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権兵衛

【これは、劇団「かんから館」が、2012年10月に上演した演劇の台本です】

佐々木家にある老人が拾われてくる。どうやらこの老人は、佐々木家の息子、権兵衛の未来の姿がタイムスリップしてきたのであるらしい。この老人をめぐって、佐々木家の娘と権兵衛の恋人が壮絶なバトルを繰り広げる。ドタバタコメディ+歌謡ショー。

   〈キャスト〉

    佐々木政之進
    佐々木権兵衛
    佐々木愛留
    西沢希美
    ごんべ


    ひなびた日本家屋の居間。
    こたつの前で正之進が茶を飲みながら、新聞を読んでいる。
    部屋の隅で、権兵衛がゲームをしている。
    しばし無言。
    新聞をめくる音、茶をすする音、ゲーム音だけが小さく聞こえる。

政之進  おい。
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)

    しばしの間。

政之進  おい。
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)

    しばしの間。
    政之進、茶をすする。

政之進  おいって。
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)

    しばしの間。
    政之進、新聞を閉じる。

政之進  おいって言ってるのが聞こえんのか?
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)
政之進  ‥‥‥。権兵衛!
権兵衛  ‥‥なんだよ?(ゲームをやっている)
政之進  ‥‥ちょっと、その、ゲームをやめて、人の話を聞け!
権兵衛  うっせーな。
政之進  何だと?
権兵衛  あ‥‥ちくしょう。もう、ごちゃごちゃ言うからやられちゃったじゃん。
政之進  何? やられたか? ハハハ‥‥。
権兵衛  何笑ってんだよ! むかつくなー。
政之進  罰が当たったんだ。人の話を聞こうとしないから。
権兵衛  そんなの関係あるかよ。‥‥で、何なんだよ?
政之進  ‥‥お前、いくつになった?
権兵衛  ‥‥は?
政之進  だから、いくつになったんだ?
権兵衛  ‥‥あの、まさか、そんなことで、人の聖なる闘いを邪魔したわけ?
政之進  何が聖なる闘いだよ? で、いくつになったんだよ?
権兵衛  ほんと、むかつくおっさんだな。
政之進  だから、いくつ?
権兵衛  何遍聞いたら気が済むんだよ! 二十七だよ。二十七!
政之進  ほう、もう二十七になるか。
権兵衛  そうだよ。それがどうかしたの?
政之進  オレが二十七の時は‥‥もう結婚して、お前も生まれていたな。
権兵衛  そんな昔話して、何が言いたいの?
政之進  ‥‥お前、仕事の方はどうなんだ?
権兵衛  ‥‥また、それかよ。‥‥だから探してるって言ってんじゃん。
政之進  三十過ぎたら、アルバイトの口もなかなか見つからないようになるぞ。
権兵衛  そんなのわかってるよ。だから探してるって、何度言わせたら気が済むんだよ!
政之進  何度言っても見つからないじゃないか。
権兵衛  うっせーな。このオヤジ! 不況だし、それからこっちにもいろいろ事情があるんだよ!

    権兵衛、政之進に背を向けて寝転がる。

政之進  ‥‥事情って、どんな事情だよ?
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  おい。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  おいって‥‥返事ぐらいしろよな。
権兵衛  ‥‥‥。

    政之進、再び新聞を読む。
    権兵衛、寝転がったまま。
    長い沈黙。

政之進  おい。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  おいって。
権兵衛  ‥‥うっせーな。だから‥‥
政之進  愛留は、まだ帰ってこないのか?
権兵衛  え?
政之進  愛留。
権兵衛  ああ‥‥そうみたいだな。
政之進  もう夜だぞ。晩飯、どうするんだ?
権兵衛  ああ‥‥そうだな。
政之進  またどん兵衛か? さすがに晩飯にどん兵衛はきついな。
権兵衛  ああ‥‥そうだな。‥‥親父作ったら?
政之進  お前が作れよ。
権兵衛  あんたが作れよ。保護者だろ?
政之進  二十七に保護者とは言われたくないな。
権兵衛  そんなの関係ないだろ?
政之進  いや、ある。
権兵衛  いや、ない。
政之進  いや、ある。
権兵衛  ‥‥もう、そんなのどうでもいいからさ、結局どうすんだよ?
政之進  それに、冷蔵庫は空っぽだ。
権兵衛  ああ‥‥そうだったな。
政之進  だから、愛留が買い物して来るはずだったんだ。
権兵衛  ああ‥‥そうだったな。
政之進  あいつ、どこほっつき回ってんだ?
権兵衛  そんなの、知るかよ。
政之進  かわいい子羊たちが飢え凍えているのに、何ていうやつだ。親の顔が見たい。
権兵衛  あんただろ!

愛留の声  ただいまー。

政之進  おお、ウワサをすれば。
権兵衛  やっぱり悪口は言うもんだな。

    愛留が入ってくる。

愛留  すっかり遅くなっちゃった。ごめんねー。
政之進  お前、こんな時間まで、どこ行ってたんだ?
愛留  それがさあ‥‥ちょっと、いろいろあってねぇ‥‥。
権兵衛  いろいろって何だよ?
政之進  そんなことより、メシだ。メシ。
愛留  お父さん、お兄ちゃん。(正座する)
政之進  何だよ、改まって。
愛留  実は、お願いがあるの。
政之進  え?  
愛留  ねぇ、愛留の一生のお願い。
政之進  え、何だよ? 気持ち悪いな。
権兵衛  さては、お前、なんかたくらんでるな?
愛留  愛留、お買い物の帰り道で見つけちゃったの。
政之進・権兵衛  え?
愛留  とってもかわいいのよ。きっとお父さんもお兄ちゃんも気に入ると思う。
政之進  犬か? もう犬はダメだぞ。お前、小学校の時拾ってきて、世話するからって言ってたのに、結局オレが散歩係になっちまったじゃないか?
愛留  ううん、犬じゃない。
権兵衛  それじゃカメか? カメもだめだぞ。お前、中学の時子ガメをもらってきて、やたらとでかくなりやがって、家中がドブみたいな臭いになったじゃないか?
愛留  ううん、カメでもないの。
政之進  じゃ、じゃあ、
権兵衛  何なんだ?

    愛留、玄関の方を振り向き、

愛留  じゃあ、入って来て下さーい。

    老人が入ってくる。

政之進・権兵衛  !
愛留  お父さん、お兄ちゃん、ごんべさんです。
ごんべ  夜分にお邪魔します。わたくし、佐々木権兵衛と申します。どうもお世話になります。
政之進・権兵衛  ! はあ?

    音楽。
    暗転。


    ごんべを囲んで親子三人が座っている。

権兵衛  もう一回聞くけど、あなたの名前は?
ごんべ  佐々木権兵衛です。
権兵衛  普通の佐々木に、権現さんの権、兵隊の兵、守衛の衛?
ごんべ  はい。普通の佐々木に、権現さんの権、兵隊の兵、守衛の衛です。
権兵衛  それで、生年月日は?
ごんべ  昭和六十一年の八月三十一日です。
愛留  すごーい。ほんと、まるっきりお兄ちゃんとおんなじだよね。
権兵衛  あのね、じいさん。だから、それじゃ計算が合わないんだよ。
ごんべ  はあ。そう言われても‥‥。
権兵衛  その生年月日だと、今二十七歳なの。わかる? あんた、どう見ても六十は超えてるでしょ? ねぇ、正確にはいくつなの?
ごんべ  はあ、それがよくわからんのです。
権兵衛  自分のトシでしょ?
ごんべ  たぶん五十以上、八十未満ではないかと‥‥。
権兵衛  何だよ、それ。
政之進  ああ、そうだ、そうだ。ねぇ、おじいちゃん、今年は何年かわかる?
ごんべ  今年ですか?
政之進  そう、今年。何年?
ごんべ  たしか‥‥広元二十五年か、六年か七年ではないですか?
政之進・権兵衛・愛留  はあ?
政之進  ね、ね、ね、今、今何て言ったの?
ごんべ  ですから、二十五年か、六年か七年ではないか、と。
政之進  いや、その二十五年の前だよ、前。
ごんべ  はあ? 前ですか? 二十五年の前は二十四年ではないですか?
愛留  じゃなくってね、そのなんちゃら二十五年の、なんちゃらのとこよ!
ごんべ  なんちゃら二十五年のなんちゃら? ‥‥ああ、広元ですか?
政之進・権兵衛・愛留  それだ! それ!
権兵衛  その、コーゲンって何よ? どんな字書くの?
ごんべ  いや、普通に広元の広に、広元の元ですよ。
権兵衛  もう、まだるっこしいな、このじいさん。
愛留  だからね、あのね、あたしたちとってもお馬鹿さんだから、漢字がわかんないの。どんな字なのかおちえてもらえないかなあ?
ごんべ  ええ、そうなんですか? 広元って言ったら、広島の広と元気の元ですよね。
愛留  ああ、そうなの。広島の広と元気の元‥‥。

    親子三人、顔を見合わせる。

政之進  ‥‥あのね、おじいちゃん。いいかな? その広元って、西暦で言ったら、何年なのかな?
ごんべ  西暦? 西暦と言ったらあれですな。鳴くよウグイス平安京とか、いい国作る鎌倉幕府とか、以後よく来るキリスト教とかの、あの西暦ですな。
政之進  そう、そう、その西暦。
ごんべ  ええっとですな‥‥ええっと‥‥んー、はっきりとはわからんのですが‥‥。
政之進  だいたいでいいから。だいたいで。
ごんべ  だいたいですか? ‥‥たしか、西暦二千年から三千年の間ぐらいかと‥‥。
親子  ‥‥‥。
権兵衛  だいたいすぎるー! もう!

    権兵衛、こける。
    しばしの沈黙。

政之進  うーん。‥‥よし、だいたいのことはわかった。
愛留  え、ほんと?
政之進  ああ、だいたいはな。
愛留  ねぇ、ねぇ、どういうことなの? どういうこと?
政之進  まあ、そう急ぐな。父さんが今から説明するから。
愛留  うん。
政之進  おほん。‥‥まあ、要するにだ、誠に信じがたい話ではあるのだけれどもな‥‥。
愛留  うん。
政之進  このおじいさん、佐々木権兵衛さんはだな、権兵衛、お前だ!(権兵衛を指さす)
愛留  え!
権兵衛  はあ? ‥‥親父、何寝ぼけたこと言ってんの?
政之進  ‥‥だから、信じがたい話だと言っただろ?
権兵衛  信じがたいも何も、どうしてこのじいさんがオレなんだよ!
政之進  人の話は最後まで聞け。おほん。‥‥この佐々木権兵衛氏が、我が息子、佐々木権兵衛であるということはだな、つまり、すなわち、ズバリ、この権兵衛氏が未来の権兵衛、お前なのだ。
権兵衛  なんか、ややこしくて、さっぱりわからんぞ。
愛留  愛留も、わかんない。
政之進  何? お前たち、こんなこともわからんのか?
権兵衛・愛留  うん。
政之進  そうだな‥‥まあ、極めて要約して説明するとこういうことだ。要するに、SF映画なんかでよくあるところのいわゆるタイムスリップというやつだな。
権兵衛・愛留  タイムスリップ!
政之進  ああ。
権兵衛  ‥‥お、親父、平気な顔して、よくそんなことが言えるな。
愛留  うわー、すっごーい!
権兵衛  あんた、気は確かか?
愛留  うわーい、うわーい、タイムスリップ、タイムスリップだー。

    愛留、走り回る。

愛留  ねぇねぇ、ゴンちゃん、あなたタイムスリップして来たんだって。すっごいねー。
ごんべ  は、はあ‥‥そうなんですか。
愛留  だから、ゴンちゃんは、あたしたちから見たら、未来の人なのよ。すっごーい。未来人間ゴン!
ごんべ  は、はあ。
愛留  さあ、ゴンちゃんも一緒にやろうよ。未来人間ゴン!
ごんべ  未来人間ゴン。

    二人「未来人間ゴン」のポーズ。

権兵衛  お前ら、静かにしろ! 他人事だと思ってはしゃぐんじゃねぇ!
愛留・ごんべ  ‥‥‥。
権兵衛  もう‥‥何が何だかわかんなくなってきたぞ。オレがあいつで、あいつがオレ? オレ、トシ取ったらあんなのになっちゃうの?
政之進  まあ、そういうことだ。
権兵衛  イヤだー! オレの未来があんなのなんてイヤだー!
愛留  何言ってんのよ、お兄ちゃん。ゴンちゃんはかわいいわよ。ね?
ごんべ  あ‥‥はい。そんなこと言われると照れます。
権兵衛  イヤだー! オレは絶対認めんぞー! もう、死んだ方がマシだー! 自殺してやるー!
愛留  何よ、その言い方。ゴンちゃんに失礼よ。それに、お兄ちゃんが自殺なんかしたら、ゴンちゃんは‥‥どうなるの?
政之進  ‥‥まあ、消滅かな?
愛留  イヤだー! そんなのダメー! お兄ちゃんは別に死んでもいいけど、ゴンちゃんは消滅しちゃダメー!
権兵衛  何だよ、その言い草は。そんなじじいのどこがかわいいんだよ。それに、そのじじいはオレなんだから、オレだってかわいいはずじゃないか!
愛留  お兄ちゃんなんてかわいくない。ゴンちゃんがかわいいの。
権兵衛  ふん、何だよ。‥‥わかったよ。オレをそんなにぞんざいに扱うんなら、オレが死んでやるゾ。そしたら、じじいは消滅だ。それでもいいのか?
愛留  え‥‥そんなのイヤ。
権兵衛  おらおら、死ぬゾ、死ぬゾ。
愛留  ああ‥‥やめて。
権兵衛  死んでやる。死んでやる。ほらほらほらほら。
愛留  いやいや、死なないで。死なないで。
権兵衛  おらおら死ぬゾ。おらおら‥‥。
愛留  やめて、やめて、やめて‥‥。

    音楽。
    暗転。


    尺八の音。時代劇風の音楽。
    着物姿に刀を持った男(権兵衛)と忍者姿の女(希美)が対峙している。

希美  遅かりし由良之助!
権兵衛  ふふふふ、待たせたな。
希美  無礼千万! 問答無用! いざ勝負!

    戦いが始まる。
    「はっ」「とぅ!」激しい戦い。
    やがて、男は女の手裏剣にやられ、倒れる。
    その男を女が踏みつけて、高らかに勝利の歌を歌う。

希美  ♪赤い仮面は なぞの人
    どんな顔だか 知らないが
    キラリと光る すずしい目
    仮面の忍者だ 赤影だ
    手裏剣 シュシュシュシュシュ
    赤影は行く

    希美、高らかに笑う。

権兵衛  ねぇ、希美ちゃん。
希美  ん?
権兵衛  もうかんべんしてよ。
希美  ダメ。あんたが遅れてきたのが悪いのよ。
権兵衛  だから、ほんとに悪かったよ。反省してるよ。
希美  ほんとにほんと?
権兵衛  ああ、ほんとにほんと。この通り。ごめんなさい。
希美  ‥‥じゃ、じゃあ、許してあげよっかな?
権兵衛  え、ほんと?
希美  と油断をさせといて、トゥ!(と刀を権兵衛に突き刺す)
権兵衛  うえっ。‥‥あべし。(権兵衛、死ぬ)
希美  あはははは‥‥。

    しばしの間。

権兵衛  あ、あの、希美ちゃん。
希美  ん?
権兵衛  ちょっと聞いてもいいかな?
希美  何よ?
権兵衛  僕たちのデートは、どうしていつもこうなの?
希美  え?
権兵衛  そりゃ、希美ちゃんが忍者カフェで働いていて、時代劇がとっても好きなのはわかってるけど‥‥。
希美  わかってるけど‥‥何なのよ?
権兵衛  でも‥‥これって、やっぱり普通じゃないと思うんだけど。
希美  え? 普通じゃない?
権兵衛  だから、かなりけっこう猛烈にアブノーマルなんじゃないかと‥‥。
希美  ‥‥そちが申したいのは、それだけか?
権兵衛  は?
希美  それだけかと聞いておるのじゃ!
権兵衛  ええ‥‥?
希美  このたわけが! 問答無用!(と刀を権兵衛に突き刺す)
権兵衛  ぐえっ。
希美  あはははは‥‥。

    しばしの間。

権兵衛  あ、あの、希美ちゃん。
希美  ん?
権兵衛  あの、そろそろご満足いただけませんか?
希美  ん?
権兵衛  て言うか、かなり相当背中が痛いんですけど‥‥。
希美  あ、そう?
権兵衛  うん。
希美  じゃ、降参?
権兵衛  うん。降参。
希美  じゃ、今日のところはこのぐらいにしておいてやるか?
権兵衛  はい、ぜひ、その方向でお願いします。
希美  と油断させといて‥‥。
権兵衛  だから、もう、それはやめてよー!
希美  アハハハ、ウソウソ。はい。(と足をはなす)

    権兵衛、立ち上がる。

権兵衛  ふう‥‥。毎度のことながら、疲れるなあ。
希美  と油断させといて‥‥。
権兵衛  え?
希美  アハハハ。冗談冗談。
権兵衛  もう。希美ちゃんの冗談は、ほんと、洒落にならないんだから。
希美  ごめーん。わりい、わりい。
権兵衛  ほんと、頼むよー。
希美  ‥‥ところでさ、その権兵衛んちに来た宇宙人ってどうなのさ?
権兵衛  宇宙人じゃなくて未来人。
希美  似たようなもんじゃん。
権兵衛  まあ、そうだけど‥‥。
希美  その未来人、ライトセーバーとか持ってるわけ? いっぺん勝負したいな。忍者心がかきたてられるよ。
権兵衛  そんなの持ってるわけないじゃん。ただのじじいだよ。
希美  いやいやいや、それは世を忍ぶ仮の姿かもしれないよ。
権兵衛  そんな上等なものじゃないよ。くたびれたただのおいぼれだよ。
希美  ふーん。そっか。
権兵衛  それに、孤独死寸前のホームレスだったんだぜ。あんなのがオレの未来の姿だなんて笑っちゃうよね。
希美  そうかな?
権兵衛  え?
希美  権兵衛だったら、そんな未来像も全然アリだと思うけどな。
権兵衛  おいおい、冗談はやめてよ、希美ちゃん。第一さ、あいつ、あのトシで結婚もしてなくてさ、天涯孤独なんだぜ。そんなわけないって。
希美  だから、そーゆーのがアリだと思う。
権兵衛  いやいやいやいや、結婚ぐらいはしてるっしょ。フツー。
希美  え? 誰と?
権兵衛  だから、かわいいお嫁さんと。
希美  だから、それ、誰?
権兵衛  えー、そんなのオレに言わせるわけ? そんなの言えないよー。‥‥ああ、ハズカチイ。
希美  はあ? 何言ッテルンデスカ?
権兵衛  まあ、それはこっちに置いといてだね、だいたいタイムスリップとか未来人とかありえないから。
希美  そっかなー。夢があっていいじゃん。
権兵衛  夢があっていい? ‥‥ああ、どうして女の子はその一言で何でもかんでも許容できちゃうのかねぇ? クリスマスもサンタクロースも夢があっていい? ネッシーも雪男も夢があっていい? UFOも宇宙人も夢があっていい? ゴジラもエイリアンもゾンビも貞子も夢があっていい?
希美  何一人で興奮してるのよ? 第一そんなこと言ってませんからー。
権兵衛  とにかく、あんなくそじじい、迷惑なんだよ。どーせどこかのくたばりぞこないだよ。あんなどこの馬の骨とも知れないやつを家ん中に入れて、メシまで食わせて、親父も愛留もいったい何考えてんだよ?
希美  いいじゃん。みんなそれで楽しいんだから。
権兵衛  よくないよ。特にあいつが佐々木権兵衛って名乗ってるのが一番許せない。
希美  結局そこなんじゃん。‥‥いいじゃん、いいじゃん、佐々木権兵衛の二人や三人、いたっていいじゃん。人類皆兄弟。ドーンとまとめて面倒見ようよ。男は包容力がなくちゃいかんぞ。ケチケチしない!
権兵衛  そーゆー問題じゃないと思うんだけど‥‥。あの、他人事だと思ってテキトーに言ってません?
希美  うん。
権兵衛  え?
希美  だって他人事じゃん。違う?
権兵衛  あ‥‥まあ、そうですけど。
希美  ねえねえ、そんなめんどくさい話はどうでもいいからさ、その宇宙人、あたしにも見せてよ。
権兵衛  未来人。
希美  ねえ、お願い。見せて。見せて。
権兵衛  あのね、希美ちゃん、あれは見せ物じゃないんだけど‥‥。
希美  こら、権兵衛! お前はそんなみみっちいこと言ってるから、いつまでたってもおっきくなれないんだぞ!
権兵衛  ‥‥オレ、別にチビじゃないと思うけど。
希美  バーカ! 人間の器の大きさだよ。
権兵衛  えー!(ムンクの叫び)
希美  何絶叫してんの?
権兵衛  い、いや、希美ちゃんがまともなことを言うから‥‥。
希美  バーカ、これは世を忍ぶ仮の姿だよ。
権兵衛  え、どっちが?
希美  と油断させといて! トウッ!(と権兵衛を切る)
権兵衛  ぐわっ!‥‥ひでぶ。

    権兵衛倒れる。

希美  さ、宇宙人、宇宙人、宇宙人‥‥。(と歩き出す)
権兵衛  え‥‥希美ちゃん、ちょ、ちょっと待ってぇ。

    権兵衛、希美を追いかけて退場。


    反対側からごんべが座布団を持って入って来る。
    中央に正座。
    お辞儀をする。

ごんべ  拙者親方と申すは、お立合いの中にご存知のお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて青物町を登りへおいでなさるれば,欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して円斎と名乗りまする。
 元朝より大晦日までお手に入れまするこの薬は、昔、ちんの国の唐人外郎という人、わが朝へ来たり帝へ参内の折からこの薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ冠の隙間より取り出す。依ってその名を帝よりとうちんこうとたまわる。即ち文字には「頂き・透く・香い」と書いて「とうちん香」と申す。
 只今は この薬殊の外世上に弘まり、方々ににせ看板を出しイヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のといろいろに申せども平仮名をもって「ういろう」と記せしは親方円斎ばかり。もしやお立合いの中に熱海か搭の沢へ湯冶にお出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折りからは、必ず門違いなされまするな。お登りならば右の方、お下りなれば左側,八方が八つ棟表が三つ棟、玉堂造り、破風には、菊のとうの御紋を御赦免あって系図正しき薬でござる。
 いや最前より 家名の自慢ばかり申してもご存知ない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船、さらば一粒食べかけて、その気味合いをお目にかけましょう。先ずこの薬をかように一粒舌の上にのせまして腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬは、胃・心・肺・肝がすこやかになりて薫風喉より来たり口中微涼を生ずるが如し。魚鳥・茸・麺類の食い合わせ、その外万病速効ある事神の如し。さてこの薬、第一の奇妙には、舌のまわることが銭独楽がはだしで逃げる。ひょっとして舌がまわり出すと、矢も盾もたまらぬじゃ。
 そりゃそりゃそりゃ、そらそりゃまわってきたわ、まわってくるわ。アワヤ候サタラナ舌に、か牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、あかさたなはまやらわ。おこそとのほもよおろ。一ぺぎへぎに へぎほしはじかみ 盆豆盆米盆ごぼう 摘み蓼つみ豆つみ山椒。書写山の社僧正。粉米のなまがみ 粉米のなまがみ こん粉米の小生がみ、繻子ひじゅす 繻子 繻珍 親も嘉兵衛 子も嘉兵衛 親かへい子かへい 子かへい親かへい。古栗の木の古切口、雨合羽か番合羽か、貴様のきゃはんも皮脚絆、我等がきゃはんも皮脚絆、しっ皮袴のしっぽころびを、三針はり長にちょと縫うて ぬうて ちょとぶんだせ、河原撫子野石竹、のら如来、のら如来、三のら如来に、六のら如来。一寸のお小仏に、おけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。京の生鱈 奈良生学鰹、ちょと四五貫目、お茶立ちょ茶たちょ ちゃっと立ちょ 茶立ちょ、青竹茶せんで、お茶、ちゃと立ちゃ。
 来るは来るは何が来る,高野の山のおこけら小僧。狸百匹・箸百膳・天目百杯・棒八百本。武具 馬具ぶぐばぐ三ぶぐばぐ 合わせて武具馬具六武具馬具。菊栗 きくくり 三菊栗 合わせて菊栗 六菊栗。麦ごみ むぎごみ 三むぎごみ 合わせてむぎごみ 六むぎごみ。あの長押の長薙刀は誰が長薙刀ぞ。向こうの胡麻がらは荏のごまがらか真ごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻。がらぴいがらぴい風車。おきゃがれこぼし おきゃがれ小法師、ゆんべもこぼして 又こぼした。たあぷぽぽ たあぷぽぽ,ちりからちりからつったっぽ。たっぽたっぽ一丁だこ 落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳鉄弓かな熊童子に、石熊・石持ち・虎熊・虎きす、中にも東寺の羅生門には、茨木童子がうで栗五合、つかんでお蒸しゃる、彼の頼光の膝元去らず。
 鮒・金柑・椎茸・さだめて後段な そば切りそうめん うどんか愚鈍な。小新発知小棚の 小下の 小桶に こ味噌がこ有るぞ、小杓子 こ持って こ掬って こよこせ、おっと合点だ、心得たんぼの川崎・神奈川・程が谷・戸塚は走って行けば灸を摺りむく、三里ばかりか藤沢・平塚・大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして早天早々 相州小田原とうちん香 隠れござらぬ 貴賎群衆の花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を おやわらぎゃっという 産子 這う子に至るまで 此の外郎の御評判、御存知ないとは申されまい、まいつぶり角出せ 棒出せ ぼうぼうまゆに、臼・杵・すりばち・ばちばちぐわらぐわらと羽目を弛して今日お出の何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息勢引っぱり 東方世界の薬の元締め、薬師如来も照覧あれと ホホ敬ってういろうはいらっしゃりませぬか。

    政之進と愛留が拍手しながら入ってくる。

政之進  いよっ! 日本一!
愛留  ゴンちゃん、すっごーい!
ごんべ  いやあ、聞いておられましたか? 恐縮です。
愛留  そんな長いセリフ、どこで覚えたの?
ごんべ  いやあ、若い頃、一度役者をやってみたいと思ったことがありまして。
政之進  若い頃? 若いって、何歳ぐらいの時ですか?
ごんべ  そうですなあ‥‥もうずいぶん昔ですなあ。
政之進  だから、それはどのくらい昔ですか?
ごんべ  うーん、んー‥‥はっきりとは覚えてないのですが‥‥。
政之進  いや、だいたいでいいですよ。だいたいで。
ごんべ  そうですなー。だいたい、十歳から‥‥五十歳ぐらいまでのことかと。
政之進  ‥‥また、それですか。
愛留  お父さん、そんなのどうでもいいじゃない?
政之進  いや、ごんべさんの過去というのは、要するに権兵衛の未来のことだから‥‥。
愛留  ああ、なるほどね。
権兵衛の声  ただいまー。
政之進・愛留  あ、お帰りー。

    権兵衛が入ってくる。
    続いて希美が入ってくる。

希美  ヘロー! ハウドュードゥ! ミナサン、オゲンキデスカ?
全員  ?

    希美、ごんべに歩み寄る。

希美  オー! アー ユー ミスター ゴンベ? ナイス トゥ ミーチュー!
ごんべ  ミー トゥー。アイム ファイン。サンキュー。

    希美とごんべ、かたく握手。

ごんべ  アー ユー ニンジャ?
希美  イエース! アイム クノイチ。ユー ノー?
ごんべ  イエース! アイ ライク ニンジャ サムライ ゲイシャ スシ テンプラ スキヤキ フジヤマ アンド ハラキリ!
希美  オー ユー アー グッド!
ごんべ  ヤー!
希美  ヤー!
ごんべ  ファッチャネーム?
希美  オー ソーリー。マイ ネーム イズ ノゾミ ニシザワ。
ごんべ  オー アー ユー ノゾミ? アハン?
希美  イエース! ノゾミ。ノゾミ。ユー アー ナイス ガイ!
ごんべ  ノーノーノー。アイム ノット ゲイ。
希美  ハッハッハッー。ユー アー ソー クール!
ごんべ  サンキュー!
希美  ヤー!
ごんべ  ドゥー ユー ノー スキヤキソング? アハン?
希美  オフコース!
ごんべ  シャル ウイ シング ザ ソング? アハン?
希美  オーケイ! イッツ ナイス アイディア!
ごんべ  レッツ シング スキヤキ! アー ユー レディ?
権兵衛以外  イエー!
ごんべ  カモーン! ワン ツー スリー フォー
権兵衛以外  ♪上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
       思い出す春の日 ひとりぼっちの夜
       上を向いて歩こう にじんだ星を数えて
       思い出す夏の日  ひとりぼっちの夜
       幸せは雲の上に 幸せは空の上に
       上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
       泣きながら歩く ひとりぼっちの夜
       ひとりぼっちの夜 ひとりぼっちの夜 デュワー

ごんべ  イエー! ユー アー ワンダフル!
権兵衛以外  イエー!

権兵衛  こいつ、絶対オレと違うよ。オレ、英語しゃべれないもん。
愛留  お兄ちゃん、これ、中学で習うレベルだよ。
権兵衛  うるちゃい!
希美  権兵衛、このグランドファーザー、ほんとにベリーベリークールだよ!
権兵衛  だから、どうして英語なの?
希美  だって、宇宙人じゃん。
権兵衛  だから、未来人。
希美  どっちだって一緒じゃん。
愛留  ねぇ、希美さん。ごんべさん、かわいいでしょ?
希美  ほんと、かわいい。かわいい。ベリーベリーキュートだよ。もう、あたし、恋しちゃいそう。
権兵衛  おい、おい、何言ってるの?
希美  別にいいでしょ? それに、このおじいさん、要するにあんたなんだから、結局一緒じゃん。
権兵衛  え? もう、お願いだから、わけのわからないこと言わないでよ。
愛留  だめよ! ごんべさんは私のものなんだから。私が拾ってきたんだから。
希美  そんなの関係ないって。ガキは黙ってなさい。
愛留  関係あるって。それに、愛留、ガキじゃないもん。
希美  うるさい! てめえ、やるのか?
愛留  何だよ、ババア!
希美  バ、ババア?
愛留  そうだよ。ハタチ越えたら、みんなババアだよ。
希美  こ、このクソガキ‥‥。
愛留  クソババア。
希美  キー! もう頭に来た! 立ちやがれ、クソガキ! 勝負だ!
愛留  おう!

    二人、立ち上がってにらみ合う。

政之進  おお、恋のさや当てか。‥‥ごんべさん、あんたモテモテですなあ。うらやましい。
ごんべ  ‥‥そんなこと言われると照れます。
権兵衛  もう、二人とも、いいかげんにしてよ!
希美  行くぞ! 手加減はしないからな。
愛留  おう、望むところよ!

    二人、カンフーで激しく戦う。
    しかし、なかなか勝負はつかない。

希美  ハァハァ‥‥クソガキ、お前、なかなかやるじゃねぇか。
愛留  ハァハァ‥‥ばあさん、あんたもな。
希美  ‥‥しかあし。
愛留  ‥‥ん?
希美  この勝負、お前の負けだ。
愛留  え? 何言ってんの?
希美  お前はもう死んでいる。
愛留  だから、何言ってんのよ?
希美  なぜなら、このじいさんは、未来の権兵衛だからだ。
愛留  はあ? それがどうしたの?
希美  まだ、わからんのか?
愛留  わかんない。
希美  それじゃ‥‥知らざあ、言って聞かせやしょう!
愛留  ん?
希美  このじいさんは、お前の未来の兄貴の姿なのだ。ということは‥‥。
愛留  ‥‥ということは?
希美  お前がいくらじいさんを愛していても、それは近親相姦なのだ!
愛留  え。
政之進・権兵衛  おおー!
希美  ‥‥わかったか。‥‥だから、お前の恋は禁じられた恋なのだ。気の毒だがな。
愛留  ‥‥ううう。
希美  だからクソガキ、お前はさっさとあきらめて、このお姉さまにお譲りするしかないのだよ。
愛留  ‥‥ううう。
希美  残念だったな、明智君。では、また会おう。アハハハハ、アハハハハ‥‥。

    希美、去る。
    愛留、ひざまづく。

権兵衛  あ、希美ちゃん!
政之進  何だよ、あの女? ‥‥権兵衛、お前も相当趣味が悪いな。
権兵衛  ほっといてくれ!

    愛留、うずくまっている。
    それに気付いて、ごんべが愛留に近寄る。

ごんべ  愛留ちゃん、大丈夫?
愛留  ‥‥‥。

    しばしの間。

愛留  ‥‥ごんべよ、ごんべ。あなたはどうしてごんべなの?
ごんべ  え?

    「ロミオとジュリエット」の音楽。

愛留  ‥‥私、負けないわ。たとえ、あなたが未来のお兄ちゃんだったとしても。
‥‥人が人を好きになるって、そういうことじゃないと思うの。たとえ兄弟同士だろうが、親子だろうが、好きになったものは、どうしようもないじゃないの? どうして妹がお兄ちゃんを愛したらいけないの? それがダメだって、いったい誰がいつ決めたのよ!
政之進  いや、法律で決まってるがな。
ごんべ  ‥‥愛留ちゃん。

    愛留、立ち上がり、歌い出す。
    音楽(「禁じられた恋」森山良子)

愛留  ♪禁じられても逢いたいの 見えない糸にひかれるの
    恋は命と同じ ただ一つのもの
    誰も二人の愛を 壊せないのよ
    あなたに逢いに夜を越えて 駆けてゆきたい私なのよ

愛留  私は愛に生きるの。女から愛を奪うということは、それは死ねと言うのと同じことだわ。‥‥私、負けない。誰に何と言われようとも、私の愛だけが真実なのよ。世界中を敵に回しても私はいいの。たとえ笑われても、怒られても、呪われても、私は世界の中心で愛を叫ぶわ。いや、宇宙の中心で愛を叫ぶわ!
ごんべ  ‥‥愛留ちゃん。
愛留  ‥‥だから、だから、ごんべさん‥‥私は、あなたを愛しています。

    愛留とごんべ、抱き合う。

ごんべ  ‥‥助けて下さい。助けて下さい!

    音楽!(「瞳をとじて」平井堅)
    ごんべ、政之進、権兵衛、空を見つめる。
    感動的なストップモーション。

    暗転。


    明かりがつくと希美がポーズを決めて立っている。

    音楽(「PONPONPON」キャリーぱみゅぱみゅ)
    歌とダンス!(途中で愛留も参加)

希美  ♪あの交差点で みんながもしスキップをして
    もしあの街の真ん中で 手をつないで空を見上げたら
    もしもあの街のどこかで チャンスがつかみたいのなら
    まだ泣くのには早いよね ただ前に進むしかないわいやいや

    PONPON 出して しまえばいいの
    ぜんぜん しないの つまらないでしょ
    ヘッドフォンかけて リズムに乗せて
    WAYWAY空けて あたしの道を

    PONPON 進む 色々なこと
    どんどん キテる? あなたのキモチ
    POIPOI 捨てる悪い子はだれ?
    そうそう いいコ ああ
    You Make Me Happy

    Every Day PON Every Time is PON
    メリーゴーランド のりたいの
    Every Day PON Every Time is PON
    たぶん そんなんじゃ ダメでしょ

    PONPON 出して しまえばいいの
    ぜんぜん しないの つまらないでしょ
    ヘッドフォンかけて リズムに乗せて
    WAYWAY空けて あたしの道を

    PONPONうぇいうぇいうぇい
    PONPONうぇいPONうぇいPONPON
    うぇいうぇいPONPONPON
    うぇいうぇいPONうぇいPONうぇいうぇい×2

    希美と愛留、退場。
    入れ替わり、ごんべが登場。
    歌を口ずさみながら舞台を通過する。

ごんべ  ♪PONPON 出して しまえばいいの
     ぜんぜん しないの つまらないでしょ
     ヘッドフォンかけて リズムに乗せて
     WAYWAY空けて あたしの道を

    政之進が出てくる。

政之進  権兵衛。

    誰も返事をしない。
    しばしの間。

政之進  おーい、権兵衛。

    返事はない。
    しばしの間。

政之進  おーい、権兵衛。権兵衛。いるのか? いないのか?

    権兵衛があくびをしながら出てくる。

権兵衛  ふあー。何? オレを呼んだの?
政之進  そうだ。いるなら「いる」、いないのなら「いない」。返事ぐらいしろ。
権兵衛  だって、どっち呼んだのかわかんないじゃん。
政之進  どっちって?
権兵衛  だから、二人いるからわかんないじゃん。
政之進  何言っとる。お前は権兵衛。じいさんはごんべ。わかるじゃないか?
権兵衛  そんなのわかるかよ。
政之進  わかる。
権兵衛  わかんない。
政之進  わかる。
権兵衛  もう、どっちでもいいや。‥‥それで、何か用?
政之進  そうだ。そうだ。お前を呼んだのは他でもない。
権兵衛  うん。
政之進  ‥‥他でもない。
権兵衛  ん?
政之進  ‥‥‥。
権兵衛  他でもなくって、何だよ?
政之進  ‥‥ええっと、何だっけな?
権兵衛  え? まさか、忘れたの?
政之進  うるさい! お前がごちゃごちゃ言うからだ。
権兵衛  アハハハ‥‥。親父、ボケが入って来たんじゃないの?
政之進  うるさい! じじいと一緒にするな!
権兵衛  一緒じゃん。
政之進  うるさい! ‥‥まあ、そこに座れ。

    政之進と権兵衛、座る。
    しばしの沈黙。

権兵衛  で、何だよ?
政之進  ‥‥まあ、とにかくだな。‥‥お前はなっとらん!
権兵衛  はあ?
政之進  ‥‥その、親を親とも思わんその態度がだな‥‥。
権兵衛  ちょと待った!
政之進  何だ?
権兵衛  それって、ひょっとして無理矢理じゃないの?
政之進  何?
権兵衛  話すこと忘れたから、無理矢理お説教始めたんじゃないの?
政之進  ‥‥‥。
権兵衛  ハハハ、図星ー。
政之進  う。
権兵衛  そういうの一番迷惑なんだよねぇ。オレだってヒマをもてあましてるわけじゃないんだから。
政之進  何言ってるんだ。もてあましてるじゃないか。
権兵衛  うるさいな。オレだって、いろいろあるんだよ。
政之進  ほう。何があるんだ? ‥‥たとえば?
権兵衛  たとえば‥‥。
政之進  ゲームか?
権兵衛  ‥‥それもある。
政之進  テレビか?
権兵衛  ‥‥それもある。
政之進  あの変態女か?
権兵衛  変態って言うな!
政之進  変態は変態だろ?
権兵衛  うるさい! 希美ちゃんは、個性的な女の子なんだよ。
政之進  いやいやいや、あれはどこに出しても恥ずかしいれっきとした変態だ。誰がどう見ても変態だ。
権兵衛  うるさいうるさい! あんたには関係ないだろ?
政之進  いや、関係あるね。
権兵衛  何でだよ?
政之進  親の監督責任ってものがある。
権兵衛  はあ?
政之進  息子が変態と付き合っているなんて知れたら、ご近所様にも、親戚一同にも顔向けができない。
権兵衛  何だよ。どさくさにまぎれてそこまで言うか?
政之進  ああ、言うね。
権兵衛  おっさん、しまいに怒るぞ。
政之進  ああ怒れ、怒れ。ちょうどオレもヒマをもてあましてたところだ。
権兵衛  ‥‥それじゃ、言わせてもらうけどね。
政之進  何だ?
権兵衛  前々から言おうと思ってたんだけどね、オレの名前、権兵衛、あれ何なの?
政之進  言ってる意味がわからない。
権兵衛  権兵衛だよ? 権兵衛。今の時代に権兵衛はないだろ!
政之進  立派な名前じゃないか。
権兵衛  権兵衛なんて、二十一世紀の名前じゃない!
政之進  名前に二十世紀も二十一世紀もない。
権兵衛  あるよ。大ありだね。この名前でオレがどれだけ苦労して来たか、あんた知らないだろ?
政之進  ほう。どんな苦労だ?
権兵衛  まず、自己紹介するだろ? 相手は必ず笑うね。
政之進  ほう。
権兵衛  教室で先生が名前を呼ぶよね。「佐々木権兵衛君」。クラス中大注目だ。
政之進  ほう。
権兵衛  友達と遊んでたら、みんな歌うんだ。「ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいたー。ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいたー」。
政之進  ほう。今時、まだそんな歌を歌うのか?
権兵衛  歌うんだよ!
政之進  ほう。
権兵衛  それから、女の子にコクっても、いつも全然相手にされないんだ。
政之進  それは名前のせいではないだろ?
権兵衛  名前のせいだよ! オレの人生は、この名前に呪われてるんだ!
政之進  ほう。
権兵衛  ‥‥わかるか? この屈辱。
政之進  わからんな。
権兵衛  何?
政之進  ‥‥‥。お前が言いたいのはそれだけか?
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  それじゃ、オレも言わせてもらおうか。
権兵衛  え?
政之進  お前はまだまだ甘いな。
権兵衛  何だと?
政之進  お前の苦労など、苦労のうちには入らん!
権兵衛  何?
政之進  それじゃ、オレはどうなる? 政之進だぞ、政之進。佐々木政之進。いつの時代の人間だ?
権兵衛  え‥‥名前に二十世紀も二十一世紀もなかったんじゃないの?
政之進  「あなたは武士なの?」「刀持ってるの?」「どうしてちょんまげにしないの?」さんざん言わて来たんだぞ。
権兵衛  そんな名前、誰が付けたんだよ?
政之進  ‥‥親父だ。お前のじいさんだ。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  そして、そのじいさんが、お前の名前も付けたんだ。
権兵衛  え。
政之進  お前が生まれた時、母さんの病室にじいさんが来たんだ。そして言った。「男の子か。‥‥権兵衛だな。」
権兵衛  その時、どうして反対しなかったのさ?
政之進  しようかとも思ったさ。病室にいた看護婦も大笑いしてたからな。
権兵衛  じゃ、どうして?
政之進  ふと、ある思いがオレの頭をよぎった。
権兵衛  ある思い?
政之進  オレは政之進だ。この名前でさんざんひどい目に遭って来た。オレだけが笑い者になるのは不公平だ。
権兵衛  え‥‥ま、まさか?
政之進  そうだ。そのまさかだ。「そうだ! こいつもひどい目に遭えばいいんだ!」ってな‥‥。
権兵衛  ひ、ひどい。ひどすぎる‥‥。
政之進  ‥‥そう思うか?
権兵衛  ああ、当然だろ?
政之進  ‥‥しかしな、この話には、まだ続きがあるんだ。
権兵衛  え?
政之進  お前、そのお前の名前を付けたじいさんの名前を知ってるか?
権兵衛  ‥‥い、いや、忘れた。
政之進  フフフ、そうだろうな?
権兵衛  え?
政之進  フフフ‥‥。ハハハ‥‥。
権兵衛  な、なぜ笑う?
政之進  そのじいさんの名前はな‥‥聞いて驚くな! その名はズバリ、佐々木二郎左右衛門正宗!
権兵衛  え!
政之進  アハハハハ‥‥。ワハハハハ‥‥。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  権兵衛、お前の名前の秘密、これでわかっただろう?
権兵衛  ‥‥だいたいの予想はついた。
政之進  そうか。‥‥じゃ、言ってみろ。
権兵衛  その、佐々木二郎左右衛門正宗? そのじいさんが自分の時代錯誤な名前でさんざん苦労したんで、息子にも政之進って変な名前を付けた。それで、その政之進が、やっぱり苦労したんで、権兵衛って変な名前を付けた‥‥。
政之進  ピンポーン! スバリそうでしょう!
権兵衛  ううう‥‥何てこった。(頭を抱える)
政之進  権兵衛、わかったか? この佐々木家の呪われた負の連鎖が?
権兵衛  ううう‥‥。おやじぃ。あんたも苦労したんだなあ。
政之進  権兵衛! お前もな。
権兵衛  親父!
政之進  権兵衛!

    二人抱き合う。
    感動的な音楽。

    しばしの間。

権兵衛  ‥‥じゃ、じゃさ。
政之進  ん?
権兵衛  愛留は、どうして愛留なの?
政之進  ‥‥ああ、それか?
権兵衛  うん。
政之進  それはだな‥‥。
権兵衛  誰が名付けたの?
政之進  ‥‥オレだ。
権兵衛  え? どうして?
政之進  実は、じいさん、二郎左右衛門正宗は、女の子用の名前も用意していた。
権兵衛  え?
政之進  その名は、おしん。
権兵衛  え?
政之進  だが、娘が生まれた時、オレはそのおしんを選ばなかった。ちょうど前の年、じいさんは死んでいたからな。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  オレは、佐々木家の呪われた歴史を断ち切ろうと決意したのだ。親が自分の名前の不幸を、子供に罰ゲームのようになすりつけてゆく負の連鎖をな。こんな馬鹿げた不幸は、もうオレたちだけで終わりにしようってな‥‥。
権兵衛  親父‥‥。
政之進  それで、せめて娘には、イマドキのハイカラな名前を付けてやろうと思った。名乗るだけで笑われるような名前じゃなくってさ。
権兵衛  ‥‥そ、それが愛留なのか?
政之進  ‥‥というのは建前。もう時代錯誤のアナクロシリーズには飽きちゃったのだよ。だから、人間離れしたキラキラシリーズを始めたのさ。愛留だぜ? 愛留。少なくとも日本人の名前じゃないよねー。どこに出しても恥ずかしい立派な名前だ!
権兵衛  ‥‥親父。
政之進  兄が権兵衛で妹が愛留。何じゃ、これ? いやあ、我ながら傑作、傑作。まるでマンガだねー。
権兵衛  ‥‥おっさん。
政之進  ‥‥でもな。それが原因で母さんは出て行ったのだよ。「子供をおもちゃにするような人とは暮らしていけません!」てな。‥‥ちょっとやり過ぎちゃったかな? エヘ。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  直子、帰って来てくれー。直子ー。ウウウ‥‥。(泣き崩れる)
権兵衛  ‥‥‥。(あきれて何も言えない)

    愛留がやって来る。

愛留  あれ、お父さん、どうしたの? ポンポン痛いの? だから拾って食べたらダメだって言ってるでしょ。
政之進  ‥‥お前ら兄妹は、どうしてそういう言い方しかできんのだ?
権兵衛  オレは関係ないだろ?
愛留  それよりゴンちゃん知らない?
権兵衛  え?
愛留  朝から探してるんだけど、いないのよ。どこ行っちゃったんだろ?
政之進  ああ、そうだ、そうだ。思い出した! ‥‥権兵衛、お前を呼んだのは他でもない。そのことを聞きたかったのだ。
権兵衛  おっさん、今頃何言ってるの?
愛留  発情期なのかなあ? これだから、オスは困るのよね。やっぱり虚勢しとかなくっちゃ。
政之進・権兵衛  おいおいおいおい。
愛留  おーい、ゴンちゃーん。ゴンちゃーん。ごんべ、ごんべ、ご飯でちゅよー。

    愛留、去る。

政之進  ‥‥しかし、女というのは、まっこと恐ろしい生き物であるな。
権兵衛  御意。御意。

    希美が現れる。

希美  ヘロー! ハウドュードゥ! ミナサン、オゲンキデスカ?
権兵衛  希美ちゃん!
政之進  で、出たな、妖怪!

    後から、ごんべが入ってくる。

ごんべ  みなさん、おはようさんです。
政之進・権兵衛  あ。
政之進  ごんべさん、どこ行ってたんですか? みんな探してたんですよ。あ‥‥まさか!
権兵衛  まさか?
希美  ハーイ! 私達、モーニングデートしてたのよねー。朝の空気はさわやかで、気持ちよかったわよねー?
ごんべ  あ、はい。
権兵衛  そ、そんな‥‥。希美ちゃん、僕というものがありながら‥‥。
希美  だから、何度言わせるのよ。ごんべは権兵衛で、権兵衛はごんべだから、ノープロブレムなのよ。
権兵衛  ちがうー! ベリープロブレムだよー!(泣く)
希美  うっさいわね。男がそんなことでイチイチ泣くんじゃないって!
権兵衛  だ、だって、だってー!(泣く)
希美  それとも何? 何かあたしに文句でもあるわけ?
権兵衛  え‥‥。い、いや‥‥。
希美  別に言いたかったら、何でも言ってよろしいのよ。坊や。
権兵衛  いや、ほんとに何もありませんのことです。ハイ!
希美  そう? それはよかったわね。‥‥ものわかりがよろしくてよ。坊や。(権兵衛の頭をなでる)
権兵衛  光栄であります。
政之進  何だよ、こいつ。情けねーなー。ほんと親の顔が見たいよ。
希美  それでね、みなさんおそろいのところで‥‥と、あれ、ガキンチョはどこ行ったの?
政之進  愛留か? 愛留なら、さっきごんべさんを探しに出て行ったよ。朝ご飯やるんだって。
希美  朝ご飯? バカだねぇ、あの子は。私達、もう朝マックしてきたもんね。ねぇ?
ごんべ  あ、はい。
希美  おいちかったよねー。
ごんべ  あ、はい。
政之進  ごんべさんもマックとか食べるんですか?
ごんべ  まあ、若い頃は牛丼やらハンバーガーもよく食べました。最近は油っこいものはあんまり食べませんが、たまにはああいうのもいいもんですな。
政之進  ほう。なるほど。
希美  まあ、いないんならいいわ。
‥‥それじゃ、ここで、みなさんに重大な報告があります!発表しまーす。ダラダラダラダラダラ‥‥。(ドラムロールの音)シャーン!(シンバルの音)私達、西沢希美と佐々木権兵衛は、結婚を前提に交際することになりました! パパパーンパーンパーン!
政之進・権兵衛  えー!

    間。

政之進  ‥‥け、結婚って?
権兵衛  #◆%$○◎&△&”※!# あべし。(倒れる)
政之進  ごんべさん。それは本当ですか?
ごんべ  まあ、どーにもこーにも、そーゆーよーなことになっとるみたいですなー。
政之進  あなた、ほんとにそれでいいんですか?
ごんべ  まあ、どーにもこーにも、テレビとか見てたら、最近年の差婚というのが流行っとるみたいですからなあ。
政之進  年の差婚って、いくらなんでも‥‥。

    しばしの間。

希美  ‥‥お父さん。(ごんべと二人で正座する)
政之進  ん?
希美  あんただよ、あんた。
政之進  へ?
希美  ごんべさんは、未来の権兵衛でしょう? だったらあなたが父親じゃないの?
政之進  ワタシガチチオヤ?
希美  そう。
政之進  ほ? (固まる)
希美  ‥‥もう、子供が子供なら、親も親だねぇ。
ごんべ  あのぅ、私もこの人の子供なんですが‥‥。
希美  いやいや、ごんべちゃんのことを言ってるんじゃないのよ。気にしないでね。
ごんべ  ああ、そうなんですか。それならいいんですけど。
希美  ‥‥もう、めんどくさいや。さっさとやっちゃおう!
‥‥お父さん。そういうわけで、この人を私に下さい。
ごんべ  あのぅ、こういうのは、フツー、男性が女性の所に頼みに行くもんじゃないでしょうか?
希美  あなた、未来人のくせして、えらく古くさいこだわり方をするのねぇ。
ごんべ  ああ、すみません。
希美  男が女がって考え方が古い古い。ベリー オールドデイズファッションよ。男女平等、いや、これからは女中心の世の中なんだから。未来じゃそうなんでしょ?
ごんべ  さあ、そうでしたかなあ?
希美  もう、未来のことを過去形で言わないでよ。わけわかんなくなる。
ごんべ  ああ、すみません。
希美  もう、とにかく、これで行くんだから。はい! ‥‥お父さん、この人を私に下さい。(お辞儀)‥‥はい、あなたも!
ごんべ  ああ、すみません。私に下さい。(お辞儀)
希美  あなたがもらうんじゃないでしょ!
ごんべ  ああ、すみません。
希美  それで、お父さん、お返事は?
政之進  ほ?
希美  ほ、じゃないでしょ! あんたの番よ!
ごんべ  まあまあ、そんなに怒らなくても。この人も悪い人じゃないですから‥‥。
希美  あなたは黙ってて!
ごんべ  ああ、すみません。
希美  ねぇ、お父さん!
政之進  ひ?
希美  ひ、じゃないってば! このボケナスが!
ごんべ  だから、そんなに‥‥。
希美  何?
ごんべ  ああ、すみません。
希美  お父さん!
政之進  ふ?
希美  お前、おちょくっとるんかあ?
政之進  へ?
希美  この野郎!(と殴りかかろうとする)

愛留  茶番はそこまでよ!

    愛留がマシンガンを持って立っている。

政之進  あ、愛留。
希美  出たな、クソガキ。
愛留  話は聞かせてもらったわ。結婚を前提の交際だと? ふん、笑わせるんじゃねーぜ。
希美  聞いただと? ふん、この家には盗聴器まで仕込んであるのかよ? つくづくきったねー家族だぜ。
愛留  そこまで言うんなら、まさか生きてこの家を出られるとは思っていねーだろーな。
希美  そいつはこっちのセリフだよ!
愛留  覚悟はいいか?
希美  あたぼうよ!

    愛留、マシンガンを撃つ。
    ダダダダダダダダダ!
    希美、目にも止まらぬ早さで弾をはじき落とす。

愛留  ふん、味なマネを。だが、今度は手加減しねーぜ。死ね!クソババア!

    愛留が銃口を向ける。
    その瞬間。

権兵衛  希美さん、危ない、ないっ、ないっ‥‥。(一人エコー)

    権兵衛が希美の前へ。
    ダダダダダダダダダ!
    権兵衛、蜂の巣になり、倒れる。

愛留  かいっかん!

    歌。(「セーラー服と機関銃」薬師丸ひろ子)

    ♪さよならは別れの言葉じゃなくて
    再び逢うまでの遠い約束
    夢のいた場所に未練残しても 心寒いだけさ
    このまま何時間でも 抱いていたいけど
    ただ このまま冷たい頬を あたためたいけど

愛留  ‥‥もう、こうなったら、本人に選んでもらうしかないな。
希美  ‥‥拙者にも異存はない。

    愛留、希美、ごんべを見る。

ごんべ  え。
愛留  ゴンちゃん。
希美  ごんべちゃん。
ごんべ  ‥‥‥。
愛留  私か?
希美  あたしか?
愛留・希美  どっちを選ぶの?
ごんべ  ‥‥え。‥‥そんなこと、言われましても。

    間。

愛留  私?
希美  あたし?
愛留  私?
希美  あたし?
愛留  私?
希美  あたし?
愛留  私?
希美  あたし?

ごんべ  エ、エエーン。エーン。恐いよう。エーン。おかあさーん。

    愛留、希美、見つめ合い、肩をすくめる。

愛留・希美  もう! これだから、男は!

    間。

愛留  仕方ない。今回は、引き分けにしておいてやろう。だが、次に会った時は、生きて帰れるとは思うなよ、クソババア。
希美  ふん、大きな口はせいぜい今のうちにたたいとくがいいぜ。クソガキ。
愛留  ふん!
希美  ふん!
愛留  あばよ!
希美  あばよ!

    愛留と希美、それぞれ反対に去る。

    しばしの間。

政之進  ごんべさん、大丈夫だったかい?
ごんべ  エーン、エーン、恐かったよー。
政之進  おお、よしよし。恐い恐いのはもうないないちたからね。
ごんべ  エーン、エーン。
政之進  おお、よしよしよし。

権兵衛  ‥‥おっさん。
ごんべ  エーン、エーン。
政之進  おお、よしよしよし。
権兵衛  おい、親父!
政之進  何だ、お前か? 生きてたのか?
権兵衛  生きてたかじゃないだろ? 自分の息子が蜂の巣にされたというのに。何だよ、その態度は?
政之進  だから、言うじゃないか。死んだ今の息子より、生きてる未来の息子だ。
権兵衛  そんなことわざはない!
ごんべ  エーン、エーン。
政之進  おお、よしよしよし。
権兵衛  ‥‥‥。
政之進  しかし、権兵衛。
権兵衛  何?
政之進  「女は魔物」とは、よく言ったものだな。
権兵衛  ああ。
政之進  ‥‥なあ、権兵衛。
権兵衛  何?
政之進  ごんべさんがこのトシまで結婚しなかったのは、案外正解だったのかもしれんぞ。
権兵衛  ‥‥ああ。
政之進  そう思わんか?
権兵衛  ‥‥ああ、そうだな。

    政之進、権兵衛、キッと空を見つめる。
    ごんべは泣いている。

    音楽。

    突然ダンス!(「Sweetiex2」)


    政之進と権兵衛とごんべが座っている。

政之進  それで、その広元の時代というのは、どうなってるのですか?
ごんべ  どう、というと?
政之進  やっぱり、今とはずいぶん違っているのでしょう?
ごんべ  そうでしたかなあ? あんまり変わらんような気がするのですか‥‥。
政之進  リニアモーターカーとか走ってるんでしょ?
ごんべ  さあ、どうでしたかなあ? 走っていたような、いなかったような。
政之進  ごんべさんは乗らなかったのですか?
ごんべ  まあ、何せ貧乏のその日暮らしですから‥‥。
政之進  ああ‥‥そっか。‥‥それじゃ、エアカーとかどうですか? タイヤがなくって、空中に浮かんで、道路の上をシュルルルルーって走る自動車とか?
ごんべ  さあ、どうでしたかなあ? そんなもんはなかったような気がするのですが‥‥。
政之進  はあ‥‥そうなんですか。
権兵衛  親父、未来と言っても、数十年先の話だから‥‥。
政之進  それはそうだな‥‥。でも、未来っていうと、どうしてもSF映画みたいな世界を想像しちまうからなあ。
権兵衛  まあ、確かにそうだけど‥‥。
政之進  そう言えば、オレが子供の頃、雑誌なんかで見た二十一世紀の世界って、必ず宇宙基地があって、チューブ型のハイウエイにエアカーが走ってて、みんな宇宙服みたいな銀色の服を着てたもんな。
権兵衛  まあ、確かに、ドテラを着て、こたつにあたりながら紅白を見てる、みたいな未来予想図では夢がないもんな。
政之進  まあ、それはそうだ。‥‥そう言えば、広元の時代にも、AKBとか生き残っているんですか?
ごんべ  さあ、どうでしたかなあ? 若い人の音楽はよくわかりませんので‥‥。
政之進  演歌は? 演歌は生き残っているんですか?
ごんべ  演歌はありました。
政之進  おっ、珍しくキッパリ言いますね。
ごんべ  はい、カラオケでよく歌いましたから。
政之進  ほう、カラオケもあるんですね。‥‥それで、どんな歌を歌うんですか?
ごんべ  そうですな、「銀座の恋の物語」とか「三年目の浮気」とか「男と女のラブゲーム」とかは得意です。
政之進・権兵衛  おおー。
権兵衛  なんかデュエット曲に偏ってない? オレ、そんな趣味ないんだけど。
政之進  いやいや、トシを取ってくると、その辺の歌の味がわかるようになるのさ。
権兵衛  そっかなあ?
ごんべ  そうそう、そういうもんですよ。
権兵衛  はあ‥‥。まあ、本人が言うんならそうなんだろうけど。
ごんべ  はい。
権兵衛  ‥‥それよりさ、ごんべさん。
ごんべ  はい?
権兵衛  ずっと気になってたんだけど、僕と希美ちゃんはどうなっちゃうんですか? 僕たち、ほんとに結婚しないのですか?それはどうしてなんですか?
ごんべ  はあ‥‥誠に申し訳ないのですが、そこら辺の記憶がはっきりしませんのです。
権兵衛  そこんとこ、僕にとってはとっても大事なんです。何とかかんばって思い出して下さいよ!
ごんべ  はあ‥‥そう言われましても。
権兵衛  ねぇ、お願いだから!
ごんべ  はあ‥‥。
政之進  おいおい、権兵衛、無理を言っちゃいかんぞ。ごんべさん、困ってるじゃないか。
権兵衛  ‥‥だ、だってー。
政之進  だってじゃない!
権兵衛  ‥‥‥。
ごんべ  いや、私がふがいないばかりに‥‥ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。
権兵衛  いや‥‥別にあなたに謝ってもらっても仕方ないんだけど。
ごんべ  すみません。
権兵衛  ‥‥‥。

    愛留が食器を持って出てくる。

愛留  ゴンちゃーん。ご飯の時間でちゅよー。
ごんべ  ああ‥‥いつもいつもすみません。
愛留  今日はね、ゴンちゃんの大好きな塩じゃけとおなすの田楽と冷や奴と納豆を、食べやすいようにミキサーですりつぶしてきまちたからねー。
ごんべ  ああ、それはそれは、わざわざ手間をかけて下さって‥‥。
政之進  ‥‥ミキサーですりつぶす?
権兵衛  オエー。
愛留  はーい、あーんしてー。
ごんべ  あーん。

    ごんべ、スプーンを口に入れて食べる。

愛留  どう? おいちい?
ごんべ  はい、おいしいです。
愛留  ほんと?
ごんべ  はい、とっても。
愛留  愛留うれしい! ‥‥じゃ、もう一口、あーん。
ごんべ  あーん。

    ごんべ、また食べる。

愛留  おいちい?
ごんべ  はい、とっても。
愛留  わーい、わーい。
政之進  ‥‥おい、愛留。
愛留  え、何?
政之進  オレたちのメシは?
愛留  何? 心配しなくても、あっちのテーブルの上に置いてあるわよ。
権兵衛  ‥‥まさか、またどん兵衛じゃないだろうな?
愛留  何言ってんのよ。心配しなくても今日は違うわよ。
権兵衛  ああ、そうか。
愛留  うん。UFOよ。
権兵衛  え、UFO?
愛留  しかも大盛りよ。
政之進・権兵衛  え‥‥やきそばUFO大盛り?
愛留  うん、そうよ。
政之進・権兵衛  ううう‥‥。
愛留  何うなってるのよ? ほら、冷めないうちにさっさと食べてね。
政之進・権兵衛  ううう‥‥。
愛留  はい、あーんしてー。
ごんべ  あーん。
政之進  ‥‥おい、愛留。
愛留  もう、何よ? 今、忙しいんだから。
政之進  あのな、愛留、お父さんはお前にはほんとに感謝しているんだ。母さんがいなくなってから、お前が母親代わりで毎日毎日家事をしてくれていることには、ほんとに頭が下がるよ。
愛留  何言い出すのよ? 急に。
政之進  だから、オレたちは食べさせてもらってるだけで幸せだと思ってるよ。メシがうまいとかまずいとか辛いとか甘いとか、そんなこと言う権利も資格もないことは重々承知しているつもりだ。
愛留  ふーん。それで?
政之進  それは承知はしているんだよ。承知はしているんだけどもな‥‥。
愛留  だから何なのよ? 早く言ってよ!
政之進  だから、その‥‥おい、権兵衛、続きはお前が言え。
権兵衛  え、オレ? どうして?
政之進  何でもいいから、言うんだ!
権兵衛  ‥‥わ、わかったよ。‥‥あのさ、だからさ、あのな、まあぶっちゃけて言うとだな‥‥ごんべさんが来てから、オレたちの食事内容が劇的に変化して来ているような気がしなくてもなくてさ。
愛留  もう、はっきり言ってよ! わけわかんないじゃん。
権兵衛  わ、わかったよ。‥‥じゃ、じゃあ、ほんとに言っちゃうぞ。言っちゃうよ。言ってもいいんだな? 親父?
政之進  ああ、この際やむを得ん。ドーンと言ってやれ!
愛留  さっさと言いなさいよ!
権兵衛  じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて言いまーす! 僕たち、毎日毎日カップ麺ばっかりじゃ死んじゃうよー! ‥‥ああ、言っちゃったよ、言っちゃったよ。オレ、もう知らないから。
政之進  おお、よくぞ言ったな、我が息子よ。お前はやればできる子だと父さん昔から信じてたぞ。

    しばしの間。

愛留  ‥‥ふーん、それで?
政之進・権兵衛  え‥‥。
愛留  じゃあ、明日から、猫缶とカリカリにしましょう。

    間。

政之進  ああー、愛留様ごめんなさい! こやつがご無礼を致しました件につきましては、私からも保護者として重々厳重に注意致しますゆえ‥‥。
こら、権兵衛! お前がくだらないこと言うから‥‥。
権兵衛  あっ、きったねーな、親父。あんたが言えって言ったんだろ?
政之進  男がごちゃごちゃ言い訳するんじゃない! 言い訳は良いわけがない! お前はやっぱりどうしようもないダメ息子だな。父さん昔からわかってたんだ。
権兵衛  なんていう卑怯者なんだ、あんたは? もうあきれてものが言えないよ!
政之進  ああ、卑怯者で結構。昔の人は言いました。地震、雷、火事、娘。兵法にいわく、三十六計逃げるにしかず。
愛留  何ごちゃごちゃ言ってんのよ。静かにしてよ! ゴンちゃんがお食事中なのよ!
政之進・権兵衛  ‥‥はーい。

    間。

愛留  はい、あーんしてー。
ごんべ  あーん。

    突然、音楽!

政之進  あ。
権兵衛  この曲は!

    希美がマイクを手に現れる。
    歌。(「銀座の恋の物語」)

希美  ♪心の底までしびれるような

    ごんべ、突然マイクを取り出して立ち上がる。

ごんべ  ♪吐息が切ないささやきだから
希美  涙が思わずわいてきて
ごんべ  泣きたくなるのさ この俺も
希美・ごんべ  東京で一つ 銀座で一つ
        若い二人が初めて逢った
        ほんとの恋の物語

希美  やさしく抱かれて瞳を閉じて
ごんべ  サックスの嘆きを聞こうじゃないか
希美  あかりが消えてもこのままで
ごんべ  嵐が来たって離さない
希美・ごんべ  東京で一つ 銀座で一つ
        若い二人が誓った夜の
        ほんとの恋の物語

    希美とごんべ、手をつないでお辞儀。
    愛留は、いつの間にか消えている。

希美  ヘロー! ハウドュードゥ! ミナサン、オゲンキデスカ?
権兵衛  希美ちゃん!
愛留  出たな。‥‥性懲りもなく、よく来るババアだせ。

    愛留が現れる。
    ヘルメットをかぶり、バズーカ砲をかついでいる。

希美  クソガキ、まだ生きていたのか?
愛留  今度会ったら生きては帰さないってのは、忘れちゃいねーだろーな?
希美  フフフ。ほざくだけほざくがいいさ。でっかい土管なんかかついで、どこの現場にお出かけだい?
愛留  減らず口は今のうちにたたいとけ! こいつを一発食らったら、木っ端みじんで、影も形もなくなるからな。
希美  フフフ。そんな丸太ん棒ごときにやられるようなノゾミ様じゃありませんことよ。
愛留  それじゃあ、とりあえず、一発お試しにいかがかな?
希美  望むところよ!
愛留  レディ! ゴー!

    発射! ドカーン!
    希美、横っ飛びしてよける。

愛留  よーし、もう準備運動はいいようだな? それじゃ、次、本番行きまーす。レディ!
権兵衛  やめろー!
愛留  え?
権兵衛  僕、もう、がまんできないよ!
愛留・希美  え?

    権兵衛、一度去り、刀を二本持って戻ってくる。
    その一本をごんべに渡す。

ごんべ  え?
権兵衛  いざ、尋常に勝負だ!
ごんべ  え?
愛留  お兄ちゃん、何言ってるの?
権兵衛  純真な希美ちゃんの心をかどわかし、もてあそぶ悪逆非道の数々、最早看過しがたし! 天に代わりて成敗してくれるわ!
ごんべ  はあ?
政之進  おい、権兵衛。お前、自分がやってることがわかってるのか? その人はお前の未来の姿なんだぞ。つまり、お前が、お前自身を成敗することになるんだぞ。そんなことしてどうなるんだ?
権兵衛  ‥‥わかんないよ。‥‥もう何にもわかんない! それでも、僕はもうがまんできないんだー!
ごんべ  ‥‥‥。

    権兵衛、刀を抜いて構える。

権兵衛  さあ、いざ、尋常に勝負! 勝負!

    ごんべ、立ち尽くしている。

権兵衛  さあ、さっさと、刀を抜け!
ごんべ  ‥‥‥。
権兵衛  抜けと言うのが聞こえんのか!
ごんべ  ‥‥‥。

    ごんべ、ゆっくりとかがみ、刀を置く。

権兵衛  何をしている? さては怖じ気づいたか?
ごんべ  ‥‥やめときましょう。
権兵衛  その手には乗らんぞ。もはやお主には選択権はないのだ。お主が死ぬか、拙者が死ぬか、命を賭けた男と男の真剣勝負なのだ。‥‥いざ、尋常に勝負! 勝負!
ごんべ  ‥‥どうしてもやめてはいただけぬようですな。
権兵衛  やっとわかったか? さあ、勝負だ!
ごんべ  ‥‥それでは仕方ありませんな。

    ごんべ、ゆっくりと素手で構える。

権兵衛  何をしている? 刀を持たぬか!
ごんべ  ‥‥いりませぬ。
権兵衛  何! お主、拙者を馬鹿にしているのか?
ごんべ  馬鹿になどは致しません。‥‥しかし、これで十分でございます。
権兵衛  馬鹿にしておるではないか! 徒手空拳で、拙者の天然理心流剣術に勝てるとでも思っているのか!
ごんべ  ‥‥勝てまする。
権兵衛  なにい!
ごんべ  ‥‥では、お相手つかまつります。
権兵衛  ぶ、無礼千万じゃ! もはや老体とて容赦は一切せぬ。後で、ほえづらかいても知らぬぞ!
ごんべ  さあ、どこからでもかかってきなさい。

    権兵衛とごんべのにらみ合い。
    権兵衛は斬りかかろうとするが、ごんべには隙が見えない。
    しびれを切らした権兵衛は斬りかかるが、ごんべの「気」ではねのけられる。
    何度も斬りかかる権兵衛。しかし、そのたびにごんべにはねのけられる。
    遂には刀をもはじき飛ばされ、権兵衛は尻もちをついて倒れる。
    最早勝敗は決した。

権兵衛  うう‥‥。こ、殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せー!
ごんべ  ‥‥‥。
権兵衛  ううう‥‥。(泣く)
ごんべ  ‥‥‥。

    しばしの間。

ごんべ  ‥‥ルークよ。
権兵衛  ‥‥え。
ごんべ  お前は、まだ若い。
権兵衛  ‥‥‥。
ごんべ  今のお前には、まだまだフォースを操る力はない。
権兵衛  ‥‥え。
ごんべ  ‥‥ルークよ。焦るでない。‥‥今のお前には、年月という力の蓄えが必要なのだ。‥‥トシをとるというのも、そう馬鹿にしたものではないぞ。若い酒が年月を経て熟成するようにな。
権兵衛  ‥‥あ、あなたは?
ごんべ  ‥‥ワシはお前。‥‥お前はワシじゃ。
権兵衛  え‥‥。
ごんべ  ‥‥さて、そろそろ行くとするか。
権兵衛  え‥‥どこへ? どこへ行くのですか?
ごんべ  ‥‥ザ・パワー・オブ・ダークサイド。
権兵衛  ‥‥‥。

    音楽。(「ダース・ベーダーのテーマ」)

    ごんべ、ゆっくりと歩き出す。

    愛留と希美が拍手。

愛留  ゴンちゃん、かっこいいー!
希美  あたし、ほれなおしちゃった!
ごんべ  ‥‥そんなこと言われると、照れます。
政之進  ごんべさん、あなたはほんとはすごい人だったんですね!
ごんべ  いやいや、そんなことはないですよ。

    しばしの間。

ごんべ  ‥‥さて、それでは、ほんとにそろそろ行くとしますか。
政之進  え‥‥どこへ?
ごんべ  私はそろそろ帰ります。
政之進  え、帰る? ‥‥帰るって、どこへ? ‥‥ひょっとして、未来ですか?
ごんべ  ‥‥はい。
政之進  ど、どうして?
ごんべ  ‥‥‥。
愛留  ゴンちゃん、行っちゃイヤ!
希美  ごんべちゃん! どうして帰らなくちゃいけないの?
愛留  ゴンちゃん! 行かないで!
希美  ごんべちゃん! 行かないで!
ごんべ  ‥‥‥。

    しばしの間。

ごんべ  ‥‥私は‥‥私は、どうも長居しすぎたようです。
全員  え。
ごんべ  ‥‥私は、みなさんのご厚意にすっかり甘えてしまいました。そして、いつの間にか、もう一人の佐々木権兵衛として、この時代に骨を埋めるのも悪くないかな、と思っていました。
全員  ‥‥‥。
ごんべ  ‥‥でも、それは間違っていることに気づきました。
全員  ‥‥‥。
ごんべ  ‥‥私は、知らないうちに、みなさんにご迷惑をおかけしていたのです。
政之進  ご迷惑だなんて、そんな‥‥。
愛留  そうよ!
希美  そうよ!
ごんべ  いや、おかけしていたんですよ。‥‥私のような、別の時代の人間が、みなさんの心に波風をたててはいけないのです。未来の人間が、過去の歴史に痕跡を残してはいけないのです。それがタイムトラベルのおきてなのです。
全員  ‥‥タイムトラベルのおきて。
ごんべ  ましてや、過去の自分と争い合うようなことなどあってはならない。
権兵衛  ‥‥ごんべさん。
ごんべ  ‥‥私は、出過ぎたマネをしてしまいました。良きにつけ、悪しきにつけ、私は何もすべきではなかったのです。それなのに‥‥。
全員  ‥‥‥。
権兵衛  ‥‥ごんべさん。
ごんべ  権兵衛さん、あなたが私のような未来を歩むか、あるいは別の未来を歩むかは、あなた自身にかかっているのです。ですから、未来の私が、今のあなたに向かってああしろ、こうしろと言うことはできませんし、また、言ってはならないのです。しかし、もし、一つ願うことが許されるなら‥‥。
権兵衛  ‥‥許されるなら?
ごんべ  ‥‥あなた自身に対して正直に生きていただきたい。どうか、悔いのないように。
権兵衛  ‥‥ごんべさん。

    しばしの沈黙。

権兵衛  ‥‥わかりました。‥‥少なくとも、未来のあなたに対して恥ずかしくないような生き方をしたいと思います。
ごんべ  ‥‥そうですか。それを聞いて安心しました。

    しばしの間。

ごんべ  ‥‥それでは、私はもう思い残すことはありません。どうか、みなさんにも、よりよき未来がありますように。‥‥それでは、失礼致します。どうもお世話になりました。(お辞儀)

    ごんべ、ゆっくり歩き、去る。

希美  ごんべちゃん!
愛留  ゴンちゃん、行かないで!

    愛留、ごんべを追いかけようとするが、政之進が引    き留める。
    振り向く愛留。首を振る政之進。
    全員、ごんべの後ろ姿を見つめる。

    音楽。
    暗転。


    こたつの前で正之進が茶を飲みながら、新聞を読んでいる。
    部屋の隅で、権兵衛がゲームをしている。
    しばし無言。
    新聞をめくる音、茶をすする音、ゲーム音だけが小さく聞こえる。

政之進  おい。
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)

    しばしの間。

政之進  おいって。
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)

    しばしの間。
    政之進、新聞を閉じる。

政之進  おいって言ってるのが聞こえんのか?
権兵衛  ん。(ゲームをやっている)
政之進  ‥‥‥。権兵衛!
権兵衛  ‥‥なんだよ?(ゲームをやっている)
政之進  ‥‥ちょっと、その、ゲームをやめて、人の話を聞け!
権兵衛  うっせーな。
政之進  何だと?
権兵衛  あ‥‥ちくしょう。もう、ごちゃごちゃ言うからやられちゃったじゃん。
政之進  何? やられたか? ハハハ‥‥。
権兵衛  何笑ってんだよ! むかつくなー。
政之進  罰が当たったんだ。人の話を聞こうとしないから。
権兵衛  そんなの関係あるかよ。‥‥で、何なんだよ?
政之進  愛留は、まだ帰ってこないのか?
権兵衛  え?
政之進  愛留。
権兵衛  ああ‥‥そうみたいだな。
政之進  もう夜だぞ。晩飯、どうするんだ?
権兵衛  ああ‥‥そうだな。
政之進  またUFO大盛りか? さすがに晩飯にUFOはきついな。
権兵衛  ああ‥‥そうだな。
政之進  あいつ、こんな時間までどこほっつき回ってんだ?
権兵衛  そんなの、知るかよ。
政之進  かわいい子羊たちが飢え凍えているのに、何ていうやつだ。親の顔が見たい。
権兵衛  あんただろ!

愛留の声  ただいまー。

政之進  おお、ウワサをすれば。
権兵衛  やっぱり悪口は言うもんだな。

    愛留が入ってくる。

愛留  すっかり遅くなっちゃった。ごめんねー。
政之進  お前、こんな時間まで、どこ行ってたんだ?
愛留  それがさあ‥‥ちょっと、いろいろあってねぇ‥‥。
権兵衛  いろいろって何だよ?
政之進  そんなことより、メシだ。メシ。
愛留  お父さん、お兄ちゃん。(正座する)
政之進  何だよ、改まって。
愛留  実は、お願いがあるの。
政之進  え?  
愛留  ねぇ、愛留の一生のお願い。
政之進  え、何だよ? 気持ち悪いな。
権兵衛  さては、お前、なんかたくらんでるな?
愛留  愛留、帰り道で見つけちゃったの。
政之進・権兵衛  え?
愛留  とってもかわいいのよ。きっとお父さんもお兄ちゃんも気に入ると思う。
権兵衛  カマキリか? もうカマキリはダメだぞ。お前、小学校の時捕まえてきて、結局オレが世話をさせられて、大事に大事に育ててたのに結局メスに食われちまったじゃないか? 兄さん、とってもショックだったんだから。カマ太郎ー!(泣く)
愛留  ううん、カマキリじゃない。
政之進  それじゃ未来人か? 未来人もダメだぞ。あれをお前が拾って来てからというもの、変態女は跳梁跋扈するし、機関銃やらバズーカ砲で家は穴だらけになるし‥‥。
権兵衛  変態って言うな!
政之進  変態は変態だ!
権兵衛  何だと!
政之進  おっ、やるのか?

    二人、にらみ合い。

愛留  ううん、未来人でもないの。
政之進  じゃ、じゃあ、
権兵衛  何なんだ?

    愛留、玄関の方を振り向き、

愛留  どうぞー、入って来て下さーい。

    ごんべが入ってくる。

政之進・権兵衛  !
ごんべ  みなさん、ご無沙汰しております。お元気でお過ごしでしょうか?
政之進・権兵衛  ご、ごんべさん?
愛留  いいえ。ごんべさんだけど、ごんべさんじゃないの!
政之進・権兵衛  はあ?
ごんべ  わたくし、佐々木権兵衛改め、山崎真一と申します。
政之進・権兵衛  ヤマザキシンイチ?
ごんべ  はい、山崎真一です。
政之進  ごんべさん、そ、それどういうこと?
ごんべ  いやあ、その節はお世話になりました。誠にもって愉快でした。
政之進・権兵衛  はあ?
ごんべ  いやあ、皆さん、いろいろと考えるもんですなあ。未来人? タイムスリップ?
政之進・権兵衛  ‥‥‥。
ごんべ  皆さん、まさか本気で信じておられたのですか?
政之進・権兵衛  は、はあ?
権兵衛  ‥‥と言いますと?
ごんべ  あなた、未来人とか、タイムスリップとか、そんなものあるわけないじゃないですか! 皆さん、ホントにご冗談がお好きなんだから。アッハハハハ‥‥。
政之進・権兵衛  ご、ご冗談?
政之進  愛留、これはいったいどういうことなんだ?
愛留  うん。ゴンちゃん、もとい、山崎真一さんは、隣町のフツーのおじいさんなんだって。
政之進・権兵衛  え?
権兵衛  ほ、ホントなんですか?
ごんべ  はい。わたくし、おととし、妻を亡くしましてな、一人息子は結婚して、アメリカに行ってしまいまして。‥‥こうなると、あれですな、ひまと申しますか、寂しいと申しますか、何やらポカーンと空いた時間を持て余しましてな‥‥。
政之進・権兵衛  ‥‥‥。
ごんべ  それで、ひまつぶしと言っては何なのですが、ちょっといたずらをしてみたくなりまして‥‥。
政之進・権兵衛  イタズラ‥‥。
ごんべ  はい。するってーと、ほれ、思いの外、みなさんがすっかりだまされて下さいまして‥‥。そうなると、もはや「ウソダヨーン」って言い出すきっかけを失ってしまいましてな。悪い、悪いとは思いながらも、今日を迎えてしまった次第でして‥‥。
政之進・権兵衛  ‥‥‥。

    しばしの沈黙。

ごんべ  いやはや、何と申し上げていいのやら。年甲斐もなく、まっこと失礼をば致しました。誠にもって申し訳ありませんでした。(お辞儀)
政之進・権兵衛  あ‥‥はあ。
愛留  ゴンちゃん、もとい、シンちゃん、謝らなくていいのよ。
ごんべ  あ、はあ?
愛留  愛留とってもうれしいの! また、ゴンちゃん、もとい、シンちゃんと一緒にいられるのね!
ごんべ  ああ、そうですね。今後ともどうぞよろしく。
愛留  こっちこそ、よろしくー! ‥‥ということで、このお話は一件落着!

希美の声  ちょっと待ったー!
全員  あ!
政之進  そ、その声は!

    希美、登場。

希美  そうは問屋がおろさないことよ!
権兵衛  希美ちゃん!
愛留  出たな、ババア!
希美  クソガキ! 決着はまだ付いてはいないわよ!
愛留  おう! 望むところだ!
希美  いざ、勝負!
愛留  勝負!

    対峙する二人。

政之進  だから、もう、それはやめてよー! これ以上、私のおうちを壊さないでー! ギブ・ピース・ア・チャンス! ノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ナガサキ! ノーモア・フクシマ! ラブ・アンド・ピース! ドゥー・ユー・アンダスタン?
全員  ‥‥‥。(憐れみの目で政之進を見る)
政之進  ‥‥アンダスタン?
全員  ‥‥‥。
政之進  ‥‥アハン?
全員  ‥‥‥。
政之進  ノー!(頭を抱えて絶叫)

    音楽!(「年上の男の子」)
    歌。ダンス。(途中から、男性も登場)

希美・愛留  ♪みたらし団子をほおばる
       ネイビーブルーの作務衣の
       あいつはあいつはかわいい 年上の男の子
       白髪まじりで 老眼で 腹ボテだけど好きなの
       LOVE 投げキッス
       私のこと好きかしら はっきり聞かせて
       アイロンとれてるスラックス
       汚れて丸めた手ぬぐい
       あいつはあいつはかわいい 年上の男の子
       あいつはあいつはかわいい 年上の男の子
       あいつはあいつはかわいい 年上の男の子

全員  ありがとうございました。


                            おわり


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