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【これは、劇団「かんから館」が、1999年10月に上演した演劇の台本です】

舞台は、とある駅のコインロッカー。そこには日々様々な人々が通り過ぎ、様々なドラマが展開している。行くあてのないティッシュ配りの少女。不倫のカップル。古い反体制音楽にあこがれるストリートミュージシャン。ロッカーの中で生活する浮浪者。幸薄い水商売の女の嘆き。新興宗教の勧誘をする男。スキーに出かける若者。覚醒剤の密売人。そんな様々な都会の人々の生活を切り取ったスケッチ。現在の感覚で不適当な表現もありますが、執筆当時のままの形にしてあります。


   〈登場人物〉

    フリーターの少女     宗教者の男
    若い男    駅員
    浮浪者(源さん)   青年
    援助交際をしている男     水商売風の女
    援助交際をしている少女    水商売風の女にからむ男
    OL1(ユミ)   オカマ1(リカちゃん)
    OL2(しおり)   オカマ2(ジェニー)
    OL3(順子)   ティッシュを配る少女
    黒い服を着た女    通行する人々


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    春。昼下がり。
    十代の少女が、両手にティッシュペーパーを持って配っている。

少女  お願いしまーす。

    人々は、少女を無視して通り過ぎて行く。
    それでも、右へ左へと通行人に駆け寄りながら、ティッシュを配り続ける少女。

少女  お願いしまーす。

    若いカップル風の男女がやってくる。
    駆け寄る少女。

少女  お願いしまーす。

    カップルの男、受け取るようなふりをして、ティッシュをはたき落とす。

少女  あ。

    そのまま通り過ぎるカップル。

女の声  (笑いながら)ひっどーい。かわいそうじゃん。
男の声  甘やかすとクセになんだよ、ああゆーの。
女の声  (笑いながら)クセになるって?
男の声  だからさぁ‥‥

    少女、しばらく落ちたティッシュを見つめている。
    やがて、それを拾い上げ、カップルが去った方に投げつける。

少女  (小さな声で)畜生。

    少女、ティッシュ配りをやめて、ロッカーの前にすわりこむ。
    ポケットからタバコを出して吸い始める。

少女  (小さな声で)あーあ。

    少女、通行人を眺めながら、タバコを吸っている。
    突然、少女の背後から手が伸びる。

少女  キャッ!

    少女、あわてて飛びのく。
    そこには、いつのまにか、浮浪者然とした浮浪者がいる。

浮浪者  ねえちゃん。
少女   ‥‥‥。
浮浪者  一本くれんか?
少女   ‥‥‥。
浮浪者  タバコ‥‥。

    少女は、しばし呆然と立ち尽くしているが、浮浪者の視線が自分の手元に注がれていることに気づく。
    少女は、恐る恐るポケットからタバコを取り出す。

浮浪者  ああ‥‥一本。

    少女は仕方なさそうにタバコを一本取り出し、浮浪者に投げる。
    浮浪者は、うれしそうにタバコを拾う。
    立ち去ろうとする少女。

浮浪者  火。
少女   え。
浮浪者  火。

    浮浪者はタバコをくわえて、火を付けてくれるのを待って
    いる様子。
    少女は、仕方なく、ライターを取り出し、投げようとする
    が、思いとどまって、近づいて火をつけてやる。

浮浪者  あんがと。
少女  ‥‥‥。

    少女は、浮浪者から離れて立ったままタバコを吸う。
    浮浪者はうまそうにタバコを吸っている。
    しばしの沈黙。
    駅のアナウンスが遠くから聞こえる。
    やがて少女は、タバコを踏み消し、浮浪者をチラッと見て、そして去る。
    うまそうにタバコを吸い続ける浮浪者。
    駅の雑踏の音。
    そのうちに、浮浪者は、少女が忘れて行った大きな紙袋に気づく。取り寄せて中をのぞくと、そこには大量のポケットティッシュ。
    タバコを吸い終えた浮浪者は、その袋を抱きしめるように抱えながら、座っている。
    そこに、小走りに少女が戻ってくる。が、浮浪者の姿を見て、一瞬立ちすくむ。

浮浪者  (うれしそうに)これ?
少女   ‥‥‥。
浮浪者  ねえちゃんのだろ?
少女   あ‥‥うん。
浮浪者  ほら。(と、袋を差し出す)
少女   ‥‥‥。
浮浪者  ほら。
少女   ‥‥うん。

    少女は、紙袋を受け取る。礼を言ったものかどうか、しばし躊躇している。
    そこへ、若い男がやってくる。

若い男  お前、何だよ?
少女  え?
若い男  ティッシュ配ってだろ?
少女  え‥‥。
若い男  配ってただろって言ってんだよ!
少女  え‥‥あ、はい。
若い男  誰に断って、ここで配ってんだよ!
少女  え‥‥。
若い男  勝手な事するんじゃねえよ!
少女  だって‥‥。
若い男  だって、何だよ?
少女  わたし、バイトだから‥‥。
若い男  そんなこたわかってる! だから何なんだよ!
少女  ‥‥‥。
若い男  文句あんのか?
少女  (小さな声で)ここで配れって言われたから‥‥。
若い男  そんなこた知るかよ! ここは俺の場所なんだよ!
少女  ‥‥‥。
若い男  何だよ? 文句あんのかよ
少女  ‥‥ありません。
若い男  なめるんじゃねぇよ!

    若い男、少女の紙袋を奪い取る。

少女  あ。

    男、ティッシュを全てぶちまける。

若い男  わかったら、とっととうせろ! このガキ!

    男、袋を投げ捨て、その場を去る。
    呆然と立ち尽くす少女。
    しばらくして、浮浪者が、ティッシュを拾い始める。一つずつ拾っては、紙袋に入れてゆく。

浮浪者  ひどいこと‥‥するねぇ。
少女   ‥‥‥。

    黙ってティッシュを拾い続ける浮浪者。
    少女は立ち尽くしたまま。
    やがて、全てのティッシュを拾い尽くして、紙袋を少女に渡す。

浮浪者  (うれしそうに)はい。
少女   ‥‥‥。
浮浪者  はい。(と差し出す)
少女   ‥‥もう、いや。
浮浪者  え?

    少女、紙袋を受け取らず、そのまま立ち去ってしまう。

浮浪者  あ。

    紙袋を抱える浮浪者。

浮浪者  ねえちゃん‥‥。

    紙袋を抱えたままの浮浪者。
    駅のアナウンスの声が、遠くに聞こえる。

    暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    初夏。深夜。
    背広姿の中年の男と、制服姿の少女がやって来る。

男  家の人は?
少女 え?
男  家の人は、知ってるの?
少女 え? ‥‥何を?
男  だから、こんなこと。
少女 ‥‥わけないじゃん。(笑う)
男  いや、そりゃ、そうだろうけど‥‥ちょっと何か感づいてると‥‥。
少女 ないよ。
男  ‥‥そっか。
少女 うん。
男  ‥‥でも、こんな遅くなったりしてさ。心配したりしない?
少女 しないよ。
男  ‥‥そう。
少女 ‥‥‥。
男  いつもこんなに遅いの?
少女 ‥‥‥。あのさ‥‥何で、そんなこと聞くわけ?
男  いや‥‥別に。
少女 それって、ひょっとして、お説教?
男  まさか‥‥そんなんじゃないよ。
少女 別に、いいよ。お説教でも。‥‥そうだ、おじさん、お説教してよ。おもしろいじゃん。
男  え?
少女 だって、ついさっきまで、気持ちいいか、とか、よかったか、とか言ってたのがさ、急に、お説教とか始めたりしたらさ、何かおもしろいじゃん。おっぱいチューチュー吸ってた口でさ、難しいこと言ったらおもしろいよ。
男  おい、ちょっと、聞こえちゃうよ。
少女 いいじゃん。いいじゃん。ねえ、やってよ。
男  おい。
少女 ねえ、どんなお説教すんの? 親が心配するぞ、とか、家で泣いてるぞ、とか言うの? 君のお父さんやお母さんは、そんなつもりで育てて来たんじゃない、とか言うの?
男  言わないよ。‥‥ちょっと、声下げろよ。
少女 それから‥‥えーっとね、そうそう、もっと自分を大切にしなさい、 青春は一度しかないんだから、とか‥‥。
男  俺が悪かった。もう言わないから。
少女 えー、つまんない。やってよ。
男  ‥‥‥。
少女 ちぇっ。

    少女、バッグからカギを取り出し、コインロッカーを開ける。

少女  さてと‥‥。

    中から、服を取り出し、男の前で平然と着替え始める。

男  え? それって‥‥。
少女 (着替えながら)え? 何?
男  制服じゃないの?
少女 制服だよ。
男  だって‥‥。
少女 ああ‥‥何で着替えるのかって?
男  え‥‥ああ。
少女 だって、仕事用の制服だもん。
男  へ?
少女 営業用。(笑う)
男  え‥‥。
少女 だって、制服の方がいいんでしょ?
男  ‥‥‥。
少女 残念でした。あたし、ニセモノなの。
男  え?
少女 ニセモノの女子高生なのだ。
男  え? ‥‥それ、どういうこと?
少女 だから、ほんとは女子高生じゃないの。
男  でも、その制服‥‥。
少女 これ、友達の。友達から買ったの。一万円。
男  ‥‥‥。
少女 怒った?
男  ‥‥‥。
少女 金返せって?
男  ‥‥‥。
少女 ‥‥やっぱり、怒るんだ。
男  怒ってないよ。‥‥別に。
少女 じゃあ?
男  ‥‥学校は?
少女 やめちゃった。
男  ‥‥そう。

    少女、着替え終わり、バッグからタバコを取り出して吸う。

男  ‥‥‥。
少女 聞かないの?
男  え、何を?
少女 なんで学校やめたのかって。
男  別に‥‥。
少女 聞いてよ。
男  ‥‥‥。
少女 ねぇ。
男  ‥‥じゃ、聞く。
少女 何を?
男  え‥‥。
少女 ちゃんと聞いて。
男  だから‥‥なんで学校やめたの? ‥‥これでいい?
少女 うん。‥‥あたしね、学校の成績はよかったのよね。自慢じゃないけどさ。うちの学校さ、四〇〇人ぐらいいたんだけど、何番ぐらいだったと思う?
男  え‥‥えーと一〇〇番ぐらい?
少女 ブー。三十五番。
男  へー、かしこいんだ。
少女 そうなの、優秀だったの。‥‥これって、自慢よね。へへ。
男  ‥‥そうだね。
少女 それでね、生活態度も真面目で、模範的な高校生だったのよね。
男  ふーん。
少女 それで、何でやめたのかって思うでしょ?
男  うん。
少女 それなんだけどさ、高一の冬に病気になって、手術して、四ヶ月も入院したの。ほら、お腹の所に大きな傷があったでしょ。あれ。
男  ああ。
少女 ふつう、ああいうの見つけたらさ、これ、何だって、聞くよね。その場で。
男  ‥‥‥。
少女 「傷口なめると感じるんだぜ」とか、言わないよね。ふつう。
男  ‥‥‥。
少女 もう、すけべなんだから。
男  ‥‥ごめん。
少女 ま、それはいいんだけど、それで結局一年近く学校休んじゃったわけ。
男  ふーん。‥‥何の病気だったの?
少女 癌‥‥だと思う。
男  え‥‥。
少女 はっきりとは言わなかったんだけどさ、たぶん子宮癌。ああいうのって、だいたい感じでわかるじゃん。抗ガン剤飲まされたり、放射線とかあてたりもするし‥‥。第一、生理なくなっちゃったから。
男  ああ。
少女 だから、あたし妊娠しないのよ。子宮ないんだから。‥‥あたしって、便利でしょ?
男  え?
少女 だって、コンドームもピルもいらないじゃん。
男  ああ‥‥そうだな。
少女 でもね、そういうの、何となく悔しいからさ、男にはコンドームさせてやんの。
男  ‥‥ふーん。
少女 畜生、損したなって思う?
男  え? ‥‥別に。
少女 ほんと?
男  うん。
少女 ふーん。変なの。
男  ‥‥‥。
少女 それでさぁ‥‥ええっと、何だっけ? ‥‥あ、そうそう、何で学校やめたかって話ね。‥‥それでさ、何となく、死んじゃうのかなぁとか思ったりもしたし、今でもちょっと思ってたりするけど、でも、それだけでやめたんじゃないよ。
男  ‥‥‥。
少女 一年ぶりぐらいで学校に行ったの。そしたらすっかり風景が変わってた。
男  え。
少女 風景が変わってたっていうより、変わって見えたのね。‥‥あのさ、おじさん、サラリーマンでしょ?
男  え? ‥‥ああ。
少女 毎朝起きて、会社行くんでしょ? 明日も、あさっても、しあさっても、これからもずーっと。
男  ああ。
少女 それって、何とも思わない?
男  え? ‥‥どういうこと?
少女  あたしも、毎朝起きて、満員電車に乗って学校へ通ってた。それが 当たり前で、何とも思わなかったのよね。ところが、一年間行かなかったら、当たり前じゃなくなってたの。
男  ‥‥‥。
少女 ひとつひとつに理由が必要になったの。どうして毎朝起きるんだ?
どうして学校に行くんだ? どうして教科書広げて授業なんか聞くんだ? ってね。これって、考え出すとすっごくめんどくさいよ。それに、考えれば考えるほど、理由なんかないんだもん。
男  ‥‥‥。
少女 会社だって、そうじゃない?
男  ‥‥そういう風に言われれば、そうだな。
少女 だったら、会社なんかやめなさい。君には、もっとやるべきことがあるはずだ。たった一度の人生なんだから。
男  え?
少女 さっきのお説教のお返し。
男  何だよ、それ。
少女 まあ、そういうことだ。
男  何が、そういうことなんだよ。
少女 あたしが学校をやめたわけ。‥‥まあ、それだけじゃないけどね。
男  ふーん。‥‥けっこう考えてんだな。
少女 まあねぇ。‥‥見直した?
男  まあ、ちょっとね。
少女 感動的な話でしょ?
男  まあ。
少女 じゃあ、追加料金。(と、手を出す)
男  えー。
少女 ウソ。冗談。
男  もう、大人をからかうんじゃない。
少女 じゃあ、今度は、おじさんの話。
男  え?
少女 さっきのお説教の続き、やってよ。‥‥そんな、明日をも知れない命だったら、なおさらのこと、人生を大切にしなさい、とか、何とかさ。
男  ‥‥もう、いいよ。
少女 えー、やってよ。
男  だから、もういいって。
少女 知ってる? そうやって、大人が逃げるから、子供が非行に走るんだよ。
男  何言ってんだよ。勝手に全速力で走ってるくせに。
少女 あ、そういう言い方するわけ? いたいけな女子高生を金でもてあそんでいる非行中年が。
男  女子高生じゃないだろ。
少女 そんなこと言うなら、もう遊んであげないから。
男  わかったよ。‥‥今度説教してやるから。
少女 約束だよ。
男  ああ‥‥ほんと、変なのに捕まっちゃったよ。
少女 嫌なら、別のを探せば?
男  ‥‥‥。
少女 じゃ、あたし、帰る。
男  ‥‥じゃ。
少女 じゃあね。

    少女、去りかけるが、立ち止まり、

少女 さっきの話。
男  え?
少女  あたし、バレたりしないから、大丈夫だよ。
男  え‥‥。
少女  じゃあね。

    少女、去る。
    男、しばらく見送っているが、腕時計を見て、反対側へ去る。

    暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    夏。午前十時頃。
    大きな旅行用トランクを持ったOL風の女が二人立っている。
    一人が携帯電話をかけている。

OL1  え?‥‥だから言ったじゃない? 西口の‥‥、ほら、改札をまっすぐ行って、左っかわのコインロッカーのとこって‥‥。‥‥‥うん、そう、そうだよ。‥‥‥え? もいっぺん言って。よく聞こえない。‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥、それでさ、何時頃になるわけ? え? あ。
OL2 何だって?
OL1 切れちゃった。

    OL1が電話をかけようとすると、ベルが鳴る。

OL1 あ、もしもし。‥‥それで、何時って?‥‥‥え? そんなの困るよ。はっきりしてよ。‥‥‥え? だめだよ。一緒じゃなきゃ。‥‥‥搭乗券の引き替えとかもあるんだからさ。‥‥‥えっとね(と時計を見る)‥‥十時半なら来れる? ‥‥‥来てよ。それ以上遅れると、マジでやばいよ。‥‥‥うん‥‥‥だめ。十時半。‥‥‥何言ってんのよ。そんなのあんたの責任でしょ。何とかしなさいよ。タクシーでも何でも使ってさ‥‥‥え?
OL2 来るって?
OL1 くそ。また、切れた。
OL2 順子が切ったんじゃない? あんたがきついこと言うから。
OL1 まさか。‥‥ここ、電波弱いのかな。(携帯電話を見る)
OL2 アンテナ立ってる?
OL1 2本‥‥あ、1本になった。
OL2 (自分の携帯を取り出して)私のは3本よ。あんたの旧式なんじゃない?
OL1 今年買ったのよ。
OL2 どこの?
OL1 Jフォン。
OL2 そんな安物買うからよ。
OL1 あんたのは、どこよ?
OL2 ドコモ。
OL1 ドコモが通じやすいってのは迷信だって、電気屋の人が言ってたよ。
OL2 でも、切れてるじゃん。‥‥やっぱり安物なのよ。
OL1 うるさいな。‥‥‥かかってこないね。
OL2 やっぱり切ったんじゃない?
OL1 じゃ、あんたのでかけてよ。
OL2 ほっとこ。‥‥あんだけ言ったら、来るよ。いくら順子でも。
OL1 わかんないよ。あの子。‥‥ほんとにルーズだから。

    OL1の携帯が鳴る。

OL1 あ、もしもし。‥‥電波弱いのよ、ここ。‥‥それで、どうなの?
‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥じゃ、十時‥‥四十五分。それがほんとにリミットだからね。‥‥うん、それじゃ。(電話を切る)
OL2 何だって?
OL1 タクシー呼んだって。‥‥でも、道混んでたら、間に合うかな?
OL2 (時計を見て)大丈夫よ。まだ時間あるし。ちょっとぐらい混んで
ても。
OL1 そうかな?
OL2 そうよ。

    黒い服を着た女がやってくる。
    一本の花を捧げ持つように持っている。
    その異様な雰囲気にOLたちは黙ってしまう。
    女は一つのコインロッカーの前に立ち止まり、静かにカギを開ける。
    よく見えないが、中に位牌のようなものが入っているようだ。
    女は、そこに花を手向け入れ、その前で手を合わせる。
    静かな、やや長い時間。
    OLたちは、息を殺して、その様子をうかがい見ている。
    やがて、黒服の女は、静かにロッカーのドアを閉じ、コインを入れ、カギを抜いて立ち去る。

OLたち ‥‥‥。
OL1 ‥‥何?
OL2 ‥‥さあ?
OL1 ‥‥お位牌?
OL2 ‥‥みたいね。
OL1 ‥‥何だろね?
OL2 ‥‥さあ?
OLたち ‥‥‥。(顔を見合わせる)
OL2 ‥‥あのさ、マンション墓地ってあるじゃない?
OL1 何、それ?
OL2 ほら、都会は土地代が高いからさ、お墓買えない人が、買うやつで、お墓がコインロッカーみたいになってるやつ。
OL1 そんなの、あるの?
OL2 うん、あるのよ。
OL1 それで?
OL2 だから‥‥。
OL1 まさか‥‥。ここ、本物のコインロッカーよ。
OL2 ‥‥そうよねぇ。‥‥でも、じゃあ?
OL1 ‥‥‥。
OL2 ‥‥‥。
OL1 ‥‥コインロッカー・ベイビー?
OL2 え?
OL1 コインロッカーに赤ん坊を入れて、置き去りにするやつ。
OL2 そのぐらい知ってるわよ。
OL1 だから、その赤ん坊が死んじゃって‥‥。
OL2 ‥‥その子のお母さん?
OL1 うん。
OL2 えー、やだ。まさか‥‥。
OL1 でも、可能性はあるんじゃない?
OL2 (女の開けたロッカーを見て)あそこがそうなの? ‥‥やめてよ。気持ち悪い。
OL1 でも、けっこうあるらしいよ。
OL2 コインロッカー・ベイビー?
OL1 だけじゃなくってさ‥‥猫の死体とか、遺骨とか、そんなの。
OL2 でも、そんなの入ってたら、ロッカー交換するでしょ?
OL1 いちいちやんないんじゃない? 消毒するぐらいでさ。
OL2 えー。‥‥もう、コインロッカー使うのやめよかな。

    男がやって来る。

男   あの、すみません。

    OLたち、振り向く。

男  待ち合わせですか?
OL1 ええ、まあ‥‥。
男  あの、よろしければ、あなた方の幸いを祈らせていただけませんでしょうか?
OLたち ‥‥‥。(顔を見合わせる)
男  お時間は取らせませんので。
OL1 ‥‥いえ、ちょっと急いでいるもんですから。
男  そうですか‥‥。(OL2に)あなたは?
OL2 はあ‥‥。
男  よろしいですか?
OL2 はあ‥‥。

    OL1、OL2をにらむが、気づかない。

男  それでは、失礼します。
OL2 ‥‥‥。
男  あの、お名前は?
OL2 ‥‥田辺しおりです。
男  では。

    男、OL2の頭上に手をかざす。

男  地上の全ての幸いのために、生きとし生けるものの幸いのために、汝、田辺しおりの幸いのために。救い給え。許し給え。清き力を与え給え。ハァーッ!

    約一分間の荘厳の時間。
    やがて、男、ゆっくりと手を下ろす。

男  ありがとうございました。

    男、深く一礼して去る。

OL2 ‥‥‥。
OL1 バッカねぇ。なんで、断らないのよ。
OL2 だって‥‥。
OL1 だって、何よ?
OL2 私、昔っからああいうの苦手なのよ。
OL1 誰だって苦手よ。だったら、なおさら逃げるんじゃない?
OL2 だから、ああいうの怖いのよ。
OL1 どこが? ‥‥別に普通の人じゃん。
OL2 じゃなくって、呪いとか。
OL1 へ?
OL2 ああいう人って、なんか特別な力を持ってるみたいでしょ。だったら、逆もできるんじゃないかって‥‥。
OL1 逆って、何よ?
OL2 幸いを祈る力があるんなら、逆に呪いをかける力とかもあるはずで
しょ? ほら、キリスト教でも、黒魔術とか、そういうのあるじゃない?
OL1 ‥‥‥。
OL2 だから、ああいう人、邪険にあつかうと、後で呪いをかけられたり、たたりがありそうで怖いのよ。
OL1 へぇ。
OL2 それに、幸いを祈ってくれるって言うんだから‥‥。
OL1 ふーん、そういう考え方もあるか‥‥。
OL2 うん。

    二人、しばらく、通行人を眺めたりしている。
    時々、時計を気にしながら。

OL2 ‥‥場所変えよっか?
OL1 え?
OL2 ここで待ってても暇じゃん。
OL1 そうね。
OL2 それに、変な人ばっか来るしさ。
OL1 そうだね。(笑う)
OL2 サ店でも行こうよ。たしか、エスカレーター下りたとこにあったじゃない? プチなんとか‥‥。
OL1 プチ・フレンチ?
OL2 そう、それ。‥‥順子に電話してよ。
OL1 え、今度はあんたしてよ。‥‥あたくしのは、どうせ安物でございますから。
OL2 ‥‥‥。はいはい。

    OL2、携帯電話をかける。

OL2 ‥‥‥。あ‥‥オカケニナッタ電話ハ、電波ノ届カナイ所カ、電源
ヲ切ッテオラレルタメニカカリマセン‥‥。
OL1 何、それ。
OL2 トンネルの中でも走ってんじゃない?
OL1 バカヤロ。せめて留守電にしとけよな。
OL2 どうしよ?
OL1 いいよ。後でサ店からかけたら‥‥。行こ行こ。
OL2 そうだね。

    二人、歩き出そうとして、ふと、大型のコインロッカーから、布切れのようなものがはみ出ているのに気づく。

OL1 何だろ?
OL2 布みたいね。
OL1 もしかして、死体が入ってたりして‥‥。
OL2 えー。
OL1 でも、さっきから、変なことが続いてるし‥‥。
OL2 やーね、やめてよ。
OL1 でも、あそこ、カギかかってないよ。
OL2 そうだね。
OL1 誰かが古着でも捨てたのかな?
OL2 ‥‥ねぇ、ほっといて行こうよ。
OL1 あれ? ‥‥ひょっとして、怖いの?
OL2 じゃないけどさ‥‥こんなの、どうだっていいじゃん。
OL1 やっぱり怖いんだ。しおりの恐がり!
OL2 うるさいな! こんなの怖くなんかないよ!
OL1 ‥‥じゃ、開けてみたら?
OL2 え‥‥。
OL1 怖くないんでしょ?
OL2 ‥‥‥。
OL1 何なら、あたしが開けてさしあげましょうか?
OL2 開けるわよ。開けたらいいんでしょ!

    OL2、目をつぶって、ロッカーを勢いよく開ける。
    中には、浮浪者がうずくまっている。

OLたち !

    浮浪者、ガクンと首を垂れる。

OLたち キャー!

    OLたち、一目散に走り去る。
    後に残された旅行用トランク。
    浮浪者は動かない。
    しばらくの間。
    やがて、OLたちが、駅員を連れて戻ってくる。

OL1 (遠くから指さし)あれ‥‥、あのロッカーです。

    駅員、ツカツカと歩いて行き、中をのぞく。

駅員  やっぱり、お前か。

    駅員、棒で浮浪者をつつく。

駅員  こら、源さん! 起きろ、起きろ! 狸寝入りはわかってんだぞ!

    浮浪者、モゾモゾと動き出す。

浮浪者 うるさいなぁ、なんだよぉー。‥‥なんだ、あんたか。
駅員  あんたか、じゃない! ロッカーで寝るなって、あれほど言ってるだろ!
浮浪者 ふぁー‥‥よく寝た。
駅員  とぼけるのもいいかげんにしろ! 寝てるだけじゃなくって、死体
のふりしておどかして楽しんでるだろ!
浮浪者 ‥‥そんなこと、してないよ。
駅員  ウソつけ! もう、三回目だぞ! これ以上やると、ほんとに警察
に突き出すぞ!
浮浪者 ‥‥別に、いいよ。警察のメシも、けっこう悪くないし‥‥。
駅員  とにかく、出るんだ、ここから。ほら!

    駅員、浮浪者をつつく。

浮浪者 わかったよ。痛いだろ。‥‥出りゃいいんだろ。(ロッカーから出
て)はい、出ましたよ。これでいいんだろ。
駅員  ‥‥‥。
浮浪者 さあ、昼飯でも探しに行くか‥‥。ふあぁぁー‥‥。

    浮浪者、フラフラと歩きながら去る。

OLたち ‥‥‥。
駅員  すみません。常習犯の浮浪者なんですよ。
OLたち ‥‥‥。
駅員  警察に連絡して、パトロールしてもらうようにしますから。本当に
お騒がせしました。どうもすみません。
OLたち はあ‥‥。
駅員  じゃ、私は勤務がありますので。

    駅員、去る。

OLたち ‥‥‥。
OL2 ‥‥飛行機、やめよっか?
OL1 え?
OL2 なんか、落ちそうな気がしてきた。
OL1 ‥‥‥。そだね。
OL2 今からキャンセル間に合うかな?
OL1 さあ‥‥。
OL2 とりあえず、サ店行って、考えよ。プチ‥‥。
OL1 プチ・フレンチ。
OL2 ‥‥‥。なんか、旅行行く前に疲れちゃったね。
OL1 ‥‥そだね。

    OLたち、旅行トランクを引きずりながら去る。

    暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    夏。深夜。
    ほとんど人通りもない。
    掃除用具を持った駅員が通りかかる。
    ちょうどその時に、コインロッカーの中から、目覚まし時計のけたたましいベルが鳴る。
    駅員は、あわてて鳴っているロッカーを探すが、カギが締まっていて、どうしようもない。
    駅員が狼狽しているうちに、やがてベルが止まる。
    その様子を、たまたま通りがかった酔客が、不思議そうに見ている。

駅員  くそう‥‥。たちの悪いいたずらをしやがって‥‥。

    酔客が去る。
    駅員も、ブツブツ言いながら去っていく。

    しばらくして、黒い服を着た女がやって来る。
    やはり手に一本の花を捧げ持っている。
    そして、やはりコインロッカーを開け、その前で手を合わせる。
    やがて、ロッカーを閉めて女は去って行く。
    再び、誰もいないコインロッカーコーナーに静寂が訪れる。

    暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    初秋。夜。
    青年が座り込んで、ギターを弾きながら歌を歌っている。

青年  ♪私たちの望むものは 生きる苦しみではなく
  私たちの望むものは 生きる喜びなのだ
  私たちの望むものは 社会のための私ではなく
  私たちの望むものは 私たちのための社会なのだ
  今ある不幸せに止まってはならない
  まだ見ぬ幸せに今飛び立つのだ
  私たちの望むものは 与えられることではなく
  私たちの望むものは 奪い取ることなのだ

    何人かの通行人が通り過ぎる。
    誰も立ち止まる者はなく、歌を聞く様子もない。
    青年はかまわず、歌い続ける。

青年  ♪友よ 夜明け前の闇の中で
  友よ たたかいの炎を燃やせ
  夜明けは近い 夜明けは近い
  友よ この闇の向こうには
  友よ 輝く明日がある

    少女がやってくる。
    青年の隣に座り込むが、青年は気にとめず、歌い続ける。

  友よ 君の涙 君の汗が
  友よ 報われる その日が来る

    少女、一緒に歌い出す。

  夜明けは近い 夜明けは近い
  友よ この闇の向こうには
  友よ 輝く明日がある

    青年、ギターを置く。

少女  やってるね。
青年  うん。
少女  やっぱり、誰も聞いてないね。
青年  ‥‥うん。
少女  誰の歌だっけ?
青年  岡林信康。‥‥覚えてないの?
少女  うん。‥‥歌は覚えちゃったけどね。
  よあーけはーちかいー。よあーけはーちかいー。‥‥ね。
青年  そっか。
少女  うん。

    青年、ギターのチューニングなどしている。

少女  いっぺん聞こうって思ってたんだけど、なんで、長渕とかやんない
の?
青年  え?
少女  ストリート・ミュージシャンてさ、みんな長渕ばっかじゃん。
青年  そうかな?
少女  そうよ。‥‥ピーピーピー、ピーピーピー、とかさ。
青年  ‥‥俺、あんまり知らないから。
少女  ふーん。そうなの。
青年  うん。
少女  でも、誰も知らないよ。その岡林‥‥。
青年  信康。
少女  そう、その人の歌。
青年  ‥‥そうでもないよ。
少女  そっかなあ?
青年  四十代から五十代の人だったら、けっこう知ってるよ。
少女  え? そんなに古い人なの?
青年  ああ、一九六〇年代の歌だから。
少女  へぇー。全然昔じゃん。‥‥なんでそんな歌知ってんの?
青年  なんとなく覚えちゃったんだ。妙に気に入っちゃてね。‥‥フィー
リングが合うっていうのかな。
少女  ふーん。‥‥やっぱりタカシって変わってるね。
青年  そうかな?
少女  うん。すっごく変わってる。
青年  そうかな?

    少女、ポケットからタバコを出す。

少女  吸う?
青年  いい。

    少女、タバコに火をつける。

少女  ‥‥だいたいさ、こんなとこで歌っててもダメだよ。外に出て、も
っと人通りのあるとこでやんないと。
青年  ‥‥そうだね。
少女  でしょ?
青年  でも、ここなら雨もかかんないし。
少女  何言ってんのよ。そんなオヤジくさいこと言ってたら、一生メジャ
ーデビューなんかできないよ。
青年  ‥‥そんなの、しなくていいよ。(笑う)
少女  もう! そんな消極的なのはダメ。‥‥これでも、あたし応援して  んだから。
青年  へぇー‥‥そうなの?
少女  そうよ。
青年  ‥‥なんで?
少女  なんでって‥‥そうねぇ‥‥変だからかな。
青年  何だよ、それ。
少女  いけない?
青年  いけなくはないけどさ‥‥。
少女  だったら、いいじゃん。
青年  ‥‥うん。

    青年、ギターのコードをかき鳴らす。

青年  ‥‥こんなとこで歌ってんのはさ。
少女  え?
青年  ‥‥昔、新宿の西口広場ってとこで、フォーク・ゲリラってのがあ
ったんだって。知ってる? 知るわけないよね。
少女  ‥‥うん。
青年  今、ホームレスの人たちが、段ボールの家作って住んでるとこあた
りらしいんだけど‥‥
少女  うん‥‥。
青年  そこに、毎週土曜日になるとさ、ギターを持った若者がやってきて、フォーク・ソングを歌うんだ。すると、何百人も若者が集まって来てさ、すごかったらしいんだ。
少女  みんなで歌うの?
青年  そう。‥‥それで、歌うだけじゃなくて、ティーチ・インって言っ
て、話し合いとかもするんだよ。ベトナム戦争反対とか、安保反対とかって。
少女  ふーん。
青年  ‥‥いい時代だと思わない?
少女  ‥‥‥。よくわかんない。‥‥それっていつ頃の話?
青年  やっぱり六〇年代。
少女  ふーん。‥‥六〇年代が好きなんだ。
青年  ま、そうかな。
少女  ‥‥それで、タカシもそんなのやろうって思ってるわけ?
青年  まあ、無理だろうけどね。‥‥気持ちだけはって感じかな?
少女  ふーん。
青年  遅れすぎた青年。
少女  え。
青年  昔、「遅れてきた青年」って小説があってね、その青年は、戦争の
時代に遅れてきてしまったらしいんだけど、俺なんか、戦争も、六〇年安保も、七〇年安保も、おもしろい時代に、ぜーんぶ乗り遅れちゃったんだよな。‥‥それで、こんなどうしようもないつまんない時代に生きてる。
少女  ‥‥‥。
青年  ‥‥こういう話、退屈?
少女  いいよ。続けて。
青年  俺、時代遅れなのかもしれないんだけどさ、今の若者のノリって、
ついていけないんだよ。軽くて、うすっぺらで、なーんにも考えてなくってさ。それで、なんだかんだ言ってても結局、カネ次第でさ。‥‥そんなのオヤジとおんなじだよ。そう思わない?
少女  ふーん‥‥そんなもんかな。
青年  もうちょっと夢とか理想とかあってもいいんじゃない? 自分がど
う生きるべきかとかさ、真面目に考えてもいいんじゃない? そんなこと言うと、くさいってすぐに笑うけど。‥‥笑いたいやつは、笑ってたらいいんだって、この頃開き直ってるけどね。
少女  夢とか理想ねぇ‥‥あたしもないよ。悪いけど。
青年  別に、今なくてもいいんだよ。前向きにがんばって生きてればさ。
少女  それなら、みんな結構やってんじゃない? ‥‥前向きにがんばる
フリーター。
青年  何、それ?
少女  あたしのこと。
青年  まあ‥‥そういうのも、あり、かな。
少女  難しいことはよくわかんないけどさ、そうやって、がんばってる人
って、あたし結構好きだよ。‥‥ねぇ、なんか歌ってよ。
青年  ああ‥‥いいよ。

    青年、歌う。

青年  ♪うちがなんぼ早よ 起きても
  おとうちゃんはもう 靴トントンたたいてはる
  あんまりうちのこと かもてくれはらへん
  うちのお母ちゃん どこへ行ってしもたのん

    そこへ、浮浪者が、カップ酒を飲みながらやってくる。

浮浪者 おっ、オカバヤシ、やっとるな。
少女  あ、おじさん、どこいってたの?
浮浪者 メシ。
少女  ふーん。なんか、いいのあった?
浮浪者 ないね。‥‥まあ、一応ありつけたけどな。
少女  でも、お酒なんか飲んで、贅沢してるじゃん。
浮浪者 これは、デザート。‥‥おい、オカバヤシ、今日も客おらんな。
青年  ええ、まあ。
浮浪者 お前の客、いつもこいつしかおらんな。
青年  ええ、そうですね。
浮浪者 今時、そんなカビのはえたような歌、誰も聞かんぞ。
青年  ‥‥‥。
浮浪者 ねえちゃん、あんたも、もの好きだな。
少女  へへ‥‥まあね。
浮浪者 惚れとんのか?
少女  そんなんじゃないよ。
浮浪者 隠さんでもいい。‥‥おい、惚れとんのなら、一発ズコンとやらし
てやれ。そこのトイレの裏なら、誰にも見つからんぞ。
少女  バカ! やーね。‥‥すけべ!
浮浪者 ハハハ‥‥。こら、オカバヤシ、そんな湿っぽいのやっとらんと、
景気のいいやつ歌わんかい。
青年  ‥‥何にします?
浮浪者 そうだなぁ‥‥くそくらえ節。
青年  了解。

    青年、歌い出す。
    浮浪者も調子っぱずれに一緒に歌う。

青年  ♪ある日がっこの先生が
  生徒の前で説教した
  テストで百点取らへんと
  立派な人にはなれまへん
  くそくらえったら死んじまえ
  くそくらえったら死んじまえ
  この世で一番偉いのは電子計算機

  ある日会社の社長はん
  社員を集めて説教した
  君たちワタスを離れては
  マンズ生きてはゆけない身の上サ‥‥

    そこに、制服姿の駅員が走ってくる。

駅員  こら! また、お前か! ここでやるなって言ってるだろ!
青年  ‥‥‥。
浮浪者 いいじゃねぇか。ケチケチすんなよ。減るもんじゃあるまいし。
少女  そうだ、そうだ。
駅員  なんだ? 今日は源さんも一緒なのか? ‥‥とにかく、ここは通
路なんだから‥‥。さあ、すぐに立ち退きなさい。
青年  ‥‥‥。
駅員  ほら、早く。
青年  ‥‥嫌だって言ったら?
駅員  ‥‥なんだ? 反抗するのか?
青年  ‥‥ここは、公共の場所でしょ? 公共の場所で歌を歌っちゃいけ
ないんですか?
駅員  理屈を言うな。‥‥公共の場所が好きなら、公園にでも行けばいい
だろ。
青年  公園がよければ、ここでもいいはずです。
駅員  ここは、うちの会社の管理地だ。公園とは違う。
青年  でも、駅構内は、公共施設です。
駅員  駅構内で、無許可で営業活動をしてはならないって、規則で決まっ
てるんだ。
青年  僕は営業活動はしていません。ただ、歌っているだけです。
駅員  とにかく、勝手なことはするな。
青年  駅の中で、勝手に話をしたりしてもいけないんですか?
駅員  そんなことは言ってない。
青年  じゃあ、歌ってもいいんですね。
駅員  それは屁理屈だ。‥‥もう、あんまり言うことをきかないと、警察
を呼ぶぞ。
青年  呼ぶなら、呼んで下さい。僕は間違ったことはしていない。
駅員  ‥‥‥。よし、わかった。十分後にもう一度来るから、それまでに
立ち退いていないと、ほんとに警察に通報するからな。
青年  ‥‥‥。

    駅員、去ろうとして、

駅員  源さん、あんたもほんとは規則違反なんだぞ。悪いことは言わない
から、あんまり、こいつらとかかわらんことだな。

    駅員、去る。

浮浪者 オカバヤシ、お前、なかなかやるな。
青年  ‥‥‥。
浮浪者 気に入った。よし、どんどん歌え。
青年  ‥‥ええ。

    青年、ギターを弾き始める。
    青年、浮浪者、少女、肩を組んで歌い出す。

三人  ♪友よ 夜明け前の闇の中で
  友よ たたかいの炎を燃やせ
  夜明けは近い 夜明けは近い
  友よ この闇の向こうには
  友よ 輝く明日がある

  友よ 君の涙 君の汗が
  友よ 報われる その日が来る
  夜明けは近い 夜明けは近い
  友よ この闇の向こうには
  友よ 輝く明日がある

  暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    秋。深夜。
    水商売風の女がやってくる。
    かなり酔っているらしく、足下がふらついている。
    女はマイクを握ったしぐさで、歌を歌っている。

女  ♪女心の悲しさなんて
  わかりゃしないわ世間の人に
  よしてよしてよ なぐさめなんか
  フフーフフフフフ フフフフフフ(歌詞を忘れたのだ)
  どうせ私は 噂の女
  ‥‥と。

    女は、バッグの中に手を入れ、何かを探す。
    しかし、見つからない。

女  あれ‥‥おっかしいな。

    女は、バッグをひっくり返して、中身を全部ぶちまける。
    そして、はいつくばって探し出す。

女  カギ、カギ、カギ、‥‥カギはどこですか?

    口紅、ティッシュ、財布、コンパクト‥‥。
    しかし、カギは見つからない。

女  こら、出てこいよ。怒るよ、ほんとに。

    女、もう一度、端から調べ出す。
    が、ふと、手を止めて、

女  あっ。‥‥そっか。‥‥ハハハ、馬鹿だねぇ、あたしも。

    女、バッグに中身を乱暴に放り込む。

女  おじさん。‥‥おっじっさん。

    女、あたりを見回すが、誰もいない。

女  ねぇ、おじさんってば。おっじっさん。‥‥おじさん、おじさん、どこ行くの?

    女、去る。

女の声  おじさん。‥‥ねぇ、おじさんってば。

    女、戻ってくる。

女  ひょっとして、ここかな?

    女、大型のコインロッカーの扉をノックする。

女  入ってますかぁ?

    返事はない。
    女、かまわず扉を開ける。
    ロッカーの中に、うずくまって寝ている浮浪者。

女  あ、いた。
浮浪者  なんだよー。(まぶしそうに目をこする)
女  ただいまー。
浮浪者  なんだ、さゆりちゃんか。‥‥お帰り。
女  おじさん、カギ。
浮浪者  え‥‥ああ。

    浮浪者、ポケットからカギを出して、女に投げる。

女  サンキュ。

    女、コインロッカーの扉に軽くノックする。

女  マーちゃん。お待たせ。すぐ開けてあげまちゅからねぇ。

    女、いそいそとコインロッカーのカギを開ける。

女  バー。マーちゃん、ただいまー。ママでちゅよー。いい子にちてまちたか?

    女が手を入れ、ロッカーから取り出したのは、布にくるまれた薄汚い人形(キティかミッフィのぬいぐるみでもよい)。
    女は、赤ん坊をあやすように、人形を抱きかかえる。

女 ♪マーちゃんはね
  マサコっていうんだ
  ほんとはね
  だけどちっちゃいから
  自分のことマーちゃんて呼ぶんだよ
  おかしいねマーちゃん

    女、人形に頬ずりする。

女  あれ、マーちゃん、今日は、ちょっとごきげんななめでちゅねぇ。‥‥おじさん、ちゃんとミルクやってくれた?
浮浪者  え‥‥ああ。
女  ほんと?
浮浪者  やったよ。
女  ‥‥ちょっと、寒かったのかな? それとも、ママが来るのが遅か
  ったから、怒ってんのかな? ‥‥マーちゃん、ちゃびちかったんでしゅかぁ? しょっか、しょっか、ごめんねぇ。‥‥ちょっと、しつこいお客さんがいてねぇ、そいつがすけべなやつでねぇ、ママをなかなか離してくれなかったんでしゅよー。‥‥だから、今日のママは、ちょっと飲み過ぎて酔
っぱらいでしゅ。‥‥マーちゃん、おしゃけくちゃいのいやかなぁ? ごめんねぇ。‥‥ちょっと、待っててね。

    女、バッグから消臭剤を取り出して、口に吹き付ける。

女  ほーら、これで、もう、大丈夫でしゅよー。もう、おちゃけくちゃくないでしょ? ‥‥あら、この子、うんこしてるわ。‥‥だから、気持ち悪かったのね。  ‥‥おじさん、ちゃんとおむつ代えてくれた?
浮浪者  うん? ‥‥ああ。
女  うそ。びしょびしょになってるじゃない。
浮浪者  そっか?
女  もう、おじさん、ちゃんとやってよね。

    女、バッグからおむつを取りだし、人形を地面に置いて、おむつを交換する。

女  ほーら、サラットシートで、気持ちよくなりましゅからねぇ。

    女、おむつの交換を終える。

女  ほーら、気持ちよくなったぁ。いい気持ちでちゅねぇ。

    ロッカーの中から、浮浪者の声。

浮浪者  さゆりちゃん。
女  え‥‥何?
浮浪者  閉めてくんないかな。‥‥まぶしいよ。
女  ああ。‥‥おやすみー。

    女、浮浪者のロッカーの扉を閉める。
    女、ロッカーの前に座り込む。

女  さてと、今日は、何のお話をしましょうかねぇ。‥‥ぷんぷん姫の
お話は、こないだやったよねぇ。‥‥何がいいかな? 何がいいか? ‥‥そうだ、ティッシュ売りの少女のお話にしましょうね。むかしむかし、あるところに、ちっちゃなかわいい女の子がいました。お父さんはサラ金に追われてどこかに行ってしまい。お母さんは、首をくくって死んでしまったので、おじさんの家にもらわれて行きました。おじさんは朝からお酒を飲んで、女の子にポケットティッシュを売らせていました。おじさんは、赤い顔をして「このティッシュを全部売って来るまでは、家に帰ってくるな。」と、大きな袋に山盛りのティッシュを入れて、女の子に渡しました。女の子
は、仕方がないので、町に出てティッシュを売りました。「ティッシュどうですか?」「ティッシュ買って下さい。お願いしまーす。」けれども、誰も買ってくれません。だんだん日が暮れてきて、お腹はすくし、雪もちらつくし、女の子はすっかり悲しくなってしまいました。それでもティッシュが売れないので、おうちには帰れません。雪はどんどん降り積もり、寒くて仕方ないので、女の子は、袋のティッシュを道に敷きつめて、おふとんのかわりにして丸くなって寝ました。でも、寒くて、寒くて、ちっとも眠れません。すると、背中で、カチ、カチと変な音がします。「どうしてカチカチいうのかしら?」すると「ここは、カチカチ町だからカチカチいうのさ。」という声がしました。そして、しばらくすると、今度は、背中でボーボーと音がします。「どうしてボーボーいうのかしら?」すると、「ここは、ボーボー通りだからボーボーいうのさ。」と声がしました。やがて、だんだんとあたたかくなってきたので「ああ、あたたかくていい気持ち」と女の子が思っていると、今度は、熱くなってきました。「ちょっと熱すぎるわよ。」と、女の子が振り向くと、そこには首から時計を下げた変なウサギが、ライターでティッシュに火をつけていたのです。女の子に見つかった悪いウサギは、「大変だ、大変だ。」と大あわてで走り出しました。「こら。待て。」と、女の子は、火のついたティッシュを、ウサギ目がけて次から、次へと放り投げました。その一つが、ウサギの逃げ込んだ小屋に命中して、小屋はボーボー燃えだしました。そして、女の子は、おいしいウサギの丸焼きをお腹いっぱい食べて、すっかり元気になりましたとさ。めでたし、めでたし。
‥‥おもちろかったでしゅか? ‥‥あれ、ちょっと、もうおねむかな?

    男が現れる。

男  みゆき!‥‥こんなとこにいたのか。

    男は、かなり酔っている様子。

女  ‥‥‥。
男  探したんだよ。‥‥ほんと、俺ずっと。‥‥駅前から、ガードの向
こう側の商店街の店、一軒一軒ずうっと探してたんだよ。
女  ‥‥‥。
男  店、戻ってこいよ。‥‥な、もっぺん話そう。話せば、きっとわか
るよ。俺、本気なんだからさ。

    女、唄い出す。

女 ♪ねんねんころりよ
  おころりよ
  マーちゃんはよい子だ
  ねんねしな
男  ‥‥‥。どうしたんだよ? 何だよ、それ?
女  さあ、もう寝まちょうね。おめめと、おめめが、くっついたー。
男  おい、何やってんだよ?
女  なんか、うるちゃいおじちゃんでしゅねぇ。うるしゃくて、目が覚
めちゃいましゅねぇ。
男  ふざけてないで、俺の話を聞けよ。
女  でも、マーちゃんはいい子だから、もう寝ましょうねぇ。うるしゃ
いの、うるしゃいの、飛んでけー。
男  おい! ふざけるなって。
女  どなたか知りませんが、この子が目を覚ましてしまいますので、帰
っていただけませんか?
男  ‥‥‥。何だよ‥‥それ。
女  帰って下さい。
男  ‥‥‥。

    女、唄い出す。

女 ♪ねんねんころりよ
  おころりよ
  マーちゃんは‥‥
男  ふざけんな

    男、女の人形をつかみ取り、地面にたたきつける。

女  あっ マーちゃん!
男  ‥‥‥。
女  何すんのよ

    男、人形を拾おうとする女を押しとどめ、

男  みゆき、俺、本気なんだよ! 本気でお前と結婚しようって言って
んだよ! 遊びじゃねぇんだよ! わかってくれよ!
女  ‥‥‥。
男  ‥‥女房とは別れる。離婚するよ。約束するよ。何なら、明日、離
婚届を出してもいい。‥‥ほんとなんだよ。俺にはお前が必要なんだよ。
女  離してよ。
男  ‥‥‥。
女  離してよ!

    男、手をゆるめる。その隙に、女、人形を拾いに行く。

女  ‥‥マーちゃん。
男  ‥‥‥。
女  ‥‥‥。
男  ‥‥‥。子供がほしいのか?
女  ‥‥‥。
男  つくろうよ。‥‥二人で所帯持って、子供つくって‥‥それでいい
じゃねぇか。
女  ‥‥‥。

    女、人形を産着に包みなおす。

女  ‥‥マーちゃん。
男  おい‥‥。
女  ‥‥‥。
男  おい、何か言ってくれよ。

    女、唄い出す。

女  ♪ねんねんころりよ
   おころりよ
男  やめろ

    その時、大型コインロッカーの扉が開く。

男  !
浮浪者  ちょっと、うるさいんだよ!
男  !
浮浪者  寝られねぇんだよ。
男  ‥‥‥。
浮浪者  ‥‥嫌がってるじゃねぇか。‥‥そっとしといてやれよ。

    浮浪者、扉を閉める。

男  ‥‥‥。

    長い沈黙。

女  ‥‥子供つくろうって?
男  ‥‥‥。
女  残念でした。あたし、子供産めないんだ。
男  え?
女  あたし、かたわなのよ。
男  え‥‥。
女  わかった? ‥‥だから、だめなの。
男  ‥‥‥。
女  だから、帰ってよ。
男  ‥‥子供が産めないんなら、それでもいい。‥‥子供なんかできなくてもいいよ。
女  そういう問題じゃなくってさ‥‥。
男  ‥‥どういう問題なんだよ?
女  ‥‥自分で考えなさい。
男  ‥‥‥。
女  また、お店来てよ。聞いてあげるから。‥‥だから、今日は帰って。
男  ‥‥ほんとか?
女  ほんと。
男  ‥‥約束だぞ。
女  うん。
男  ‥‥‥。
女  逃ぎゃしないわよ。あたしだって商売なんだから。
男  ‥‥‥。じゃ、約束だぞ。
女  またね。

    女、手を振る。
    男、帰って行く。
    しばしの沈黙。
    再び、女、唄い出す。

女 ♪ねんねんころりよ
  おころりよ
  マーちゃんはよい子だ
  ねんねしな

    女、人形の顔を見つめながら、ロッカーを開ける。

女  マーちゃん、じゃ、ママは行きましゅからね。いい子にしてんのよ。
‥‥おやすみなさい。

    女、人形にキスして、そうっと扉を閉める。
    バッグから財布を出して、百円玉をロッカーに入れる。

女  いちまい、にまい、さんまい‥‥と。

    ロッカーのカギを引き抜く。

女  さてと‥‥。

    女、浮浪者のロッカーをノックする。

女  おじさん。

    女、扉を開ける。

浮浪者  ん? ‥‥帰るのか?
女  うん。‥‥じゃあ、お願いね。

    女、浮浪者に、カギと小銭を何枚か渡す。

女  じゃあね。
浮浪者  おやすみ。
女  おやすみなさーい。

    女、浮浪者のロッカーの扉を閉める。
    そして鼻歌混じりに去って行く。

女 ♪つらいつらいわ つめたい青春を
  恨むことさえ あきらめた
  弱い私は 噂の女

  暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    秋。真夜中。
    誰もいない。
    人通りもない。

少女の声 暗いよー。

    静寂。

少女の声 狭いよー。

    再び静寂。

少女の声 うわー、もう、だめ!

    大型ロッカーのドアが開く。
    中に少女がいる。
    少女、深く息をつく。

少女    ‥‥おじさん、よくこんな所で寝られるね。
浮浪者の声 ‥‥そうか?
少女  怖くないの?
浮浪者の声  ‥‥別に。
少女  ふーん。‥‥すごいね。
浮浪者の声  ‥‥そうか?
少女  やっぱり、慣れなのかな? あたしなんか、五分もいらんないよ。
浮浪者  ‥‥‥。
少女  ねえ‥‥。
浮浪者  ‥‥‥。
少女  ねえ、おじさんてば。
浮浪者の声  ‥‥うん?
少女  寝てるの?
浮浪者の声  ‥‥起きてるよ。
少女  起きててさ、何考えてんの? そんなところで。
浮浪者  ‥‥‥。
少女  え? ‥‥よく聞こえない。
浮浪者の声  ‥‥別に。‥‥何にも考えてない。
少女  え? ‥‥閉めてたら、よく聞こえないよ。‥‥開けるよ。
浮浪者の声  ‥‥ああ。

    少女、隣のロッカーを開ける。
    中に浮浪者がいる。
    二つの並んだロッカーの中に、少女と浮浪者。

少女  ‥‥退屈しない?
浮浪者  ‥‥別に。
少女  寂しくない?
浮浪者  ‥‥別に。
少女  ふーん。‥‥すごいね。
浮浪者  何が?
少女  なんか、哲学者とか、えらいお坊さんみたい。
浮浪者  ‥‥そうか?
少女  そうだよ。‥‥なんか、かっこいいよ。
浮浪者  ‥‥そんなこと言われたのは、初めてだな。
少女  ‥‥あのさ、おじさんって、ずーっとここにいるの?
浮浪者  ‥‥ロッカーか?
少女  うん。
浮浪者  ロッカーの中は、けっこう最近だな。ここ一、二年ぐらい。
少女  その前は?
浮浪者  いろいろだな。‥‥デパートの階段の下とか、公園のベンチとか。‥‥そうだ、駅のトイレの中ってのもあったけど、あれは、さすが
にダメだったな。
少女  どうして?
浮浪者  やっぱりにおうし、それから湿ってるからな、床が。
少女  ふーん、いろいろ苦労してんだ。
浮浪者  まあ、みんな似たようなもんだけどな。
少女  みんなって‥‥ホームレスの人?
浮浪者  ああ。‥‥その中じゃ、ここは、けっこう居心地がいい方だな。
‥‥雨風の心配もないし。
少女  ふーん。そんなもんですか‥‥。

    しばらく二人、黙って外を見ている。

少女  あの‥‥おじさん、ちょっと聞いてもいい?
浮浪者  何?
少女  ねえ、おじさんは、どうしてホームレスやってるの?
浮浪者  ‥‥‥。
少女  あの‥‥答えたくなかったら、別に答えなくていいよ。
浮浪者  ‥‥どうして、そんなこと聞くの?
少女  ‥‥別に‥‥何となくね‥‥どうしてかなぁって‥‥。
浮浪者  ‥‥それは、むつかしい質問だな。
少女  え? ‥‥どうして?
浮浪者  ‥‥理由なんか、ないから。
少女  え?
浮浪者  いや‥‥やっぱり、あるかな。
少女  え?
浮浪者  ‥‥ねえちゃんこそ、どうしてそんなこと聞くんだ?
少女  いや‥‥別に。何となくね。
浮浪者  ねえちゃんも、仲間になりたいのか? そういえば、もう終電もとっくに終わってるぞ。どうすんだ?
少女  えっとね‥‥おじさんとしゃべってる。
浮浪者  え? ‥‥朝までか?
少女  うん。
浮浪者  おれは、そんなに暇じゃないぞ。‥‥寝るぞ。
少女  何言ってんのよ。一日中暇だらけで寝てるくせに。
浮浪者 いろいろあんだよ。これでも。
少女  いいじゃん、しゃべろうよ。‥‥ねぇ。
浮浪者  ‥‥困ったガキだな。
少女  ガキじゃないもん。‥‥へへ。

    二人、外を見てる。

少女  ねえ、さっきの続き、やってよ。
浮浪者  え?
少女  理由があるとか、ないとか。
浮浪者  ああ‥‥あれか?
少女  うん。やって。
浮浪者  そうだな‥‥。
‥‥おじさんもね、昔はサラリーマンやってたんだ。
少女  へえ。
浮浪者  こう見えてもね、東京大学卒業なんだぜ。
少女  ほんとぅ?(笑う)
浮浪者  ほんとだよ。
少女  (笑いながら)じゃ、その東大出のエリートが、どうしてこんなになってんの?
浮浪者  ‥‥まあ、話せば長くなるけどね。‥‥まあ、いろいろあったん
だよね。‥‥それに、子供にはちょっと難しい話だしな。‥‥やめとこ。
少女  子供じゃないよ。‥‥いいじゃん、話してよ。
浮浪者  ‥‥そうか。じゃ、ちょっとだけ話してあげようか。‥‥おじさんはね‥‥実は革命家だったんだ。‥‥昔、キューバに、ゲバラって有名な革命家がいてね。こいつが、すごくかっこいいやつだったんだ。ベレー帽を斜めにかぶったりしてさ。
少女  ふーん。
浮浪者  それで、おじさんが東京大学で学生運動をしていた時にね、このゲバラから手紙が来てね、日本からも革命の戦士を送ってほしいって言ってきたんだ。そこで、おじさんが選ばれて、キューバに行ったんだ。横浜港から貨物船の船底に隠れてね、まあ、密航したわけだ。
少女  ふーん。
浮浪者  その苦しさっていったら、こんなロッカーどころじゃないぞ。‥‥狭いし、暑いし、声も出せないしな。‥‥ところが、そんなに苦労
してキューバに着いたら、もうゲバラは殺されてたんだな、これが。
少女  え? どうして?
浮浪者  裏切り者に密告されて、敵に捕まっちゃったんだ。‥‥おじさんは、がっかりしたね。それで、途方にくれていたら、ゲバラの仲間のカストロという偉い人がね、「まあ、そんなに気を落とすな。お前は日本に帰って、日本のゲバラになれ。」って言ってくれたんだな。
少女  カストロって、知ってるよ。髭はやした人でしょ?
浮浪者  そうそう、そのカストロだ。それから、カストロは「日本の革命家はダメだ。本物の革命は、ルンペン・プロレタリアートが起こさなくちゃいけない。」って言ったんだ。
少女  ルンペン・プロリ‥‥?
浮浪者  まあ、乞食みたいな日雇い労働者ってことだ。
少女  ふーん。
浮浪者  それで、おじさんは、一流企業のサラリーマンになったんだけど、カストロの言葉が忘れられなくってね。「やっぱり、日本のゲバラになろう」って思って、思い切ってパッと会社をやめちゃった。そして、山谷に行ったんだ。
少女  山谷?
浮浪者  東京の日雇い労働者の町だよ。ほら、オカバヤシが歌ってただろ? 「山谷ブルース」っての‥‥。
♪ 今日の仕事はつらかった。あとは、焼酎をあおるだけ‥‥。
少女  ああ‥‥そんな歌あったね。
浮浪者  その山谷で、土方とか、港の荷下ろしとかしながら、まだか、まだかと革命のチャンスを待っていたわけだ。
少女  ふーん。‥‥それって、いつ頃の話?
浮浪者  二十年‥‥いや、もう三十年にもなるかな。
少女  ‥‥それで、その革命のチャンスはあったの?
浮浪者  ‥‥いや、残念ながら、まだだ。‥‥でも、おじさんはね、こうやってコインロッカーの中に入ってても、まだその日の訪れを待ち続けているんだぜ。カストロと約束したからな。
少女  ふーん。
浮浪者  ‥‥あ、ドア閉めて。
少女  え?
浮浪者  誰か来た。
少女  えー、暗いのヤだよ。
浮浪者  とにかく閉めろ。

    浮浪者、少女のロッカーのドアを閉める。
    そして、自分のロッカーのドアも閉める。
    ややあって、二人のオカマがやって来る。
    一人のオカマが、浮浪者のロッカーに近づく。

オカマ1 へロー、へロー。ハウ、デュー、デュー。

    オカマ2が、浮浪者のロッカーをノックする。

オカマ2 おこんばんわ。お元気ですか?

    オカマ2が、浮浪者のロッカーを開ける。

浮浪者  ‥‥何だよ。今日はオカマかよ。
オカマ1 何だよとは失礼ね。‥‥だいたいあたしたちオカマじゃないわよ。
オカマ2 ニュー・ハーフって呼んでよね。
浮浪者  どっちでも、おんなじだろ。
オカマ2 違うわよ。
オカマ1 そ、違うの。
浮浪者  わかったよ。‥‥で、そのニュー・ハーフさんが、何のご用ですかな?
オカマ1 例の物をもらいに来たのよ。
浮浪者  例の物って何だ?
オカマ2 とぼけないでよ。例の物は例の物よ。
浮浪者  さて、なんだったけなあ‥‥?
オカマ2 あんた、あたしたちがニュー・ハーフだと思って馬鹿にしてるで
  しょ!
浮浪者  違うよ。‥‥知らないおじさんにはついて行くなって言われてんだよ。
オカマ1 何よ? それ。
浮浪者  ちゃんと相手を確認してから渡せってね。
オカマ2 え、それって、ギャグだったの? つまんなーい。
オカマ1 ねぇ、さっさと出しなさいよ。
浮浪者  だから、何を?
オカマ1 決まってんじゃん。カギよ、カギ。
浮浪者  ああ‥‥これか?

    浮浪者、ポケットからロッカーのカギを取り出す。

オカマ1 わかってんなら、もったいつけずにさっさと出しなさいよ。この
もうろくオヤジ。(と、カギを奪い取る)

    オカマの二人、カギの番号を確かめながら、ロッカーを探
    しに去る。
    しばらくして、少女がロッカーをそっと開ける。

少女  おじさん‥‥。
浮浪者  開けちゃだめだ。もうしばらく、入ってろ。
少女  今の人たち、何なの?
浮浪者  ‥‥後で教えてあげるから。ほら、ドア、閉めて。
少女  でも‥‥。
浮浪者  あいつら、また戻ってくるから。‥‥あ、来た。閉めろ!

    少女、あわててロッカーを閉める。
    オカマたちが、何かの包み(あるいはバッグ)を持って帰ってくる。

オカマ2 じゃ、これが今度のやつね。(と、包みを浮浪者に差し出す。)
浮浪者  いらねぇよ。
オカマ2 え?
浮浪者  おれ、もう、やめることにしたんだ。
オカマ1 何言ってんのよ。‥‥それ、どういうこと?
浮浪者  だから、あんたたちの手伝い。おれ、下りるよ。
オカマ1 ‥‥何なのよ、それ。
浮浪者  だから、もう来ないでくれって、ボスに言っといてくれ。
オカマ2 あんた、それ、マジで言ってんの?
浮浪者  ああ。
オカマ1 ‥‥これは、子供の遊びじゃないのよ。そんなことができるっ
て思ってんの?
浮浪者  できんのか?
オカマ2 当たり前でしょ。‥‥ボスに言ったら、ただじゃすまないわよ。
浮浪者  ただじゃなかったら、どうなんだ?
オカマ2 あんた、あたしたちがニュー・ハーフだと思って、なめてんで
しょ。
浮浪者  関係ねぇよ。
オカマ1 だったら、何なのよ?
浮浪者  めんどくせぇんだよな。もう、あんたらとつき合うのは。
オカマ2 ‥‥ボスに言いつけてやるから。
浮浪者 言いたかったら、言えばいいだろ。
オカマ1 この野郎! 浮浪者のくせにナマ言うんじゃねぇよ!
オカマ2 後で後悔するからね。‥‥あんたなんか、こうしてやる!

    オカマ2、浮浪者のロッカーのドアを閉める。

浮浪者  おい、こら! やめろ! やめろってば!

    中から、浮浪者がドアを開けようとするが、オカマの力は
    強い。

オカマ2 リカちゃん、カギしめて!

    オカマ1が、カギを閉めて、コインを入れてしまう。

浮浪者の声  おい! 開けろ!(と、ドアをたたく)
オカマ2 へへ、ざまあみろ!
オカマ1 こんなんじゃすまないわよ。もっともっと痛い目に合うんだから
ね。
オカマ2 ‥‥さあ、行こ。リカちゃん。
オカマ1 うん。ジェニー。
オカマ2 ‥‥じゃあね、おじさん。‥‥お元気で。

    オカマたち、去る。
    ややあって、隣のロッカーから、恐る恐る少女が出てくる。

少女  おじさん、大丈夫?
浮浪者の声 ‥‥ああ、大丈夫だ。
少女  カギ閉まっちゃってるよ。どうしよう?
浮浪者の声 ‥‥どうしようもないだろ。
少女  駅の人に言ってこようか?
浮浪者の声  ‥‥もうこんな時間じゃ、宿直しかいないだろ。
少女  でも‥‥。
浮浪者の声 ‥‥朝になってからでいいよ。
少女  朝まで、どうすんの?
浮浪者の声 ここにいるよ。‥‥慣れてるから平気だよ。
少女  ‥‥‥。

    少女、途方にくれたような、困ったような顔。

少女  ‥‥今の人たちは、何なの?
浮浪者の声 ‥‥おじさんのアルバイト先のやつだ。
少女  アルバイト?
浮浪者の声 あいつら、何かの取り引きしてんだよ。
少女  何かって?
浮浪者の声 さあ‥‥シャブかなんかじゃないかな?
少女  え? ‥‥じゃあ、暴力団?
浮浪者の声 さあな‥‥。
少女  ‥‥どうして、そんな危ないことしてんの?
浮浪者の声 まあ、けっこういい金になるんだよ。
少女  ‥‥‥。また、来るかな?
浮浪者の声 え?
少女  痛い目に合わすって言ってたでしょ?
浮浪者の声 ‥‥かもな。
少女  じゃ、どうすんの?
浮浪者の声 さあ‥‥。しばらく、よそにでも行くか。
少女  そう。
浮浪者の声 でも、すぐに見つかるだろうな。‥‥あいつら、そういう情報網はすごいから。
少女  見つかったら、どうすんの?
浮浪者の声 さあな‥‥。その時は、その時だ。
少女  ‥‥殺されちゃうの?
浮浪者の声  ‥‥殺しはしないだろ。‥‥まあ、最悪で、ボコボコってと
ころかな。
少女  それで、いいの?
浮浪者の声 ‥‥まあ、今から心配しててもしょうがないよ。‥‥何にもないかもしれないしさ。
少女  ‥‥‥。
浮浪者  ‥‥‥。
少女  ‥‥‥。
浮浪者の声  ‥‥ねえちゃん。
少女  え? 何?
浮浪者の声  帰っていいよ。‥‥おじさん、朝までここで寝てるから。
少女  でも‥‥。
浮浪者の声 朝になって、ギャーギャーわめいたら、誰か開けてくれるだろ。
少女  でも‥‥。
浮浪者の声 ん?
少女  ‥‥もう、終電もないし。
浮浪者の声  ああ、そうだったな。
少女  朝までいてあげるよ。‥‥おしゃべりしようよ。
浮浪者の声 ‥‥ありがと。
少女  え?
浮浪者の声 (大きな声で)ありがと。
少女  ああ‥‥どういたしまして。

    ぼんやりあたりを眺める少女。
    夜が更けてゆく。

    暗転。


    とある駅のコインロッカーコーナー。
    年末。早朝。
    遠くからジングルベルが聞こえてくる。
    スキーバッグを持ったOL風の女が二人立っている。
    一人が携帯電話をかけている。

OL1 ‥‥それで、今どこにいるの? ‥‥うん‥‥うん‥‥ほんとに大
丈夫なの? ‥‥‥え? 何言ってんのよ。あんただから心配してんじゃない。他の子だったら、黙って待ってるわよ。‥‥だいたい、今何時だと思ってんの? (時計を見る)ええっと、もう二十分過ぎてるじゃない。常識的に電話ぐらいするもんよ。‥‥え? ほんと? ‥‥じゃ。(電話を切る)
OL2 何だって?
OL1 バス、来たって。
OL2 じゃ、来るんだ。
OL1 ‥‥たぶんね。
OL2 たぶん、てことはないでしょ?
OL1 わかんないよ。バス乗り間違えたりしたりして。
OL2 ああ、そっか。‥‥順子ならあるかもね。
OL1 うん、あるある。
OL2 ‥‥待ち合わせ、早めにしといてよかったね。
OL1 あの子が来るんだから、しょうがないじゃない。‥‥それより、三
十分ぐらい早めに言っときゃよかったのよ。順子には。
OL2 それ、ちょっとかわいそうじゃない?
OL1 そんなことないわよ。だいたい、今まであの子が時間通り来たこと
ある?
OL2 ‥‥‥。
OL1 でしょう? ‥‥だったら、そのぐらいされても当然よ。
OL2 ‥‥‥。
OL1 夏の北海道の時も、ひどい目にあったじゃない?
OL2 そうだね。
OL1 旅行だったら、普通、早めに行こうとか思わない?
OL2 ‥‥まあ、そうだね。
OL1 どうして寝坊とかするかね‥‥。
OL2 うん‥‥。

    ジングルベルが聞こえている。
    二人は、忙しそうに通り過ぎる人々を眺めている。

OL1 ‥‥でも、よくこんな時期に四日も休み取れたね。
OL2 あたしんとこ外資系だから。
OL1 え?
OL2 外人って、クリスマスとか大事にするでしょ?‥‥ほら、大統領だ
ってクリスマス休暇とか取ってるし‥‥。
OL1 え? ひょっとして、会社休みなの?
OL2 ‥‥じゃないけど、けっこう休んでる人いるよ。
OL1 へぇ、そうなんだ。いいなぁ。
OL2 ユミこそ、どうやって休み取ったの?
OL1 ‥‥へへへ。
OL2 ‥‥何よ? へへへって。
OL1 ちょっと裏技使っちゃった。
OL2 え? 何、それ?
OL1 うちの会社でね、セクハラ事件があって、ちょっともめたのよ。去年。
OL2 うん。
OL1 それ以来、うちの管理職がナーバスになっちゃってさ。すっごく女
の子に気を使うわけ。
OL2 へぇ。
OL1 それで、今度のスキーの話を何となく切りだした時に、課長が「立
原さん、一緒行く彼氏いないの?」って言ったのよね。それで、すかさず、「それは個人のプライバシーの問題じゃないですか!」って、ちょっと強く言ってやったのよ。そしたら、課長のやつびびっちゃってさ‥‥うやむやにOKになっちゃったわけ。
OL2 へぇ、やるねぇ。
OL1 でしょう?
OL2 でも‥‥。
OL1 え?
OL2 一緒に行く彼氏がいないってのも、事実なのよねぇ。
OL1 ‥‥‥。
OL2 なんか、それ、蛸が自分の足を食べてるみたいね。
OL1 何よ、それ?
OL2 だから、自分のみじめさを売り物にしてるっていうか‥‥。
OL1 そんなことないわよ。
OL2 どうして?
OL1 私、彼氏がいたって、女の子だけで行くわよ。
OL2 え、ほんと?
OL1 うん。
OL2 どうして?
OL1 男なんかと行っても、楽しくないよ。気使うばっかでさ。
OL2 そっかなあ?
OL1 そうよ。誰と誰が一緒に滑るかとか、誰がどの子の面倒をみるかと
か、どこのコースに行くかとか‥‥。
OL2 ‥‥それ、大学時代のツアーの話?
OL1 そう。‥‥それで、食事の時でも、誰が誰の隣に座るか、とかでも
めるのよ。もう、そんなのばっかりに気を使うのは嫌なの。
OL2 まあ、グループ旅行じゃ、そういうのあるわね。
OL1 でしょう?
OL2 でも、彼氏と二人っきりなら、また違うんじゃない?
OL1 そんなのおんなじよ。‥‥私は、純粋に旅行を楽しみたいの!
OL2 でも、年末年始のスキー場って、アベックばっかりよ。
OL1 そんなことないわよ。‥‥知らないの? この頃、私たちみたいな
ツアーも多いのよ。
OL2 それは、スキー場で男に声かけてもらいたいんじゃない?
OL1 ‥‥あんた、やけに男にこだわるわね。
OL2 ‥‥そんなことないけど。ちょっと、みじめかなぁって‥‥。
OL1 だったら、あんた一人で男あさりしてたらいいじゃない。現地調達
したら?
OL2 そんなこと言ってないじゃない?
OL1 言ってるみたいなもんよ。‥‥やーね、もう、飢えてんだから。
OL2 だから、言ってないって!
OL1 言ってる!

    そこへ、OL3がスキーバッグを引きずりながらやって来る。

OL3 ごめーん。待ったぁ?
OL1 ‥‥‥。
OL2 ‥‥‥。
OL3 ‥‥‥。あれ‥‥‥怒ってる?
OL1・2 ‥‥‥。
OL3 ‥‥ほんと、目覚まし二つかけたんだよ。それから、テレビもタイ
マーかけて‥‥。で、いっぺん目が覚めたんだけどね、ちょっとまだ早すぎるかなって思って、それでウトウトしちゃったの。そしたら‥‥。
OL2 ‥‥それは、もういいの。
OL3 え?
OL2 ‥‥そういう問題じゃないのよ。
OL1 順子、あんた飢えてる?
OL3 え?
OL1 男。
OL3 へ?
OL1 女三人で行くのと、彼氏と二人で行くのとどっちがいい?
OL3 あのぅ‥‥。
OL1 どっち?
OL3 あの、話が見えないんですけど‥‥。それ‥‥なんかのクイズ?
OL1 答えろ!
OL3 ‥‥‥。ちょっと、説明してよ。いきなり答えろって言われても、
  そんなんじゃ、わけわかんないよ。
OL1 いいから、答えなさい。‥‥女三人と彼氏と二人。どっちがいいの?
OL3 ‥‥‥。どっちでも‥‥いいんじゃない?
OL2 ほら、そうなのよ。別に二者択一の問題じゃないのよ。
OL1 あんたは黙ってて。‥‥順子、だいたい、あんたのそのいいかげん
さがいけないのよ。だから、遅刻ばっかりするんじゃない。
OL3 ねえ、それとこれと何の関係があるのよ。‥‥もう、わけわかんない!
OL2 ‥‥ねぇ、もうそれぐらいにしたら?
OL1 ‥‥反省したか?
OL3 ‥‥遅刻のこと? クイズのこと?
OL1 とにかく、反省したか?
OL3 ‥‥はいはい、反省しました。私が悪うございました。

    OL1・2、顔を見合わせて笑う。

OL1 よし、今日はこのくらいにしといてやろう。
OL3 ‥‥ねえ、遅刻したのは悪かったけどさ、その女三人と彼氏って何
なの?
OL1 それは、後で話してあげる。‥‥いや、話さない方がお互いの身の
為かな?
OL2 そうねぇ‥‥。
OL1 だいたいあんたが旅行に遅刻するとろくなことがないもんね。
OL2 夏の時も悲惨だったし。‥‥ねぇ、また変なやつが来ないうちに、
早く行こうよ。
OL1 また、列車に乗るのは嫌だからねぇ。
OL3 あの時は、ほんとにごめん。
OL1 悪いと思ったら、遅刻するな。
OL3 ごめーん。
OL2 今日は、何が何でも飛行機で行くぞ!
OL1 おや、恐がりのしおりさん、今日はえらく強気ですね。
OL2 あの時は、ユミだって気味悪がってたじゃん。
OL1 ‥‥そういえば、あの時の死体おじさん、このへんだったんじゃない?
OL2 そういえば‥‥。
OL1 まだ、いるかな?
OL2 こんなに寒くなったら、もう、どこかに行ってるよ。
OL1 (ロッカーを物色して)‥‥あ、これだよ、これ。三七一番のロッカー。
OL2 へえ、よく覚えてるね。
OL1 大型のやつってあんまりないからね。
OL2 ふーん。
OL1 ‥‥開けてみようか? カギかかってないよ。
OL2 えー! やめとこ‥‥。
OL1 え、しおり、まだ怖いの?
OL2 じゃないけどさ。‥‥もう、いないよ、きっと。
OL1 開けるだけ、開けてみようよ。‥‥そうだ、順子、あんた開けなさい。
OL3 えー、何で私なの?
OL1 遅刻した罰。
OL3 えー!
OL1 ほら、さっさと開ける!

    OL3、嫌々ロッカーに近づく。
    OL1・2がそれを見守る。
    OL3が思い切って、ロッカーを開ける。
    しかし、そこには、何も入っていない。

OL1 なーんだ。
OL2 ほら。‥‥さ、行こ。
OL1 ‥‥隣。
OL2 え?
OL1 ひょっとしたら、隣に引っ越してるかもしれないよ。
OL2 ‥‥あんたも、好きねぇ。
OL1 ほら、順子、隣を開けて。

    OL3、今度はぞんざいに隣のロッカーを開ける。
    浮浪者がいる。

OLたち !

    浮浪者は動かない。
    しばし沈黙して浮浪者を眺めるOLたち。

OL3 ‥‥ほんと、死体みたいね。
OL2 ‥‥でしょう?
OL3 ‥‥寝てるのかな?
OL1 ‥‥起こしてみない?
OL2 え‥‥。
OL1 寝てるふりかもしれないし‥‥。
OL2 やめようよ。
OL3 怒るかもしんないよ。
OL1 別にいいじゃん。‥‥ちょっと起こすだけだから。
OL2 勝手にしたら‥‥。
OL1 おじさん‥‥。

    返事はない。

OL1 (少し大きな声で)おじさん。おはようございます。

    返事はない。

OL1 おかしいな‥‥。気づかないふりしてんのかな?
OL2 ねぇ、ほっといて、もう行こうよ。
OL1 ちょっと、つついてみようか?
OL2 えー、やめようよ。

    OL1、かまわずスキーのストックを取り出して、浮浪者
    をつつく。

OL1 おじさん、おじさん。もう、朝ですよ。起きて下さいよ。

    返事はない。

OL1 おっかしいな‥‥。
OL2・3 ‥‥‥。
OL1 ‥‥‥。

    OLたち、顔を見合わせる。
    しばしの沈黙。

OL1 ‥‥一応、駅の人に言いに行こうか。
OL2 ‥‥‥。
OL3 ‥‥うん。

    三人、少し顔を引きつらせて、去る。
    誰もいなくなったコインロッカーコーナー。
    開いたままのロッカーの中で、浮浪者は動かない。
    遠くから、ジングルベルの音。

    暗転。


    暗闇の中、目覚まし時計のベルが鳴り響く。
    ベルが止むと、明かりがつく。

    とある駅のコインロッカーコーナー。
    ジングルベルが鳴り続けている。
    年末。
    浮浪者がいたロッカーだけが開いている。
    ロッカーの中には、誰が飾ったのか、小さな花が一輪。
    少女が、両手にティッシュペーパーを持って配っている。

少女  お願いしまーす。

    クリスマスプレゼントらしい包みを持った人や、腕を組ん
    だアベックが通り過ぎる。
    右へ左へと通行人に駆け寄りながら、ティッシュを配り続
    ける少女。

少女  お願いしまーす。

    やがて、少女も去り、誰もいなくなる。
    コインロッカールームに、静かに雪が降り始める。
    いつの間にかジングルベルは消え、「友よ」のオルゴール
    が静かに流れる。
    浮浪者の消えたロッカーの向こうに、青空がのぞく。
    その青空を残して、あたりはゆっくりと闇に包まれて行く。


                          おわり


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