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戦争がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

【これは、劇団「かんから館」が、2014年11月に上演した演劇の台本です】

なんかきな臭い時代になってきたなあということで、戦争とか正義とかをモチーフとした芝居を書いてみました。でも、いわゆる反戦劇とかではありません。オムニバス形式で、いろんなタッチの芝居がありますが、どちらかと言えばコメディー路線かな?

  〈登場人物〉

   男 四人
   女 二人


1 ゴレンジャー


    工事現場のような場所。
    ゴレンジャーたちが座っている。

    カラスの「カアー」の声。

黄色  はあー。
全員  ‥‥‥。
黄色  はあーあ。
青色  どうしたんですか、おじさん? えらく気の抜けたため息ついて。
黄色  こら。おじさんとちゃうやろ。キレンジャーって呼べって言うとるやろが。‥‥何遍言うたらわかるんや。
青色  えー。
赤色  ‥‥まあ、細かいことはいいじゃん。黄色のおっちゃん。
黄色  また。‥‥お前らおちょくっとんのか? ‥‥もう、最近の若いもんは‥‥。
全員  ‥‥‥。
黄色  はあーあ。
桃色  だから、どうしたのよ? そんなにため息ついて。
黄色  ‥‥ねえちゃん、聞いてくれるか?
桃色  だから、ねえちゃんじゃないって! モモレンジャー。
黄色  まあ、固いことは抜きにせーや。
赤色  言ってることに全然一貫性がないじゃん。‥‥もう、最近の年寄りときたら‥‥。
黄色  誰が年寄りじゃ!
赤色  あんたの他に誰がいるの?
黄色  何やと!
桃色  もう、つまんないケンカはやめてよ! だから何なのよ?
黄色  おっ、ねえちゃん、やっぱ聞いてくれるんか?
桃色  だから聞いてあげるから、さっさと話しなさいよ。
黄色  それがなあ‥‥ちょっと言いにくいんやけどなあ‥‥。
桃色  もったいぶらないで、さっさと話す!
黄色  わしなあ‥‥
桃色  うん。
黄色  実はなあ‥‥。
桃色  うん。
黄色  ほんま、言うても怒らへんか?
桃色  うん、怒らないから。
黄色  ほんまにほんまか?
桃色  だから、怒らないって言ってるでしょ!
黄色  ほんまに、何ゆーても怒らへんか? 聞いた後で、やっぱり怒るとかナシやで。
桃色  もう、いいかげんにしてよ、おっちゃん! あたしはそういうウジウジしたのは大嫌いなの!
黄色  ほら、もう、怒ってるやん。
桃色  何よ、いいトシして。からかってるの? そんなんだったら、もういいわよ。聞いてあげないから。
黄色  ごめんごめん。そういうつもりやないんや。すんまへん。
桃色  ‥‥‥。だから、さっさと言いなさいよ。あたしだって、そんなにヒマじゃないんだから。
黄色  あのなあ‥‥実はなあ‥‥。
桃色  うん。
黄色  わし、辞めたらあかんかなあ?
桃色  え?
全員  え?
青色  ‥‥辞めるって、何を?
黄色  ゴレンジャー。
全員  え?
赤色  ‥‥どうして?
黄色  ‥‥実はなあ‥‥わし、リストラされてん。
全員  え?
黄色  それでなあ‥‥仕事もないのに戦隊ごっこなんかしてる場合やないやろって‥‥。
桃色  奥さん?
黄色  うん。‥‥子供にも言われた。
青色  えー、高島さん、家族に言っちゃダメでしょ?
黄色  そらわかってるって。‥‥わかってるけど、家族持ちはそうそう理由もなく家空けられへんさかいによって‥‥。
青色  でも、規則違反ですよ。
黄色  規則、規則ってうるさいなあ。キミは学級委員長か? ‥‥わしらはなあ、家族サービスも犠牲にしてるんやで。そんな苦労はキミにはわからんやろ?
青色  ‥‥‥。
赤色  ‥‥でも、おっちゃんが抜けたら、ゴレンジャーじゃなくなっちゃうし‥‥。
黄色  わかってる。そんなんおっちゃんかて、よーよーわかってるがな。‥‥そやからため息ついてるんや。
全員  ‥‥‥。
緑色  あのう‥‥。
黄色  なんや?
緑色  ボク、思うんですけど、新しいキレンジャーを募集するってのはどうでしょう?
黄色  ‥‥緑、それマジでゆーてんのか?
緑色  あ‥‥はい。
黄色  そーか。それは素晴らしいアイデアやなあ。
緑色  で、でしょ?
黄色  で、誰か来てくれるアテでもあるんやろな?
緑色  え?
黄色  この不況の折、手弁当のボランティアで世界の平和を守ろうなんて奇特なヤツがおるんかってゆーてるんや。
緑色  え‥‥それは‥‥。
青色  ちょっと、ちょっと待って下さいよ。‥‥おじさんはそういうつもりでゴレンジャーをやってたんですか?
黄色  そういうつもりって、どういうつもりやねん?
青色  世界の平和を守るって、そういうことじゃないと思うんです。お金の問題じゃないと思うんです。たとえお金はもらえなくても、世の中を良くしたい、そういう思いの人は必ずいるはずです。
黄色  もう、学級委員長はかなわんな。理想をゆーのも結構やけど、腹が減ってはいくさはできんで。わしら、仙人とはちゃうんやさかいにな。
青色  じゃあ、高島さんは、そもそもどうしてキレンジャーになったんですか?
黄色  まあ、特にこれという理由はない。成り行き? 強いて言えば男のロマンかな?
青色  それじゃ、そのロマンを捨ててしまうんですか?
黄色  もうロマンとかいうトシでもないやろ。
桃色  男は、いつもそうやって逃げるのよね。「若気の至り」とか自分に言い訳して。
黄色  まあ、何とでも言え。
緑色  それで、高島さんは、ゴレンジャー辞めて、これからどうするんですか?
黄色  さあなあ‥‥。どうするかなあ‥‥。
緑色  決めてないんすか?
黄色  ちょっと考えてることもないでもない。
緑色  と言うと?
黄色  職探しを兼ねて‥‥
緑色  兼ねて?
黄色  ちょっとイスラム国にでも行こかと思たりしてる。
緑色  えー!
全員  イスラム国!
緑色  なんなんすか、それ? 高島さん、イスラム教徒だったんですか?
黄色  いや、別にそういうことでもないけど‥‥。まあ、男のロマンかな?
赤色  やっぱり、言うことに一貫性がないんだから、このおっちゃんは。
桃色  都合良く男のロマンが復活? ほんと、男って、だから信用ができないのよねぇ。
青色  高島さん、それ、正気で言ってるんですか? ムチャクチャじゃないですか?
黄色  ムチャクチャとは失敬やな。わしかてちょっとは考えてるんやで。‥‥あそこは待遇がきっちししてるらしいからな。妻子の養育手当も出してくれるらしいし。
青色  やっぱりお金ですか?
黄色  そらそうや。カスミ食って生きられへんさかいな。いつまでも正義の味方ごっこしていられるほど世の中は甘くないしな。
青色  でも、あそこは狂気の殺人集団ですよ。文字通り悪の権化ですよ。
黄色  ほんまにそやろか?
青色  え?
黄色  そら、こっち側から見たら悪魔の手先に見えるかもしれん。そやけど、ほんまにそれだけやったら、なんであんなに人が集まるんや?
青色  それはどういう意味ですか?
桃色  高島さん、何が言いたいの?
黄色  何か人を引きつける魅力があるんやないか? そんな気がするんや。
青色  高島さん、それは間違ってますよ。人を殺す事に魅力を感じるなんて、そんな考えは狂っている。仮にも、一度は正義の味方であったあなたが、そんなことに手を貸そうとすることは、ボクには信じられません。許せません。
黄色  ほんまにそやろか?
青色  え?
黄色  ほんまに正義って一つしかないんやろか? 十人いたら十人の正義があるんとちゃうんやろか? 一万人いたら一万人の正義があるんとちゃうんやろか?
青色  高島さん‥‥何を言ってるんですか?
黄色  昔々、日本は戦争をした。あの頃、敵の国からは、日本は、それこそ狂気の国、殺人集団、悪魔の手先と思われてたんや。でも、それでも日本人には日本人なりの論理があったし、正義があったんや。それを敵の国は理解しようとは思わんかった。
青色  高島さんは、その戦争時代の日本とイスラム国が同じだと言いたいのですか?
黄色  いや、そやない。わしには、その時代の日本が正しかったか、正しくなかったかはわからん。でも、同じように、今のわしには、イスラム国が正しいか正しくないかを判断することはできんのとちゃうかと‥‥。
青色  そんな理屈はムチャクチャです。そんなことを言ったら、何が正義で、何が悪かがわからなくなってしまう。正義なんて存在しないことになってしまうじゃないですか!
黄色  そや。その通り。
青色  え?
黄色  そもそも正義なんて存在するんか?
青色  え。
全員  え。

    長い沈黙。

青色  ‥‥高島さん。世の中には言って良い事と悪い事があると思いますよ。あなたのおっしゃったことは、規則違反、いや、それ以前に、我々の組織の存在の根本否定です。‥‥私は、あなたを許すことができない。あなたの存在自体を許すことができません。
黄色  ‥‥どうするつもりや?
青色  我々は正義の味方です。悪を倒し、世界の平和を守るのが我々の務めです。その任務を粛々と遂行する以外に我々の選択肢はありません。
黄色  ‥‥殺すんか?
青色  悪を‥‥倒す。
赤色  待て!
青色  何だ?
赤色  青色、お前は、今、世界の平和を守ると言ったな?
青色  ああ、言ったさ。
赤色  その世界とは、どの世界だ?
青色  何を言ってるんだ、赤色? この世界に決まってるだろ。
赤色  この世界とは、お前の世界か?
青色  どういう意味だ?
赤色  お前の信じる世界か? と聞いているんだ。
青色  何を言いたいんだ?
赤色  オレは、高島さんの言うことにも一理あると思う。
青色  お前まで、何を言い出すんだ?
桃色  やめてよ! 今は内輪もめしている場合じゃないでしょ!
赤色  内輪もめ? ‥‥これって、ほんとに内輪なのかな?
桃色  え?
赤色  オレは高島さんの側につくぞ。いずみ、お前はどうなんだ?
桃色  藤沢君‥‥。そんなことを言われても‥‥。
赤色  高木、お前はどうする?
緑色  え? えー?
赤色  はっきりしろ!
緑色  えー!
赤色  お前はどっちだ?
青色  どっちだ?
緑色  え、えー‥‥。
赤色  高木!
青色  高木!
緑色  えー。‥‥ボ、ボクは‥‥そんな難しい事はよくわからないから‥‥。
赤色  だから?
青色  だから?
緑色  だ、だから‥‥さいならー。

    緑色、脱兎の如く逃げ去る。
    しばしの間。

赤色  ふん。
青色  ふん。
赤色  ‥‥じゃあ、いずみ。お前の番だな。‥‥お前の判断次第で雌雄は決する。
青色  ‥‥‥。
桃色  ‥‥‥。
赤色  お前はどうする?
青色  どうする?
桃色  ‥‥‥。
赤色  どっちだ?
青色  どっちだ?
桃色  ‥‥‥。
赤色  いずみ!
青色  いずみ!
桃色  ‥‥‥。
赤色  ‥‥お前も‥‥逃げるのか?
桃色  ‥‥あたしは、逃げたりしないわよ。
赤色  ‥‥じゃあ。
桃色  あたしはねぇ‥‥どっちにもつかない。
赤色・青色  え?
桃色  あたしはねぇ、元々、正義とかそういうのに興味はないの。
青色  何?
桃色  昔からよく言うじゃない? 正義は必ず勝つって。‥‥あんなのウソよね。勝った方が正義になるだけなんだから。
赤色・青色  ‥‥‥。
桃色  だいたい正義なんて、よくわかんないもののために命を懸けて戦うなんて、それは男の愚かな論理だわ。‥‥そして、その勝った方に身を寄せるなんて、そんな古典的な女の生き方もうんざりなのよ。
赤色・青色  ‥‥‥。
桃色  あたしはねぇ‥‥生きるわ。生きて、生きて、生き抜いてやるの。男達が悔しくって歯ぎしりするくらいにね。
赤色・青色  ‥‥‥。
桃色  だから‥‥あたしはドキンちゃんになるわ。女はねぇ‥‥みんなドキンちゃんになればいいのよ。
赤色・青色  ‥‥‥。
桃色  だから、せいぜいがんばってちょうだい。どっちがアンパンマンになるか、バイキンマンになるか、知らないけど。
さあ、殺し合いなさい。殺して、殺して、殺し抜きなさい。
健闘を祈ってあげるから。

    立ち尽くす男三人。

    音楽、アンパンマンマーチ。

    そうだ! 恐れないでみんなのために
    愛と勇気だけが友達さ
    ああアンパンマンやさしい君は
    行け! みんなの夢守るため

    暗転。


2 セカイノオワリ


    男と女が向かい合って座っている。
    長い沈黙。

男  ‥‥もう終わりだね。
女  ‥‥ええ。
男  君が小さく見える。
女  ‥‥‥。
男  僕は思わず君を‥‥。
女  ‥‥‥。
男  抱きしめたくなる。
女  ‥‥‥。え?

    しばしの沈黙。

男  ‥‥歌だよ。歌。
女  歌?
男  オフコースの「さよなら」。
女  ‥‥知らない。
男  え?
女  そんな古い歌。
男  そんな古い‥‥って‥‥ことは知ってるんじゃん。
女  オフコースは知ってるけど‥‥小田和正でしょ? キンキン声の。
男  そう。その中でも、一番キンキン声の歌だよ。
女  そうなの?
男  そう。
女  でも、知らない。その歌は。
男  え? 一番有名な歌だよ。
女  そうなの?
男  じゃ、じゃあさ、何知ってるの?
女  何?
男  オフコース。
女  そうねぇ‥‥。
   ♪僕が照れるから 誰も見ていない道を 寄り添い歩ける寒い日が 君は好きだった(無表情に上手に歌う)
男  それ、それ、それだよ!
女  え?
男  「さよなら」。さっきのが一番で、それが二番。
女  え、そうなの?
男  それでサビが ♪さよなら?さよなら?さよなら?(必死で高音で歌う)‥‥わかっただろ?
女  ‥‥知らない。
男  ええー! そんなバナナ!
女  ‥‥それ、ひょっとして「馬鹿な」と「バナナ」をかけてんの?
男  ‥‥‥。
女  つまんなーい。
男  だから、問題はそういうことじゃなくて‥‥。
男  オフコース。
   (二人同時に言う)
女  世界の終わり。

    しばしの沈黙。

男  ‥‥ああ、そうだったね。
女  でしょ?
男  うん。
女  ‥‥なんでこうなっちゃうのかなあ?(独り言風に)
男  ‥‥それ、どういう意味?
女  修学旅行の旅館とかで、いろいろコイバナとかして盛り上がって、それで夜中になって眠たくなって盛り下がって来ると、必ず出てくる話題じゃない?
男  え?
女  あなたが無人島に一人だけで行くとします。一つだけ持って行くことができるとしたら、何を持って行きますか?
男  え? ‥‥そうだなあ‥‥。(真面目に考え出す)
女  そんな、つまんないクイズとかするじゃない? そういう時に必ず出てくる永遠のテーマ。
男  え?
女  世界の終わりに男一人、女一人だけが生き残ります。その時、相手はどんな人がいいですか?
男  え?
女  まあ、クイズなら、どうとでも答えられんじゃん。お遊びだから‥‥。
男  ああ‥‥。
女  でも、それがまさか現実になるとはねぇ‥‥。
男  はあ‥‥。
女  少なくとも、こんな男じゃなかったよね。ゼッタイ!
男  ‥‥‥。
女  私、そんなにメンクイでも、理想が高いわけでもないし、恋愛運とか男運とかがよかったわけでもないから、贅沢言うつもりは全然ないんだけどさあ‥‥。
でも、なんでこうなっちゃうのかなあ‥‥。
男  ‥‥‥。
女  「そんなバナナ」とか‥‥。
男  まだ言うか!
女  シクシクシクシク。
男  ふん‥‥勝手に泣いとけよ。こっちだって‥‥。

    女、真剣に泣き出す。

男  おい‥‥おいって‥‥。マジで泣いてんの?

    女、泣いている。

男  そんな‥‥バナナ、おっと、そんな深刻になることないじゃないか? ねぇ‥‥。
女  (泣きながら)このままじゃ、人類は滅びちゃうから‥‥とにかく子孫を残さないと‥‥だから‥‥僕たちが新しいアダムとイブになって‥‥新しい人類を産まなければ‥‥とか、‥‥絶対‥‥そんな結論になってるのよ。‥‥そんなの‥‥悪質な詐欺商法みたいなもんじゃないの‥‥。ううっ。
男  ‥‥そ、そんなこと言ってないだろ?
女  いいえ、今は言ってなくても、必ず言うのよ。
男  言わないよ。
女  じゃ、じゃあ、あなたは人類が滅びてもいいって言うの?
男  え‥‥それは‥‥。
女  ほーら、やっぱり言うんじゃないの? ‥‥男なんてね、男なんてねぇ、みんなそうなのよ!(激しく泣く)
男  もう‥‥だから‥‥。

    女、泣き続ける。

男  おい‥‥おいって。

    女、泣き続ける。

男  ねぇ‥‥頼むから、泣かないでくれよ。
女  世界のため‥‥平和のため‥‥って、そうやって、女は泣かされ続けてきたのよ。‥‥あなただって、そうに決まってるわ。‥‥人類のためって‥‥きれいごと言っても‥‥結局は、私のカラダが目当てなのよ。‥‥私、もう‥‥だまされないから‥‥。

    女、泣き続ける。

男  わかった。
女  ‥‥え?
男  わかったって言ってるんだ。
女  え。
男  じゃあ、こうしよう。僕は待ち続ける。君が僕のことを理解してくれる日まで。君が僕という男をを信頼してくれる日まで。ずっと、いつまでも待ち続けよう。何日でも。何年でも。‥‥それまでは、僕は君に指一本触れはしない。‥‥それは約束するよ。
女  ‥‥‥。
男  そして、もし、不幸にしてその日が訪れることがなく、人類が滅びてしまったとしても、それは、それでいいじゃないか。それが我々人類の寿命だったんだと笑って諦めよう。
女  ‥‥あなた。
男  約束する。
女  あなたは‥‥それでいいの?
男  いいさ。
女  本当に?
男  本当に。
女  あなたは、それでいいかもしれない。でも、そうしたら、わたしはどうなるの? 恋をすることもなく、老いさらばえて、ただひたすら死ぬのを待つしかないの?
男  え?
女  そんなの残酷よ。女にとって、恋は命と同じなのよ。恋を失って生き続けるくらいなら、死んだ方がましだわ。どうして、男はそんなに勝手なの!
男  え? え?
女  もう、人類なんか滅びちゃえばいいんだわ。全部あなたのせいよ!

    女、ナイフを取り出し、自分の胸を刺す。

女  あべし!

    女、死ぬ。
    呆然と立ちつくす男。

男  そんな‥‥バナナ。

ナレーション  こうして、人類は滅びた。

    暗転。


3 明るい家庭


    妻、息子がダイニングテーブルに座っている。
    老人が少し離れて座布団に座っている。
    夫がやってくる。

夫  おはよう。
妻・息子 おはよう。
老人  え‥‥ああ?
妻  ‥‥おとうさん、いつも言ってるじゃないですか? 朝の挨拶は、みんなで一緒にしようって。
老人  ええ‥‥ああ?
息子  ダメダメ、ぼけてるから。
妻  (大声で)だからタカシさんが、おはようって。
老人  ああ‥‥メシはまだかいのう? ユミコさん。
妻  (大声で)おとうさん、そんなこと言ってません。だから、おはようって。
老人  ああ‥‥なんか食ったような気がせんのじゃが。
息子  ママ、だからぼけてるんだって。
夫  タクヤ、ちゃんとエサはやったのか?
息子  昨日の晩やったよ。ビーフジャーキー。
夫  だから、もうトシなんだから、そんな堅いのはダメだって言ってるだろ。‥‥たしかツナ缶が冷蔵庫にあっただろ?
息子  だって、めんどくさいもん。
夫  何が?
息子  缶詰開けるの。
夫  そんなぐらい、どこがめんどうなんだ?
息子  だって、缶切りがいるじゃん。
夫  持ってくればいいじゃないか?
息子  だから、それがめんどくさいの。
妻  わかった、わかったわ。ママがツナ缶切るから。
夫  ユミコ、こういうことは自分で責任もってやらさなくちゃ。‥‥だいたいお前が甘やかすから‥‥。
息子  うっさいなあ。
夫  うっさいとは何だ? それが親に向かって言う言葉か?
妻  もう、朝っぱらからケンカしないで下さいよ。ご近所にも聞こえちゃうでしょ?
夫  聞こえて何が悪い! 家庭教育がしっかりしてない方が、よっぽど恥ずかしいぞ。‥‥だいたいお前が甘やかすから‥‥。
老人  ユミコさん、メシはまだかいのう?
妻  おとうさん、今はそれどころじゃないんですから。
息子  ほらほら、やっぱりぼけてる。ぼけてる。
夫  何を喜んでるんだ! タクヤ、エサやりはお前の仕事だろう!
息子  だからやったって言ってるじゃん。
夫  だから、ビーフジャーキーなんか食わないんだよ!
息子  食わなきゃ、食わないでいいじゃん。
夫  そんな調子じゃ、散歩も連れて行ってないんだろ?
息子  行ってるよ。‥‥たまには。
夫  たまには?
妻  ああ、それで、最近そこらにおしっことかうんことかするのね。‥‥タクヤちゃん、お願いだから、散歩だけは連れてってちょうだい。部屋の中がくさくなって困るのよ。ね、お願い。ごはんはママがやるから。
夫  だから、それがダメなんだよ。お前が甘やかすから‥‥。
息子  うっさいなあ。
夫  何だと!
老人  ユミコさん、メシはまだかいのう?
夫  ああ、もううるさい! うるさい!
妻  うるさいのはあなたでしょ? 朝からどなりちらしたり、わたしにやつあたりしたり‥‥だいたい、おとうさんをそんなに邪険に扱っていいの? あなたは知らないでしょうけど、近所でうわさになってるのよ。こないだだって、倉田さんの奥さんに嫌味言われたんだから‥‥。
夫  何でオレが文句言われなきゃならないんだよ? だいたいタクヤが世話をするって言うから‥‥。
妻  あなたはそうやって、いつもタクヤやわたしを悪者扱いするけど、そういうあなたは何をしてくれたって言うの? おとうさんの面倒は全部私たちに押しつけて、あなたはなんにもしてくれないじゃない?
夫  オレには仕事があるんだから。
妻  仕事、仕事って、何でも仕事のせいにして。男はそうやって仕事を隠れ蓑にできていいわね。
夫  何だと!
息子  二人とも、もう、ケンカしないでよ!
夫  何を言ってるんだ? そもそもお前がおじいちゃんの面倒をみないから‥‥。
老人  ユミコさん、メシはまだかいのう?
夫  うるさーい!

    しばしの沈黙。

夫  よし。わかった。
妻・息子 え?
夫  もう、捨てよう。
妻・息子 え?
夫  誰も面倒が見られないんなら、捨てるしかない。
妻  ‥‥そんな、あなた。
息子  ‥‥パパ。
夫  もう、パパは決めたから。
老人  メシはまだかいのう?

    しばしの沈黙。

妻  ‥‥でも、あなた。
夫  何だ?
妻  今日は火曜日だから、生ゴミは捨てられませんよ。
夫  何?
妻  この頃、ゴミの分別がうるさいんですから。こないだも山下さんが生ゴミの中に燃えないゴミを混ぜていて、当番の人にさんざん嫌味を言われてたのよ。
夫  ‥‥‥。
妻  だから‥‥。
夫  だから、何だ?
妻  だから、あなたが仕事の帰りに保健所に持って行って下さいよ。
夫  ば、馬鹿言え。職場にじいさんなんか連れて行けるかよ。
妻  だって。
夫  ‥‥‥。じゃ、じゃあ、タクヤ。
息子  あ、もうこんな時間だ。遅刻しちゃう。それじゃ、行ってきまーす。
夫  あ、おい、タクヤ。待ちなさい!

    息子、去る。

夫  もう‥‥。

    しばしの沈黙。

夫  ‥‥あのさ、じゃあ、悪いけど、お前、電話してくれないか?
妻  どこに? 保健所?
夫  ああ。
妻  いやよ。‥‥こないだ、テレビでも言ってたでしょ? 最近は、無責任な飼い主が増えてるって。‥‥だから、いろいろ文句言われるのよ。わたし、そんなのいやだわ。
夫  そこんところをさ‥‥頼むからさあ‥‥。
妻  どうして、いつもそうなの? 肝心なところになると、男は全部責任を女に押しつけるんだから‥‥。
夫  そんなこと言わないでさあ‥‥。オレもいろいろあんだよ。また、今度埋め合わせするからさあ‥‥。
妻  ‥‥今度っていつよ?
夫  それは‥‥また、今度だよ。
妻  いつも‥‥いつもそうなんだから。‥‥貧乏くじを引かされるのはいつも女なんだから‥‥。
夫  な。

    男、女1を拝む。

老人  ユミコさん、メシはまだかいのう?

    暗転。


4 戦争を知らない子供達


    男と女が向かい合って座っている。
    沈黙。

男  ‥‥戦争が終わって僕らは生まれた。
女  ‥‥え?
男  戦争を知らずに僕らは育った。
女  ‥‥え?
男  大人になって歩き始める。
女  ‥‥‥。
男  平和の歌を‥‥。
女  ちょっと。ちょっと待ってよ。
男  え? 何?
女  戦争って、何?
男  へ?
女  いつの戦争?
男  いつのって‥‥。
女  南北戦争?
男  え?
女  じゃあ、応仁の乱?
男  え?
女  それじゃあ、アルマゲドン!
男  あの‥‥それ‥‥もしかしてマジで言ってるの?
女  ‥‥へへ‥‥だよね。アルマゲドンだったら、世界が終わってるし。
男  ‥‥いや‥‥そういう意味じゃなくって。
女  じゃあ、どういう意味?
男  え‥‥。
女  ねぇ!
男  ‥‥だから‥‥戦争したでしょ? 昔。
女  そんなのいっぱいしてるでしょ? だから、どの戦争って聞いてんじゃん。
男  それ‥‥ほんとマジなの?
女  マジに決まってんじゃん。漠然と戦争が終わったって、言わなきゃわかるわけないでしょ?
男  ‥‥へぇ。
女  何が、へぇ‥‥よ!
男  ‥‥すごいねぇ。
女  何が、すごいのよ!
男  「戦争を知らない子供達」を知らない子供達ってわけだ。
女  何、わけわかんないこと言ってんの!
男  学校で習わなかった?
女  何? その戦争が終わってなんちゃらかんちゃらってやつ?
男  いや、そうじゃなくって。
女  そんなの習ってないわよ。
男  いや、だから、歌のことじゃなくって‥‥。
女  え、それって歌なの?
男  うん。昔々の歌。
女  だったら知ってるわけないじゃん。‥‥あんた、ほんとはいくつなの?
男  だから‥‥そういうことじゃなくって。
女  ごまかすな。
男  いや、ごまかしてないよ。
女  ごまかしてる。
男  もう!ごまかしでも何でもいいよ! ああ、ごまかしてるさ!
女  ほら、やっぱり。
男  それでさ、とにかく戦争をしたの!
女  ‥‥誰が?
男  日本。
女  どこと?
男  アメリカ。
女  それはないって。日本とアメリカは仲良しだし。
男  だから、それは最近の話で‥‥。
女  ずーっと仲良しだよ。
男  だから、それはここ五十年? 六十年ぐらいのことでさ‥‥。
女  そんなの、全然最近じゃないじゃん。‥‥やっぱりあんたトシごまかしてるでしょ? ほんとはいくつなの?
男  だから、そういう問題じゃなくってさ!
女  それは十分問題だよ!
男  ‥‥もう!
女  それは、こっちのセリフだよ。もう!
男  ‥‥‥。
女  ‥‥‥。
男  ‥‥もう、話にならないな。
女  ‥‥こっちだって話したくなんかないわよ。
男  ‥‥‥。
女  ‥‥‥。
男  ‥‥歴史を忘れた民族に未来はない、か。
女  あ、それ知ってる。‥‥確か、サッカーの試合で韓国のサポーターがが横断幕ぶら下げてたやつでしょ?
男  なんでそんなのだけ知ってるの?
女  そりゃ、韓流ファンだからね。
男  ええ?
女  韓国のことには詳しいの。
男  ‥‥あの‥‥意味わかって言ってます?
女  ハングル勉強中だから、ちょっとはわかるよ。
男  ‥‥いや‥‥そういう意味じゃなくってね‥‥。
女  じゃ、どういう意味よ?
男  だから‥‥。もういい。やめとこ。
女  言いかけて途中でやめるなんて、卑怯だぞ。
男  だって‥‥言っても無駄だろうし‥‥。
女  あ‥‥それって、ひょっとして私の事、バカにしてるんじゃない?
男  いや‥‥別にしてないけど。
女  いや、してる。
男  してないって! もう、ああ言えば、こう言うんだから。
女  あんたって、基本的に女性差別主義者ね。
男  ええ? ‥‥何でそうなるんだよ?
女  何だかんだ言って、男はだいたいそうなのよ。
男  そんなことないよ。‥‥オレ、どっちかって言うとフェミニストだと思うけど?
女  口先だけじゃ、何だって言えるわよ。‥‥まあ、別にいいけどね。別に男に頼って生きようなんて思ってないから。
男  何でそんな話になるんだよ?
女  だから、あんたが変なこと言い出すからよ。
男  だから、単に歌の話をしてただけじゃん。
女  だから、そんな歌なんか知らないって言ってるでしょ! しつこいのよ!
男  何だよ‥‥まったく‥‥。
女  だから、それはこっちのセリフだって。
男  わけのわかんないやつだなあ‥‥。
女  わけのわかんない男よ、あんたは‥‥。
男  ふん。勝手にしろ。
女  言われなくてもするわよ。ふん!

    二人顔をそむける。
    沈黙。

    暗転。


5 若者たち


    男と女が向かい合って座っている。

女  ‥‥君のあの人は今はもういない。
男  ‥‥ああ。
女  だのになぜ、何を探して‥‥。
男  ‥‥‥。
女  君はゆくのか?
男  ‥‥‥。
女  あてもないのに。
男  ‥‥‥。そうだな‥‥男っていうのはそういうものなのさ。全く愚かな生き物だぜ。フフフ‥‥。
女  ‥‥歌だよ。歌。
男  歌?
女  「若者たち」。
男  ‥‥知らない。
女  え?
男  そんな古い歌。
女  古い‥‥って‥‥ドラマでやってんじゃん。森山直太朗が歌ってるやつ。
男  オレ、ドラマ見ないから。
女  ふーん。でも、古い歌って‥‥何、それ?
男  確かねぇ、それ、大昔の歌なんだよ。大昔のドラマの主題歌だったかな?
女  だって、森山直太朗が歌ってるわよ。
男  どうせ、リメイクだよ。最近、テレビ、ネタ切れだから。
女  ふーん。‥‥じゃあ、何で知ってるの?
男  だからよく知らないって。‥‥でも、どっかで聞いたような気もするんだよな。‥‥音楽の教科書に載ってたのかな? ‥‥ねぇ、歌ってみて。
女  えー。まだよく覚えてない。
男  だって、お前が言い出したんだぜ。
女  そうだけど‥‥。歌詞だけならわかるよ。
男  何だよ、それ? ‥‥じゃ、歌詞でいいから言ってみて。
女  うーんとね‥‥確かね‥‥君のゆく道は果てしなく遠い。
男  (鼻歌で)♪君のゆく道は果てしなく遠い
女  そうそう、そんな感じ。
男  それで?
女  だのになぜ歯を食いしばり。
男  ♪だのになぜ歯を食いしばり
女  そうそう‥‥思い出した?
男  だから‥‥次。
女  君はゆくのか、そんなにしてまで。
男  ♪君はゆくのか そんなにしてまで
女  そう、そう、そうだよ! 完璧だよ! ‥‥やればできんじゃん。
男  何が、やればできんじゃんだよ! ふざけんのもいいかげんにしろよ!
女  あ、怒った?
男  ‥‥‥。
女  それって‥‥怒ってるよね。
男  ‥‥‥。
女  えーん。えーん。えーん。
男  ‥‥泣くなら、本気で泣けよな。
女  あら? バレてた?
男  当たり前だ。
女  そっかー。バレてたか。‥‥エヘヘヘ。
男  ‥‥‥。女は得だよな。そうやって、泣くか、笑うかすれば許されるんだから。
女  そんなことないよ。女だって、いろいろつらいのよ。
男  たとえば?
女  ‥‥たとえばって‥‥そんな急に言われてもねぇ。
男  ほーら、やっぱり女は得なんだよ。
女  そんなことない。
男  そんなことある。‥‥あーあ、オレ、男に生まれて損したなあ。
女  じゃあ、女になれば?
男  そんなの、なれるか!
女  ニューハーフとか?
男  バカ言え!
女  あたし、あんたのニューハーフ姿見たいなあ。
男  冗談はヨシ子さん。
女  何それ? それってシャレなの? わあ、おじさんみたいー。
男  ふん、勝手に言ってろ。
女  はい、勝手に言ってます。

    しばしの間。

女  ‥‥あのさ。
男  ‥‥‥。
女  ねぇ。
男  ‥‥‥。
女  ねぇって言ってるでしょ!
男  ‥‥勝手に言ってるんだろ?
女  何よ、それ? 冗談のわからない男はもてないぞー。
男  ダジャレのわからない女はもてないぞー。
女  そんなの聞いたことないぞー。
男  ふん。
女  そんなこと言ってるんじゃないのよ。ちょっと聞いてよ。‥‥あのさ。
男  ‥‥何だよ?
女  男って、どうして旅に出るの?
男  え?
女  そういうパターンって多いじゃない? さっきの歌にしてもさ、小説にしてもさ、映画にしてもさ、さすらいの一人旅みたいなの多いじゃない? ‥‥たとえばスナフキンみたいなの。‥‥ねぇ、あれ、どうして?
男  男が、どうして旅に出るのかってかい?
女  うん。
男  それはね‥‥。
女  うん、それは?
男  そこに旅があるからさ。

    しばしの間。

女  ‥‥‥。それって、ちょっと違わなくない?
男  違わなくない。
女  だって、旅があるからって何よ? そんなの、どこにあるのよ? どこに落ちてんのよ?
男  ‥‥‥。
女  ねぇ。
男  ‥‥‥。
女  ほーら。
男  ‥‥‥。
女  答え、教えてあげようか?
男  ‥‥何だよ? 答えがあるのかよ?
女  答えっていうか‥‥人に聞いた話なんだけどね‥‥。
男  ああ。
女  男は、お母さんを求めてさすらってるんだって。
男  え? ‥‥何だよ?‥‥それって、「母を訪ねて三千里」?
女  茶化さないでよ。真面目に言ってるんだから。
男  だって、世の中みなしごばっかじゃないだろ?
女  もっと正確に言うとね、お母さんのおなかの中に帰りたがってるんだって。
男  え? ‥‥何だよ、それ?
女  胎内回帰って言うのよ。
男  タイナイカイキ? 身体の中に帰るの?
女  ううん。胎内の胎は、胎児とか母胎の胎。お母さんのおなかの中よ。
男  へぇ。
女  人はね、お母さんのおなかの中から生まれ出て、そして、お母さんのおなかの中に帰って行くんだって。
男  へぇ。
女  ほら、老人になると、ぼけてきて、だんだん赤ちゃんみたいになって行くでしょう? あれも胎内回帰らしいよ。
男  ふーん。
女  ね、わかった?
男  ‥‥でもさ。
女  でも、何?
男  それって変じゃん。‥‥お母さんのおなかから生まれてきたのは男だけじゃないだろ? 女だってそうじゃん。
女  ‥‥ウフフフ。‥‥言うと思った。
男  何だよ?
女  ほんと‥‥男ってバカよね。
男  何だよ?
女  ‥‥あのね‥‥女には自分の海があるのよ。
男  ‥‥うみ?
女  そう、海。‥‥女は海から生まれて、そして、新しい海に船出するの。
男  え‥‥。
女  だから‥‥だから、もう帰らなくていいのよ。
男  ‥‥‥。

    女、立ち上がる。

女  (静かに歌う)♪静かだな 海の底 静かだな 何もない
男  ‥‥なんだよ‥‥それ?
女  古い古い歌。むかーしむかしの歌。
男  ‥‥‥。
女  むかーし、むかし、人魚姫は王子様との恋に破れて、泡になってしまいました。自分の涙と一緒に泡になってしまいました。ふかーい、ふかい海の底で、たったひとりぼっちで泡になってしまいました。
静かな静かな海の底で泡になった人魚姫は、やがて小さな海になりました。大きくて深い海の底で、さみしくって小さな泡の海になりました。
そして、そのさみしさの海の中で、ずっと待っているのです。あなたがやって来るのを。あなたが長い旅に疲れて身体と心とを休めに帰ってくるのを。
遠い遠い昔から、今も、そして明日も、十年後も、百年後も、ずーっと、ずーっと、待ち続けているのです。
男  ‥‥‥。

    女、笑っている。

男  ‥‥君は‥‥君は、誰なんだ?

    女、笑っている。

女  ‥‥お帰りなさい。

    女、笑っている。

    暗転。


6 おひさしぶりね


    喫茶店。
    イスが二つある。
    明美と香苗が入って来る。

明美  二人です。‥‥あ、吸いません。

    間。

明美  はい。

    二人、イスに座る。

明美  あ、私は紅茶下さい。

    間。

明美  ストレートで。‥‥香苗は?
香苗  ああ‥‥私はカプチーノ。砂糖なしで。

    間。

明美  ほんと、急に冷え込んできたよね。
香苗  ほんと、ほんと。
明美  もうすっかり冬って感じ。
香苗  まあ十一月だからね。
明美  えー。でも、まだ十一月よ。‥‥十一月ってこんなに寒かった?
香苗  え? ‥‥どうかなあ?
明美  紅葉だってまだでしょ? 下旬でしょ?
香苗  え? そうだっけ?
明美  そうよ。連休の頃、観光客がいっぱいになるのよ。
香苗  そうだっけ?
明美  そうよ。‥‥今年は寒くなるのが早いのよ。
香苗  ふーん。そっかなあ?
明美  うん。そう。

    間。

明美  ほんと、ひさしぶりよね。
香苗  うん、そうだね。
明美  卒業しちゃうとみんなバラバラになっちゃって‥‥。ほんと、毎日毎日会ってたのにね。うそみたい。
香苗  そうね。
明美  誰か会った?
香苗  え? そうね、良子とは二回ほど飲んだよ。えーっと、去年のお盆と年末と、それから今年の連休かな?
明美  三回じゃん。
香苗  あ‥‥そっか。
明美  他は?
香苗  ないよねぇ。遠いからねぇ。メールとかでは連絡してるけど。
明美  そうよねぇ。下宿の子はなかなか会えないよねぇ。
香苗  うん。‥‥明美は?
明美  地元の子とはたまに会ってるよ。でも、みんな忙しいからねぇ。
香苗  地元って誰?
明美  陽子とかルミとか静香とか美奈子とか‥‥。あと、山岸とか田崎とかミツルとも飲んだよ。
香苗  え、男子にも会ってるの?
明美  うん。
香苗  そっか。地元はいいよねぇ。なんか、ちょっとうらやましい。
明美  一回、同窓会でもしよっか? とりあえず集まれるメンバーだけでも。
香苗  うん、しよしよ。‥‥明美が音頭取ってよ。
明美  え、私が? ‥‥うん、まあいいけど。
香苗  じゃあ、お願いね。
明美  ‥‥いつがいいかな? 年末? ちょっと急すぎるかな?
香苗  いいんじゃない? 平日だとみんな忙しいだろうからさ。
明美  だよね。‥‥じゃ、連絡してみる。
香苗  わーい。楽しみだなあ。
明美  男子も呼ぶ?
香苗  もちろんよ。
明美  らじゃあ。

    飲み物が来る。
    飲むマイム。

明美  ‥‥でさ、最近どうなの?
香苗  どうって? ‥‥うーん。かなりヤバイよねぇ。
明美  え? ヤバイって? どうしたの?
香苗  だって、ヤバイと思わない?
明美  え? 何が?
香苗  ほら、集団的自衛権が閣議決定されたじゃない? それに、去年の年末には秘密保護法が強行採決されたし‥‥。
明美  え?
香苗  日韓関係とか、日中関係も最悪だし‥‥。ヘイトスピーチもすごくなってるし‥‥。前は「朝鮮人は帰れ!」って言ってたのが、最近では「朝鮮人を殺せ!」なんだよ。いくら何でもひどいと思わない? どうして警察が取り締まらないのかなあ?
明美  ‥‥‥。
香苗  竹島とか尖閣諸島も一触即発って感じよねぇ。‥‥それにさ、福島の問題も中途半端なままなのに、それで原発の再稼働なんて言ってるんだから、ありえないっていうか、ほんと腹立つわ。
明美  ‥‥あのぅ。
香苗  え?
明美  ‥‥香苗って、そんなタイプだったっけ?
香苗  え? そんなタイプって‥‥どんなタイプ?
明美  いや‥‥だから‥‥政治の話とか‥‥。
香苗  だって、政治は大事でしょ?
明美  ‥‥うん‥‥まあ‥‥そうだけど。
香苗  私達若者が政治に無関心だと、それこそ政治家になめられちゃうのよ。
明美  ‥‥う、うん‥‥そうよね。
香苗  一番被害を受けるのは私達なんだから。
明美  ‥‥うん。

    少し長い沈黙。
    飲み物を飲んだり。

明美  ‥‥えーっと、香苗の仕事って何だっけ?
香苗  え? ああ、ブライダル。ブライダル・コーディネート。
明美  そうそう、そうだよねぇ。
香苗  うん。
明美  楽しい? ぶっちゃけ言って。
香苗  うん。楽しいよ。忙しいけど。
明美  そっか。それはよかったね。‥‥まあ、忙しいのはどこでもおんなじだからね。
香苗  うん。
明美  じゃ、じゃあさあ‥‥毎日、毎日、カップル見てるわけでしょ?
香苗  ああ、うん。
明美  そういうの見てると、うらやましくなったりしない? 「ああ、私もウエディングドレス着たいなあ」とか?
香苗  うーん。どうかなあ? ‥‥仕事と私生活とは違うからねぇ。
明美  でもさ、そういう仕事を選んだってことは、結婚に対するあこがれとかあったんじゃないの?
香苗  うーん。特にそういうのはないなあ。
明美  え、どうして?
香苗  あのね、最近の結婚ってどんどん高齢化してるのよ。女は三十前で、男は三十過ぎって感じだよね。だから、私のトシじゃ、まだ先の話って感じなのかな?
明美  え、そんなになってるの?
香苗  うん、そうだよ。
明美  へぇ。
香苗  それに、最近は地味婚ばっかりだしさ。新郎新婦と親戚だけみたいなの。友達もほとんど呼ばない。
明美  へぇ‥‥。何だか夢がなくなっちゃうよね。どうしてそんな風になってるのかな?
香苗  それはね、やっぱり不況のせいよ。それに、一番の原因は経済格差よね。知ってる? 派遣労働者の年収って、ほとんど二百万行かないのよ。しかも、派遣にはベースアップも賃上げもないから、ずーっと一生、二百万以下のままで固定されちゃうの。そんなので、結婚したり、家建てたり、子供作ったりできると思う? 将来設計ができると思う?
明美  ああ‥‥それは、かなりきびしいよね。
香苗  きびしいなんてもんじゃないわよ。だからさ、晩婚や地味婚だけじゃなくって、生涯未婚率もどんどんアップしてるのよ。
明美  え、生涯未婚率?
香苗  一生のうちに一度も結婚しない人の割合。これがさ、女で一〇%、男は二〇%を超えてるのよ。女の十人に一人は結婚しない、男に至っては五人に一人は結婚しないのよ。これがさらに増えていって、近い将来には三〇%を超えるだろうっていうの。三〇%って言ったら、三人に一人は結婚しないことになるのよ。すごい数字だと思わない?
明美  確かにすごいけど‥‥それはさあ、結婚したくない人が増えてるってことじゃないの? ほら、最近の男子は草食系だとか二次元萌えとか言うしさ。
香苗  違う。違う。マスコミはそういう風に言ってごまかしてるけど、これは明らかに政策の失敗による必然的な結果なのよ。派遣やフリーターがどんどん増えてきた結果、結婚したくてもできない人がどんどん増えているのよ。それに、少子化少子化って騒いでるけど、子供を安心して生んで育てられる環境が整備されてないからよ。
明美  ‥‥というと?
香苗  まず、やっぱり収入の問題よ。それから、慢性的な保育所不足。それに、女性が子育てしながら働く労働条件が整備されていない。
明美  ふーん。
香苗  これってね、私達の問題なのよ。政治家に任せっぱなしにしてたら、とんでもないことになっちゃうわ。私達、特に若い女性達がどんどん声を挙げていかなくっちゃ。ねぇ、そう思わない?
明美  声を挙げる‥‥ねぇ‥‥。でも、そういうのは、みんながみんなできることじゃないから‥‥。私もどっちかって言うと、そういうのはあまり得意じゃないし‥‥。ごめん。

    少し長い沈黙。
    飲み物を飲んだり。

明美  ‥‥あっという間に年末だよねぇ。もう年賀はがきが発売されてたし、この頃、一年が経つのが早いと思わない?
香苗  思う。思う。
明美  やっぱトシのせいかなあ。‥‥以前、先輩に言われたんだけどね、ハタチを過ぎると、時間の経つのがマッハで早くなるゾって。‥‥ほんとだよねぇ。
香苗  ほんと、そうだよねぇ。
明美  学生の時とは全然違うよねぇ。
香苗  うん、全然違う。
明美  そう言えば、もうそろそろ十大ニュースとか流行語大賞とかの季節なんだ。‥‥えーっと、去年は何だっけ?
香苗  えーっとねぇ‥‥そうそう、「あまちゃん」と「倍返し」。
明美  あー、そうだった。そうだった。じゃ、今年は「アナ雪」だね。
香苗  明美は見たの?
明美  もちろん。四回見たよ。ブルーレイも買ったし。香苗は?
香苗  うん、一応見たけど‥‥。
明美  一応って?
香苗  うん、ディズニーって、あんまり得意じゃないの。
明美  へぇ、意外ねぇ。‥‥マンガ苦手だったっけ?
香苗  いや、苦手じゃないよ。どっちかというと好きかな? でも、少女マンガとかメルヘンより、どっちかと言ったら少年マンガかな?
明美  ああ、いるよね、そういう子。毎週欠かさずジャンプとか読んでる子。‥‥どういうのが好きなの?
香苗  そうねぇ。いろいろあるけど、一番好きだったのは「はだしのゲン」かな?
明美  え、「はだしのゲン」‥‥。
香苗  中学の時はまっちゃってさ、夢中になって読んだよ。‥‥一番印象に残ってるのがねぇ、お父さんとお姉ちゃんと弟が燃えちゃうシーンだね。原爆の時、ゲンとお母さんが奇跡的に助かるんだけど、三人が家の下敷きになっちゃってさ、それで火が迫ってきて、お父さんが「逃げろー!」って叫ぶんだ。それで、しばらくして、三人の顔が家に挟まってるところに火が回ってきて燃えだすの。そしたら、それを見ていたお母さんが、「お父ちゃんが燃えてる。ハハハハハハ、燃える。燃える。みんな燃える。」って狂っちゃうの。‥‥人間って極限の状況ではあんな風になっちゃうんだって思った。
明美  ‥‥‥。
香苗  ほんと感動したよ。‥‥あれからかなあ‥‥戦争はやっちゃいけないってつくづく思うようになった。
明美  ‥‥あのさ。
香苗  え? 何?
明美  ‥‥香苗って変わってるね。
香苗  え‥‥そうかな?
明美  そうよ。変わってる。かなり。
香苗  えー、そんなことないよ。
明美  ふつーの女子じゃない。
香苗  いやいや、どこにでもいるふつーの女子だよ。
明美  どこにでもはいない。
香苗  ‥‥‥。
明美  ‥‥香苗ってさ‥‥ひょっとしてサヨクの人なの?
香苗  え? ‥‥明美って、ひょっとしてウヨクの人なの?
明美  いや、違うけど。
香苗  そっかー。サヨクなんて言うから、ひょっとして反日左翼とか言うのかと思った。
明美  何、それ?
香苗  明美、ネットとか見ないの?
明美  見るけど。
香苗  ネット見てたら、2ちゃんとかにネトウヨがウヨウヨいるじゃん。
明美  そういうの見ないから。
香苗  ネトウヨの連中はさ、戦争反対とか原発反対とか言ってると、反日左翼だ。売国奴だってギャーギャー言うじゃない?
明美  だから、そういうの見ないから。
香苗  それで、左翼は中国の手先だとかいうわけよ。どうして左翼が中国の手先なの? 反日反日って言うけど、左翼だって日本人なんだよ。それがどうして反日になるわけ?
明美  だから、そういうの見ないから。
香苗  ‥‥そっか。
明美  ‥‥そう。
香苗  ふーん。

    少し長い沈黙。
    飲み物を飲んだり。

香苗  ‥‥そういえば、明美の仕事って何だっけ?
明美  事務員。‥‥労働組合の書記局で働いてる。
香苗  労働組合の書記局?
明美  そう。
香苗  ‥‥そっか。
明美  うん。
香苗  ‥‥連合系?
明美  ううん。共産党系。
香苗  ‥‥そっか。
明美  うん。

    間。

香苗  ‥‥変なの。
明美  ‥‥そうだね。
香苗  逆だったらよかったりして‥‥。
明美  ‥‥そうだね。

    少し長い沈黙。
    飲み物を飲んだり。

    暗転。


7 面接試験


    イスがある。
    ノックの音。
    男が入ってきて、イスの後ろに立つ。

男  ‥‥あの。

    間。

男  ‥‥御社の場合、どちらに立てばいいんでしょうか?

    間。

男  いや、だから、イスの右側か? 左側か?

    間。

男  あ、そうですか。はい。

    間。

男  平成学園大学から参りました。田山茂彦と申します。よろしくお願いします。

    間。

男  あ、はい。グローバルスタンダード学部です。

    間。

男  はい。失礼します。

    男、イスに座る。
    間。

男  あ、はい。オレ、いや、私は、平成四年五月二十四日に生まれました。家族は、父と母と私と妹の四人家族です。父は不動産関係の会社で営業の仕事をしています。母は近所のスーパーでレジ打ちの仕事をしています。
茂彦という私の名前についてですが、私が生まれた日は、五月晴れの天気のいい日で、病院の窓から若葉が茂っているのがきれいだったので、父は茂という名前をつけようと思ってたらしいのですが、亡くなったおじいちゃん、いや、祖父が、田山家の名前には「彦」をつけるのがいいとか言い出して、結局茂彦になったそうです。それで、幼稚園とか小学校に行くと、最近はキラキラネームとかが多くて、「茂彦なんて昔の人みたいでダサい」とか言われて、けっこうイヤだったので、ちょっと祖父を恨んだりしてたんですが、小学校五年の時に、祖父が病気になりまして‥‥え? もっと簡単に? ‥‥ああ、どうもすいません。

    間。

男  あ、はい。グローバルスタンダード学部というのは、グローバルというのは「地球の」という意味で、スタンダードというのは「標準」という意味です。

    間。

男  あ、そうですか。わかりますか。‥‥ええっと‥‥ですから、グローバルスタンダードな人間を作る学部です。

    間。

男  ええ? ‥‥えーっと‥‥ですから、地球の標準の人間を作る学部だと思います。

    間。

男  ああ、わかりにくいですか? ‥‥そうですねぇ‥‥それじゃあ、地球の標準ですから‥‥つまり‥‥地球人を作るのではないかと‥‥。

    間。

男  ああ、そうですよね。確かに私は地球人です。‥‥宇宙人だったら恐いですよね。ハハハ、なるほどねぇ。

    間。

男  ああ、国際人! そうです! ズバリ、それです! そう言えば、そういう国際人みたいなのを作るって先生が言ってました。今思い出しました。

    間。

男  あ、はい。英語の授業が多いです。なんか、全体の半分ぐらいは英語の授業です。

    間。

男  外国人の先生ですか? そうですねぇ、わりといますよ。フィリピン人の先生が何人かいて、それからインド人の先生もいます。

    間。

男  え? アメリカ人とかイギリス人ですか? ‥‥いたっけなあ? ‥‥あ、一人、オーストラリア人の先生がいます。

    間。

男  そうですね。留学生はけっこういます。

    間。

男  ほとんど中国人です。でも、中国人の留学生は、なんか仕事が忙しいらしくて、ほとんど学校には来ません。あと、フィリピン人もいます。フィリピン人もあんまり来ません。

    間。

男  仕事ですか? ‥‥さあ、いろいろあるみたいですが、中華料理のお店とか、居酒屋とか、パチンコ屋とか、コンビニとかが多いみたいです。フィリピン人の女の子は、フィリピンパブが多いみたいです。

    間。

男  そうですねぇ。授業は、ネイティブの会話を聞くのが多いです。

    間。

男  いや、先生じゃなくって、CDを聞くんです。ほら、聞き流すだけで英語がわかるようになるってやつがあるじゃないですか? ほら、ゴルフの石川遼も使ってるっていうやつ。

    間。

男  そうですねぇ。‥‥初めの五分くらいは何とか聞いているんですが、わけわかんないから、だんだんお経みたいに聞こえてきて、やっぱり寝ちゃいますよね。もう授業の終わり頃は、教室中ほとんど寝ています。‥‥でも、先生は、それでもいいって言ってるんですよ。語学は睡眠学習でも、それなりに効果があるって。

    間。

男  留学ですか? はい、行きましたよ。夏休みとか。

    間。

男  アメリカですね。ホームステイして、本場のディズニーランドとかにも行きました。

    間

男  印象に残ったことですか? ‥‥そうですねぇ。やっぱ本場は全然違うなあって思いましたね。ハンバーガーとかピザが、マジでハンパなくでっかいんですよ。それにコーラ。知ってました? アメリカのコーラのSって、日本のLとおんなじ大きさなんですよ。それに2リットルのペットボトルとかもあるし‥‥。それから、小さい子供もペラペラに英語しゃべるんですよ。‥‥それから、留学生の友達なんかが、マリファナとかコカインとか買ってきて‥‥。それからSとかも。Sって知ってます? スピードのことをSって言うんですよ。それが本場だから、ほんとに簡単に手に入って、パーティーやってぶっ飛んでたりして、ヤバイヤバイ‥‥。

    間。

男  ああ、そういう話はまずいですか? そうっすよね。そりゃそうだ。アハハハハ。

    間。

男  え? 英語でですか? ‥‥あ、はい。
‥‥えーっと、えーっと、アイ、アイ・ライク・ジャパニーズフード・イズ・スシ、テンプラ、アンド・スキヤキ。‥‥バット‥‥バット・アイ・ライク・アメリカンフード・イズ・マクドナルドハンバーガー・アンド・ケンタッキーフライドチキン。アンド・マイフェイバリットヨーロピアンフード・イズ・ハンバーグ・アンド・オムライス。アンド・カレーライス・イズ・グッドテイスト・アンド・ビューティフル・ユー・ノウ? アハン? ‥‥アンド‥‥え? もういいですか? ‥‥あ、はい。

    間。

男  あ、志望動機ですか? ‥‥はい。‥‥私が御社を志望したのはですね、求人票に「誰にでもできる簡単な仕事です」と書いてあったことと「あなたもグローバルな舞台で活躍してみませんか?」と書いてあったので、これはグローバルな人間を目指している自分にはぴったりな仕事だと思ったからです。はい。

    間。

男  え? 仕事内容ですか? それは気にはならないこともありませんでしたが、グローバルな舞台で活躍できるのなら、どんな仕事でもやり抜く決意です。はい。

    間。

男  え? ゲームですか? はい。大好きです。小学校の頃からプレステもウイーもエックスボックスもやってました。ていうか、学校にいる時間以外はほとんどゲームをやってました。

    間。

男  そうですね。ジャンルを問わず、ゲームならどんなゲームでもやりますよ。大学ではゲーム同好会を作っていて、オンラインゲームでグローバルな活動をしていました。ちなみに、私は副会長をしていました。

    間。

男  そうですか。それはうれしいですねぇ。ありがとうございます。

    間。

男  え? それは、シミュレーションゲームみたいなものですか? 戦車とかビルとかを狙って、ミサイルで攻撃するんですよね?

    間。

男  え? シミュレーションじゃない? ホンモノ? ‥‥と言いますと?

    間。

男  あ、はい、知ってます。無人攻撃機って、あのアメリカ軍が中東で使ってるやつでしょう? でっかいラジコン飛行機みたいな‥‥。

    間。

男  え? 日本にもあるんですか?

    間。

男  へぇ‥‥。でも、それって、国防軍の仕事ですよね? ‥‥‥はい‥‥‥はい‥‥‥え? 軍の仕事に下請けってあるんですか? ‥‥‥へぇ‥‥‥はい。初めて聞きました。

    間。

男  へぇ‥‥‥東京のオフィスから攻撃できるんですか。‥‥操縦桿とボタンで‥‥。へぇ‥‥それって、まるでゲームですよねぇ‥‥。いや、時代の進歩ってすごいですねぇ。そんなことまでできるんだ。‥‥へぇ。

    間。

男  やってみたいかって? ‥‥え! それ、マジっすか? もちろんですよ! なんか夢みたいな仕事っすよね。

    間。

男  えええ、それマジっすか! ‥‥朝の八時半に新宿のオフィスに出社して、午前中に四時間攻撃して、昼飯食って、コーヒー飲んで、午後からまた続きの攻撃をやって、六時に退社。‥‥ほんとに、そんな夢みたいな仕事なんかあるんですか! オレのことだましてるんじゃないでしょうね?

    間。

男  月二十時間程度の残業? いいっす。いいっす。そんなの全然気にしません。

    間。

男  是非! 是非、是非やらせてください! お願いします!この通りです!

  男、土下座する。

男  ‥‥マジ? マジっすか? ‥‥ほんとに、嘘つきはなしっすよ? ‥‥もう明日から、いや、今からでも働かせて下さい! もう、大学なんか辞めてもいいっす!

    間。

男  うわー、ずげえなあ! オレ、夢見てるんじゃないだろね? ‥‥夢じゃない? そうっすよね。夢じゃないっすよね。‥‥オレ、何てラッキーなんだろ! ‥‥何か、人生が急にパアッと開けてきた気がする‥‥。

    間。

男  ‥‥ボタン一つで、アラブ人がボーン。イラク人がボーン。中国人がボーン。朝鮮人がボーン。‥‥ポチッ‥‥ボーン。ポチッ‥‥ボーン。アハハハ。アハハハ。いい。いいっすよねぇ。‥‥ほんと、生まれてこんなうれしいことは初めてかもしれない。
ほんとによろしくお願いします。

    男、手を差し出す。
    握手のしぐさ。

    暗転。


8 帰ってきたゴレンジャー


    私服のキレンジャーが座っている。

黄色  はあー。

    タバコに火をつける。

黄色  はあー。

    タバコを吸っている。
    緑色がやって来る。

緑色  あれ。

    黄色、タバコを吸っている。

緑色  あの、高島さんじゃありませんか?
黄色  おう、高木。久しぶりやなあ。
緑色  お久しぶりです。‥‥何やってるんですか?
黄色  まあ、こっち来て座れや。
緑色  あ、はい。

    緑色、黄色の隣に座る。

緑色  ‥‥あの。
黄色  何や?
緑色  高島さん、イスラム国に行ったんじゃなかったんですか?
黄色  ああ‥‥あれな。
緑色  はい。
黄色  あれはワヤになった。
緑色  ワヤ?
黄色  ああ。
緑色  と言いますと?
黄色  まあな‥‥一応かみさんにちょっとしゃべってみたんや。まあ、冗談めかしてな。
緑色  はあ。
黄色  そしたら「あんた気でも狂ったんか!」ってえらい剣幕で。
緑色  はあ。
黄色  おまけに、話を聞いてた息子までが、マジで警察に電話するとか言い出して。
緑色  へぇ。
黄色  そやから「冗談や。冗談やがな」って言うてごまかしてな。そしたら、「言うてええ冗談と悪い冗談がある」って。‥‥えらい目におうたわ。
緑色  へぇ。それは大変でしたね。
黄色  ほんま、さっぱりワヤクチャや。
緑色  ふーん。

    黄色、タバコを吸う。

緑色  それで‥‥今、何やってるんですか?
黄色  しばらくは、失業手当もらいながらハローワーク通ってたんやけど、トシがトシやから、全然仕事がなくてなあ。
緑色  はあ。
黄色  それで先月で失業手当も切れてしもて。
緑色  それで?
黄色  しゃあないから、生活保護でももらおうかと思って役所行ったんやけど、なかなかウンとゆうてくれへんのや。ほれ、最近、生保はいろいろと評判が悪いしな。
緑色  ああ、そう言えばそうですね。
黄色  で、しゃあないから、とりあえず日銭稼ぎ。
緑色  え、日銭稼ぎって、何やってるんです?
黄色  ほれ、あそこの土手の上にチャリンコがあるやろ?
緑色  ああ、あのママチャリですか?
黄色  そや。あれで公園とか回って、空き缶集めてるねん。
緑色  え。‥‥それじゃ、まるでホームレスじゃないですか?
黄色  そやねん。あの空き缶集めちゅうのも意外と難しくてな、何かいろいろとルールとかあるみたいやねん。
緑色  ルールって、役所のですか?
黄色  ちゃうちゃう。ホームレスがお互いにいろいろルールみたいなのを作ってるみたいやねん。縄張りとか時間とか。
緑色  え、ホームレスにもルールがあるんですか?
黄色  そうみたいやわ。わしなんか、いわば新参者やろ? その辺の勝手がようわからへんさかいに難儀してるんや。
緑色  ホームレスも競争社会で大変なんですねぇ。いや、別に高島さんがホームレスだって言ってるんじゃありませんよ。
黄色  かまへんかまへん。ホームレスみたいなもんや。

    黄色、タバコを吸う。

黄色  あーあ。
緑色  ‥‥‥。
黄色  あーあ。
緑色  ‥‥‥。
黄色  こうやって土手でお日さんに当たってると、なんかねむなってくるなあ。
緑色  そうですね。今日はいいお天気ですし。
黄色  ちょっと寝るかなあ。‥‥高木君、悪いけど、チャリンコ見といてくれる? まあ、誰も盗らへんやろけど。
緑色  ああ、いいですよ。

    黄色、横になる。
    しばしの間。

黄色  ‥‥あ、そや、それでキレンジャーの代わりは見つかったんか?
緑色  ‥‥いや、まだです。
黄色  それやったら、ヨンレンジャーやな。
緑色  ‥‥そうですね。
黄色  なんかゴロが悪いな。
緑色  ‥‥そうですね。
黄色  他の連中はどうしたんや?
緑色  もうすぐ来るはずです。もうバイトが終わる時間ですから。
黄色  そうか。
緑色  はい。

    しばしの間。
    緑色が空を見上げている。

    青色がやって来る。

青色  お待たせー。
緑色  おう。
青色  誰?
緑色  高島さん。
青色  え、高島さん?

    黄色、起き上がる。

黄色  おう。久しぶり。
青色  お久しぶりです。
黄色  元気にしてたか?
青色  はあ、まあ。‥‥高島さんは?
緑色  なんか、空き缶集めしてるらしい。
青色  空き缶集め?
緑色  まあ、なんかいろいろあるみたい。
青色  ふーん。
黄色  まあ、ホームレス研修中ってとこや。
青色  ‥‥へぇ。
黄色  まあ、こっち来て座れや。
青色  あ、はい。

    青色、座る。
    黄色、タバコに火をつける。

黄色  君もどや? いっぺん吸ってみんか?
青色  いや、ボクはいいです。
黄色  そうか。最近の子は全然吸わんなあ。
青色  ‥‥‥。
黄色  言うてもわからんやろけどな、こういう天気のええ日に、さわやかな空気の中でプカーってやるんは、それはええもんやで。
青色  ‥‥‥。
黄色  今日も元気だ。タバコがうまい。
青色・緑色  え?
黄色  昔の専売公社の宣伝。今の子にはさっぱり意味不明やろな。
青色・緑色  ‥‥‥。
黄色  元気でいたかったら、タバコなんか吸うなってとこか?
青色・緑色  ‥‥‥。
黄色  図星やろ? なあ?
緑色  はあ‥‥。
青色  まあ‥‥。
黄色  あーあ、トシはとりたくないもんやなあ。
青色・緑色  ‥‥‥。

    黄色、タバコを吸っている。
    赤色と桃色がやって来る。

赤色  お待たせ。
桃色  お待たせー。
黄色  おう。来たか?
赤色  え?
桃色  高島さん?
黄色  いずみちゃん、久しぶりやなー。
桃色  あ、お久しぶりです。
赤色  お久しぶりです。
黄色  まあ、二人とも、こっち来いや。

    二人、座る。

黄色  これで全員集合やな。
四人  ‥‥‥。
黄色  ゴレンジャー。
四人  ‥‥‥。
黄色  まあ、わしはOBやけどな。‥‥ヨンレンジャー・プラス・OBやな。
四人  ‥‥‥。
黄色  こうして集まると、何か、同窓会みたいやな。
四人  ‥‥‥。
青色  ‥‥そうですね。
赤色  そうだね。

    黄色、タバコを吸う。

黄色  なーんか、ええ気分やな。
四人  ‥‥‥。
黄色  ほれ、見てみ。‥‥空。

    全員、空を見る。

黄色  ええ天気や。

    全員、空を見ている。

桃色  ほんと。
緑色  真っ青だ。

    しばしの間。
    全員、空を見ている。

黄色  こうして空を見てると、なんかどうでもええ気がしてくるなあ。
桃色  ‥‥なんかわかるわ。その感じ。
黄色  な、そやろ? いずみちゃん。
桃色  うん。
黄色  ‥‥わしら、何やっとんのやろなー? ‥‥バイトの兄ちゃんとねえちゃんとプー太郎のおっさんが、世界の平和を守るってか?
四人  ‥‥‥。
黄色  まあ、わしはOBやけどね。
桃色  ‥‥高島さん。
黄色  何や?
桃色  そんなにOB、OBって言わなくてもいいじゃないですか。
黄色  え?
桃色  戻りたいんでしょ? ほんとは。
黄色  ‥‥‥。
桃色  さびしいんじゃないの? ほんとは。
黄色  ‥‥別にさびしいことなんかないで。‥‥それに、プー太郎やしな。
桃色  別にプー太郎でもいいじゃない? どうせあたしたちだってバイトなんだし。
黄色  ‥‥‥。
桃色  ねぇ、意地張ってないで戻ってきたら?
黄色  ‥‥‥。
赤色  だよね。
青色  そうだよ。戻ってきたら?
緑色  そうですよ。
黄色  ‥‥‥。ふん。ガキどもに哀れまれるとは、わしも落ちぶれたもんやな。
四人  ‥‥‥。
黄色  ‥‥だいたい、バイトとプー太郎で世界の平和を守るなんて‥‥世界もなめられたもんやな。
四人  ‥‥‥。
黄色  わしらごときに何が守れるっちゅうねん?
赤色  ‥‥さあ?
青色  ‥‥何だっていいんじゃない?
緑色  ‥‥うん。何でもいいよ。
桃色  ‥‥そうよねぇ。
黄色  ‥‥ほんま、お前ら、ええかげんなやつらやなあ。

    四人、笑う。

黄色  ま、ごっつええ天気や。‥‥とりあえず、難しいことは考えんと昼寝でもするか?
赤色  ラジャー。
青色  ラジャー。
黄色  よっしゃ。全員、昼寝、始めー!
四人  ラジャー!

    全員、寝る。

    暗転。

                         終わり

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