美佳   ええて。吐くし。
石田   吐いても、食べんよりはましやて。そうめんとかやったら食べられへん?
美佳   ‥‥どうかなあ? ‥‥でも、とりあえずコーヒー。
石田   昨日も寝てへんのちゃう?
美佳   ちょっと寝た。
石田   そう‥‥。

      石田、隣の部屋へコーヒーを取りに行く。
      美佳、ボーッと窓の外を見てる。
      石田が缶コーヒーを二本持って戻ってくる。

石田   はい。
美佳   サンキュ。

      二人、缶コーヒーを飲む。

石田   コーヒー飲んだら、寝たら? もし、帰ってきたら起こすし。
美佳   コーヒー飲んで寝るって変やん。
石田   変かてかまへんやん。‥‥体もたへんで。
美佳   ‥‥うん。‥‥そやけど、寝られへんねん。
石田   寝られへんでも、横になるだけでもだいぶ違うで。
美佳   ‥‥うん。

      美佳、タバコを吸う。

石田   ちょっと吸い過ぎちゃう? タバコ。
美佳   ‥‥うん。
石田   一日何本吸ってんの?
美佳   一箱半かな?
石田   ちょっと多いで。‥‥それに、この二日は二、三箱吸ってるんちゃう?
美佳   かもしれん。
石田   そやから、よけい吐き気とかするんやて。
美佳   ええやん。ほっといて。
石田   そやけど‥‥。
美佳   タバコ吸ってたら、ちょっと落ち着くねん。
石田   ‥‥そうか。
美佳   うん。
石田   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

美佳   ‥‥透。
石田   何?
美佳   あんた、お母さんみたいやね。ご飯食べろとか、タバコ吸うなとか。
石田   ‥‥マジで心配してんねやで。
美佳   ‥‥わかってるけど。‥‥おかしい。(笑う)
石田   もう!
美佳   ごめん。
石田   ‥‥マキがいんようになって、その上ミカまで倒れたら、困るんは俺なんやさかいな。
美佳   ‥‥ごめん。

      しばしの間。

美佳   透。
石田   ん?
美佳   ‥‥あんた、やさしいな。
石田   そうか?
美佳   ‥‥あんた、そんなやさしかったかな?
石田   ‥‥さあ?
美佳   ‥‥‥。
石田   そら、病人にはやさしせんとな。
美佳   ‥‥そやな。
石田   二人には世話にもなってるし‥‥。
美佳   ‥‥そやな。

      しばしの沈黙。

石田   ‥‥マキさんって、時々こんなことあるの?
美佳   けんかして一晩帰らへんこととかはあったけど‥‥こんなんは初めて。
石田   ふーん。‥‥けんかとかするの?
美佳   そらするよ。マキは感情も激しいし。
石田   どんなことでけんかするの?
美佳   まあ‥‥だいたいしょうもないこと。
石田   たとえば?
美佳   そやね‥‥どっちかが連絡せーへんかった、とか。待ち合わせに遅れたとか‥‥それから、ご飯のおかずのこととか。
石田   ご飯のおかずって?
美佳   そやから、納豆食べられへんとか。
石田   それ、ミカ?
美佳   うん。
石田   なーんや、しょーもな。(笑う)
美佳   そやから、しょうもないことやって言ったやん!
石田   ごめーん。‥‥そやけど、それって、まるで夫婦喧嘩みたいやね。
美佳   そら、一緒に生活してるんやもん。夫婦みたいなもんやん?
石田   そやかて、女同士やん。夫婦と違うやん。
美佳   その辺は、男も女も関係ないのとちゃう?
石田   ‥‥共同生活者? パートナー?
美佳   まあ、そやね。
石田   ふーん。‥‥そんなもんかな?
美佳   そんなもんよ。
石田   あのさ、男関係でもめたりせーへんの?
美佳   どういうこと?
石田   そやから、一人の男を二人で好きになるとか?
美佳   それは‥‥ないなあ。
石田   えー、そうなん? ドラマとかでは、よくある設定やん。
美佳   そうかもしれんけど、少なくとも、うちらはないわ。
石田   そっかー。
美佳   うん。
石田   ‥‥‥。
美佳   ひょっとして、まさか、自分のこと言うてんの?
石田   え?
美佳   それは絶対ないから、安心して。
石田   ああ、そう。‥‥それは、どうもおおきに。
美佳   どういたしまして。
石田   案外、女関係でもめてたりして。
美佳   え?
石田   そやから、ね。女の子が女の子を好きになって‥‥。
美佳   ‥‥‥。
石田   冗談やん。冗談。
美佳   ‥‥あんまり洒落にならんこと言わんといて。
石田   ごめん。
美佳   ‥‥‥。

      気まずい沈黙。

石田   なあ。
美佳   うん?
石田   二人はどういう知り合いなん?‥‥いや、言いとなかったら言わんでもええよ。
美佳   ‥‥クラブで知り合ったん。
石田   クラブって踊るクラブ?
美佳   当たり前やん。銀座の高級クラブなんか行くかいな。
石田   それ、いつ頃?
美佳   あたしが東京に出てすぐかな?
石田   ふーん。
美佳   なんかねぇ、マキはグループで来ててね、あたしはひとりぼっちやってん。‥‥そのグループっていうのが、あんまりいい人らのグループやなかったみたいで‥‥ほら、クラブにひとりぼっちで来てる女の子って、いかにも家出かお上りさんやん? それで、カモにしようとしてたんとちゃうかな?
石田   ふーん。
美佳   で、実際にカモにされかけたんやけどね、その時守ってくれたんがマキやねん。
石田   へぇ。
美佳   それで、「行くとこなかったら、あたしのところにおいで」って。‥‥それがここやねん。
石田   へぇ。
美佳   その後しばらく、そのグループの子らとあたしのことでもめてたみたいよ。ようは知らんけど‥‥。
石田   ‥‥何でそこまでしてくれたん?
美佳   うーん‥‥わからへん。
石田   そっか。
美佳   なんか、田舎に妹がいて、その子とあたしが似てたから、とか言うてたけどね‥‥。ほんまかどうか、わからへん。
石田   マキさんの田舎って、どこ?
美佳   それがね‥‥昔の事は全然教えてくれへんのよ。たぶん、静岡あたりやと思うねんけど‥‥。
石田   ふーん。‥‥謎の女やね。
美佳   そやね。(少し笑う)

      しばしの間。

石田   さあ、コーヒーも飲んだし、そろそろ寝たら?
美佳   そんなん無理やて。目さめてきたわ。‥‥あんたが寝られんようにしてるんやん。
石田   え? ‥‥してへんよ。
美佳   してるやん? 人に立ち入ったことばっかし聞いて。
石田   ああ‥‥そうかな。
美佳   そやて。

      美佳の携帯電話が鳴る。

石田・美佳   あ。

      美佳、電話を取る。

石田   マキさん?
美佳   もしもし、あなたどうしてたのよ? すっごい心配してたんだから‥‥うん‥‥うん‥‥そんなに謝らなくていいよ。怒ってないから‥‥うん‥‥うん‥‥それで、今、どこにいるの? ‥‥うん‥‥え? 何よ、それ?
石田   どこやって?
美佳   わかった。じゃ。(電話を切る)
石田   マキさん?
美佳   うん。
石田   で、どこやって?
美佳   そこ。
石田   え? そこ?
美佳   玄関の前。
石田   え?
美佳   あんたとおんなじやね。
石田   ‥‥‥。
美佳   エスコートしてきて。
石田   ‥‥うん。

      石田、玄関に去る。
      ドアの開く音。

石田の声   マキさん‥‥。
真紀の声   ‥‥ただいま。
石田の声   お帰りなさい。
真紀の声   入ってもいい?
石田の声   もちろん。‥‥散らかってますけど。

      真紀が入ってくる。後から石田。

美佳   お帰り。
真紀   ‥‥‥。
美佳   さ、疲れたでしょ? 座って。
真紀   ‥‥ありがとう。

      真紀、座る。

美佳   何か飲む?
真紀   (手をついて)ミカちゃん、透君、本当にごめんなさい。
美佳   だから、謝らなくてもいいのよ。
石田   そうっす。そうっすよ。
真紀   ‥‥ありがとう。みんな、本当にありがとう。(涙ぐむ)
美佳   バカ。何泣いてんのよ。‥‥あたしまで泣けてくんじゃない。
石田   そうっすね。俺も泣けてきたっす。
美佳   あんたのはウソ泣き。
石田   あははは。
美佳   透、ティッシュ取って。
石田   はい。

      石田、美佳にティッシュを渡す。

美佳   はい、これで涙ふいて。‥‥鼻チーンして。
真紀   ‥‥‥。(涙をふく)
石田   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

石田   ‥‥それにしても、マキさん、二晩もどこで寝てたんすか?
美佳   何よ、藪から棒に。‥‥ほんと、あんたはデリカシーってのがないんだから。
石田   すんませーん。
真紀   ‥‥あのね、
美佳   いいのよ、そんなこと言わなくていいから。
真紀   ‥‥いいから、言わせて。
‥‥あたし、ここを飛び出して、どこをどう歩いたのか覚えてないんだけど、気がついたら、駅の待合室にいたのよ。傘も持ってなかったし、びしょぬれになっちゃって、通る人、通る人が、みんな変な目で見るのよ。ドブネズミみたいな女が一人で黙って座ってるんだから当たり前よね。‥‥それで、よけいにみじめな気持ちになってきて‥‥終電の時間が近づいてきて、もう行くところもないし、あたしやけくそになってたの。通りすがりの男に声かけてホテルに行ってもいいやって、そう思ってたの。‥‥そしたら、十二時頃かな、四十過ぎぐらいのサラリーマンが声をかけてきたの。いかにもやさしそうな声で「こんなところにいると、風邪ひきますよ」って。それで、ハンカチを差し出したの。‥‥ああ、男っていうのは、こうやって女を買うんだな、って思ったわけ。‥‥それから、「よかったら、ボクの行きつけの店に行きましょう」って。‥‥酔わせて、それからホテルだなって思った。‥‥それで連れて行かれたのが、ビルの地下にあるジャズ喫茶っていうか、ライブもやってるようなバーだったの。その男は、その店の常連らしくて、カウンターに座ると「いつものやつ」って、言って、それで、あたしに「君は何にする?」ってきくの。‥‥やけにキザな男だなって思ったわ。‥‥それであたしは「何でもいいです」って答えたの。それから、確か男はドライ・マティーニを飲んで、私には飲んだことのないカクテルが出てきたの。それで「何ですか?」ってきいたら、「飲んでごらん」って言うのよ。‥‥ひと口飲んでみたら、紅茶の味がするのよ。「何だと思う?」って男がきくから、「紅茶のカクテルですか?」って答えたの。そしたら、「はずれ」って言って笑ったの。カウンターのバーテンダーも笑ってたわ。‥‥ちょっとカチンときたから、「じゃ、何ですか?」って言ったら、こう言ったのよ。「お嬢さん、これはね、ロングアイランド・アイスティーっていうんだ。アイスティーっていうんだけど、紅茶は一滴も入ってないんだ。不思議だろう?」って。それから、男は店のマスターとジャズの話を始めちゃったの。‥‥あたし、わかんないから、ボーッとしながら、そのロングアイランド・アイスティーを飲んでたの。そしたら、テーブルに座ってた白髪まじりのおじさんが「ここいいですか?」ってあたしの隣に座ったの。‥‥後でわかったんだけど、そのおじさん、トミーっていうの。トミーっていっても日本人なんだけどね。その店でライブしてたバンドのピアニストなの。それで、そのトミーが、「なんか、さびしそうだけど、どうしたの?」って、言うのよ。‥‥きっと下心があるんだろうって思ったけど、そういう時、女って弱いのよね。もう気持ちがヘトヘトだったから、酔いにまかせて、いろいろしゃべっちゃったの。‥‥そしたら、トミーはマスターに向かって「このお嬢さんに例のやつを」って言ったの。そしたら緑と赤の混ざったきれいなカクテルが出てきたの。トミーはにっこり笑って、「つらい時はね、これが一番だよ」って言うから「何ですか?」ってきいたの。すると「これはね、この店のオリジナルで、ホワット・ア・ワンダフル・ワールドっていうんだ」って言うの。飲んでみたら、ペパーミントの味がして、ほんと、気分がすっきりするようなカクテルだった。それをトミーがニコニコ見てて、「このカクテルの名前の由来を知ってる?」って言うから、「知りません」て答えたの。そしたら「これはね、ルイ・アームストロングの曲の題名だよ」って言ったの。それから「じゃあ、お嬢さんのために歌ってあげよう」って。それでピアノにすわって歌ってくれたの。しわがれ声だけど、すごく味のある声でね、それに、曲も聞いたことのある歌だったから、ほんといい気分になって、気づいたら、カウンターの上で寝てたわけ。‥‥それで、初めの男の人とマスターとトミーが相談しててさ、結局、トミーの家に泊めてもらうことになってタクシーで行ったの。トミーの家には、奥さんがいてさ、去年お嫁に行った娘さんの部屋を貸してもらって寝たの。‥‥と、そういうわけ。おしまい。
石田   うわー、すごーい長いお話っすねえ。
美佳   こら、どうしてあんたはそんなにデリカシーがないの!
石田   すんませーん。‥‥でも、それじゃ、結局、そのトミーさんの家に二泊したんすか?
真紀   うん。
石田   じゃあ、けっこういい暮らししてたんだ。なーんだ、心配して損したー。
真紀   ごめん。‥‥どういうのを想像してたわけ?
石田   そりゃ、マッチ売りの少女みたいに、「マッチ買ってください。マッチ買ってください。」「うるせい! このガキ!」みたいな‥‥。
真紀   あははは‥‥。
石田   ひどーい。
美佳   そうよ、笑うのは失礼よ。
石田   そうっすよ。ミカさんなんて、ほとんど寝ないで、お風呂にも入らないで待ってたんすから。
美佳   お風呂は余計よ!
石田   すんませーん。
真紀   ほんとに心配かけて悪かったと思ってる。ごめんなさい。
石田   言葉だけじゃ許せませんね。態度で示してもらわないと。
真紀   え、態度? ‥‥あたし、どうすればいいの?
石田   そうっすね。美佳さんのために、みんなでお風呂に行きましょう! 駅前にスーパー銭湯ができたんすよ!
真紀   なーんだ。‥‥いいわよ、行きましょう!
美佳   美佳さんのために、ってのがひっかかるけどね。それじゃまるであたしはすっごい汚れた女みたいじゃない?
石田   まあまあ、細かいことは気にしない! さあ、お風呂だ。お風呂だ。
真紀   待って。その前に、ちょっとお願いがあるの。
石田・美佳   ?
真紀   石田君、ちょっと一曲歌ってくんない?
石田   いいけど、何すか?
真紀   これなんだけど‥‥。(一枚の楽譜を取り出す)
石田   わあ、洋楽ですか?
真紀   さっき言ってた「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。トミーに書いてもらったの。‥‥できる?
石田   どうかなあ? ‥‥たしかCMでやってた曲っすよねぇ。「♪ホワット・ア・ワンダフル・ワールド?」って。
真紀   そう、そう、それ、それ。

      石田、ギターを取り出す。

美佳   どういう内容の曲なの? ‥‥ほら、訳して。(石田に)
石田   何で、俺なの?
美佳   受験生でしょ。ほら。
石田   えーっと「ホワット」だから、感嘆文でしょ? 「なんという素晴らしい世界なんだ!」かな?
美佳   ほら、歌詞も。
石田   えー? ‥‥えーっと「私は見る 緑の木や赤いバラも。私は見る それらが私とあなたのために咲いているのを。そして私は私自身で思う なんという素晴らしい世界なんだ!」
美佳   それから?
石田   もう、許してよ。俺、英語苦手だから‥‥。
真紀   トミーが言ってたわ。‥‥大自然は美しく輝き、僕らを祝福してくれる。人々は愛と友情にあふれ、未来は輝いている。まだまだ世の中は捨てたものじゃない、って。
美佳   ふーん、いい歌ね。
真紀   じゃ、石田君、お願いね。
石田   間違ったら、ゴメンすよ。
真紀   わかった。

      石田、ギターを弾く。
      三人、歌う。

   ♪I see tree of green,red roses too
   I see them bloom for me and you
   And I think to myself.what a wonderful world
   I see skies of blue and clouds of white
   The bright blessed day,the dark sacred night
   And I think to myself,what a wonderful world
      (Louis Armstrong「What a wonderfull world」)

      暗転。


      明かりがつく。
      三人、テーブルを囲んで座っている。
      三人ともうちわであおいでいる。
      三人、ジュースを飲んでいる。

美佳   暑いねぇ。
真紀   そうねぇ。
石田   溶けそう。
美佳   ほーんと。
真紀   もう九月なのにねぇ。
石田   プール行こうよ。
真紀   水着がない。
美佳   あたしもない。
石田   お金がない。

      しばしの間。

真紀   とうとう海行かなかったよねー。
美佳   プールだって行ってない。
真紀   ていうか、去年も行ってないよねー。
美佳   おととしも行ってない。
石田   ていうか、お金がない。
真紀・美佳   透!
石田   え?
真紀   どうしてそこに話を持って行くの?
美佳   そうよ。気分悪い。
石田   すんませーん。

      しばしの間。

美佳   あたしたち、どうしてあおいでるんだろうね?
真紀   だってクーラーが効かないんだもん。
美佳   壊れてんのかな?
真紀   かもね。
美佳   直すとか、買い換えるとか?
真紀   だって‥‥
石田   お金がない。
真紀・美佳   透!
石田   だって、事実じゃん、これは。
真紀・美佳   ‥‥‥。
石田   ね。
美佳   せめて扇風機にしたいよねー。
真紀   クーラー入れて、扇風機もどうかと思うよ。
美佳   それもそうねー。‥‥でも、暑いもん。
石田   それぐらい買えるっしょ? 買いに行こうか?
真紀   だけど、もう九月だよ。
石田   でも、暑いもんは暑いじゃん。
美佳   そーねー。
真紀   あとちょっとの辛抱よ。
石田   あーあ、東京に来たら、もうちょっと涼しいかって思ってたのに‥‥。
美佳   君は甘い! ‥‥実は、あたしもそう思ってたんだ。
石田   おっかしいな。こっちの方が北なのに。
真紀   ほら、あれだよ。‥‥ヒートポンプ?
美佳   ヒートアイランド現象。
真紀   そうそう、それだよ。ミカ、よく知ってんじゃん。
美佳   知ってても、ちっとも涼しくなんないよ。
真紀   そだねー。

      しばしの間。

真紀   結局、どこにも行かなかったねー。
美佳   ていうか、行けなかった。
石田   だって、
真紀・美佳   お金がない!
石田   ‥‥‥。
真紀・美佳   あはははは‥‥。
美佳   ヒマもなかったしねー。
真紀   東京って、ほんと季節感がないよねー。
美佳   だよねー。
石田   大文字も地蔵盆もないしねー。
美佳   あれ、透、ホームシック?
石田   じゃないけど‥‥。
真紀   東京はね、一年中お祭りなのよ。
美佳   そうかもしんないねー。
石田   でも、夏は終わったよ。
真紀   どうして?
美佳   こんなに暑いのに?
石田   だって、もうセミが鳴いてないし。
真紀   え、ほんと?
石田   うん。

      三人、あおぐのをやめて、耳をそばだてる。

真紀   あ‥‥ほんとだ。
美佳   ほーんと。鳴いてない。
石田   でしょ?
真紀   あんた、案外、細かいことに気がつくのね。
石田   案外は余計です。
美佳   小さい秋見つけた、か。
真紀   え?
美佳   だから、あったでしょ? ♪だーれかさんがだーれかさんがだーれかさんがみーつけた。
真紀   ああ‥‥。でも、そんな優雅な感じはちっともないけどね。

      真紀、再びあおぎ出す。
      つられて二人もあおぎ出す。

真紀   試してみる?
美佳   え?
真紀   小さい秋。
美佳   え?
真紀   せーの、(大声で)♪だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんがみーつけた!
三人   ちーさいあき ちーさいあき ちーさいあきみーつけた!

      間。

三人   ふー。
真紀   ‥‥どう?
美佳   ‥‥だめね。
真紀   余計暑いね。
美佳   そうね。
三人   ふー。

      三人、ますます激しくあおぐ。

      暗転。


      明かりがつく。
      九月末。
      テーブルをはさんで真紀と美佳が座っている。

美佳   涼しくなったねぇ。
真紀   そうねぇ。
美佳   夜は寒いくらい。
真紀   そうねぇ。
美佳   そろそろセーターとか出しとかないと。
真紀   セーターはまだ早いよ。
美佳   とか何とか言ってるうちに、すぐに冬になるのよ。
真紀   そうだけど‥‥でも、やっと秋になったばかりじゃん。
美佳   でも、早めに冬服とかチェックしとかないと、いざという時、虫食ってたりしたら大変よ。
真紀   それは、そうだ。
美佳   だって、あたしたち、
真紀・美佳   お金がない。‥‥あはははは‥‥。

      しばしの間。

真紀   どうして、急に帰っちゃったんだろうね?
美佳   秋と共に去りぬ、か。
真紀   ホームシック?
美佳   そんな子じゃないよ。
真紀   じゃあ?
美佳   手紙に書いてあった通りでいいんじゃない?
真紀   ここにいると居心地がよすぎて甘えちゃうからって?
美佳   そう。
真紀   かな?
美佳   まあ、他にもあるのかもしんないけど、それでいいじゃん。
真紀   ミカ、本気でそう思ってんの?
美佳   うん、思ってる。
真紀   あたし思うんだけど‥‥あたしたち、っていうか、あたしに気を使ったんじゃないかなあ?
美佳   え?
真紀   ほら、あたし、プチ家出したじゃん。
美佳   ああ。
真紀   あれがあるんじゃないかなあ‥‥。
美佳   あっても、いいじゃん。
真紀   え?
美佳   そんなこと言ったら、あたしに気を使ったのかもしんないよ。一応元カレと元カノなんだから‥‥。
真紀   ‥‥それも、そうね。
美佳   ね。

      しばしの間。

美佳   だから、何にも考えなくていいのよ。何も詮索しなくていいのよ。
真紀   でも‥‥。
美佳   そりゃ、気の細かい子だから、いろいろ考えたんだろうけどさ、それはあくまであいつの問題で、あいつなりに結論を出したんだから、それを尊重してあげようよ。
真紀   ‥‥それは、そうね。
美佳   ‥‥うん。

      しばしの間。

真紀   ‥‥でも、さびしいね。
美佳   ‥‥‥。
真紀   不思議だね。以前の生活に戻っただけなのに。
美佳   ‥‥‥そだね。
真紀   ‥‥あたしさ、小学校の頃から猫を飼ってたのよね。
美佳   ‥‥‥。
真紀   学校の帰り道で段ボールに入ってたのを拾って来てさ、「そんな、目も開いてないようなのを飼うのは無理だから、戻して来なさい」ってきつく言われたんだけど、泣いて頼んでさ‥‥‥。
美佳   ‥‥‥。
真紀   それが何とか育ってね、ミーコって名前をつけたの。そしたら、後で、オスだってわかってさ。‥‥オスなのにミーコって変でしょ?
美佳   それはかわいそうね。
真紀   で、そのミーコがやんちゃでさ、柱はひっかくし、あちこちにおしっこするし、ウチは田舎だったから、ヘビとか捕まえてくんのよ。
美佳   ふーん。
真紀   そのたびに家族中で大騒ぎになったんだけど、オスだから、さかりの季節になるとフイといなくなって一週間ぐらい帰ってこないのよね。そしたら、家族みんながお通夜みたいになってさ、押し黙って晩ご飯とか食べてんの。
美佳   ‥‥‥。
真紀   それが、中三の時、やっぱりフイといなくなって、それでとうとう帰ってこなかった‥‥。あたし、受験だったから勉強しなくちゃいけなかったんだけど、家はもちろん、学校でも、全然何もやる気がなくなっちゃってさ‥‥。
美佳   ‥‥‥。
真紀   特に家に帰るともうダメね。破れた座布団見ても、傷の付いた柱をみても、涙が出てくんの。‥‥ほら、よく、心に穴があいたみたいって言うじゃない? でも、心じゃなくて、本当に穴があくのよね。いるべきはずのところに、いるべきはずのものがいないっていうのは‥‥。ほんとに、ポカーンと大きな穴があくのよ。
美佳   ‥‥‥。
真紀   ‥‥あいつ、結構やんちゃだっただったからなあ‥‥。
美佳   ♪ハヤテのように現れて、ハヤテのように去っていく。
真紀   何、それ?
美佳   月光仮面の歌。
真紀   ふーん。
美佳   ‥‥でもさ、透はさ、消えちゃったり、死んじゃったりしたんじゃないから、そんなに落ち込むことないよ。
真紀   ‥‥それは、そうだけどね。
美佳   それに、受験して、東京の大学に来るって言ってんだから。
真紀   ‥‥受かるかな?
美佳   さあ、それはわかんない。‥‥でも、あいつは約束は守るよ。
真紀   かな?
美佳   そういうやつなんだよ、あいつは。昔気質で義理堅い。‥‥ま、流行遅れで、不器用とも言うけどね。
真紀   ははは‥‥。
美佳   その点は、あたしが保証するよ。
真紀   ミカは元カノだもんね。
美佳   ま、一応ね。

      しばしの間。

真紀   あいつのハヤシライス、うまかったよね。
美佳   ああ、そうだね。
真紀   肉じゃがも上手だった。
美佳   あれだったら、いつでもお嫁に行けるよ。
真紀   え?
美佳   知らないの? 肉じゃががちゃんとできるかどうかが結婚の条件なのよ。
真紀   え、そうなの? だったら、あたし、お嫁に行けない。
美佳   あたしも。
真紀・美佳   あはははは‥‥。

      しばしの間。

真紀   でも、大学に入ったら、一人暮らしするんでしょ?
美佳   いいじゃん、そしたら、通い妻させたら。
真紀   こっちから押しかけてもいいね。
美佳   そだね。
真紀   ‥‥でも、そんなことしてたら、あいつ、いつまでたっても彼女ができないよ。
美佳   そんなの、知ったこっちゃない! 自己責任よ。
真紀   ‥‥かわいそう。
美佳   だったら、マキが彼女になれば?
真紀   いや‥‥それはちょっと。
美佳   でしょ?
真紀   それより、あんたがなればいいじゃん?
美佳   何よ、それ? より戻せってか?
真紀   まあ、廃物利用ということで。
美佳   こら! 言ったな!(こぶしをあげる)
真紀   キャー、およしになってぇ‥‥。

      美佳、笑いながら真紀を追いかける。

      暗転。

                              おわり


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