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サマータイムブルースが聞こえない【戯曲】

【これは、劇団「かんから館」が、2002年8月に上演した演劇の台本です】

昔々、ノンポリ学生だった男が、ひょんなことから全共闘運動に加わり、老齢になるまで革命戦士をやり続けて死ぬ、という数奇な運命の物語。

  〈登場人物〉

   男1  男2  女1  女2
   女3  女4  山岸(源さん)
   純子  高塚  藤森  直子
   美樹  由美  高橋  柴田
   宏美  道恵  洋子  橘
   タマコ  珠恵  幸子  良江



    夏の昼間。
    快晴。
    蝉時雨の中に読経の声。
    中央に祭壇。
    焼香をする数人の男女。

男1  それにしても、暑いですねぇ。
男2  ‥‥え?
男1  今日は、格別に暑いですわ。
男2  ああ‥‥そうですな。
男1  今さら言うてもしょうがないけど‥‥。
男2  暑いのがですか?
男1  いや‥‥何で、葬式いうたら、暑い暑い時か、寒い寒い時ばっかりなんでしょうな。
男2  そら、病人がしんぼたまらんよって死によりますんや。
男1  やっぱし、そうですやろか。
男2  そうです。

    セミの声。

男2  ‥‥昔、ハイヤーの運ちゃんに聞きましたんやけどな、夏冬は葬式、春秋は結婚式、って、こうビシッと使い分けてるらしいですわ。考えたら、現金な話ですわ。
男1  何がです?
男2  考えてもみなはれ。まあ、葬式はよろしわ。けど、その骨壺抱えたり、塩まいた車で結婚式でっせ。験糞悪おまっしゃろ。
男1  まあ、そらそうですけど、しょうがないのとちゃいますか。ほら、冠婚葬祭とも言いますし‥‥。昔から二つでひとセットなんですわ。
男2  いや、私は、これはハイヤー会社の陰謀やと睨んでます。そもそも別々に車用意したらよろしねん。だいたい両方とも黒い車ちゅうのがあきませんな。葬式だけ黒い車にして、結婚式は白い車にするとか‥‥ほら、ネクタイかて、黒と白とで分けてますやん。‥‥それとも、どうせおんなじにするんやったら、いっそのこと新郎新婦を霊柩車に乗せたらよろしねん。金ピカで派手やから、けっこう喜ぶやつがいよるかもしれへん。こら、案外、グッドアイデアやで。アハハハハハハ。
男1  ‥‥‥。

    セミの声と読経と男2の笑い声。

女1  ‥‥お母ちゃん。
女2  何?
女1  おしっこ。
女2  え?  ‥‥もうちょっと辛抱できひん?
女1  あかん。出る。
女2  なんで、そんなぎりぎりになるまで言わへんの。
女1  そんなん言うたかて、急にしとなったんやもん。
女2  困った子やねぇ。トイレ、祭壇の向こうやし‥‥。
女1  お母ちゃん!
女2  何!
女1  もう出る。
女2  しゃあないねぇ‥‥お母ちゃんについておいで。
女1  あかん。歩けへん。
女2  何で!
女1  出る。
女2  それやったら、もう、ここでしよし。‥‥お母ちゃん、知らんわ!
女1  お母ちゃん!
女2  何!
女1  エーン。(泣く)
女2  泣いてもはじまらへんやろ! 行くんか行かへんのか、はっきりしよし!
女1  ‥‥行く。(泣きながら)
女2  ほな、ついておいで。(手を引く)
女1  ‥‥‥。(泣きべそをかきながら)

    女1・2、焼香客の前を通り抜ける。

女2  ごめんやっしゃ。ごめんやっしゃ。
女1  お母ちゃん‥‥。

    女1・2、去る。
    しばしの沈黙。
    セミの声。読経。

女3  寂しい葬式やな。
女4  え?
女3  親戚の人、誰も来てへんのやろ。
女4  ‥‥そうらしいね。
女3  親兄弟も。
女4  うん。
女3  源さん、親とか親戚とかおらへんの?
女4  さあ‥‥一人ぐらいおるやろ。
女3  そやったら‥‥。
女4  そんなん、知らんわ。
女3  ‥‥‥。
女4  ‥‥‥。
女3  源さんて、どこの人なん?
女4  知らんわ。
女3  関西弁しゃべってたし、関西の人間やろな。
女4  そうちゃう?
女3  それやったら、葬式来れるやん。
女4  なんで?
女3  近いし。そやのに、なんで一人も来いひんのやろ?
女4  そやから、知らんて。‥‥そや、うわさやけど、源さんっていうの、ほんまの名前ちゃうらしいで。
女3  へぇ、そうなん。‥‥ひょっとしてあっちの人?
女4  それは知らんけど、けっこうワケアリの人みたいやで、あの人。

    女1・2が戻ってくる。

女2  ごめんやっしゃ。ごめんやっしゃ。

女2  パンツぬれたん、家帰ったら、すぐはきかえや。
女1  うん。
女2  手、ちゃんと洗たか?
女1  うん。
女2  ほな、うちらもぼちぼち焼香しよか。
女1  うん。
女2  やり方、ちゃんと知ってるか?
女1  ‥‥だいたい。
女2  ほな、お母ちゃんのやるの見て、きっちしまねすんねんで。
女1  うん。

    女1・2、焼香に行く。

男1  それにしても、今日は無茶苦茶暑いですねぇ。(汗をぬぐう)
男2  ああ‥‥セミも鳴いとるしな。
男1  え?  セミがなんか関係あるんですか?
男2  心理的効果っていうやっちゃ。よけいに暑く感じるやろ。
男1  ああ‥‥なるほど。
男2  だいたい、こんな黒い服着てたら、熱ばっかり吸収しよるわ。これも洋服屋の陰謀やな。
男1  え?
男2  だから、ハイヤーとおんなじで、結婚式は白い服、葬式は黒い服にしたらええんや。
男1  ‥‥でも、これ、葬式ですよ。
男2  ‥‥ああ、そうやったな。‥‥くそ。
男1  ‥‥‥。
男2  ‥‥‥。

    セミの声。読経。

男2  あの坊主、お経、えらい長いな。
男1  そうですかね。
男2  そうやて。‥‥客もおらんのに。‥‥キミ、坊主のとこ行って、はよやめろ、て言うてきて。
男1  そんな‥‥無茶ですよ。
男2  暑いのかなんのやろ。‥‥現代はスピード時代やで。夜のおつとめも昼のおつとめも短いのに限るわ。アハハハハハハハ。
男1  ?

    セミの声と読経。男2の笑い声。

女3  それにしても‥‥。
女4  え?
女3  やっぱし、もう、誰も来いひんのかな。
女4  そやろ。‥‥もう、そろそろ出棺の時間やで。
女3  そうか‥‥。
女4  あんた、えらい気にすんねんな。
女3  そやかて。
女4  あんた、なんか源さんに世話になってたん?
女3  そんなことないけど‥‥ほら、よく言うやん。死に方でその人の人生がわかるって。
女4  へえ、そうなん?
女3  そうなんよ。そやから‥‥。
女4  そやから?
女3  寂しい人生やなって‥‥。

    音楽(ザ・フー「サマータイムブルース」)
    ダンス!

    暗転。


    昼の公園。
    山岸雄二が、ベンチにすわってギターを弾いている。

山岸  ♪バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが
    さびしかった僕の庭にバラが咲いた
    たった一つ 咲いたバラ 小さなバラで
    さびしかった僕の心が明るくなった
    バラよ バラよ 小さなバラ
    そのままで そこに咲いてておくれ

    山岸の恋人、関根純子がやってくる。
    純子は、山岸の背後からそうっと忍び寄り、山岸
    に目隠しする。

純子  だーれだ。
山岸  えーと、ミユキちゃんかな、いや、ヨーコちゃんかな?
純子  違います。
山岸  この手のぬくもりは、ひょっとしたら島村先輩かな?
純子  もう!
山岸  冗談、冗談、純ちゃんやろ。

    純子、手を離す。

純子  雄二のあほ!  もうしらんわ。
山岸  あたりー!
純子  また講義さぼって、ギター弾いてんのやろ。
山岸  ちゃうよ。空き時間。
純子  ほんまー?
山岸  ほんまのほんま。
純子  そう。‥‥だいぶ、うまなったね。
山岸  まだまだやて。
純子  何ヶ月?
山岸  3ヶ月ちょっと。
純子  それやったら、うまい方やわ。
山岸  そうかな。
純子  一緒にうたお。
山岸  えー、緊張するやん。
純子  さっきうとてたやつ。
山岸  バラが咲いた?
純子  それ。

    山岸、ギターを弾く。ベンチの後ろに純子が立っている。

山岸・純子  ♪バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが
       さびしかった僕の庭にバラが咲いた
       たった一つ 咲いたバラ 小さなバラで
       さびしかった僕の心が明るくなった
       バラよ バラよ 小さなバラ
       そのままで そこに咲いてておくれ
       バラが咲いた バラが咲いた 真っ赤なバラが
       さびしかった僕の庭にバラが咲いた

    純子が拍手をする。

純子  すごい、すごい。プロみたいや。
山岸  そんなことないで。
純子  そんなことあるで。‥‥そや、二人でデビューしよか。トワ・エ・モアみたいに。
山岸  そんなあほな。
純子  トワ・エ・モアの曲、なんか弾けへんの?
山岸  練習したことないわ。
純子  今度やっといてね。ハモリとか入れて、バチッとやろ。えーと、「ある日突然」と「空よ」と、それから「虹と雪のバラード」。
山岸  そんな、いっぺんにできひんよ。
純子  私がメインボーカルで、あんたがギターとハモリやからね。
山岸  そんな無茶な‥‥。
純子  わかった?
山岸  ‥‥‥。
純子  わかった?
山岸  ‥‥わかりました。
純子  よーし、決まり。ボイストレーニングせな。‥‥まずは今度の学祭のステージやな。
山岸  もう、好きに言うて。
純子  何言うてんの。私、本気やからね。わかってる?
山岸  ‥‥前向きに検討いたします。
純子  何、政治家みたいに言うてんの。
山岸  ‥‥‥。
純子  あ、そや、政治家で思い出したわ。二十日の有事立法粉砕のデモと集会、雄二も来てくれるんやね?
山岸  ああ、行けたら行くつもりやけど。
純子  行けたら、やあかんのよ。もう、サークルのメンバーで名簿出してあるんやから。
山岸  え、そうなん?
純子  行かへんかったら、島村さん怒ると思うでぇ。
山岸  島村先輩が?
純子  そら、あの人が、今回の責任者やもん。あんた、島村さんに気ぃあるんちゃうん?
山岸  そんなんとはちゃうよ。‥‥けど、あの先輩、なんか、大人の女性って感じがするやん。
純子  島村さん、私とおない年なんやけどなあ‥‥。
山岸  ‥‥‥。
純子  ついでに言えば、あんたともおない年なんやけどなあ‥‥。
山岸  ‥‥‥。
純子  前から言おうと思ってたんやけど、その島村先輩と言うの、二人でいる時はやめてくれへん?  島村さんでええやん。そら、あんたは浪人したから先輩かもしれへんけど、おない年なんやし、あっちが島村先輩で、私が純ちゃんやったら、なんか、バランスが取れへんと思うんよ。それとも、私のこと、関根先輩って呼ぶ?
山岸  それは変やで。
純子  そやろ。‥‥ほな、島村先輩もなしな。
山岸  ‥‥わかった。‥‥でも、口癖になってるしなあ‥‥。
純子  わかった?
山岸  前向きに検討いたします。
純子  また言うてる。‥‥苦しい時はいつもそれやね。ハハハ。
山岸  ‥‥‥。
純子  ねぇ、なんかうたお。何できる?
山岸  え?  ‥‥そやねぇ、「若者たち」は?
純子  それ、それがいい。それうたお。

    山岸、ギターを弾き始める。

山岸・純子  ♪君の行く道は 果てしなく遠い
       だのになぜ 歯を食いしばり
       君は行くのか そんなにしてまで

       君のあの人は 今はもういない
       だのになぜ 何をさがして
       君は行くのか あてもないのに

       君の行く道は 希望へと続く
       空にまた 日が昇る時
       若者はまた 歩き始める

       空にまた 日が昇る時
       若者はまた 歩き始める

    暗転。


    大学のサークル部室。
    いくつかのテーブルが並んでいる。
    それを取り囲むように、部員たちがすわっている。

高塚  シュプレヒコール!
全員  オー!
高塚  シュプレヒコール!
全員  オー!
高塚  有事立法粉砕!
全員  有事立法粉砕!
高塚  思想と言論と表現の自由を守れ!
全員  思想と言論と表現の自由を守れ!
高塚  日本に戦争準備は必要ないぞ!
全員  日本に戦争準備は必要ないぞ!
高塚  米軍はベトナムからただちに撤退しろ!
全員  米軍はベトナムからただちに撤退しろ!
高塚  デートの自由を守れ!
全員  デートの自由を守れ!

    間。

高塚  ‥‥と、こんな感じでどうやろ?

純子  いいと思います。
直子  ええんとちゃいますか。
美樹  うん、こんな感じでしょ。
高塚  じゃあ、これで‥‥
由美  ちょっと。
高塚  え?
由美  最後の「デートの自由を守れ」っていうの、トーンが合わないと思わない? ‥‥それに、意味もよくわからないし。
高塚  それは‥‥全学連の新聞にも載ってたから入れたんやけど。
由美  でも、これだけじゃ、何が言いたいのかわからないじゃない?
美樹  ほら、昔、警職法の時、「デートもできない警職法」ってスローガンがあったやないですか。あれとおんなじパターンと違いますか? 有事立法を、自分たちの身近な問題として考えてもらおう、ちゅうことで。  
直子  ケイショクホウ?
美樹  警察官職務執行法のこと。略して、警職法。
直子  それ、いつ頃の話?
美樹  よう知らんけど、六〇年安保のちょっと前ぐらいとちごたかな。
直子  へえー、ようそんな昔のこと知ってるねぇ。‥‥美樹、あんた、ほんまは何歳?
美樹  うるさいな。こんなん常識や。‥‥確か、入学した頃の学習会でもやったやん。ねぇ?
純子  そういえば、そんな気もするけど‥‥。それにしても城之内さん、よう学習したはるねぇ。
美樹  それほどでもないけど。へへ。
由美  ちょっと、話をそらさないでよ。‥‥だからさ、「デートもできない警職法」なら分かるけど、「デートの自由を守れ」じゃ、意味不明なのよ。
高塚  そうかな?
由美  そうよ。
山岸  それじゃ、「デートもできない有事立法」じゃどうですか?
由美  それじゃ、ますます意味不明。
山岸  そうですか‥‥。
藤森  それじゃ、「デートの自由もおびやかす有事立法反対」じゃ、どうですか?
由美  ダメ。長すぎるし、説明的すぎて、シュプレヒコールにならない。
藤森  そうですか‥‥。
純子  島村さん。ダメ、ダメ、って否定ばかりしないで、対案出してよ。
由美  だいたいさ、デートだけが、身近な問題なのかな?
純子  え?
由美  みんな彼氏や彼女がいる人ばっかじゃないでしょ?  ‥‥いない人には、かえって嫌みに聞こえるんじゃないかな。
純子  そんなことは‥‥。
美樹  あるある。大いにある。
直子  純子は、彼氏がいるもんねぇ。
美樹  デートの自由は大切よねぇ。
美樹・直子  おうらやましいわあ。

    山岸、赤くなる。

純子  何よ。そんな個人的なことを言ってるんじゃないでしょ。話をすりかえないでよ。
由美  だから、身近な問題を出すのはいいと思うわけ。でも、「身近」イコール「デート」という発想は、短絡的すぎると思うのよ。
純子  そやったら、何が身近なん?
由美  だから、それをみんなで考えましょうよ。
美樹  身近ねぇ‥‥。
直子  うーん。

    しばしの沈黙。

山岸  あのう、「夜歩きもできない有事立法反対」というのは、どうですか?
美樹  夜歩いて何すんの?  泥棒みたいやん。
山岸  ダメですか?
美樹  ダメ。ボツ。
藤森  「夜遊びもできない有事立法反対」ちゅうのは?
直子  「夜遊び」って、なんか不良の集会みたいやねぇ。はよ帰って寝た方がええんちゃう?
藤森  ボツですかね?
直子  ボツ。
美樹  身近ねぇ‥‥。
直子  うーん。

    しばしの沈黙。

高塚  よーし、わかった。これは次までの宿題にしとこ。身近な問題で、有事立法の恐ろしさがわかるスローガンやで。みんな、それでええね。
全員  はい。
高塚  そやったら、次、歌行こう。「遠い世界に」。みんな練習してきた?
全員  はーい。
高塚  山岸君、ギター、オッケー?
山岸  大丈夫やと思います。
高塚  そやったら、いこか。みんな、よそのサークルに負けんように、大きい声出してや。オッケーか?
全員  オッケー!

    山岸の伴奏で、全員が歌う。

  ♪遠い世界に 旅に出ようか
  それとも 赤い 風船に乗って
  雲の上を 歩いてみようか
  太陽の光で 虹をつくった
  お空の風を もらって帰って
  暗い霧を 吹き飛ばしたい

  ぼくらの住んでる この町にも
  明るい太陽 顔を見せても
  心の中は いつも悲しい
  力を合わせて 生きることさえ
  今では みんな 忘れてしまった
  だけど ぼくたち 若者がいる

  雲に隠れた 小さな星は
  これが日本だ 私の国だ
  若い力を からだに感じて
  みんなで歩こう 長い道だが
  一つの道を 力の限り
  明日の世界を 探しに行こう

  明日の世界を 探しに行こう

    全員、拍手。

美樹  ブラボー!
直子  最高!
由美  山岸君、ギターうまくなったね。
山岸  はあ‥‥どうも。(赤くなる)
美樹  我ながら感動するわ。
直子  これやったら、一位は無理でも、入賞はできるんちゃうかな?
美樹  かもね。
藤森  これ、賞とかあるんですか?
美樹  ああ、一回の子は知らんやろうけど、いろいろ賞があるねん。シュプレヒコールの賞とか、デコレーションの賞とか、ダンスの賞とか、歌の賞とか‥‥他、なんかあったっけ。
直子  衣装賞、団結賞。
純子  去年は、うちのサークル、団結賞もろたんやで。
藤森  なんか、デモというよりお祭りみたいですね。
高塚  そうやって、デモの参加者も増えるし、集会も盛り上がるんや。一石二鳥ちゅうわけやな。
由美  何が一石で、何が二鳥なわけ?
高塚  だから‥‥その‥‥もう、細かいことはええがな。
直子  あ、部長ごまかしてる!
美樹  島村さん、一本!
全員  ハハハハハ。
山岸  あのう。
高塚  ん?
山岸  でも、この歌、問題があるんじゃないんですか?
高塚  「遠い世界に」がか?
山岸  はい。‥‥なんや、三番の歌詞がよくないとか。
高塚  三番?
山岸  「これが日本だ  私の国だ」というとこが、妙にナショナリズムを鼓舞して、よくないとか聞きましたけど。
高塚  誰に聞いたんや?
山岸  いろんな人に聞いたんで‥‥たとえば、社研の柴田先輩とか、高橋先輩とか。
高塚  君、柴田とか高橋とか、知り合いなんか?
山岸  知り合いってほどではないですけど、新歓の時、社研ものぞいたことがあったんで、時々遊びに行ったりするんです。
高塚  それはあかんな。社研とは縁を切りなさい。
山岸  え‥‥どうしてですか?
由美  トロなのよ。
山岸  トロ? ‥‥マグロのですか?
由美  何ぼけてんのよ。トロって言ったら、トロツキストのことよ。
山岸  トロツキスト?
美樹  暴力学生のこと。
直子  ヘルメットかぶって、ゲバ棒振り回してる連中のことよ。
山岸  ああ、たしかにヘルメットとかはかぶったはりますね。
純子  雄二、そんなとこに出入りしてたん?
山岸  ああ。
純子  なんで?
山岸  ‥‥‥。

    間。

山岸  あのう‥‥なんで、あかんのですか?
由美  また、ぼける。
美樹  あの人らは問答無用の暴力主義なんよ。
直子  講義中に乱入してきて、教授にペンキをかけるんよ。
高塚  そして、我々の敵なんや。
山岸  ‥‥敵。
高塚  ああ、敵や。‥‥実際に、うちのサークルも、あいつらの攻撃を受けたことがあるんや。
山岸  それは社研の人ですか? 柴田先輩ですか? 高橋先輩ですか?
高塚  そんなんは確認してへん。とにかく、トロの連中が大挙して押し寄せてきよったんや。

    間。

山岸  あのう‥‥しゃべってみやはったことはあるんですか?
高塚  誰と? トロとか?
由美  あいつらの言葉は暴力なのよ。ゲバ棒なのよ。
山岸  僕は、しゃべりました。‥‥実際しゃべってみると、あの人らも、いろいろよう考えたはるし、ええ人ですよ。
由美  それはね、君がオルグの対象だからよ。
山岸  オルグ?
由美  仲間に引き込もうとしているのよ。
美樹  そう、オルグよ。
直子  オルグ、オルグ。
山岸  仮にそうやったとしても、あの人たちの三里塚や狭山事件の話は真剣やったし、あれがうそやとは思えません。ぼくはなんにも知らないノンポリやったから、このサークルで学習させてもらって、本当に勉強になりました。でも、それと同じくらい社研の人から勉強させてもらったと思ってます。
高塚  ‥‥‥。
山岸  ‥‥‥。
高塚  どっちを選ぶか、やな。
全員  部長。
山岸  選ばなあかんのですか? 両方取るちゅうのはあかんのですか? ぼくにはできそうな気がするんですけど。
高塚  ‥‥無理や。
山岸  でも‥‥。
高塚  今すぐ決めろとは言わへん。でも、そんな長いことは待てへんで。
山岸  部長。
高塚  それから‥‥このサークルであったことや、しゃべったことは、社研では話さんように。それから、レジュメや印刷物も見せんように。これは約束してや。
山岸  ‥‥どういう意味ですか?
由美  スパイの防止よ。
山岸  スパイ!
高塚  約束してくれるね?
山岸  ‥‥‥。はい、わかりました。

    間。

高塚  さあ、ちょっと湿っぽい雰囲気になってしもたから、もう一発元気出そか!
全員  ‥‥‥。
高塚  シュプレヒコール!
全員  オー。
高塚  なんやなんや、声が小さーい!
    シュプレヒコール!
全員  オー!
高塚  有事立法粉砕!
全員  有事立法粉砕!
高塚  思想と言論と表現の自由を守れ!
全員  思想と言論と表現の自由を守れ!
高塚  日本に戦争準備は必要ないぞ!
全員  日本に戦争準備は必要ないぞ!
高塚  米軍はベトナムからただちに撤退しろ!
全員  米軍はベトナムからただちに撤退しろ!

    間。

山岸  デートの自由を守れ!
全員  デートの自由を守れ!

    全員、笑い、拍手。
    暗転。


    大学のサークル部室。
    いくつかのテーブルが並んでいる。
    それを取り囲むように、部員たちがすわっている。
    テーブルにはビラが貼ってあり、学生たちは、ヘルメットをかぶったり、タオルを首にかけている。
    大きな笑い声。

高橋  ‥‥それで、高塚に、俺らの名前を言うたんか?
山岸  ‥‥はい。
高橋  そら、あいつ、顔色変えよったやろ?
山岸  ‥‥はあ‥‥まあ。
高橋  それで、俺らのこと、何て言うとった?
山岸  はあ‥‥。
洋子  トロ、トロ、トロ。トロがトロトロ歩いてる。
高橋  やっぱし、トロか?
山岸  はあ‥‥。
高橋  あいつら、それしか言えんのや。そうでなかったら暴力学生。‥‥ちゃうか?
山岸  はあ‥‥。
道恵  だいたいあんたが下品やから、そんな下品な名前で呼ばれんねんで。あたしらけっこう迷惑してんねんで。
高橋  下品ですまんのう。これは生まれつきや。文句は親にゆーて。
道恵  親かて泣いとるわ。苦労して大学入れたら、勉強もせんと、角材振り回して暴れてんのやから。
高橋  そんな、子供のケンカみたいに言わんときーな。あれは反権力のゲバルトやでゲバルト。
洋子  ゲバ棒、すなわちゲバルト棒なり。
道恵  だいたいねぇ。トロって省略の仕方が気にいらんわ。人をマグロみたいに言わんといて。
山岸  やっぱし、そう思わはりますか?
道恵  え?  何?
山岸  マグロ。‥‥僕もそう思ったんですよ。
道恵  ああ‥‥でも、今に始まった話とちゃうからね。
山岸  あのう、トロツキストって何なんですか?
道恵  あら、この子、そんなことも知らんの? ‥‥誰か、教えたって。
宏美  トロツキストって言うのはねぇ、トロツキーの考えを信奉する連中のことやねん。‥‥あ、トロツキーって知ってる?
山岸  はあ‥‥いえ。
宏美  ‥‥‥。ぼく、レーニンとかスターリンやったら、聞いたことあるやろ?
山岸  はい。
宏美  昔々、ロシア革命を成し遂げたレーニンさんの後継者候補に、スターリンさんと、トロツキーさんというのがおったんや。
山岸  はあ。
洋子  ぼーやー、よい子だねんねしなー。
宏美  それでな、ほんまはトロツキーさんが本命やったんやけど、このスターリンさんというのが、ものごっつずっこい人でな、レーニンさんの遺言を書き換えて、自分が後継者になってしもたんや。‥‥ここまでわかるか?
山岸  はい。
宏美  そやけど、このスターリンさんちゅう人は、ものごっつうたぐり深い人でな、今で言うたら被害妄想ちゅうやつで、回りの人間も信頼できひんで、バンバン殺してしまうちゅう人やったから、このトロツキーさんが復活してくるんちゃうか、復活してくるんちゃうか、って、心配してたんやな。そこのところはトロツキーさんも気づいていて、ソ連から、メキシコあたりに逃げたんや。それでも、執念深いスターリンさんは、スパイを送って、探し回って、とうとう見つけてしもたんや。
山岸  それで、どうなったんですか?
宏美  どうなったって? ‥‥決まっとるがな、粛清したんや。
山岸  粛清?
宏美  殺したの。
洋子  ちゃーんの仕事は、刺客ぞなー。しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん、しとぴっちゃん。
宏美  ‥‥と、だいたいこんなこっちゃ。ぼく、わかったか?
山岸  はあ‥‥だいたい。‥‥あのう、それで、どうして皆さんはトロツキストなんですか?

    全員、爆笑。

山岸  ?
高橋  なんでトロツキストか? こりゃ、ええ質問や。誰か、答えたってぇな。おい、柴田。
柴田  おいどんには、わかりもはん。
高橋  宏美。
宏美  しらんわ。
高橋  道恵。
道恵  あいつらに聞いて。
高橋  洋子。
洋子  知るも知らぬも逢坂の関。
高橋  ‥‥と、こういう具合や。誰もわからんのやわ。愛想なしですまんなあ。
山岸  でも、高塚さんらは、トロとか、トロツキストとかって呼んでますけど。
高橋  でもなあ、だいたい、トロツキーなんか読んだことないからなあ。‥‥柴田ちゃん読んだ?
柴田  おいもごわはん。
道恵  あたし、一冊持ってるで。
高橋  それ、読んだん?
道恵  積ん読。
洋子  成せば成る、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり。
山岸  それじゃあ、何でトロツキストとか呼ぶんですか?
高橋  おい、日本むかしばなしのおばちゃん、もう一回お話したって。
宏美  誰がおばちゃんや!
高橋  失礼。おねえさん。
宏美  しゃあないなあ‥‥昔々、スターリンは共産主義の神様やったんや。少なくとも五十年代ぐらいまではな。その時代に、日本には共産党は一つしかなかったんやけど、いろいろと分裂とか路線対立とかが起こってきたんや。それで、対立する相手のことを、スターリンのライバルやったトロツキーの名前で呼んだんや。何でかというとやな、トロツキーは神様の敵やったからや。つまり、悪の代名詞。キリスト教で言うたらユダみたいなもんや。それで、お互いに相手のことを悪口として「トロツキスト」「トロツキスト」と呼び合ったんや。まあ、誰もほんまのところはトロツキーの思想なんかよう知らんかったんやけど‥‥。別に「あほ」とか「おまえの母ちゃんでべそ」でもよかったんやろけど、一応、活動家やしな、「トロツキスト」っちゅうた方が、もっともらしいやろ? それで、気にいらん相手のことをトロツキストと呼ぶようになりました。おしまい。
高橋  ご苦労さん。‥‥わかったか?
山岸  はあ‥‥なんとなく。あのう、それじゃ、高橋先輩らも、あっちのことをトロって呼ぶんですか?
高橋  呼ばへん。あいつらは、スターリニストやから。
山岸  ?
洋子  スターリニストがスタスタ歩いてる。
高橋  スターリニスト。官僚主義者や。
山岸  ‥‥‥。なんか、ややこしくて、ようわからんようになってきました。
高橋  おいおい、知恵熱出して倒れんなよ。
山岸  大丈夫です。‥‥ええっと、トロツキストでもなくて、スターリニストでもなくて‥‥結局、先輩らは何なんですか?
高橋  何なんやろな。‥‥なあ、みんな、俺らは何なんやと思う? 柴田ちゃんどう?
柴田  おいどんは強きをくじき、弱きを助ける革命家だす。
高橋  宏美は?
宏美  うーん、革命的共産主義者。
高橋  なんや、そのまんまやな。道恵は?
道恵  マルキストかな。
高橋  洋子は?
洋子  マルちゃんたらぎっちょんちょんでパーイのパーイのパーイ。
高橋  ‥‥‥。とまあ、こんなとこやね。‥‥わかった?
山岸  はあ‥‥。
道恵  どーでもええけど、あんた、さっきから聞いてたら、何言われても、「はあ‥‥」ばっかしやね。
山岸  はあ‥‥。
道恵  ほら、また!  もうちょっとはっきりしたらどないなん?男なんやったら、イエスかノーか、はっきりしいな。
山岸  はあ‥‥いや、はい!

    全員、苦笑。

宏美  ‥‥あの、道恵さん。お言葉を返すようで何なんですが、その「男やったら」という言葉、ちょっと聞き捨てなりませんなあ。女性問題担当としては。
道恵  何があかんのん?
宏美  そやから、「男だったら」とか「女のくせに」とかいうのんは、封建的価値観ちゃいますやろか?
道恵  そんなんわかってるって。けど、あたしのは生理的なやつやねん。うじうじはっきりせん男見てたら、なんやこうムシズが走るっちゅうか‥‥。それとも、あんた、うじうじぐにょぐにょした男が好きか?
宏美  それは‥‥。
道恵  どうなん? 宏美さん。
宏美  嫌いに決まってるやろ!
道恵  よーし! 異議なし! 賛成! ‥‥な、そういうことやから、もっとビシッとせんと、女の子にも相手にされへんねんで。わかったか、ぼく?
山岸  はい!
柴田  ‥‥女の子?
道恵  ん?  なんかいうた?(柴田をにらむ)
柴田  申し訳ありませんでした!(最敬礼)
道恵  ところで、ぼくには、彼女とかいるんかいな?
山岸  ‥‥いるにはいますが‥‥。
道恵  いるんか、いーひんのか!
山岸  はい! います!
道恵  どこの子?
山岸  あっちのサークルの子です。
道恵  なんやミンコロの子かいな。それで、同級生? 先輩?
山岸  おない歳の一年先輩です。
道恵  え?
山岸  高校の同級生やったんですが、彼女が現役で受かって、ぼくが一浪したんです。
道恵  ほなら‥‥彼女は大学で新しい彼氏も作らず、ぼくが入学するのを一年間じーっと待ってたわけやな。
山岸  ‥‥そういうことになります。(顔を赤くする)
道恵  そら感動的な話や。ミンコロの子は情が厚いねぇ。見習わなあかんな。なあ、みんな。
全員  ‥‥‥。
道恵  こっちの世界はな、もう情が薄い薄い。生き馬の目を抜く世界やからな。ちょっと油断してたら、寝首をかきよるからな。ぼくみたいなんは、ほんまに用心せなあかんで。
山岸  はい。
高橋  おい、変なこと吹き込んだらあかんで。
道恵  でも、事実やん。
高橋  どんな事実やねん。
道恵  言うてもええのかなあ、社研のおどろおどろしい男女関係の歴史。
高橋  おれが悪かった。それはやめてくれ。
洋子  おれのものはおれのもの。人のものもおれのもの。
道恵  とにかく、ぼくは、もうちょっときたえなあかんな。
山岸  はい。
道恵  ぼく、デモとか行ったことある?
山岸  はい。
道恵  それはあっちの、ポリさんがあくびしながらついてくるデモやろ?
山岸  はあ‥‥はい!
道恵  ああいうのは、デモとは言わへんの。ほんまのデモは修行の場やねん。
山岸  修行の場?
宏美  修羅場とも言うけどな。
山岸  修羅場?
道恵  サンドイッチデモ言うてな。デモ隊が三つおるねん。真ん中が、あたしらのほんまもんのデモ隊、その両脇から、機動隊のデモ隊が挟み込みよるねん。それで、あたしらが、ちょっとでもジグザクとかしようしとたら、ギューと押しつぶしにかかってくるねん。
宏美  まあ、早い話が、どつきまわし。‥‥機動隊の肘当てとか靴とかにはな、分厚い鉛の板が入ってんねん。それで、ひじうちとか蹴ったりしよんねんな。もう人間でごちゃごちゃやから、外からは見えへんし、どつき放題、蹴り放題やねん。
山岸  ‥‥‥。
道恵  で、だいたい、デモ隊の一番外側は、その年に入学した一回生が並ぶねん。‥‥なんでかわかる?
山岸  ‥‥いじめ‥‥ですか?
道恵  いじめいうたら聞こえがわるいなあ。‥‥修行ちゅうか、学習してもらうねん。
山岸  学習?
道恵  あっちのサークルでも、学習会とかあったやろ?
山岸  ええ。
道恵  こっちでは、体で学習してもらうねん。‥‥あっちの学習会で、警察は国家権力の暴力装置、とか、階級的憎悪とか習わへんかった?
山岸  ‥‥習ったような気もします。
道恵  気もしますか‥‥。な、言葉の学習の効果いうたらその程度や。警察は国家権力の暴力装置とか言われても、ちっさいころ、道案内してもろたり、落としもんをあずけに行ったやさしい「おまわりさん」のイメージの方が強くて、なかなかピンときーひんやろ。
山岸  はあ‥‥はい!
洋子  犬のおまわりさん、困ってしまってワンワンワワン、ワンワンワワン。
道恵  ところが、一遍こっちのデモに行ったら目からウロコが落ちるでぇ。デモの一番外側で、ポリにボコボコにやられたら、「国家権力の暴力装置」とか「階級的憎悪」ちゅうもんが、もう理屈抜きに分かる。体で覚えた記憶は一生忘れへん。
宏美  そのかわり、学習代は高うつくでぇ。肘当てで脇腹どつかれたら、三日ぐらい寝こまなあかんし、へたしたら、あばらの一、二本、ヒビいくぐらいは覚悟してもらわらわなあかん。まあ、その分、こっちもやられっぱなしとちごて、脇腹に雑誌はさんだり、メットかぶったりして防衛してんねんけどな。
道恵  ‥‥と、いうことで、山岸、一遍デモに行ってみるか?
山岸  え‥‥。
道恵  別に無理にとは言わへん。でも、あんたの場合、根性付けるためにも、行った方がええと思うけどな。
山岸  ‥‥行きます! 行かしてもらいます!
洋子  行きはよいよい、帰りはこわい、こわいながらも通りゃんせ通りゃんせ。
道恵  そしたら、今度の「有事立法粉砕」のデモに参加してもらおか?
山岸  有事立法‥‥。それって、いつですか?
道恵  今度の二十日。
山岸  二十日‥‥。
道恵  都合悪いん? ‥‥もしかしたら、デートでもあるん?
山岸  そんなんやないです。‥‥ただ、向こうのサークルでも集会があるから。
道恵  やっぱしデートやないの。‥‥それやったら、無理せんと、あっち行き。彼女が泣くで。
山岸  いや‥‥ちょっと考えさせて下さい。返事は明日でもええですか?
宏美  あんた、あほやなあ。向こう行ったら、彼女と肩組んで歌でも歌えるのに、こっちやったら機動隊にボコボコやで。‥‥あたしも、あっち行こうかな。
道恵  あんたが行ったら、トロが来た、トロが来た、って豆投げられるわ。
宏美  人を節分の鬼みたいに言わんといてよ。‥‥鬼やったら、高橋やろ。
高橋  誰が鬼やねん‥‥ガオー!
全員  ‥‥‥。
道恵  そや、デモだけちごて、山岸にアジもやってもらおうか?
山岸  アジ?
洋子  アジの開きはおいしいどすえー。
宏美  アジテーション。アジ演説。‥‥メガホン持って、学生や、通行人にしゃべるんや。「構内を通行中の、学生、労働者の諸君!」って、見たことあるやろ?
山岸  はい。‥‥あれですか。‥‥あれをアジって言うんですか?
道恵  そう。‥‥あれをやってみいひん?
山岸  え‥‥ぼくがですか?
道恵  根性つくでぇ。
宏美  公安にバシャバシャ、写真撮られるけどな。
山岸  コーアンって?
宏美  この子、ほんま何にも知らんのやねぇ。
山岸  すみません。
宏美  公安ちゅうのは公安警察のこと。思想警察、ちゅうか、戦前の特高みたいなもんやね。
山岸  そんなんが、今でもあるんですか?
宏美  あるの。
道恵  あいつらに名前が知れると、ブラックリスト入りや。就職や結婚にも差し障りが出てくるかもしれへん。親が泣くでぇ。
宏美  そやから、メットかぶって、タオル巻いて、時にはサングラスもするけどな。
山岸  ああ、それで、夏でもあんな怪しいかっこうなんですか?
宏美  怪しゅうて悪かったな。かっこええとゆうてほしいわあ。
山岸  すんません。
道恵  そやけど、たいがい面は割れてしまうけどな。それに、公務執行妨害なんかでパクられたら、なんぼ完黙しててもおしまいやね。
山岸  カンモク?
宏美  完全黙秘。
道恵  この中でパクられたことのある人。
高橋・柴田・洋子  はーい。
山岸  洋子さん‥‥もですか?
道恵  ああ見えても、洋子はなかなかの女闘士なんやで。
山岸  ‥‥そうなんですか。
道恵  どうや、話聞いてたら、だんだん楽しそうに思えてきたやろ? 一遍校門前でアジってみいひんか?
山岸  でも‥‥。
高橋  びびらしてどないすんねん。やるもんもやれんようになるがな。お前、悪趣味やぞ。
道恵  ‥‥びびってんの?
山岸  びびってません。でも‥‥。
道恵  でも?
山岸  ああいう演説は、ものごっつ難しい言葉を使わはるやないですか。あんなのは、ぼくには言えません。
宏美  大丈夫、大丈夫。ちゃんと原稿があるから。
道恵  そや、洋子ちゃんがビシッと書いてくれるから。
山岸  洋子さん‥‥がですか?
洋子  アジは南蛮漬けもおいしいどすえ。
道恵  うちのビラや演説の原稿は、全部洋子が書いてるの。洋子は天才アジテーターやで。
山岸  ‥‥そうなんですか。
道恵  どや、やってみるか?
山岸  ‥‥‥。はい、やります。
道恵  よっしゃ、よう言うた。拍手!

    全員拍手。

高橋  そや、仲間入りのお祝いに、ちゅうわけでもないけど、君、いつもギター持ってるけど、弾けるんやろ?
山岸  はあ‥‥少しは。
高橋  ほな、この歌、歌ってくれへんかな。

    と、山岸に楽譜を渡す。

山岸  ‥‥戦争しか知らない子供たち。
高橋  「戦争を知らない子供たち」の替え歌や。コードもメロディーも、そのままでええんや。
山岸  はい。

山岸  ♪戦争の時代に ぼくらは生まれた
    第一羽田 第二羽田
    一〇・二一 三里塚
    そして今でも 闘い続ける
    ぼくらの名前を 聞かせてあげよう
    戦争しか知らない 子供たちさ

    平和にあこがれ ぼくらは育った
    ゲバ棒竹槍 ヘルメット
    パイプ爆弾 ダイナマイト
    今日も明日も 闘い続ける
    ぼくらの名前を 覚えてほしい
    戦争しか知らない 子供たちさ

    戦争しか知らない 子供たちさ

全員  イェーイ! よーし! 異議なし! 賛成!

    全員拍手。
    暗転。


    昼の大学構内。
    ベンチにすわって山岸がギターを弾いている。

山岸  ♪私たちの望むものは 生きる苦しみではなく
    私たちの望むものは 生きる喜びなのだ
    私たちの望むものは 社会のための私ではなく
    私たちの望むものは 私たちのための社会なのだ
    私たちの望むものは 与えられることではなく
    私たちの望むものは 奪い取ることなのだ
    私たちの望むものは あなたを殺すことではなく
    私たちの望むものは あなたと生きることなのだ

    純子がやって来る。

純子  またうとてるんやね。
山岸  ああ。
純子  二十日、なんで来いひんかったん?
山岸  ‥‥‥。
純子  島村さん、怒ってたで。
山岸  そうか。
純子  どこ行ってたん? ひょっとして社研?
山岸  どっちか選べって、高塚さん言うてたし。
純子  ほんまに社研に行ってたん? 信じられへんわ。
山岸  ‥‥‥。
純子  社研で何してたん? だべってたん?
山岸  デモに参加してた。
純子  え‥‥。
山岸  ヘルメットかぶって、デモ行進してた。
純子  ‥‥‥。
山岸  機動隊に何遍もひじうちされて、今でも脇腹が痛いねん。
純子  ‥‥‥。
山岸  あいつら、遠慮しよらへんねん。思いっきりひじ鉄食わしよんねん。それから、足も思いっきり踏みよるねん。親指の爪が割れて、血がでてきよって、それが靴の中でわかるねん。血でヌルヌルしてんのがわかるねん。そやから、もう一遍踏まれたらおしまいやな、と思たさかい、右足をかばって歩くやろ。そしたら、不自然な歩き方になって、あっちにアゴ出すような歩き方になってまうんや。そしたら、ジュラルミンの盾で、バシバシいたぶるようにしばきよんねん。あれ、思いっきりやられてたら、鼻の骨が折れてたわ。
純子  ‥‥あほや。
山岸  ‥‥‥。
純子  雄二、あほやで。
山岸  ‥‥‥。
純子  わたし、来るって信じてたんやで。集合の時間になっても、出発の時間になっても、もうみんなが「来いひん」って言うても、「雄二は来ます。絶対来ます。」って、みんなに言い続けてたんやで。もうデモもおしまいになって、集会でも、伴奏なしで「遠い世界に」をうとて。わたし、泣きながらうとたんやからね。あんだけ練習したのに、みんなであんだけ練習したのに‥‥。なんで、それが分からへんの? 分かってくれへんの? そやのに‥‥そやのに、ヘルメットかぶってデモしてたん?  機動隊にしばかれに行ってたん? ‥‥あんたなんか、もっともっとボコボコにされたらよかったんよ。もう歌うたう元気もなくなるくらいにボコボコにされたらよかったんよ!
山岸  ‥‥‥。
純子  (泣いている。)
山岸  ‥‥ごめん。
純子  (泣いている。)
山岸  純ちゃん‥‥ごめん。
純子  ‥‥何が、ごめんなんよ? ‥‥何を謝ってるん? わたしが泣いてるから、困ってるだけなんやろ。‥‥そんなんやったら謝っていらんわ。
山岸  ‥‥‥。

  しばし、泣く純子。見つめる山岸。

純子  ‥‥なんで、なんであっちに行ったん?
山岸  ‥‥‥。
純子  なんでなん?
山岸  ‥‥好奇心‥‥かな。
純子  好奇心? 何、それ?
山岸  社研の部室で、あっちのデモの激しさを聞いたんや。それで、今まで経験したことのないことを経験したいっていうか‥‥。
純子  それが、好奇心?
山岸  いや、単に、恐いもの見たさやったのかもしれん。
純子  それで、仲間を捨てるん?
山岸  え‥‥いや。
純子  そうやろ。仲間を裏切ったんちゃうん?
山岸  ‥‥‥。
純子  それとも、私ら、仲間とちゃうん?
山岸  ‥‥‥。
純子  私は‥‥仲間とちゃうん?
山岸  ‥‥仲間や。
純子  そやったら、なんで相談してくれへんかったん? 他の人はええわ。なんで、私に相談してくれへんかったん?
山岸  ‥‥ごめん。
純子  ごめんしか、言わへんのやね。
山岸  ごめん。
純子  そんなにごめんが好きやったら、百回でも千回でも言うたらええわ。
山岸  ‥‥‥。
純子  ほら、言いなさいよ。それしか言えへんのでしょ。私の前で、百回でも、千回でも、気のすむまで言いなさいよ!
山岸  ‥‥‥。ごめん‥‥。ごめん‥‥。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。‥‥‥。

    純子、泣いている。山岸も泣いている。

純子  ‥‥あほや。
山岸  ‥‥‥。
純子  あんたは、ほんまにあほや。
山岸  ‥‥‥。
純子  もう、社研でもどこでも行ったらええわ。
山岸  え‥‥。
純子  それが、雄二の選んだ道なんやろ?
山岸  ‥‥‥。
純子  でも、そんな雄二の心を分かってあげられへんかった‥‥。
山岸  ‥‥そんなことない。
純子  そんなことあるよ。雄二の相談役にもなれへんかったのは、悔しいっていうか、悲しいっていうか、‥‥恋人失格やね。
山岸  それは違う。
純子  違わへんよ。‥‥恋人っていうのはそういうものなんよ。理屈やないんやから。
山岸  ‥‥‥。
純子  あーあ、雄二もあほやけど、私もあほやねぇ。

    純子、仰向けに寝ころぶ。

純子  ええ天気やねぇ。空が真っ青や。

    純子、歌い出す。

純子  ♪胸にしみる空の輝き
    今日も遠く眺め  涙を流す
    悲しくて悲しくて  とてもやりきれない
    このやるせないモヤモヤを  誰かに告げようか

    しばしの沈黙。

純子  悲しいぐらいにお天気。
山岸  え?
純子  誰か言ってへんかったっけ、そういう言葉。
山岸  さあ?

    純子、立ち上がる。

純子  さあ、そろそろ、私行くわ。
山岸  え。
純子  デモの反省会兼打ち上げ会があるねん。
山岸  そう‥‥。
純子  雄二も行く?
山岸  え?
純子  冗談やて。‥‥でも、のこのこ出かけて行って、みんなにボコボコにされたらおもろいやろな。
山岸  それ、本気?
純子  うーん、半分本気。
山岸  おーこわ。
純子  あ、そや、うちらな、歌で二位になったんよ。誰かさんのおかげで。
山岸  ああ、そう。おめでとう。
純子  雨降って地固まるってね。みんな必死やったからね。
山岸  ‥‥ごめん。
純子  あれ、まだ言い足らんの? あと百回ぐらい言ってみる?
山岸  勘弁してーや。
純子  勘弁したろ。ほな、私、行くわ。
山岸  さいなら。          
純子  さいなら。

    純子、歩き出して、立ち止まる。

純子  雄二。
山岸  え。
純子  トワ・エ・モアは、もう解散やね。
山岸  ‥‥‥。そうやね。
純子  ‥‥さよなら。
山岸  さよなら。

    純子、去る。
    しばしの沈黙。
    やがて、山岸、ギターを取り上げ、怒ったように、あるいは泣くかのように歌い出す。

山岸  ♪今ある不幸せに とどまってはならない
    まだ見ぬ幸せに 今飛び立つのだ
    私たちの望むものは
    私たちの望むものは
    私たちの望むものは
    私たちの望むものは
    私たちの望むものは

    暗転。


    山岸、校門前で拡声器を抱えてアジ演説をしている。
    後ろにヘルメット姿の学生達が並ぶ。

山岸  ブルジョアジー諸君。我々は世界中で君達を革命戦争の場に叩き込んで一掃する為に、ここに公然と宣戦を布告するものである。
君達の歴史はもはやわかりすぎている。君達の歴史は血塗られた歴史じゃないか。君達の間での世界強盗戦争の為に我々をだまし、互いに殺し合わせてきた。嘘だとは言わせない。我々はもうそそのかされだまされはしない。
君達にベトナムの民を好き勝手に殺す権利があるなら、我々にも君達を好き勝手に殺す権利がある。君達にブラックパンサーを殺し、ゲットーを戦車で押しつぶす権利があるなら、我々にも、ニクソン、佐藤、キージンガー、ドゴールを殺し、ペンタゴン、防衛庁、警視庁、君達の家々を爆弾で破壊する権利がある。君達に沖縄の民を銃剣で刺し殺す権利があるなら、我々にもナイフで突き殺す権利がある。
いつまでも君達の思い通りになると思ったら大間違いだ。君達の時代は既に終わった。我々は最後の戦争の為に、世界革命戦争の勝利の為に、君達をこの世から抹殺する為に、最後まで戦い抜く。我々は自衛隊、機動隊、米軍諸君に公然と銃を向ける。殺されるのがいやなら、その銃を後ろに向けろ。君達をそそのかし、後ろであやつる豚共に向けて。我々を邪魔する奴は、容赦なく抹殺する。
世界革命戦争宣言をここに発する。

    暗転。


    うらぶれた通りに電柱が一本立っている。
    上手奥に、これまたうらぶれたアパートがある。
    電柱のそばにコートと帽子姿の男が一人立っている。
    冬の夕方である。
    遠くで豆腐売りのラッパが鳴っている。
    上手奥から、女子中学生が現れる。

タマコ (アパートの部屋に向かって)源さん。源さん。げーんさん。

    部屋からは返事がない。

タマコ まだ帰ってへんのかな。‥‥さぶいし、中で待ってよ。おじゃましまーす。

    タマコ、部屋に入る。

タマコ うっ、さぶ。外よりここの方がさぶいで。‥‥ストーブ、ストーブ。

    タマコ、ストーブをさがす。

タマコ そや、源さん、ストーブ持ってへんのやった。‥‥おこた、おこた。

    タマコ、コタツをさがす。

タマコ そや、源さん、おこたも持ってへんのやった。‥‥こんなさぶいのに、あのおっさんどないすんねん。‥‥しゃあないなあ。

    タマコ、たたんであった布団を引きずり出し、もぐりこむ。

タマコ うわ、湿っぽいなあ。外より冷たいぐらいやわ。それにおっさんの臭い。(布団を嗅ぐ)たまらんなあ‥‥。

    タマコ、しばし、天井を見つめている。

タマコ ひまやなあ、テレビもないし。‥‥源さん、はよ帰ってきいひんやろか。

    タマコ、布団の中で歌を口ずさむ。

タマコ  ♪引っこ抜かれて あなただけについて行く
     今日も運ぶ戦う増えるそして食べられる
     ほったかされてまた逢って投げられて
     でも私たちあなたに従い尽くします

     引っこ抜かれて あなただけについて行く
     今日も運ぶ戦う増えるそして食べられる

     ‥‥変な歌。

    タマコの母親の声。

珠恵  タマコ! タマコ!

    タマコ知らんぷりをして、布団にもぐる。

珠恵  タマコ! どこいったんや!

    珠恵、上手奥から出てくる。

珠恵  タマコ! ‥‥また、源さんとこやろか?

    珠恵、源さんの部屋の前に立つ。

珠恵  源さん。タマコ来てやしまへんか?

    部屋からは返事がない。

珠恵  留守かいな。‥‥おじゃましまっせ。

    珠恵、部屋に入る。部屋を眺め回して、布団に近づく。
    珠恵、布団をはぎとる。

珠恵  あ、やっぱり。
タマコ おかあちゃん‥‥おはよう。
珠恵  おはよう、やあらへん。こんなとこで何しとんの?‥‥あ、あんたまさか!
タマコ まさかって?
珠恵  あんた‥‥源さんと‥‥。
タマコ おかあちゃん、何言うてんの?
珠恵  まさか‥‥。そやな、考えすぎやな。‥‥とにかく、そこから出なさい。
タマコ はーい。(と、布団から出る)
珠恵  布団をたたむ。
タマコ はーい。(と、布団をたたむ)
珠恵  もとのとこに返す。
タマコ はーい。(と、布団をもどす)
珠恵  あんた、人の部屋に勝手に入ったらあかんって、前から言ってるやろ。
タマコ おかあちゃんかて入ってる。
珠恵  おかあちゃんは、ここの大家やからええの。
タマコ 私かて、大家の娘やからええやん。
珠恵  あー言うたら、こう言う。ほんま、誰に似たんやろねぇ。
タマコ 残念ながら、お父ちゃんとはちゃうと思うな。
珠恵  いちいち小憎らしいガキやな。
タマコ ガキとちゃうもん。
珠恵  もう、うるさい。とにかく、源さんとこにあんまり出入りしたらあかんで。
タマコ なんで?
珠恵  源さんかて忙しいやろし、迷惑になるやろ。
タマコ 迷惑なんかなってへんで。源さん、うちのこと好きやし。
珠恵  そういう話とちごて。
タマコ どういう話なん?
珠恵  もう、あー言えばこう言う。
タマコ ほんま、誰に似たんやろねぇ。アハハハハ。
珠恵  うるさい。
タマコ ところでお母ちゃん。何でうちを探してたん?
珠恵  晩ご飯。
タマコ なーんや、そうか。それ、先に言うてくれんと。‥‥さ、ご飯だ、ご飯だ、うれしいな。

    タマコ、さっさと奥に引っ込む。
    部屋に取り残される珠恵。

珠恵  もう‥‥。ほんま、誰に似たんやろねぇ‥‥。

    珠恵、奥に去る。

    下手から男(源さん)が現れる。
    ヘルメットにジャンパー姿、手に風呂敷つづみを持っている。
    電柱の男が声をかける。

男    源さん。
源さん  ああ、あんたか。
男    お帰り。今日は遅かったな。
源さん  ああ。
男    冷えるな。
源さん  そら、そんなとこに立っとったらな。
男    わしかて、好きで立っとるんとちゃうで。
源さん  いや、好きで立っとるがな。嫌やったら、ウチ帰ったらええねん。あんた、よめはんも、子供もおるんやろ?
男    まあな。
源さん  クリスマスも近いちゅうんに、お父ちゃんは、お外で電信柱にへばりつきか。季節はずれのセミみたいやな。子供が泣くで。
男    まあ、勝手に言うて。
源さん  宮仕えも大変どすな。
男    ところで、源さん、クリスマスあたり、何か派手なことでもやるんかいな。
源さん  さあ、どうやろ。
男    うわさは聞いとるんや。ケチらんと言うてぇな。な、ヒントぐらい。
源さん  あんた、あほか。知ってても、言うわけないやろ。
男    ‥‥ちゅうことは、やるんやな。
源さん  そやから、言わへん、って言うてるやろ。黙秘権や。
男    何が黙秘権やねん。取り調べしてるわけでもないのに。
源さん  あんたの質問いうたら、取り調べみたいなもんやんか。
男    ちゃうちゃう。一友人として聞いてるんや。
源さん  誰が友人やねん。
男    それやったら、一知人でもええわ。なあ、教えてぇな。
源さん  言わへんいうたら、言わへん。
男    ‥‥そうか、そこまで隠すちゅうことは、やっぱし、やるんやな。
源さん  しつこいおっさんやな。もう、勝手にそう思てたらええわ。恥かいても知らんで。
男    ああ、思とく。
源さん  勝手にして。
男    ああ、勝手にする。

    源さん、アパートに帰る。
    電気をつけ、ヘルメットとジャンパーを脱ぐ。
    カップラーメンを取り出し、湯を注ぐ。
    タマコがやって来る。

タマコ  源さーん。
源さん  ああ、タマちゃんか?  開いてるで。

    タマコ、部屋に入る。

タマコ  おじゃましまーす。‥‥お帰り。
源さん  ただいま。
タマコ  今日は、遅かったんやね。
源さん  ああ、そやねん。仕事が混んでてな。
タマコ  年末は工事ばっかしやもんな。‥‥うちの通学路も工事いっぱいやってて、通りにくうてかなんで。
源さん  そら、すまんこって。
タマコ  別に源さんに文句言うてんのとちゃうよ。
源さん  そうか。
タマコ  また、カップヌードル食べてんの?
源さん  ああ。
タマコ  そんなんばっかり食べてたら、体に悪いで。
源さん  カレーヌードルとか赤いキツネとかUFOとかも食べてるよ。
タマコ  そういうことと違ごて!  そんなん、全部おんなしやん。カップラーメンやん。
源さん  ああ、でも、けっこううまいよ。
タマコ  うまいとか、まずいとかの話と違ごて、もうちょっとましなもん食べんと。‥‥源さん、ファミレスとか、行かへんの?
源さん  行かへん。
タマコ  それやったら、自分で料理とか作らへんの?
源さん  作らへん。
タマコ  なんで?
源さん  そやなあ、金ないし、めんどくさいしなあ。
タマコ  源さん、働いてるやん?
源さん  ああ。
タマコ  お金あるやん。
源さん  それが、ないんやなあ。
タマコ  なんで?
源さん  なんでやろなあ。
タマコ  もう、人ごとみたいに!

    源さん、カップラーメンを食べている。

タマコ  そや! 源さん、お嫁さんもろたらええねん。
源さん  ブッ! タマちゃん、いきなり何言い出すねん。
タマコ  そやて。お嫁さんもろたら、栄養管理もきっちしやってもらえるで。
源さん  栄養管理に嫁さんもらうんかいな。
タマコ  それだけとちゃうけど。‥‥なあ、さみしないの? 一人暮らしで。
源さん  もう、慣れてるさかいな。
タマコ  女の人に興味ないの?
源さん  あっても、相手にしてくれへんやろ、こんなおっさん。
タマコ  そんなことないで。髪の毛きれいにして、服も、きっちりしたら、なんとかなるで。
源さん  そうか。‥‥そやけど、金ないしなあ。めんどくさいしなあ。
タマコ  また、それかいな。‥‥そんなん言うてたら、一生独身のままやで。
源さん  そうかもしれんなあ。
タマコ  また、人ごとみたいに!

    源さん、うまそうにカップラーメンをすする。

源さん  ごちそうさまでした。
タマコ  ‥‥源さん。お願いがあるんやけど。
源さん  何?
タマコ  また、歌うとてぇな。
源さん  え?  歌?
タマコ  ギター弾いて、歌うとて。
源さん  最近の歌なんか知らんで。
タマコ  かまへん、かまへん。源さんの好きな歌でええし。
源さん  昔々の歌しか知らんで。
タマコ  かまへん。源さんの青春時代の歌でええよ。
源さん  青春時代ねぇ‥‥。

    タマコ、ギターを持ってくる。

タマコ  な、うとて。
源さん  (ギターを出しながら)歌ねぇ‥‥。
タマコ  なあ、源さん、いつからギター弾いてたん?
源さん  学生時代。
タマコ  高校生?
源さん  大学生。
タマコ  へぇー、源さん、大卒なんや。
源さん  卒業はしてへんよ。
タマコ  どういうこと?
源さん  除籍。
タマコ  留年しまくったん?
源さん  行かんようになってん。
タマコ  何で?
源さん  まあ、いろいろあったんや。

    源さん、歌い出す。

源さん  ♪俺のあん娘はタバコが好きで
     いつもプカプカプカ
     体に悪いからやめなって言っても
     いつもプカプカプカ
     遠い空から 降ってくるっていう
     幸せってやつが あたいに分かるまで
     あたいタバコはやめないわ
     プカプカプカプカプカ

     俺のあん娘はスウィングが好きで
     いつもドゥビドゥビドゥー
     へたくそな歌はやめなって言っても
     いつもドゥビドゥビドゥー
     あんたがあたいのどうでもいい歌を
     涙流して分かってくれるまで
     あたい歌はやめないわ
     ドゥビドゥビドゥビドゥビドゥー

     俺のあん娘は男が好きで
     いつもムームムームムー
     おいらのことなんかほったらかしで
     いつもムームムームムー
     あんたがあたいの寝た男たちと
     夜が明けるまでお酒飲めるまで
     あたい男やめないわ
     ムムムームムームムームムー

     俺のあん娘は占いが好きで
     トランプスタスタスタ
     よしなって言うのにおいらを占う
     おいら明日死ぬそうな
     あたいの占いがピタリと当たるまで
     あんたとあたいの死ねる時分かるまで
     あたい占いやめないわ
     トランプスタスタスタ

     あんたとあたいの死ねる時分かるまで
     あたいトランプやめないわ
     スタスタスタスタスタ

    タマコ、拍手。

タマコ  今の、何ていう歌?
源さん  プカプカ
タマコ  へぇー。かっこええ歌やね。
源さん  そうやろ。
タマコ  大人の歌やね。
源さん  そうやろ。
タマコ  それで、ちょっと質問なんやけど、「俺のあんこー」って何? お菓子のあんこ?
源さん  ‥‥‥。あのね、「あん娘」っていうんは「あの子」のことで、まあ、恋人のことやね。
タマコ  なんや、そうやったんや!
源さん  うん‥‥そうやねん。
タマコ  そっかー。うちも変やとは思ててん。‥‥あれ、この歌って、源さんの青春時代の思い出の歌やろ?
源さん  まあ、そやね。
タマコ  そやったら、源さんにも「あんこ」がいたんとちゃうん?
源さん  え?
タマコ  なあ、そやろ。タバコをプカプカ吸う恋人がいたんとちゃうん?
源さん  ‥‥‥。
タマコ  なあなあ!
源さん  ‥‥タバコは吸わへんけどな。
タマコ  やっぱりいたんや! なあ、その人、どんな人? どんな人?
源さん  普通の女の子や。真面目で、ちょっと気が強いけど。
タマコ  きれいな人?
源さん  まあ、タマちゃんみたいなべっぴんさんや。
タマコ  源さん、やるやん!
源さん  まあな。
タマコ  それで、なんでその人と結婚せぇへんかったん?
源さん  別れてしもたんや。
タマコ  えー何で?
源さん  いろいろあったんや。
タマコ  どんなこと?  どんなこと?
源さん  もう、大昔のことで、忘れてしもたわ。
タマコ  なーんや。しょーもな。
源さん  愛想なしで、すんませんな。
タマコ  ほならねぇ‥‥もう一曲うとて。
源さん  もう夜やし、怒られるで。
タマコ  まだええやん。お願い!

    遠くから、タマコの母親の声。

珠恵の声 タマコー。タマコー。
源さん  ほら、お母さん、呼んでるで。
タマコ  もう、うるさいな。
珠恵の声 タマコー。
タマコ  はあーい!  何?
珠恵の声 タマコー。
タマコ  はあーいって!  ‥‥もう、しゃあないなあ。ほな、源さん、今度うとてや。
源さん  ああ。

    タマコ、部屋から出てゆく。
    源さん、ギターを片づける。

源さん  青春時代、か‥‥。

    暗転。


    深夜。
    源さんの部屋。
    源さんが携帯電話をかけている。

源さん  あ、夜分失礼します。私、山岸と申しますが、院長先生ご在宅でしょうか?
相手  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  ああ、先生と大学時代にご一緒させていただいていた者です。‥‥‥はあ、お願いします。

    間。

源さん  もしもし、高木先生ですか?  ごぶさたしております、山岸です。
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  そんなこと言わはっても、病院にかけたらいつも居留守やないですか。そやから、やむを得ずおうちにかけさせてもらったわけですわ。こっちかて、気つこてますんやで。
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  何の用件?  今さら何とぼけたはるんですか。ご立派な先生のことや、そんなん、とうにわかってはるでしょうが‥‥。
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  人聞きの悪いこと言わんといて下さいな。カンパですわ、カンパ。世の為、人の為に尽くすんが、医者のつとめでしょう?  庶民から搾取した金を社会に還元すんのも、先生の立派なおつとめとちゃいますか?
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  人をそこいらのゆすり、たかりみたいに言わんといてほしいですな。そんなこと言われると悲しいですわ。私ら、先生を昔の同志と見込んでお願いしてますのや。一緒に肩組んで、共に闘った戦友としてお話ししてますのや。今でも、あの時の志を持ち続け、まっとうな就職もせず、食べるものも食べず、家庭も持たず、五十がらみの老体にむち打って闘い続けている同志がおることを、忘れていただきたくないですな。
それとも、先生、ご立派になられすぎて、過去の記憶をお無くしですか? それなら、思い出させてさしあげましょうか? 先生のおられた医学連の伏木さん、清水さん、今でもがんばってはりますよ。お二人とも、大病院の跡継ぎのイスをなげうって、闘ったはるんですよ。この寒空の下で、闘ったはるんですよ。それを、どう思わはります? まさか、あいつらは要領が悪い。あいつらはあほやとおっしゃるんやないでしょうな。え、そこのところ、正直どう思ったはるんですか?
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  そうでしょう。そうちごたら,先生はただの人でなしの裏切りもんや。ちゃいますか? それを聞いて安心しました。先生も、見かけの上ではブルジョアやが、心の底にプロレタリアートの熱い闘志を残したはる。人間、そうでないとあきません。
そこでですが、そうした心ある持てる者が、現場で闘う持たざる者に、援助の手を差し伸べるちゅうんが、非常に自然で、美しい姿やと思うんですが、先生は、どない思わはります?
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  やっぱり先生も、そう思わはりますか? いやー、分かっていただけて光栄です。
そこで、カンパの話なんですが、とりあえず二〇〇万ほどお願いできますやろか。
相手   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
源さん  そうですか。いやあ、ぶしつけなお願いをきいていただいて恐縮です。それでは、後日、受け渡しの方法を連絡致しますので‥‥。それでは、本日は、どうもありがとうございました。また、よろしくお願いします。

    源さん、電話を切る。
    暗転。


    春。午前。
    うらぶれた通りとアパート。
    電柱のそばにコート姿の男が立っている。
    通りに、女が二人(幸子と良江)が立っている。

幸子  (空を眺めて)ええ天気になったねぇ。
良江  ほんまに。
幸子  絶好のお花見日和やわ。
良江  ほんまに。‥‥そやけど、昨日の雨で散ってませんやろか?
幸子  大丈夫やて。あのくらいの雨やったら大丈夫。かえってつやが出てええくらいやわ。
良江  そうですか。‥‥そやけど、地面濡れてんのとちゃいますやろか?
幸子  大丈夫やて。あのくらいの雨やったら、今日の天気やったら、昼までに乾くて。それに、ビニールシートも敷くし。
良江  ああ、そうですね。‥‥そやけど、ちゃんと場所取れますやろか?
幸子  山田さん、あんた、心配性やねぇ。‥‥大丈夫やて。米屋の市原さんと、息子さんが、朝から場所取りに行ってくれたはるし。
良江  ああ、そうでしたねぇ。‥‥そやけど‥‥。
幸子  他に、何か心配事あんの?
良江  いや、もうええです。
幸子  いや、あるんやったら、言うとかはった方がええよ。
良江  ほんまに、もう、ええんです。
幸子  ほんまに?
良江  ほんまのほんまです。
幸子  それやったらええけど‥‥。
良江  はあ‥‥。
幸子  そんなに心配やったら、チェックしてみよか? ‥‥お酒は安達酒店に注文したやろ、カラオケセットは石橋電化のおっちゃんが持ってくるやろ、それから、オードブルは駅前のデリカフードに頼んであるやろ、‥‥ほら、ばっちしやて。
良江  そうですね。‥‥そやけど。
幸子  なんやの、やっぱし、まだあんのかいな。
良江  皆さん、来てくれはりますやろか?
幸子  回覧板にも載せたし、一軒一軒、案内状入れたやないの。わざわざカラーコピーして。
良江  それはそうですけど‥‥。
幸子  山田さん、あんたの心配性、ちょっと普通やないで。ひょっとして、ほら、何とかという病気ちゃう?  ええっと‥‥そうそう、強迫神経症。
良江  そうですやろか?
幸子  一遍お医者さんに診てもろた方がええかもしれんで。
良江  (深刻に)そうですやろか?
幸子  あかん、あかん、また病気のことが心配になって、寝られんようにでもなったら逆効果や。今の話、忘れて、忘れて。
良江  そやけど‥‥。
幸子  うちが悪かったんや。忘れて、忘れて。
良江  そやけど‥‥。

    珠恵が現れる。

珠恵  お待っとうさん。
幸子  ああ、おはようさん。
良江  おはようございます。
珠恵  おはようさん。‥‥あんたら、それで花見に行くん?
幸子  うん。
珠恵  ちょっと、派手ちゃう?
幸子  そんなことないて。‥‥そういうあんたこそ派手ちゃう?
珠恵  そんなことないて。やっぱし、町内会副会長として、きっちりした格好せんと。
幸子  うちかて、町内会会計として、きっちりせんと。

    珠恵、幸子、良江を見る。

良江  ‥‥私も、町内会庶務として‥‥。
珠恵・幸子  (良江に向かって)そやねぇ。
珠恵  ええ天気になったねぇ。
幸子  ほんまにね。
珠恵  絶好のお花見日和や。
幸子  うちらの日頃の行いがええんやねぇ。
珠恵  そやけど、昨日の雨で、花、散ってへんやろか?
幸子  え?
珠恵  地面も濡れてへんやろか?
幸子  え?
珠恵  場所取り、うまくいってるやろか‥‥
幸子  ワー! ワー! ワー!
珠恵  あんた、どないしたん?
幸子  いや、そういう話はやめとこ。
珠恵  なんで?
幸子  いや、もう全部解決してるねん。なあ、山田さん。
良江  あ‥‥はあ。
珠恵  どういうこと?
幸子  まあ、そんな細かいことはどうでもええやん。町内会の春の一大イベントなんやから、日頃の憂さを忘れて、みんなでパーッと楽しみましょ。パーッと。
珠恵  ま、それはそうやね。
幸子  ね、山田さん。
良江  はあ‥‥まあ。‥‥そやけど。
幸子  また、そやけど?  ‥‥そやけど、なんですの?
良江  あの人、立ってますね、今日も。
幸子  あの人?
良江  電信柱のとこに。
幸子  ああ、あの人。
良江  ほとんど毎日でしょう? 雨の日も風の日も。寒い日も、暑い日もコート着て。‥‥うちの子供なんかもきしょく悪がってるんですよ。‥‥変質者とかとはちゃうんですか?
珠恵  私もそう思たしね、一遍駐在さんに連絡したんやわ。そしたら、駐在さん来てくれはったんやけど、なんや、警察関係の人なんやって。
良江  え‥‥そうなんですか。それで‥‥その、警察関係って何ですか? 警察とはちゃうんですか?
珠恵  さあ、そこまでは聞いてへんけど。
幸子  うち、知ってるで。あの人、橘さんっていうんや。
珠恵・良江  えっ。
幸子  けっこうええ男やで。
珠恵  あんた、何でそんなこと知ってるん?
幸子  直接話したもん。
良江  一ノ瀬さん、勇気ありますねぇ。
珠恵  ちゃう、ちゃう、この人は、男好きなだけや。
幸子  失礼やね。
良江  それで、何してるのか聞かはりましたか?
幸子  それは、よう聞いてへんねん。
珠恵  ほら、ね。
良江  なんか、この町内で、おっきな事件でもありますんやろか? 殺人事件とか‥‥。
幸子  そんな緊張した感じでもなかったけどなぁ。
珠恵  そんな大げさなんとちごて、防犯みたいなんで立ってくれたはるんちゃう?
良江  防犯ですか?
珠恵  うん。
良江  それやったら、相談したいことがありますのんやけど‥‥。
珠恵  あの人に?
良江  はい。
幸子  何ですの?
良江  うちの近所で、この頃下着泥棒が出てるみたいなんです。おとといも、うちの子の友達のお姉ちゃんの下着がやられましてん。
珠恵・幸子  へぇ。
良江  そやから、一遍、警察に連絡せなあかんと思ってましてん。
幸子  そやったら、相談に行こ。うちが紹介するわ。
良江  そうですか。ありがとうございます。

    女三人、男のところへ行く。

幸子  橘さん。ご苦労様です。
珠恵・良江  ご苦労様です。
男   ああ、おはようございます。
幸子  こちら、町内会の役員さんで、副会長の溝上さん。
珠恵  溝上です。はじめまして。
男   はじめまして。
幸子  庶務の山田さん。
良江  山田です。はじめまして。
男   はじめまして。
幸子  それで、実は、橘さんに、こっちの山田さんからご相談がありますねん。
男   はあ。
良江  実は、うちの近所に下着泥棒が出るんです。
男   下着泥棒。
良江  いや、まだ、見た人はいいひんのですけど、そうちゃうやろかとうわさになってますねん。
男   はあ。
良江  あったこうなってきてからやから、三月になってからやと思いますけど、うちの近所の物干し竿から、下着がなくなるようになりましてん。
男   はあ。
良江  初めは、猫かなんかの仕業かとも思いましたんやけど、話しおうてみると、それが、女性もんの下着ばっかしですねん。
幸子  猫やったら、男もんも取るやろしな。
良江  そうですねん。それで、やっぱし下着泥棒やないかと‥‥。
男   はあ。
幸子  あったこうなってくると、変な人も出てきますさかいな。それで、橘さんに何とかしてもらえへんかと、相談に来ましてん。
男   私が、ですか?
幸子  そうです。橘さんやったら、いつもこの辺のこと見てくれたはるし、妙な人間がおったら、気づいてくれはるんやないかと。
男   それやったら、警察に連絡しやはったらどうです?
幸子  橘さんかて、警察関係の人とちゃいますのんか?
男   はあ、まあ、それはそうですけど。
幸子  それやったら、お願いしたいわあ。
男   はあ‥‥しかし。
珠恵  町内会副会長としても、ぜひお願いします。
良江  庶務としてもお願いします。
幸子  会計としてもお願いします。
男   ‥‥‥。
珠恵・幸子・良江  よろしくお願いします。
男   そうですか‥‥そこまで言わはるんやったら、一応連絡は取りますけど‥‥。所轄は、あくまで、交番ですしね。そこのところはご理解下さい。
珠恵・幸子・良江  ありがとうございます。
珠恵  ほな、失礼します。
幸子  失礼します。
良江  失礼します。

    女三人、戻ってくる。

幸子  な、言うた通りやろ?
珠恵  何が?
幸子  わりかしええ男やろ?
珠恵  なんやその話かいな。あんた、ほんまにそればっかしやな。
幸子  山田さん、どう思う?
良江  ああ‥‥そうですね。
珠恵  そやけど、新会長の田邊さんよりは落ちるわ。
幸子  そら、そうや。新副会長の新田さんかて、ええ男やしな。
珠恵  そうやろ。‥‥今年は、町内会活動がんばらな。
幸子  あ! それであんたらおめかしして来てるんとちゃうん?
珠恵  あんたかて、人のことが言えるかいな。
幸子  うちは、どうせ男好きやさかいな。
良江  あの、もう十一時ですけど‥‥。
珠恵  しもた、しょうもない話ばっかりしてるから、もうリハーサルの時間ないやん。
良江  すみません。
珠恵  別に山田さんのこと言うてるんちゃうよ。私かて遅れて来たんやし。
幸子  もう、公園行ってる時間ないで。
珠恵  しゃあないな、ぶっつけでやろか?
幸子  あかんて。ぶっつけで恥かいたら、せっかくのチャンスが台無しやで。
珠恵  チャンス?
幸子  決まってるやろ。お・と・こ。
珠恵  そやったら、どうすんの?
幸子  もうええやん。ここでやろ。
珠恵  ここで? ‥‥山田さん、どうする?
良江  ここで‥‥ですか?
幸子  もう、ごちゃごちゃ言うてる時間はないねん。やるの?  やらへんの?
珠恵  ‥‥しゃあないな。
幸子  よっしゃ、決まり! 位置について! ほな、行くで。いち、に、さん、し、

三人  ♪あんたにゃ もったいない
    あたしゃ本当 ナイスバディ
    自分で 言うくらい
    タダじゃない! じゃない?

    どんなに不景気だって 恋はインフレーション
    こんなに優しくされちゃ みだら

    幸せ来る日も キャンセル待ちなの?

    日本の未来は(ウォウ×4)
    世界がうらやむ(イェイ×4)
    恋をしようじゃないか(ウォウ×4)
    ダンス! ダンシィン オールオブザナイト

    町内会娘も(ウォウ×4)
    あんたもあたしも(イェイ×4)
    みんなも会長さんも(ウォウ×4)
    ダンス! ダンシィン オールオブザナイト

    ラブマシーン


10

    夏の夕方。
    ヒグラシが鳴いている。
    いつものように電柱のそばに男が立っている。
    タマコが学校から帰ってくる。

タマコの声 それじゃね、バイバイ。
友人の声  バイバイ。

    タマコが電柱の前を通り過ぎ、家に帰る。
    家に入る前に、源さんの部屋をのぞく。

タマコ  源さん、げーんさーん。‥‥なんや、まだ、帰ってへんのか。

    タマコ、家に入る。

    源さんが帰ってくる。セキをしている。
    男が声をかける。

男    お帰り。
源さん  ああ。
男    今日は暑かったな。
源さん  そんな格好してたら、暑いに決まってるやろ。
男    それはそうやけど、今日は格別に暑かった。
源さん  夏でもコートを着るんは、決まりかいな。
男    ‥‥決まりっちゅうことでもないけどな。
源さん  ご苦労さんなこって。見てるだけで暑うなってくるわ。
男    なんや、セキこんでるけど、風邪か?
源さん  ああ、夏風邪や。たいしたことない。
男    顔色も悪いな。
源さん  別に、あんたに心配してもらう義理はないで。
男    用心せなあかんで。栄養不足なんやから。
源さん  だから、あんたに心配してもらうゴホ、ゴホ‥‥。
男    大丈夫か?
源さん  大丈夫や。たいしたことない。
男    そうか。‥‥今日は、精つくもん食べて、はよ寝た方がええで。
源さん  まだ、あんたに同情されるほど落ちぶれてへんて。
男    お大事に。
源さん  ‥‥ああ。

    源さん、部屋に帰る。
    タマコがやって来る。

タマコ  源さん、おかえり。
源さん  ああ、タマちゃんか?  ただいま。
タマコ  源さん、入ってもええ?
源さん  タマちゃん、悪いけど、今日はあかんのや。ちょっと片づけなあかん用事があってな。
タマコ  用事?  何の用事?
源さん  しょうもないヤボ用や。
タマコ  それやったら、ええやないの。
源さん  すまん、それがあかんのや。その代わり、明日やったら空いてるし。
タマコ  しょーもな。‥‥ほな、明日、歌うとてや。
源さん  ああ、うとたる。何曲でもうとたるで。
タマコ  あーあ、しょーもな。‥‥しゃあないなあ、テレビでも見よ。

    タマコ、去る。
    机の前に座る源さん。

    暗転。

    翌朝。
    セミが鳴いている。
    タマコが家から出てくる。

タマコ  行ってきまーす。

    タマコが出かけて行く。
    しばらくして、タマコが戻ってくる。

タマコ  忘れもん、忘れもん。

    ふと、源さんの部屋の前の靴に気づく。

タマコ  あれ、源さん、まだいるんやろか?

    タマコ、源さんの部屋に行く。

タマコ  源さん。げんさーん。今日は仕事に行かへんの?

    返事がない。

タマコ  げんさーん、今日はおさぼり?

    返事がない。

タマコ  おかしいな。‥‥ちょっと、おじゃましまっせ。

    タマコ、部屋に入る。
    源さんは布団で寝ている。

タマコ  源さん、いつまで寝てんの? もう、朝やで。

    返事はない。
    タマコ、机の上の工作物を見つける。

タマコ  もしかして、用事ってこれかいな。‥‥電池、電線、タイマー‥‥ええ歳して、模型なんか作ってんの?  ‥‥源さん、源さん、もう起きなあかんで。

    タマコ、布団をめくる。
    源さんは動かない。

タマコ  何、死んだふりしてんの。ほら、起きろ!

    タマコ、源さんを揺り動かす。
    源さんは動かない。

タマコ  あれ? ‥‥源さん。源さん。‥‥もしもし。

    源さんは動かない。

タマコ  ‥‥源さん、源さん、源さんってば!

    タマコ、源さんを激しく揺り動かす。
    源さんは動かない。

タマコ  ‥‥源さん。

    タマコ、立ち上がる。

タマコ  おかーちゃん! おかーちゃん! 源さんが!

    タマコの声を聞いて、男が走ってくる。
    男、源さんの部屋に入る。

タマコ おっちゃん、誰?
男   警察や。
タマコ けいさつ‥‥?
男   お嬢ちゃん、部屋から出てくれるか?
タマコ そやけど、源さんが‥‥。
男   わかってる。‥‥そやから、とにかく、出て。
タマコ 救急車‥‥。
男   全部おっちゃんがやるから、とにかく、出て。

    タマコ、わけのわからないまま、部屋から出る。
    珠恵が駆けつける。

珠恵  タマコ、源さんがどうしたん?
タマコ 動かへんの。いくら呼んでも返事せえへんの。
珠恵  え?

    珠恵、部屋に入ろうとする。

タマコ 入ったらあかん。
珠恵  なんで?
タマコ 警察のおっちゃんに言われてん。
珠恵  警察?

    珠恵、部屋に入る。
    男は、源さんの様子を調べている。

珠恵  あ、橘さん。
男   奥さん。
珠恵  どないなってるんですか?
男   それは、後でお話しします。とにかく、部屋から出とってもらえますか?
珠恵  はあ。

    珠恵、部屋から出てくる。

タマコ どないなん?
珠恵  よう、わからん。

    男、机の上の工作物を点検する。
    やがて、コートから無線機を取り出す。

男  こちら一四二六、こちら一四二六、爆発物処理班を至急派遣されたい。繰り返す。爆発物処理班を至急派遣されたい。

    男、部屋から出てくる。

タマコ 源さんは、どうなんですか?
男   はっきりとしたことはわかりませんが、おそらく心臓麻痺でしょう。‥‥とにかく、もうすぐ警察が来ますから、この部屋には決して立ち入らないで下さい。よろしいですね。
珠恵  ‥‥‥。
タマコ おっちゃん、救急車は?
男   ‥‥もう、手遅れや。
タマコ え‥‥。

    男、路上に去る。

タマコ 源さん‥‥。

    男、タバコに火を付ける。
    音楽(ジャニス・ジョップリン「サマータイム」)が流れ出す。
    静かに立ち昇る紫煙。

    暗転。

                              おわり                                             



〈引用曲目〉

○バラが咲いた(マイク真木)
○若者たち(ブロード・サイド・フォー)
○遠い世界に(五つの赤い風船)
○戦争しか知らない子供たち(頭脳警察)
○私たちの望むものは(岡林信康)
○悲しくてやりきれない(ザ。フォーククルセイダース)
○世界革命戦争宣言(頭脳警察)
○愛のうた(ストロベリーフラワー)
○プカプカ(ザ・ディランⅡ)
○ラブ・マシーン(モーニング娘)

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