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ボクのお気楽レシピ

【これは、劇団「かんから館」が、2013年3月に上演した演劇の台本です】

何をやってもうまく行かず、女の子に振られてばかりのダメダメ人生を送っている若者。ふとしたきっかけから悪魔と契約をし、「お手軽人生レシピ」を手に入れる。その「レシピ」を使って、ダメダメ人生の改造に取りかかるのだが‥‥。ちょっぴりミュージカル仕立てのコメディ作品です。

     〈登場人物〉

      老人(神)
      中年(悪魔)
      若者
      女A
      女B(天使)



      明かりがつく。
      若者と女Aが立っている。

若者   いや、だからさ、違うんだよ。
女A   何が違うのよ?
若者   だから誤解だって。
女A   誤解も六解もないわ!
若者   だから、ちょっと話を聞いてよ。
女A   言い訳はいいわけないわ!
若者   あ‥‥それ、おもしろいね。

      バシッ! 女Aがビンタ。

女A   もう! あんたなんか最低! ゴキブリに食われて死んじゃえ!

      女A、走って去る。
      頬を押さえて立ち尽くす若者。

      しばしの間。

若者の声   まただ。‥‥また、やっちまった。‥‥もう、これで十回目? いや、十一回目‥‥十二回目? いや、たぶん十三回目だ。‥‥何回経験しても慣れないよな‥‥この空しさ。屈辱感。絶望感。‥‥ひょっとして、オレって学習能力が足りないのかな?
いや、これだけじゃないよな。失恋だけじゃない。確かにそうだ。
そうだよ。そうだ。‥‥電車に乗ればサイフを落とす。携帯をなくす。町を歩けばヤンキーにからまれる。犬にかまれる。バスに乗ったらチカンに間違われる。パチンコをすれば、両隣の台が大当たり。唐揚げをかじれば歯が欠ける。‥‥これって、絶対偶然じゃないよな。
やっぱり、不幸な星の下ってあるのかな? そうでもなきゃ説明がつかないよ。でも、どうしてオレばっかり?
そりゃ、確かに、オレはそんな謹厳実直な聖人君子じゃないさ。拾った金をネコババしたことあるし、立ち小便だってするよ。テストでカンニングしたこともあるよ。‥‥でもさ、それぐらいみんなやってるだろう? おおむねだいたいはマトモにやってんだよ? それなりにマジメに生きてきたんだよ? 少なくとも、お天道様の下を歩けないようなどえらい悪いことはしてないっつーの。
だのに、どうしてオレだけ? ‥‥この世には、神も仏もないわけ? ‥‥まあ、もともと信じちゃいないけどね。

若者   ‥‥神様。‥‥もし、ほんとにいるんだったら、あんた、不公平だよ。不平等だよ。公共の福祉に反してるよ。人倫にもとってるよ。オレは、健康で文化的な最低限度の生活なんかちっとも営んでないんだよ。

      若者、前をキッとにらむ。

若者   見返してやる。‥‥オレを振った女、オレを馬鹿にした奴ら、あいつらみんな見返してやるからな。覚えてろ! ちくしょう!

      若者、走って去る。

      暗転。



      明かりがつく。
      若者が本屋で本を探している。

若者   「これを読めば、明日から君の人生はバラ色だ!」

      若者、本をパラパラとめくる。

若者の声   オレは、その足で、ブックオフに走った。残念ながらオレのポケットには三百四十二円しかなかった。だから、高い本を買うことはできない。オレは、祈る思いで一〇五円コーナーの色あせたり、汚れたり、しわのついた本を、次から次へと抜き取った。

若者   「金持ちじいさんと正直じいさん」? ‥‥「バターはどこに行った」? ‥‥「もしドラッガーが高校野球の女子マネージャーに恋をしたら」? ‥‥「人生革命論」?

      若者、本をパラパラとめくる。

若者の声   オレは、別に金持ちになりたいわけでも、成功者になりたいわけでもなかった。ただ、オレという人間がここにいて、大地にしっかり足をつけて生きているのだということを奴らに認めさせたかったのだ。
‥‥だが、オレのそんなささやかな願望を満たしてくれる本は、なかなか見つからなかった。

若者   「あなたには、あなたの知らないもう一人のあなたの力があるのです ?ようこそ禁断の黒魔術の世界へ?」
‥‥えらく長ったらしい題名だな。

      若者、本をパラパラとめくる。

若者   ほう。‥‥ほう。

      若者、ポケットから小銭を出し、カウンターへ向か      う。

店員の声   はい、一冊、一〇五円になりまーす。

      若者、小銭を出す。

店員の声   一一〇円からおあずかりしまーす。おつりの五円とレシートでーす。
若者   あ、どうも。

      若者、本を持って、去る。

      しばしの間。

若者の声   ただいまー。

      やがて、若者が、クッションを抱えて、戻ってくる。   (若者の部屋の設定)
      若者、クッションに寝そべり、ポテトチップスをか   じりながら、本を読み出す。

若者   ‥‥相手を不幸に陥れる方法? うーん、別に他人を不幸にしたいわけでもないしなあ‥‥。オレが幸せになればいいんだから‥‥。

      若者、ページをめくる。

若者   ‥‥憎い相手に呪いをかける方法? ‥‥憎い相手って、誰だろ? ひょっとして、周りの人間全部じゃない? そいつらにいちいち呪いをかけてゆくの? こりゃ、面倒くさそうだなあ‥‥。

      若者、ページをめくる。

若者   ‥‥初心者のあなたへ。キミにもできるお手軽プチ魔術、ビギナー編。おっ、これよさそうじゃん。どれどれ‥‥。

      若者、ページをめくる。

若者   嫌いなあいつを下痢にする方法? 下痢って、あの下痢?そんなの下剤を飲ませりゃいいじゃん。それに、そんなことしてどうなんだよ? ‥‥えーと、次は? ‥‥ゴキブリを召喚し、自由に操る方法? えー、ゴキブリとなんか仲良くなりたくないよ。

      若者、ページをめくる。

若者   嫌いなあいつを便秘にする方法? だから、そんなことして何になるんだよって。‥‥えーっと、ムカデを召喚し、自由に操る方法? だから、虫は嫌いなんだってば! ‥‥何だよ、ろくなのがないなあ。‥‥やっぱり一〇五円じゃダメか‥‥。

      若者、ため息をつく。
      再び、ページをめくる。

若者   おっ‥‥一週間で5キロやせる。一ヶ月で二〇キロダウンも夢じゃない! 体験者は語る。私も初めは半信半疑でした。でも、飲み始めた翌日から効果が現れたのて、びっくりしました。朝起きたら、激しいお通じで、三時間もトイレにこもっていたのです。‥‥あれ? これ、広告のチラシじゃないか? もう! ややこしいもん本にはさむなよ!

      若者、チラシを取り出して捨てる。
      若者、仰向けに寝転がる。

若者   あーあ、やっぱり一〇五円じゃダメかあ‥‥。コンビニエンスな方法って、やっぱりないのかなあ‥‥。

      若者、仰向けのままで、適当にページをめくる。

若者   おっ。‥‥特別付録、番外編。ダメダメな自分の人生を変えたいあなたに。

      若者、座り直して、本を読む。

若者   あなたは自分が不幸だと思っていませんか? ‥‥うん、思ってるよ。勉強をしても成績が上がらない、仕事をしても失敗するし、恋をしてもしても振られてばっかり。何をやってもうまくいかない。‥‥うん、うん、まさにその通りだ。どうして自分だけこんなについてないのか? この世には神も仏もいないのか? そんなことを思っていませんか? ‥‥そうそう、ばっちりそのまま思ってるよ。神や仏なんかをあてにするから、そんな目に遭うのです。‥‥ほう、そうなのか? でも、そんなあなたにも味方はいるのです。‥‥え、そうなの? さて、それは誰でしょう? ‥‥え? クイズ? もう、もったいつけんなよ。それは、ずばり悪魔です! ‥‥え? 悪魔? 悪魔は、いつもみんなに嫌われています。悪魔は究極のいじめられっ子なのです。‥‥まあ、そういう言い方もできるかな?だからこそ、悪魔はあなたのそのつらい気持ちがわかるのです。悪魔こそが、あなたの真の理解者なのです。そう言われても、「でも、悪魔じゃなあ‥‥」とあなたは思っていませんか? それこそが、偏見というものですよ。周りの人があなたを見る冷たい目とおんなじなんですよ。まあ、だまされたと思って、悪魔と付き合ってやってみて下さい。悪魔っていうのは、案外お人好しないいやつですよ。そして、寂しがり屋の甘えん坊なんです。どうか、助けると思って、悪魔と付き合ってやって下さい。恵まれない悪魔に愛の手を! なにとぞよろしくお願いします。

      若者、本を見つめて、しばらく考えている。

若者   ‥‥恵まれない悪魔に愛の手を‥‥か。‥‥変な本。

      若者、本を置いて、寝転がる。
      天井を見ながら、しばらく考えている。

若者   まあ‥‥ひまつぶしに試してみっか。‥‥どれどれ。

      若者、再び本を取り上げて、ページをめくる。

若者   えーっと、‥‥悪魔召喚の呪文ってか。
‥‥エロエロエッサイム。エロエロエッサイム。エロエロエッサイム‥‥あ、違った。エロエロじゃなくってエロイムか。もう、ややこしいな。
‥‥エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。‥‥えーっと、それから? ソベデ、ソベデ、ソベデ、ンヤチーカ、ノエマオ。ジボイ、ジボイ、ジボイ、ンヤチート、ノエマオ。なんじゃこれ?
‥‥ん? ‥‥ソベデ、ソベデ、デベソ、デベソ? あっ、わかった! これ、反対に読むんだ! ソベデ、ンヤチーカ、ノエマオ。オマエノカーチャンデベソ。ジボイ、ンヤチート、ノエマオ。オマエノトーチャンイボジ。‥‥何なんだよ! これ! 信じて損した! ちくしょう!

      若者、本を投げる。
      しばしの間。

      黒服(礼服)、黒ぶちメガネの男が現れる。

男    呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。(ひどく小さい声で)

      若者、気づかない。

男    呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。(少し大きな声で)
若者   ‥‥ん? あんた誰? どこから入って来たの?
男    じゃじゃじゃじゃーん。‥‥わたくし、こういう者です。

      男、名刺を差し出す。

若者   え? 悪魔局悪魔課係長補佐 悪野悪太郎 ‥‥え?
男    はい、悪野と申します。
若者   セールスマンの人?
男    いや‥‥そこに悪魔局悪魔課係長補佐って書いてあるでしょう?
若者   えー? ひょっ、ひょっとして悪魔関係の人?
男    まあ、簡単に言うとそんな感じです。悪魔関係の人です。
若者   えー。ちょっとかなりイメージが違うんだけどお‥‥。
男(悪魔)   イメージが違うと言いますと?
若者   ほら、なんか真っ黒なかっこうしててさ。
悪魔   真っ黒ですけど。
若者   いや、そんなスーツみたいなんじゃなくって、角とか生えてて、翼がバサッバサッって感じで‥‥。
悪魔   はあ、まあ、それは時代が違いますからねぇ。
若者   時代?
悪魔   ほら、あなただって、ちょんまげして、着物着て、刀さしてないでしょ?
若者   え? そりゃそうだよ。
悪魔   それが古典的な日本人のイメージなんですよ。だから、古典的な悪魔のイメージも変わるんです。
若者   えー。そんなもんなの?
悪魔   ええ、そんなもんなんです。
若者   ‥‥どうも納得いかないなあ。
悪魔   ‥‥まあ、あんまり細かいところにこだわらないで下さい。それより、早速ですが、契約の方のお話を。
若者   契約? ‥‥‥。あっ、そうだ、そうだ。悪魔との契約って、「お前の魂をもらうぞ!」とか、そういうやつだろ?
悪魔   ええ、まあ、簡略して言うとそのような契約なんですが、最近は、総額後払い方式とか、出世払いとか、子々孫々リボ払い金利手数料無料とか、いろいろとリーズナブルなタイプのお支払い方法をご用意しておりますから、そんなに構えていただく必要はありません。
若者   ふーん。なんかよくわかんないけど。
悪魔   まあ、ご心配ご無用ということです。
若者   それで‥‥いったいどういう契約なの?
悪魔   そうですね、お客様のようなダメダメ人生でお悩みの方に、今お薦めなのは、「人生設計コース簡易型」ですね。
若者   「人生設計コース簡易型」?
悪魔   はい。さようでございます。
若者   それ、何なの?
悪魔   これは、別名「お手軽人生レシピ」とも呼ばれておりまして‥‥お客様は、お料理番組とかご覧になりますか? 「今日の料理」とか「3分間クッキング」とか?
若者   はあ、まあ、見たことはあるけど‥‥。
悪魔   ああいう番組を見てると、こういうシーンが必ずございますでしょう? 「鍋に具材を入れて、このまま弱火で三十分煮ます。」と言っておいて、ちょっと移動して、「はい、こちらにその三十分煮たものがあります」ってやつ。
若者   ああ、あるね。
悪魔   当社の「お手軽人生レシピ」は、まあ、要するに、あれの人生版と考えていただければよろしいかと。
若者   え? 料理番組の人生版? ‥‥さっぱりわけがわからんぞ。
悪魔   まあ、そう、お急ぎにならないで。今から説明を致しますから。
お客様、松本浩一郎様は、今、二十歳でいらっしゃいますね。
若者   ああ、うん。
悪魔   その松本様が、これから三十年経ったら、どうなっていらっしゃるでしょうか?
若者   え? 三十年経ったら? うーん、たぶん五十歳のおっさんだよな。
悪魔   それは、どんな五十歳でしょうか?
若者   え? そんなのわかるわけないじゃん。
悪魔   ところが、当社の「お手軽人生レシピ」に契約していただきますと、その五十歳の松本様がご用意できるのです。
若者   え? それ、どういうこと?
悪魔   ちょうど、料理番組の三十分後のお鍋のように、三十年後の松本様を見ていただくことができるのです。
若者   え? それ、マジ?
悪魔   そして、さらに素晴らしいことに、見ていただくだけでなく、お砂糖を加えたり、醤油を入れたりして、加工していただくこともできるのです。
若者   え? え? そ、それ、どういうこと?
悪魔   だから、「人生設計コース」なのです。あなたは、お望みのあなた人生をシミュレートすることができるんです。しかも、本物の自分の未来の人生を使って。
若者   えー。ひょっとして、もてもての自分とかも経験できるわけ?
悪魔   ええ、もちろん。
若者   えー!! 何だかもう一つよくわかんないけど、それって、ひょっとしてものすごくすごくない?
悪魔   そうです。とってもすごいんですよ! この機会にお一ついかがです?
若者   うわー。もう、どうでもいいから、契約しちゃおうかなー?
悪魔   では、こちらに契約書が‥‥。
男の声   ちょっと待ったー!
若者・悪魔   え。

      突然のカミナリ。

      白い服を着た男と子供が登場。

男    愚かなるかな、迷える子羊よ。早まるでないぞ。
子供   ハヤマルデナイゾ。
男    そやつが何者かそちにはわかっておるのか?
子供   オルノカ?
悪魔   あーあ、またややこしいのが出てきたな。
若者   あ、あんたは誰だよ?
男    何? わしが誰かと? カーッカッカッ。カーッカッカッ。
子供   カーッカッカッ。
男    この姿を見てわからんのか?
子供   ワカランノカ?
若者   そんなのわかるかよ! コスプレじじい? それともただの変態?
男    ふん。愚かな。これだから人間ふぜいは。
子供   フゼイハ。
若者   失敬なじいさんだな。こういう時は、自分から名乗るもんだぞ。
男    フッフッフッ。わしに名乗れとな。そんな大口を叩いて後で後悔しても知らんからな。
子供   シランカラナ。
若者   もう、もったいつけずに、さっさと名乗れよ!
男    そうか。‥‥問われて名乗るもおこがましいが、知らざあ言って聞かせやしょう! 聞いて驚け、見てわめけ、我こそは天地の創造主。汝が父なるぞ!
子供   ナルゾ!
若者   ‥‥はあ? この人、頭おかしいの? オレの父ちゃん、居間でテレビ見てるよ。
男    愚かなるかな、迷える子羊よ。開いた口がふさがらんわ。
子供   フサガランワ。
若者   何なんだよ、この人。もううっとうしいなあ。いいかげんにしてよ。これ以上ごちゃごちゃ言ってると警察呼ぶよ。
子供   バカヤロ。カミダヨ。
若者   え?
子供   カミサマ。ゴッド。
若者   え? 神様? ゴッド? ねぇ、それ、ほんと?
悪魔   みたいですよ。
若者   ‥‥へぇー。
男(神)   カーッカッカッ。カーッカッカッ。カーッカッカッ。ようやと分かりおったか。この愚か者が。
子供(天使)   オロカモノガ。
若者   ‥‥‥。
神    どうだ。畏れ入ったか!
天使   オソレイッタカ!
若者   ねぇねぇ、どーでもいいけど、何でこの人、こんなに態度がでかいの?
悪魔   まあ、それは、若い頃から、花よ、蝶よ、神様、仏様ってちやほやされて甘やかされてきましたからねぇ。
若者   ああ、それで。‥‥だから社会性が欠如しちゃったんだな。
神    何をごちゃごちゃ言っておる!
天使   イッテオル!
若者   じゃあさ、あんたのこと、一応神さんって認めてあげるよ。その代わり、ちょっと言わせてもらってもいいかな?
神    何じゃ? 苦しゅうない。何でも申すがよい。
天使   モウスガヨイ。
若者   ねぇねぇ、神さん、一つ言わせてもらうけどさあ、あんた、どうしてオレの人生を、何のとりえもない大ハズレのダメダメ人生にしてくれたんだよ? オレがあんたに何かした? それとも、あんた、オレに何か恨みでもあるわけ?
神    ‥‥‥。(長い沈黙)
若者   ‥‥ねぇ、どうしたんだよ? 何で黙ってるんだよ? うんとかすんとかぐらい言ってもいいだろ? ‥‥だから、オレのダメダメ人生、どう責任を取ってくれるんだよ?
神    ‥‥‥。知らん。
若者   え? ‥‥オレ、耳が遠くなったのかな? よく聞こえなかったんだけど‥‥。
神    知らんと言うたのじゃ!
天使   ノジャ。
若者   えーっ! 神様がそんなこと言ってもいいの? あんた、全知全能の神なんでしょ?
神    この愚か者が! 神ともあろう者が、そんな些末な事象にいちいち関わってられるかってんだ! このくそったれが!
若者   え? 今、何つったの? 何つったの? ちょっと聞き捨てならないよ。
天使   カミハイダイナリ、トオッシャッテオリマス。
若者   いやいやいやいや、違うでしょ、違うでしょ。ねぇ、何つったの? 何つったの?
神    うるせえ! てめえなんかクソでも食らってろ! おととい来やがれ!
若者   えええー! 何だって?
天使   コベツノジショウニツイテハオコタエデキマセン、トオッシャッテオリマス。
若者   うっせーんだよ、このガキ! お前役人かよ?
天使   へ? ナントオッシャイマシタカ?
若者   もう、お前なんかに聞いてねーってば! ねぇ、神さん、どうなんだよ!
神    ‥‥‥。
天使   ネェ、ネェ、アナタ、ナントイッタノデスカ?
若者   だから、お前なんかどーでもいいっつーの! こら、神さん、黙ってないで何とか言えよ! こら!
神    ‥‥‥。地獄に落ちろ。
若者   えー、何だって? 何だって?
神    ファッキュー! ゴー・トゥー・ヘル!
若者   えー! えー! えー!
天使   ピーーーーーーー!!!
若者・神・悪魔   ?
天使   ‥‥エヘヘヘヘヘ。ヘヘヘヘヘヘ。‥‥オッチャン、オイラ、マッシロニモエツキチマッタゼ。‥‥マッシロニナ。
若者・神・悪魔   ???
天使   カミハイダイナリ。カミハイダイナリ。
若者・神・悪魔   ‥‥‥。
天使   ジゴクニオチロ。ジゴクニオチロ。
神    こら、しっかりせい!(天使をなぐる)
天使   アッラー・アクバル。アッラー・アクバル。
神    こら!(天使をなぐる)
天使   ナンミョーホーレンゲーキョー。ナンマンダブ。ナンマンダブ。
神    くそ。壊れてしもうたがな。‥‥お前のせいだぞ。
若者   ‥‥‥。
神    修理代、きっちし払ってもらうからな。
天使   カミハイダイナリ。ファッキュー! ゴー・トゥー・ヘル!
神    くそったれ。覚えてやがれ。
天使   マザーファッカー。ナムハチマンダイボサツ。トイレニハソレハソレハキレイナーメガミサマガイルンヤデー。カミハオッシャイマシタ。ジゴクヘオチロ。アッラー・アクバル。ジングルベル、ジングルベル、スズガナルー。
神    神は祟るぞ。

      神、天使を連れて去る。

天使   アナタハカミヲシンジマスカ?
若者   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

若者   ‥‥何なんだ? あれ?
悪魔   ホントにねぇ。‥‥悪魔が言うのも何ですけど、神様があーなっちゃ、世も末ですねぇ。
若者   まったく。
悪魔   ‥‥さて、邪魔者もいなくなったことですし。
若者   え?
悪魔   契約のお話の続きを‥‥。
若者   あー、そうだった、そうだった。
悪魔   よろしく頼みますよお。
若者   わりぃ、わりぃ。‥‥で、どうすればいいの?
悪魔   いや、難しいことは何もありません。この契約書にサインをしていただくだけです。
若者   あ、そう。‥‥でも、今、ハンコあるかなあ?
悪魔   いや、わたくしどもは外資企業なので、サインだけでけっこうです。
若者   あ、そう。‥‥じゃ、英語で書くの?
悪魔   英語でも、漢字でも、どちらでもけっこうです。
若者   あ、そう。
悪魔   じゃ、ここにお願いします。
若者   そう。‥‥じゃあ、せっかくだから英語で書くわ。えーと、コーイチロー・マツモト、と。やっぱり、サインは英語の方がかっこいいね。
悪魔   どうもおありがとうございます。
若者   サンキュー・ベリーマッチ。

      二人、握手する。

悪魔   では、これで契約は完了です。こちらの使用説明書をよくお読みになって、充実した人生設計をお楽しみ下さい。
若者   うん。楽しみだよ。
悪魔   それでは、この度は当社をご利用いただきまして、誠にありがとうございました。それでは失礼致します。
若者   シーユー。バイバイ。
悪魔   では。さようなら。

      悪魔、去る。

      若者、クッションに座り、ポテチをかじりながら、使用説明書を読む。

若者   えーと、「人生設計コース簡易型『お手軽人生レシピ』をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。本商品は、従来品のような高度な知識、難しい操作は一切必要なく、お子様からおトシの方まで、直感的、感覚的に人生設計をお楽しみいただけるように改良された、画期的な人生設計支援システムです。」ふーん。

      若者、ページをめくる。

若者   ‥‥お手軽と言いながら、けっこうめんどくさそうだな。‥‥オレ、だいたい昔っから、マニュアル読むの、苦手なんだよな。

      若者、ページをめくる。

若者   ‥‥なになに、「まず、手始めに、ありのままの将来のあなたの姿をチェックしてみましょう。何も手を加えなかった場合、どんな人生が待ち受けているか、あなたは知りたくありませんか?」おーおー、知りたい。知りたいよ。
‥‥「それでは、『三十年後のあなた』か『五十年後のあなた』かをお選び下さい。」‥‥えー、何で、三十年後と五十年後なの? 五年後とか十年後じゃダメなの?

      若者、ページをパラパラとめくって調べる。

若者   あー、あった! これか! 「本商品は『簡易型』ですので、機能の一部に制限があります。」‥‥機能の一部って‥‥。‥‥要するに、これ、お試し版なんだな。‥‥それで、全部の機能を使いたくなったら、がっつりカネ払えってやつだ。‥‥悪魔の世界もせちがらいねぇ。‥‥ま、いっか。とりあえず試してみるか?

      若者、ページを元に戻す。

若者   ‥‥ということで、まあ、普通、三十年後から試すんだろうけど、ちょっと大人の事情で、先に五十年後から見てみよう。‥‥五十年後って言ったら、七十歳だよな。すっかりじいさんだな。病気とかしないで元気でやってるのかな?
‥‥えーっと、エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、月に代わってお仕置きよ! 五十年後になーれ!

      音楽。
      未来の場面に明かりがつく。
      女Aが出てくる。バス停で立っている感じ。

若者   あれ、どこかで見たような女の子だな。

      つえをついたじいさんが出てくる。

若者   あれ、どこかで見たようなじいさんだな。

老人   ああ、忙しい。忙しい。

      老人、ボテッとこける。

老人   うわっ! 

      女A、老人に駆け寄る。

女A   おじいさん、大丈夫ですか?
老人 ‥‥あいたたたたた。(しばらく動けない)
女A   大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?
老人   なんの、なんの、これしき。‥‥あいたたたたた。
女A   無理しちゃダメですよ。骨でも折れてたら大変。やっぱり救急車呼びましょう。
老人   いやいや、それには及ばん。‥‥お嬢さん。
女A   はい?
老人   ‥‥あんたにはまだまだわからんだろうが‥‥いやはや、トシは取りたくないもんです。醜態をさらしましたな。
女A   ‥‥はあ。
老人   ‥‥お嬢さん。
女A   はい?
老人   すまぬが、手を貸していただけませぬか?
女A   あ、はい。

      女A、老人に手を貸す。
      老人、よろよろと立ち上がる。
      立ち上がる間際に、女Aの尻をなでる。

女A   キャ! 何するんですか!
老人   ‥‥ねえちゃん、ええケツしとるのう。

      バシッ! 女Aがビンタ。

女A   もう! あなたなんか最低! ゴキブリに食われて死んじゃえ!

      女A、走って去る。
      頬を押さえて立ち尽くす老人。

      音楽。

      未来の場面のあかりが消える。
      老人、退場。

若者   な、なんなんだ! なんなんだよ! これ! ‥‥これが五十年後のオレの姿? ひどすぎるよ! 最低じゃん!
‥‥七十にもなって、単なるすけべじじいかよ? これ、マジ? もう、やってらんないよ。
‥‥はあ。
‥‥さて、次は三十年後か‥‥。なんだかものすごく嫌な予感しかしないよなあ‥‥。見るのやめとこうかなあ‥‥。
‥‥はあ。
‥‥でも、せっかくだからなあ。一応、見ておくか‥‥。
(やる気なさそうに)エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、月に代わってお仕置きよ。三十年後になーれ。

      音楽。

      未来の場面に明かりがつく。

      ギターを持った中年と女Bが出てくる。二人とも薄汚い感じ。
      中年と女B座り込み、前にギターケースを広げる。

中年   ‥‥節子、そろそろ始めっか?
女B   アイ。チャン。

      二人、すわったままお辞儀をする。

中年   とざいとーざーい。えー、右やー、左のだんなさま。毎度お騒がせ致しております。
いやあ、まっこと世知辛い世の中でございますね。ようやく春も近づいてまいりましたが、ふところはちっとも暖かくなりません。
働けど、働けど、我が暮らし、楽にならざり。じっと手を見る。
ほんとにつろうございますねぇ。プロレタリアートの皆々様のご心中、いかばかりかと、衷心よりお察し申し上げます次第です。はい。
さてさて、そうは申しますものの、ボヤいてばかりじゃやりきれません。ボロは着てても心は錦。この砂漠のような荒れすさんだ都会の殺伐とした暮らしの中にも、一服の清涼、心のオアシスを求めるのが、人間というものじゃありませんか。どうです? みなさん、そうはお思いになりませんか?

      女B、パチパチと拍手。

中年   という次第で、そのお手伝いをさせていただくというのも僭越の極みではございますが、お聞き苦しいかとは存じますが、へたな歌の一つなどもご披露申し上げ、皆々様の日々のストレスの解消、憂さ晴らしの一助とでも相成れば幸甚と存じ上げ、恥ずかしながら、親子そろってここに参上つかまつった次第でござります。
女B   ゴザリマスー。

      二人、お辞儀。
      しばしの間。

中年   さてさて、皆様、どうぞ遠慮なさらずにリクエストして下さいませ。浪曲、軍歌、ももいろクローバーZから最新流行歌に至るまで、何でもよろしゅうございますよ。さあさ、遠慮はご無用、どうぞ、どうぞ。
女B   ドウゾ。ドウゾ。

      長い沈黙。

女B   ‥‥とうちゃん。
中年   何だ?
女B   今日もダメみたいだね。
中年   節子、何を言っとる。今始めたばっかりじゃないか。
女B   ‥‥でも。
中年   何だ?
女B   こんなのいつまでやってもダメだと思うよ。
中年   ‥‥そう思うか?
女B   うん。
中年   ‥‥そうか。‥‥節子は、あれだな。
女B   あれ?

      中年、ギターを弾く。

中年   ♪ボヤいてばっかりマーン。
女B   アハハハハ。‥‥とうちゃん、おもしろいね。
中年   そうか? とうちゃんおもしろいか?
女B   うん。おもしろいよ。
中年   そっか。そりゃよかった。
中年・女B   アハハハハ。(わびしく笑う)

      長い沈黙。
      風の音。

女B   ‥‥とうちゃん。
中年   何だ?
女B   ハラ減った。
中年   そうか。
女B   うん。
中年   でも、昨日は食っただろ?
女B   うん。でも、ひもじいよ。
中年   そうか。
女B   うん。
中年   節子、もうちょっと、もうちょっとの辛抱だ。今に、きっと誰かが来てくれるよ。聞いてくれるよ。
女B   とうちゃん、昨日もそう言ってたよ。
中年   だから来てくれたじゃないか?
女B   酔っ払いが一人だけね。
中年   だから、あんパン食えたじゃないか?
女B   でも、半分だけだったよ。
中年   節子!

      中年、女Bをなぐる。

中年   お、お前、いつからそんな人間になったんだ!
女B   ‥‥と、とうちゃん?
中年   人間、贅沢言っちゃキリがないんだぞ。あんパン半分食えるだけでも幸せだと思え。アフリカにはなあ、何日も何日も水さえ飲めない人間が一杯一杯いるんだぞ。そんな人たちに申し訳ないと思わねぇのか! ‥‥そんな子は、そんな子は、もう、とうちゃんの子でも何でもねぇ!
女B   ‥‥と、とうちゃん。
中年   ‥‥節子ととうちゃん、親子水入らずで一つのあんパンを分け合って食ったんだ。こんな幸せなことはねぇじゃねぇか。ありがたいことじゃねぇか。
女B   ‥‥とうちゃん、ごめんよ。節子が悪かったよ。
中年   ‥‥節子。分かってくれればいいんだよ。それでこそとうちゃんの子だ。節子は、とうちゃんの自慢の娘だよ。‥‥今度は、二人でジャムパン食おうな。
女B   ‥‥うん。‥‥とうちゃん、あたい、とうちゃんの子でよかったよ。
中年   ‥‥節子。
女B   とうちゃん!

      二人、ひしと抱き合う。

      そこへ、女Aが現れる。

女A   ‥‥ちょっと。
中年・女B   ‥‥え?
女A   お取り込み中悪いんだけど‥‥。
中年・女B   ‥‥‥。
女A   一曲やっておくれよ。
中年   え?
女A   歌、歌うんだろ?
中年   え‥‥あ、はい!
女B   ‥‥とうちゃん。
中年   ああ。‥‥かしこまりました。それじゃ、何がご希望でしょうか?
女A   何でもいいよ。
中年   え?
女A   ‥‥あたい、さっき男と別れてきたのさ。‥‥まあ、自慢じゃないけど、昔っから男運悪かったんだけどさ‥‥今度のはいけるかなあって‥‥。まあ、惚れちまったんだろうね。‥‥慣れっこのつもりでいたんだけどさ‥‥心のこの辺が、妙にシクシクしやがってさ。ガラにもなくね。‥‥そしたら、無性に歌が聞きたくなっちまってさ‥‥。あはは、お笑いぐさだね。
中年   ‥‥かしこまりました。それじゃ、歌わせていただきやす。‥‥おい、節子、例の歌だ。
女B   ガッテンだ、とうちゃん。

      中年、ギターを弾き始める。

中年・女B   ♪貧しさに負けた
        いえ 世間に負けた
        この街も追われた
        いっそきれいに死のうか
        力の限り 生きたから
        未練などないわ
        花さえも咲かぬ 二人は枯れすすき

      女A、拍手。

中年・女B   おありがとうございます。
女A   ありがと。‥‥じゃ、これチップね、

      女A、ギターケースに金(一万円札)を入れる。

女B   と、とうちゃん! 福沢さんだよ!
中年   え、こんなに戴いていいんですか?
女A   まあ、たまには、二人でうまいもんでも食べなよ。

      女A、去ろうとする。

中年   お、お客さん! 待って下さい!

      中年、立ち上がり、女Aに握手を求める。
      中年と女A、かたい握手。
      中年、こっそりと女Aの尻をなでる。

女A   キャ! 何すんの!
中年   ‥‥お客さん、いい尻してますね。

      バシッ! 女Aがビンタ。

女A   もう! あんたなんか最低! ゴキブリに食われて死んじゃえ!

      頬を押さえて立ち尽くす中年。
      女A、走って去ろうとする。

女B   お客さん、待って!
女A え?

      女A、立ち止まる。

女B   お客さん、腹が立つのはわかるけど、とうちゃんを許してあげてほしいの。
女A   え?
女B   ‥‥かあちゃんに逃げられてからもう十年。とうちゃん、貧乏だから、キャバクラとかにも行けなくて。生身の女の人にずーっと触れられなかったの。
それで、こんな優しいお姉さんに出会えて、あまりにうれしくって、つい手が出てしまって‥‥。
女A   ‥‥‥。
女B   だから‥‥だから、とっても図々しいお願いなんだけど、もしよかったら、あたいたちを助けると思って、時々、さわらせてもらったらうれしいんだけど‥‥‥。
女A   ‥‥あ、あんた、自分が何言ってるのかわかってる? 親子そろってあったまおかしいんじゃないの?
女B   そんなのわかってるわよ! でも、でも、そうしないと‥‥‥、そうしないと‥‥‥。
女A   ‥‥‥。そうしないと?
女B   ‥‥そうしないと‥‥あたいが危ないのよ‥‥。
女A   ‥‥え?
女B   ‥‥この頃、たまにとうちゃんがあたいを見る目がおかしくなって‥‥。‥‥だから、そんな夜は、恐くて、寝られなくて‥‥。(泣く)
女A   あ、あなた‥‥。
中年   ‥‥節子。

      女A、女Bに歩み寄り、肩を抱く。

女A   あなた‥‥苦労してきたんだね。
女B   お、お姉さーん。(激しく泣く)

      抱き合う二人の女。

中年   ‥‥節子。

      音楽。
      未来の場面のあかりが消える。
      三人、退場。

若者   えー! 何だよ! 何だよ! 何なんだよ、これ!
ストリート・ミュージシャン? いや、やっぱ乞食だよな、これ。‥‥それで、結局、やっぱりスケベオヤジかよ!
もう、やだよ。オレの将来って、こんな人生しか待ってないの? もう、生きてく気力も自信もなくなってきちゃったよ。
もう、マジで死んじゃいたいよ。ああ、死にたい。死にたい。死にたい。
‥‥こんなの見るんじゃなかったなあ。あーあ。

      若者、仰向けに寝転がって天井をにらむ。
      かなり長い間。

若者   ‥‥あ。‥‥そうだった、そうだった。これって、人生をシミュレーションするソフトだったよな。「お手軽人生レシピ」って、自分の人生を、自分で味付けしてアレンジできるんだったよな‥‥。
そうだよ。そうだよ。‥‥実際の三十年後、五十年後がどんなに悲惨でも、何も絶望するこたないんだ。別に悲観して死んだりしなくてもいいんだよ。
よーし! オレの実際の未来が、こんな腐った残飯のようなものなんだったら、そいつを究極のスペシャルシェフテクニックを駆使して、すんばらしい三つ星レストランのグルメ料理に生まれ変わらせてやろうじゃねぇか!
待ってろよ! 三十年後、五十年後のオレ。ぶったまげさせてやるからな。
‥‥えーっと、それで、どうやればいいんだ?

      若者、ページをパラパラとめくる。

若者   あー、あった、あった。これだ。これだ。なになに?「付録のノートのメモ欄に、ご希望の設定をお書き下さい。」付録のノート? ああ、このジャポニカ学習帳みたいなのか。魔法にしては、えらくアナログだな。‥‥まあいいや。
‥‥えーっと、どんな設定にすっかな? ‥‥まず、とにかく、貧乏はいやだな。よし、大金持ちにしよう。それで、すっげー豪邸に住んでて‥‥それからどうしようかな?

      音楽。
      暗転。



      明かりがつく。
      バロック音楽なんかが流れている。
      テーブルとイス。
      老人と女A、女Bが座っている。

女A・B オーホッホッホッホッ。
老人   アッハッハッハッハッ。
女A   まあ、イヤですわ、おじいさまったら。ご冗談がお好きなんだから。
女B   ほんと、ほんと。
老人   マリア、いや、これはあながち冗談でもないぞ。
女A   ええ? おじいさまったら、本気でおっしゃってますの?
老人   うむ。まあ、まだはっきりと決めたわけでもないがな。
女B   おじいさま、ぜひそうなさいませ。素晴らしいアイデアですわ。
老人   キャサリン、お前もそう思うか?
女B   もちろんですわ。わたくしはおじいさまをご尊敬申し上げておりますもの。
女A   あら、キャサリン、ずるいわよ。おじいさまは、わたくしがずっと前から御敬愛申し上げているのよ。わたくしのおじいさまよ。
女B   いいえ、いくらお姉様でも、これだけは譲れませんわ。わたくしのおじいさまです。
女A   何ですって?
老人   まあまあ、ケンカはやめなさい。わしは、お前たち二人とも愛しているのだよ。どちらをひいきしようなどと思ったことはないのじゃ。
女A   でも、おじいさま。おじいさまは、マリアのおじいさまです。
女B   いいえ、キャサリンのおじいさまです。
老人   ホッホッホッ。こいつは困ったな。わしにとっては二人ともかわいい孫娘じゃ。どちらかを選ぶことなどできぬ相談じゃ。どうかわかっておくれ。
女A   でも、おじいさま。
女B   でも。

      柱時計の音。

女B   あら、もうこんな時間。‥‥お姉様。お紅茶の時間ですわ。
女A   そうね。

      全員ストップモーション。
      中年が出てくる。

中年   えー、話の途中ですが、若干の補足説明をさせていただきます。
このシーンは、大金持ち、豪邸という設定なのでございますが、セットや家具や服装が、全然そのように見えない、とご不審にお思いの方もいらっしゃるかもしれません。
まあ、事情が許しますれば、完全な形に仕上げたかったのはヤマヤマなのですが、ほれ、なにぶん、アレの方がアレでございますので、ナニの方をナニすることもできかねまして、ここは、ひとつ、皆様の豊かなるイマジネーションのお力をお借り致したいと、かように存じ上げます次第です。
まあ、簡単に説明致しますと、家の造りは、オールドファンには懐かしい名画「風と共に去りぬ」に出てくるようなアメリカ南部の上流家庭のお屋敷。天井にはもちろんシャンデリアの燦然とした光。舞台上の一見ヒンソなイスやテーブルも、実は驚くなかれ、壮麗なロココ調。登場人物の衣装ももちろん‥‥と、ここまで申し上げましたら、何だかそんな風に見えてきませんか? 見えませんか? 見えますよね。そうそう、想像力豊かで聡明なお客様の目の前には、それはそれは豪華絢爛な、タカラヅカも真っ青なハイソサエティーの室内空間が広がっているはずですよね。
‥‥はい、ということで失礼をば致しました。‥‥間違っても「王様は裸だ」なとどとおっしゃいませぬよう。シー。

      中年、去る。

女A   (手をたたいて)セバスチャン。セバスチャン。

      中年、出てくる。

中年   呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。
女A   セバスチャン。そういう下品なジョークはやめなさいと言ったでしょ? はい、やり直し!
中年   はーい。

      中年、去る。

女A   (手をたたいて)セバスチャン。セバスチャン。

      中年、出てくる。

中年   お呼びでごぜぇますか、お嬢様。
女A   もう三時よ。お紅茶の準備はできてるの?
中年   それが‥‥あいにくいつものお茶っ葉を切らしておりまして。
女A   え?
中年   他のならあるんでごぜぇますが‥‥。
女A   おじいさまは、トワイニングのアール・グレイしかお飲みにならないのよ。わかってるでしょ!
中年   はあ‥‥。申し訳ごぜぇません。
女A   もう!
老人   マリア、まあ、そう怒らんでもよい。セバスチャンも悪気はなかろうて。
女A   でも、おじいさま。
老人   まあ、たまには違う茶をたしなむのもよいではないか。
中年   旦那様、おありがとうごぜぇますだ。(土下座)
老人   それで、何があるのかな?
中年   はい、午後の紅茶ならすぐにご用意できますが‥‥。
老人   午後の紅茶? 聞いたことがない銘柄だな? マリア、キャサリン、知ってるか?
女A・B   さ、さあ?(引きつる)
老人   ‥‥他には?
中年   はい、爽健美茶に伊右衛門、ヘルシア緑茶に十六茶、綾鷹にお?いお茶、黒烏龍茶などがございます。
女A   (立ち上がり)お前、なめとんのか!
中年   ひー! ごめんなさい!
老人   マリア、まあ、そう怒らんでもよい。セバスチャンも悪気はなかろうて。
女A   いや、おじいさま、絶対悪気がありますのことですわよ。
女B   そうですわ、おじいさま。こういう輩は甘やかすとつけ上がるんですわ。
老人   まあまあ、二人とも、そう興奮せんでもよろしい。‥‥セバスチャン、その珍しい茶を持って来てくれ。
中年   旦那様、おありがとうごぜぇますだ。(土下座)
女A   オラオラ、おっさん、ぐずぐずしてねーで、さっさと行くんだよ!
中年   あ、はい!

      中年、去る。

女B   お、お姉様、お言葉がちょっと‥‥。
女A   あら、イヤだわ。わたくしとしたことが‥‥。オーホッホッホッホッ。
老人   マリアは、いろいろと映画なんかを見ているからな。
女A   そ、そうかもしれませんわね。オーホッホッホッホッ。
女B   オーホッホッホッホッ。

      中年、お盆にペットボトルのせて戻ってくる。

中年   お待たせ致しました。

      中年、テーブルにペットボトルを乱暴に置く。

老人   い、いやあ、これは珍しいウツワだな。これは何という物だ? マリア、キャサリン、知ってるか?
女A・B さ、さあ?(引きつる)
女A   (ボトルを持ち上げて)ほんに珍しい物ですわね。
女B   ほんとに。
女A・B オーホッホッホッホッ。オーホッホッホッホッ。

      若者、出てくる。

若者   カット! カーット!
全員   ‥‥‥。
若者   何なんだよ、これ! 何でペットボトルなんだよ!
中年   すんません。
若者   ハイソなブルジョアファミリーのティータイムなんだぜ。お?いお茶とか爽健美茶とか出すわけないだろ!
中年   すんません。
若者   おっさん、しっかりしてくれよ。もう、キャスト下ろしちゃうよ。
中年   ええー! そ、それだけはご勘弁を。家で妻と子供が腹をすかせて待っとるんです。おねげぇでごぜぇますだ。(土下座)
若者   あー!(頭をかきむしる)だから、その貧乏くさいキャラ、どうにかなんないの? それに、その「ごぜぇますだ」って、どこの方言よ?
中年   す、すびばせん。
若者   もう、頼むよ、マジで。
中年   ‥‥‥。
若者   それから‥‥ねぇちゃん!(女Aをにらむ)
女A   あ、あたし?
若者   そう、あたしだよ! たまに「なめとんのか」とか「おっさん」とか言うの、やめてくんない? 一応お嬢様の設定なんだからさ。
女A   はーい。

      若者、しばらく考える。

若者   ‥‥それにしても、何かイマイチなんだよなあ? 何が問題なんだろ?
老人   あ、あの、私の演技は、あんなのでよかったでしょうか?
若者   ‥‥そうねぇ、ま、そんなに悪かないけど、どことなく和風なんだよねぇ。日本の殿様じゃないんだから、もうちょっとヨーロピアンテイストでさ。
老人   ヨ、ヨーロピアンテイストですか?
若者   ああ。
老人   ‥‥ヨーロピアンねぇ‥‥。
若者   できる?
老人   あ、はい、がんばってみます。
若者   頼むよ。
老人   はい。

      若者、しばらく考える。

若者   ‥‥全体的に平板な感じなんだよなあ。何かアクセントがほしいよなあ。
女B   アクセントデスカ?(英語風に)
若者   そのアクセントじゃない!
女B   はーい。
若者   ‥‥あ、そうだ、そうだ。(女Bに)ちょっと、ちょっと、ねぇちゃん、歌うたえる?
女B   歌?
若者   ああ、何でもいいから、ちょっと歌ってみて。
女B   何でもいいんですか?
若者   ああ、ワンフレーズだけね。
女B   はい。♪きーみーがーよーはー。
若者   違う! 違う! そんなんじゃなくってさ、‥‥ほら、ミュージカルみたいな感じでさ。
女B   ミュージカル?
若者   ほら、よくあるじゃない? セリフに適当なメロディーをつけてさ。それっぽくやったらいいんだよ。
女B   適当なメロディー?
若者   ほら、わかんないかなあ? ほら、こんな感じで。♪私はあなたを愛してますー。
女B   ♪そんなの恥ずかしくて言えませんわー。
若者   お、いいね、いいね。できんじゃん。そういう感じだよ。
女B   ええ? ほんとに今みたいなんで♪いいんですかー。
若者   ♪そうだよ、そんな感じでいいんだよー。
女B   ♪わかりましたー。
若者   じゃ、みんな、そんな感じで頼むよ。
老人・中年・女A  ええー!
女A   もしかして、私も歌うの?
若者   ああ、もちろん。
老人   私もですか?
若者   ああ、低音をグッと効かせてね。
老人   あ、はい。
中年   あのぅ、演歌でもいいですか?
若者   ダメ! ‥‥あのねぇ、おじさん、演歌のミュージカルって見たことある?
中年   ‥‥ありません。
若者   でしょ?
中年   はい。
若者   はい、わかったね。これからはグランドミュージカル風にゴージャスにやるから。はい、本番行きまーす。スタート!

      若者、去る。
      老人、女A・B、席につく。
      バロック音楽が流れる。

女A・B オーホッホッホッホッ。
老人   アッハッハッハッハッ。

      気まずい沈黙。
      お互いに様子を見合っている。

女A・B オーホッホッホッホッ。
老人   アッハッハッハッハッ。

      気まずい沈黙。
      お互いに様子を見合っている。

女A   ‥‥まあ、イヤですわ、おじいさまったら。ご冗談がほんとに(意を決して)♪お好きなんだからー。
女B   ほんと、ほんとに、♪そうですわー。
老人   いや、いや、たまにはシモジモの飲み物を味わってみるのも♪悪くないかと思うてなー。
女A   セバスチャン、そんなところで♪何をしてるのー。

      中年、すみっこに座っている。

中年   あ、ああ、見つかってしまいましたか? お、お嬢様、で、ですから、ですから、♪コガネムシーは金持ちだー。
女A   あなた、いったい♪何を言っているのー。
女B   ♪そうよ、そうよー。
老人   ♪そうだ、そうだー。
♪そんなところに隠れていてもー。
女A   ♪無駄だからねー。
女B   ♪無駄なのよー。
老人   ♪無駄なのだー。
老人・女A・B ♪許さないぞー。
中年   ‥‥え、え、え‥‥、そんなこと言われても‥‥ええっと、困ったなー。どうしようかなー?
女A   ごちゃごちゃ言ってごまかしてないで、さっさと♪歌うたえー!
女B   ♪歌うのよー。
老人   ♪歌うのだー。
老人・女A・B ♪早く歌えー。
中年   ひー、歌います、歌いますってば。‥‥えーっと、えーっと、えーっと、‥‥♪私がささげたその人にー あなただけよとすがって泣いたー。
女A   ああ、セバスチャン、いくら苦しいからって。
女B   そうよ、それはおきて破りだわ。
老人   ずるいぞ、セバスチャン。わしだって、演歌でごまかしたいのはヤマヤマなのに。
♪そんなのはー。
女A   ♪あきまへんー。
女B   ♪あきまへんー。
老人・女A・B ♪あきまへんー。

      若者、出てくる。

若者   カット! カーット!
全員   ‥‥‥。
若者   おっさん! 演歌はダメって、あれほど言っただろ!
中年   すんません。
若者   今度やったら、ほんとにキャスト下りてもらうよ。
中年   そ、それだけはご勘弁を。家で妻と子供が腹をすかせて‥‥
若者   それはさっき聞いたよ。
中年   ‥‥‥。
若者   ‥‥やっぱり、適当に歌うのはダメだなあ。なんか、全然ミュージカルな感じじゃないよ。全然アーティスティックでゴージャスな感じになってないよ。‥‥どうしよっかなあ?
‥‥よし! そうだ! あれで行こう。あれで。
老人   ‥‥あれって何ですか?
若者   わかんない? アートやエンターテイメントがアイデアに詰まった時の苦しまぎれの十八番。黄金のスタンダードテクニークって言ったら?
女A・B   ‥‥パクリ?
若者   OK! OK! よーくわかってるじゃないの。
女B   でも、人のモノを取っちゃいけないって、小学校の先生が言ってました。
若者   なーに今さらカマトトぶってんだよ。カバーだよ、カバーバージョン。まるっきりのコピーじゃなかったらいいんだよ。それで、「リスペクトしました」なんて言っとけば、万事丸く収まるの。
女B   そんなものでしょうか?
若者   世の中そんなもんなんだよ。‥‥で、彼女、何か歌える?ミュージカルの有名なやつ。
女B   ‥‥ミュージカル曲じゃないですけど、それっぽい歌なら。
若者   いいよ。じゃ、歌ってみて。
女B   ♪And I will always love you
     Will always love you

      若者、拍手。

若者   いいじゃん。いいじゃん。バッチ・グーよ。そんな感じで、メロディに適当に日本語のセリフのっけたらいいから。じゃ、よろしくね。
老人・中年・女A  えええええええー!
若者   え? 何? 何か文句でもあるわけ?
老人・中年・女A  ‥‥‥。
若者   うん。じゃ、よろぴく。

      若者、去る。

女A   あ、あんた、何であんな歌うたうのよ!
女B   だって好きだから。
女A   す、好きだからって‥‥。
老人   あのな、お前はまだ若いからよく分からんかもしれんが、世の中にはやっていいことと悪いこととがあるんだぞ。
女A   そうよ。そうよ。
女B   え? 私、何か悪いことしました?
老人   だめだ。こりゃ。(頭を抱える)
女B   ‥‥あれ、おじさん、大丈夫ですか?

      中年、うずくまっている。

中年   お嬢さん、ほっといておくれ。おじさんはもうダメだ。
女B   どうしたんですか?
中年   おじさんにあんな歌なんか歌えるわけないよ。もう、オレ仕事下りるわ。
女B   だって、家で奥さんと子供さんがお腹すかせて待ってるんでしょ?
中年   転職するよ。ハローワーク行って仕事探すよ。‥‥まあ、こんなトシじゃ、なかなか見つからんだろうけどな。
女B   おじさん、そんな弱気なこと言っちゃダメ。人間、やってみなきゃわからないわよ。
中年   いや、このトシになるとね、自分の限界ってやつが見えてきてしまうのさ。
女B   (「イマジン」のメロディー)
     天国なんてない あなたがそう思えば
     地獄だってないのよ 苦しみは消えるの
     イマジン オール・ザ・ピープル
     今を生きてる それだけ
中年   そうだね そうだったね 思い出してきたよ
     どこまでも果てしない 空と夢があったね
     イマジン オール・ザ・ピープル
     夢の続きを さがそう
中年・女B おろかなやつだと 笑われてもいい
     だけど君となら 生きてゆけるだろう

中年   ありがとう。おじさんが間違っていたよ。何でもかんでもトシのせいにして、人生から逃げていたんだよな。
女B   生意気なことを言ってごめんなさい。おじさん、さえないし、どんくさいし、不器用だし、何にもいいとこないけど、でも、私、前からおじさんのこと不思議と憎めなかったのよ。
中年   そ、それって、ほめ言葉と思っていいのかな?
女B   うん、たぶん、そう。
中年   そう? そっか。へへへ。
女B   アハハハ。
老人   なんだ、なんだ。なんでお前らだけ、いい雰囲気になっとるんだ。
中年   いい雰囲気とか、別にそんなんじゃないですよ。
老人   そんなんじゃなけりゃ、何だ?
女A   あ、じいさん、ひょっとして嫉妬してるの?
老人   嫉妬なんかしとらんわい!
女A   いや、してる。してる。
老人   うるさい! わしはな、そんなちゃらちゃらとした愛だの恋だのに興味はないわい。わしはな、昔から一人で生きてきたんじゃ。自分の信じる我が道をな。だから、我が人生に悔いなしじゃて。

     (「マイウェイ」のメロディー)
     今船出が近づくこの時に
     ふとたたずみ私は振り返る
     遠く旅して歩いた若い日を
     全ては心の決めたままに

     愛と涙とほほえみにあふれ
     今思えば楽しい思い出を
     君に告げよう 迷わずに行くことを
     全ては心の決めたままに

     私には愛する歌があるから
     信じたこの道を私は行くだけ
     全ては心の決めたままに

      全員、拍手。

女A   じいさん、なかなかやるじゃん。
老人   うるさい! おじいさまと呼ばんかい。わしがちょっと本気を出せば、このくらい朝飯前じゃわい。
女A   いいなー。なんか、私も歌いたくなってきた。
女B   歌えば?
女A   でも、歌うネタもないし、一人で歌う勇気もないもん。
女B   じゃあ、私が一緒に歌ってあげるよ。
女A   えー、女二人で? どうせならロマンチックなラブソングがいいよ。
女B   贅沢言っちゃダメ。
女A   でも‥‥。
女B   私が歌詞を作ったとっておきの歌があるんだよ。ほら、「サウンド・オブ・ミュージック」の「エーデルワイス」って曲があるでしょ?
女A   あ、私、その曲大好き。どんなの? 一度歌ってみてよ。
女B   わかった。じゃ、いくよ。

     (「エーデルワイス」のメロディー)
     へー出るわい へー出るわい
     ミも出てきそうだわい
     へー出るわい へー出るわい
     ミが出てきたわい
     ブリッと音がしたら 止まらんフォレーバー
     へー出るわい へー出るわい
     ミも出てしもうたわい

女B   どう?
女A   却下! あんた、最低ね!
女B   そっかなあ? いい歌だと思うんだけどなあ?
女A   あんた、頭腐ってんじゃないの?
中年   そうかな? そんなに悪くないと思うけど。
女A   どこがよ!
中年   あの、オレも、ビートルズをトリビュートした歌を作ったんだけど、やってもいい?
女A   やるな!
中年   (「レット・イット・ビー」のメロディー)
     ゲリピー ゲリピー ゲリピー ゲリピー
     正露丸も効かない ゲリピー

      女A、中年をしばく。

女A   シャラップ! てめえらみんな地獄へ落ちろ!

      女A、足踏みを始める。

女A   (「ウイ・ウィル・ロック・ユー」のメロディー)
     こんな下品なネタやってるから
     いつまでたっても泡沫劇団
     客引いてるのがわかんねぇのかよ
     自己満足なんかで金とるな
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     私は本気でやっているのよ
     いつかは役者で身を立てたいのよ
     こんなくだらねぇ芝居をやるなら
     こんなとこマジでやめてやる
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー

      若者が出てくる。

若者   いいかげんまともにやってくれよな
     お前らオレをおちょくってるだろ
     オレの未来がかかってんだよ
     こんなんじゃお先真っ暗だ
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     シンギン!
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ワンモアタイム!
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー
     ウイー ウィル ウイー ウィル ロッキュー

     サンキュー!

女A   何で、あんたが出てくんのよ?
若者   いやさ、なんかみんな楽しそうだし、オレも歌とか歌いたいからさ。
女A   ‥‥あんた、そんなハンパな気持ちでやってたの?
若者   い、いや‥‥。
女A   あたいら、別に遊びでやってんじゃないんだからね? ヒマを持てあましてるわけでもないんだよ。
若者   は、はあ‥‥。
女A   オレの理想の世界を表現してくれ! とか、大仰な口叩くもんだから、まあ一肌脱いでやろうかって付き合ってあげてたんだよ。そこんとこわかってんの?
若者   ‥‥‥。
女A   坊や、演出家ごっこは、楽しかった? もう、十二分に堪能したでしょ? さあ、そろそろ家に帰って、ママに子守歌でも歌ってもらいなさい。
若者   ‥‥‥。
女A   お返事は?
若者   あ、はい。
女B   そこまで言っちゃかわいそうよ。
女A   え?
女B   彼だって悪気があってやってるんじゃないんだから。
女A   ‥‥そうかなあ?
女B   ‥‥ねぇ、そうでしょ?
若者   は、はあ‥‥。
女B   あなただって聞いたでしょ? 彼には悲惨な未来が約束されてしまっているのよ。そんなの誰だってイヤじゃない?私だってイヤだわ。だから、それを少しでも夢のある未来に作り変えたいって思うのは、それはごく自然な考え方だと思うの。
女A   ‥‥‥。
女B   私だって、そんなに幸せな人生を歩いてきたわけじゃないわ。これからだってどうなるかわかんない。‥‥でも、できるものなら、ほんの少しでもいいから、より良い人生であってほしいというのは、それは決して彼だけじゃない、人間みんなの願いなのよ。祈りなのよ。そうじゃない?
女A・若者   ‥‥‥。
女B   (「オーバー・ザ・レインボウ」のメロディー)
     みんな さみしさを抱えて
     見えない明日へと 歩いてゆく
     誰も 未来なんてわからない
     だから夢を見て生きているの
     小さな私 小さな一歩 ふるえながら
     立ち止まるの? 立ち止まれない 人は皆
     みんな 悲しみを抱えて
     見えない明日へと 歩いてゆく
若者   ボクは 一人で生きてきた
     誰も 信じないで生きていた
     だけど ボクだけじゃないんだね
     みんな さみしさを抱えている
女B   そうだからこそ だから私は 夢見るのよ
若者   そうだからこそ だから僕は 歌うんだ
全員   虹の彼方に 住むという
     青い鳥たちを 見つけるため
     人は 誰でも夢を見る
     果てない希望を 夢見ている
     明日を信じて 生きてゆこう

      音楽。
      暗転。

      若者が出てくる。

若者   えー、ただいま場転中でありますが、衣装替えに少々時間がかかるようでありますので、まあ、場つなぎということで「お前が一曲歌ってこい」ということですので、謹んで歌わせていただきます。
それではよろしくお願いします。
ミュージックスタート!

     ♪残酷な天使のように 少年よ 神話になれ
     蒼い風が 今 胸のドアを叩いても
     私だけを ただ見つめて 微笑んでるあなた
     そっと 触れるもの 求めることに夢中で
     運命さえ まだ知らない いたいけな瞳
     だけど いつか 気づくでしょう その背中には
     遥か 未来 目指すための 羽根があること
     残酷な天使の

‥‥え? あ、もういいですか?
‥‥それでは準備が整ったようですので、これで失礼致します。
それでは、つづきをお楽しみ下さい。

      若者、去る。



      明かりがつく。
      ギターを持った中年と女Bがすわっている。
      前にギターケースが広げて置いてある。

中年   ‥‥節子。
女B   アイ、チャン。
中年   ‥‥なんか、もっとセレブに元気を出してやらなきゃならんそうだぞ?
女B   とうちゃん、セレブってなあに? もしかしてクッキーみたいなやつ?
中年   それはサブレだろ?
女B   あっそうか。アハハハ、節子間違っちゃったよ。
中年   間違っちゃったな。
中年・女B   アハハハハ‥‥。
女B   じゃあ、なんなんだろ? それ、おいしいのかな?
中年   さあ、とうちゃんにもよくわからんのだが‥‥。
女B   おいしいのなら、節子食べたいよ。
中年   そうだな。とうちゃんと二人でいっぱい食べような。
女B   うん、そうだね。
中年   ‥‥じゃ、そろそろ始めるか。
女B   うん。
中年   とざーいとーざーい。えー、右や左のだんなさま‥‥。
女B   とうちゃん、とうちゃん!
中年   なんだ? 途中で止めるなよ。
女B   あのね、節子思うんだけど、そういうのが、きっと元気がないって言われてんだよ。
中年   そういうのって、とざーいとーざい、か?
女B   ああ、うん。
中年   右や左のだんなさま、もか?
女B   うん、どっちも。
中年   そっか。‥‥でも、そしたら、どんな風にやったらいいんだろ? とうちゃんわかんないよ。
女B   だから、もっと大きな声で元気よくかっこよくやったらいいんだよ。
中年   元気よくかっこよく、ねぇ。‥‥よくわかんねぇな。
女B   じゃあ、あたいがちょっとやってみるよ。いい?
中年   ああ、いいけど‥‥。節子、そんなのできるのか?
女B   まあ適当だけどね‥‥。

繁華街を通行中の右や左の労働者の諸君! 諸君は、今の生活に本当に満足しているであろうか? 不景気だから仕方ない? 仕事があるだけまし? そんな言葉にだまされて、生活レベルの切り下げを自ら甘受してはいないだろうか? 親愛なる労働者諸君、君たちはだまされているのだ。日本の労働者は、どこの国よりも誠実で謙虚だ。しかーし、日帝支配階級は、諸君のその誠実さ、謙虚さにこそつけ込んでいるのである。労働者諸君、目を覚ませ! 我々の生活を破壊しようとする策動に対してまで誠実であり、謙虚である必要などみじんもないのだ! 親愛なる労働者諸君、今こそ立ち上がる時だ! プロレタリアートよ、団結せよ! 連帯せよ! 闘いの時は今なのだ!

      中年、拍手。

中年   節子、なかなかやるじゃないか。
女B   へへへ‥‥そうかい?
中年   いやあ、よかった。よかったよ。とうちゃん、本物の活動家かと思ったよ。
女B   いやあ‥‥それほどでもないけど。
中年   いや、それほどだよ。あんなの、いったいどこで覚えたんだ?
女B   ほら、時々、街角でスピーカーでがなってる人がいるだろ? あれの聞き覚えだよ。
中年   そうなのか。‥‥そういえば、最近、ああいうのはめっきり減ったよなあ。
女B   ああ、そうだね。
中年   昔はヘルメットかぶった勇ましいのが結構いたけどな。
女B   ‥‥あたいは、そういうのは見たことないけど。
中年   そうだな。ずいぶん昔の話だからな。‥‥節子は知らねぇか?
女B   ああ‥‥知らねぇよ。
中年   そっか。
女B   うん。

      女Aがやってくる。

女A   ‥‥ちょっと。
中年・女B   ‥‥え?
女A   お取り込み中悪いんだけど‥‥。
中年・女B   ‥‥‥。
女A   一曲やっておくれよ。
中年   え?
女A   歌、歌うんだろ?
中年   え‥‥あ、はい! ‥‥それじゃ、何がご希望でしょうか?
女A   何でもいいよ。
中年   え?
女A   ‥‥あたい、今日、リストラされちまったのさ。‥‥まあ、自慢じゃないけど、昔っから仕事運悪かったんだけどさ‥‥今度のはいけるかなあって‥‥。まあ、片思いだったんだろうね。‥‥慣れっこのつもりでいたんだけどさ‥‥心のこの辺が、妙にシクシクしやがってさ。ガラにもなくね。‥‥そしたら、無性に歌が聞きたくなっちまってさ‥‥。あはは、お笑いぐさだね。
中年   ‥‥かしこまりました。それじゃ、歌わせていただきやす。
女B   ‥‥お客さん、そりゃ大変だったね。どうか、くじけないでがんばっておくれよ。
とうちゃん、お客さんのために、一発景気のいいやつガーンとやっとくれよ!
中年   よし来た、ガッテンだ!
中年・女B ♪起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し
     醒めよ我が同胞(はらから) 暁(あかつき)は来ぬ
     暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて
     海を隔てつ我等 腕(かいな)結びゆく
     いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
     あぁ インターナショナル 我等がもの
     いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
     あぁ インターナショナル 我等がもの

      女B、拍手。

女A   ありがとう。いい歌だねぇ。何だか元気が出てきたよ。
女B   そうだろ? 労働者は団結しなくっちゃ。一人の力は小さくても、手と手をつなぎ合えば、どんな大きな敵にも負けないんだよ。
女A   ああ、そうだねぇ。
中年   シュプレヒコール!
女A・B   おう!
中年   我々は闘うぞ!
女A・B   我々は闘うぞ!
中年   最後の最後まで闘うぞ!
女A・B   最後の最後まで闘うぞ!
中年   闘うぞ!
女A・B   闘うぞ!
中年   闘うぞ!
女A・B   闘うぞ!
全員   おー!

      全員、拍手。

      若者が出てくる。

若者   ちょっと! ちょっと! ちょっと!
中年・女A・B   ‥‥‥。
若者   何なの、何なの? これは?
中年   はあ‥‥だから、三十年後の理想の世界ってやつをやってみたんですが?
若者   理想の世界? これが? ‥‥こんなの、時代錯誤の左翼演劇じゃない?
中年・女A・B   ‥‥‥。
若者   言っとくけど、オレ、活動家になろうなんて気、さらさらないんだからね。
中年・女A・B   ‥‥‥。
若者   ‥‥ほんと、冗談もほどほどにしてくれよな。‥‥イマドキ左翼なんて、そんなダサいもんやるわけないだろ? だから、演劇人ってイヤなんだよな。全く、頭が化石化してんだよな。
女B   ‥‥ああやれば、こう言う。
若者   ‥‥え?
女A   結局、現実逃避しかできないのよね。
女B   そうそう。
若者   ‥‥え?
女B   ただ口開けて待ってるだけで、明るい未来がやって来るんだったら、誰も苦労なんてしないわよ。
女A   まあ、要するに甘ったれてるだけなんだよね。ああだ、こうだと理屈をつけて、自分のちっぽけな現実さえ直視できないのよ。
女B   でも、そういう愚か者がいなくちゃ、あんたたちも困るんじゃなくって?
女A   まあ、それは、そうなんだけどね。
若者   何だよ、何だよ、お前ら、何偉そうに説教垂れてんだよ?お前ら、自分の立場ってものがわかってるのか?
女B   フフフフフ‥‥。
女A   ハハハハハ‥‥。
女B   自分の立場ときたか。
女A   よく言うよねぇ。
若者   何だ? 何だ? 文句あるのか? もう、お前ら、キャスト下ろしちゃうぞ!
女B   キャスト下りなきゃなんないのはあんたの方だよ。
若者   え?
女A   人生の舞台からね。
若者   え? え? な、なに言ってんだ?
女B   まだ分からないのか?
女A   この愚か者が。
若者   え? え?

      老人が出てくる。

老人   バカヤロ。
若者   え?
老人   カミダヨ。ゴッド。
若者   え? 神? ゴッド? だって‥‥。
女B   光あれ!

      突然のカミナリ。

老人   神ハ「光アレ」ト言ワレタ。スルト光ガアッタ。神ハソノ光ヲ見テ、ヨシトサレタ。
若者   え、えー。で、でも‥‥。
女B   前の神はな、失言が多すぎて更迭されたのじゃ。そして、わしが神に昇格したのじゃ。
老人   カミハイダイナリ。
若者   ‥‥‥。
女B   迷える子羊よ。分かったかな?
若者   ‥‥そ、そんな。‥‥(女Aを指さして)じゃ、こいつ、いや、この人は?
中年   わたくしの上司です。
若者   ええっ?
女A   自己紹介が遅れました。わたくし、悪魔局局長を拝命致しております、サタ中サタ子と申します。以後、お見知り置きを。(お辞儀)
若者   ええー! そんなー!
女B   ようやく事態が飲み込めたようじゃな。このうすのろ男が。
老人   ウスノロオトコガ。
女A   さて、さて、この愚か者をどうしましょう?
若者   ちょっ、ちょっと待ってよ! あんたら、神さんと悪魔でしょ? カタキ同士じゃないの? 何で仲良く相談なんかするんだよ?
女B   フフフフフ‥‥。
女A   ハハハハハ‥‥。
若者   ?
女B   迷える子羊よ、そなたはコインの裏表というのを知っておるか?
老人   シッテオルカ?
若者   え? コインの裏表?
女B   表あれば裏あり。
女A   裏あれば表あり。
女B   光あれば影あり。
女A   影あれば光あり。
女B   有あれば無あり。
女A   無あれば有あり。
女B   そして、神あればサタンあり。
女A   サタンあれば神あり。
女B   そうやって、世界の全ては、二律背反で成り立っておるのじゃよ。そして、その彼方にこそ真理がある。まあ、人間の言葉で言うならば弁証法じゃな。
老人   ジャナ。
若者   ‥‥?
女B   わからんか?
老人   ワカランカ?
女A   わからんか?
若者   ‥‥わかりません。
女B   フフフフフ‥‥。
女A   ハハハハハ‥‥。
女B   まあ、お前にはわかるまいて。‥‥まあ、わからんでもよい。とりあえず、お前には、選んでもらおう。
若者   え? 選ぶ? 選ぶって、何をですか?
女B   いかに生きるか?
女A   いかに死ぬるか?
若者   え? そんな‥‥。やだよ、オレ、死にたくなんかないよ!
女B   されど、生きるも地獄。
老人   ジゴク。
女A   死ぬるもジゴク。
若者   そ、そんな‥‥あんたら、クリスチャンでしょ? そんな禅問答みたいなのを言ってどうすんのよ?
女B   生きるか?
老人   イキルカ?
女A   死ぬるか?
若者   ‥‥そ、そんな‥‥こ、怖いよう。‥‥お願いです。助けて下さい! 助けて下さい!

      長い沈黙。

女B   ようやくそこに気付いたか。‥‥その言葉を待っておったぞ。
老人   マッテオッタゾ。
女A   ‥‥されど、神は、自ら助くる者を助く。
若者   ‥‥え。‥‥それじゃ、いったい、どうしたらいいんですか?

      しばしの間。

女B   ‥‥生きよ。
若者   え。
女B   生きるべくして生きよ。
若者   ‥‥‥。
女B   ありのままの自分を見つめなさい。
老人   ミツメナサイ。
若者   ‥‥‥。
女B   そして、ありのままの自分を受け入れなさい。
老人   ウケイレナサイ。
若者   ‥‥‥。
女B   そして、ありのままの人生を生きなさい。
老人   イキナサイ。
若者   ‥‥‥。
女A   そして、ありのままの死を受け入れなさい。
若者   ‥‥‥。
女A・B   それがあなたにできますか?
若者   ‥‥‥。

      長い沈黙。

若者   ‥‥‥。わかりません。
女B   ‥‥それでよい。それでよいのです。
老人   ヨイノデス。
女B   人は弱く、小さく、愚かで、哀しい。永遠に答えは出ないかもしれない。しかし、それでも人は生きなければならない。それはなぜですか?
老人   ナゼデスカ?
若者   ‥‥‥。わかりません。
女B   そうです。そこに答えなどないのです。生きることに意味はなく、
女A   死ぬことにも意味はない。
女B   ただ、ひたすらに果てしない道を歩き続けるのです。そして、迷った時には空を見なさい。答えは風の中に吹かれている。
老人   フカレテイル。
若者   ‥‥‥。
女B   ♪今わたしの願いごとがかなうならば 翼がほしい
女A   この背中に鳥のように 白い翼つけて下さい
女A・B  この大空に翼をひろげ 飛んでゆきたいよ
      悲しみのない自由な空へ 翼はためかせゆきたい

老人    今 富とか名誉ならば いらないけど翼がほしい
中年    子供のとき夢見たこと 今も同じ夢に見ている
全員    この大空に翼をひろげ 飛んでゆきたいよ
      悲しみのない自由な空へ 翼はためかせゆきたい

      この大空に翼をひろげ 飛んでゆきたいよ
      悲しみのない自由な空へ 翼はためかせゆきたい

若者   ‥‥あれ? これって、ドタバタコメディじゃなかったの?

      バシッ! 女A・Bがビンタ。

女A・B   もう! あんたなんか最低! ゴキブリに食われて死んじゃえ!

      頬を押さえて立ち尽くす若者。

若者   なんで、こうなるの?

      音楽(「ウイ・アー・ザ・チャンピオン」)。
      暗転。

                              おわり

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