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プラネット・ラプソディ

【これは、劇団「かんから館」が、2003年2月に上演した演劇の台本です】


    〈登場人物〉

     ヤマダ  
     イシダ
     マスター 
     オキヌ
     ユウコ  
     サヤカ  
     ジョージ 
     メアリー 

     出入星管理局員
     黒子


    暗闇の中に、三人の男の後ろ姿がぼんやりと浮かび上がる。
    男たちは、銃を持っている様子。

男1  我々は、出入星管理局だ!
男2  今、ミロを飲んでいた者は、全員こっちへ並べ!
男3  早くしろ!
男1  壁に手をついて、さっさと並ぶんだ!
男2  お前と、お前もだ。無駄な抵抗をするとためにならんぞ。
男3  しゃべるな! 黙って我々の指示に従うんだ。
男1  よーし。それでは、この中で、移星人登録証を持っている者は提示せよ。
男2  確認するから、はっきりと見せろ。
男3  よーし。席へ戻れ。
男1  忘れた? どこに? いい加減な言い訳をするんじゃないぞ。‥‥話は後で聞いてやる。とにかくここに残ってろ。
男2  ない? 不法移星人だな。ここに残れ。
男3  お前もか? よーし、残れ。
男1  帰ってよし。
男2  これは期限切れだな。‥‥残れ。
男3  帰ってよし。
男1  こら、何をする! 抵抗するな!

    銃声!
    静寂。

男2  ‥‥心配するな。足を撃っただけだ。‥‥お前たちも、馬鹿なことを考えると、痛い目にあうだけだからな。
男3  よーし、それでは、ここに残った者は、全員、出入星管理法違反の疑いで取り調べる。順番に並んで、店の前のトラックに乗れ。
男1  おい、誰か、こいつに肩を貸してやれ。‥‥手間ばかりかける野郎だ。
男2  邪魔したな。‥‥それでは、皆さん、どうぞ、ごゆっくり。

    男たちは、靴の音を響かせて去って行く。

    暗転。

    トラックが走り出す音。

    中島みゆき「地上の星」。
    ステージ中央の男にライト。

男  プロジェクト・エーックス!(エーックス・エーックス・エーックス‥‥一人エコー)

男  西暦2103年。
   地球の人口は既に100億を超えていた。
   食料や資源の不足が深刻な問題になっていた。
   その対策として、先進各国は、地球外惑星への移民を本格的に開始した。
   それと同時に、地球への資源の調達も行なった。
   いわば、宇宙規模での植民政策である。
   だが、地球人にも誤算があった。
   数多くの異星人たちが、半ば難民として地球に定住してしまったのだ。
   一番数の多かったのは金星人だった。
   金星人は貧しかった。
   見知らぬ土地で、暮らしを立ててゆくには、懸命に働くしかなかった。
   金星人は、職種を問わず、がむしゃらに働いた。
   だが、そのことが、地球人たちとの間に摩擦を生むこととなった。
   金星人は思った。
   一生懸命働くことがどうして悪いのか?
   だが、彼等と地球人の間にできた溝は、思いもかけぬ深さになりはじめていた。

    暗転。


    バー「ヴィーナス」。
    雑然とした店内。
    全員が入口の方を見ている。
    マスターが雑巾で血のりを拭いている。

オキヌ  もー! なんなんだよー! あのインポ野郎たちはよー!
あたいらがいってぇ何やったっていうのんだよー!
ユウコ  ‥‥イナバさん、大丈夫かな?
サヤカ  血がずいぶん出てましたよね。
ユウコ  一人じゃ歩けなかったみたいだし。
オキヌ  ちくしょー! もう一ぺん来やがったら、キンタマ踏んづけて、塩漬けにしてやるー!
ユウコ  ‥‥ちゃんと病院に連れて行くのかな?
サヤカ  さあ?
ユウコ   さあって、それじゃ、死んじゃうかもしれないじゃん!
出血なんとかでさ。
サヤカ  出血多量?
ユウコ   そう、それそれ。
サヤカ  そうですね。
ユウコ  そうですねって‥‥。
オキヌ  卑怯じゃねぇかよ! 丸腰の人間にピストル突きつけてよー。キンタマついてんなら、堂々と勝負しやがれってんだ。あの、とうへんぼくのくそったれが!
マスター ‥‥オキヌ  ちゃん。まあ、そう興奮しない。
オキヌ  オキヌじゃねぇ! キャサリンだよ! キャサリン! マスター、何度言ったらわかるの?
マスター おっと、ごめん。オキヌちゃん。
オキヌ  もう! キャサリン!
ヤマダ  ‥‥奴ら、とうとう実弾を使いやがったな。‥‥これで、いよいよだな。
ユウコ  (ヤマダに)あんた、どう思う? イナバさん、病院に連れて行くかな?
ヤマダ  それはあてにならないな。
ユウコ  だって、死んじゃうかもしんないんだよ。
ヤマダ  死んだら、その時ってことさ。
ユウコ  そんなのひどいじゃん!
ヤマダ  奴らにとって、俺たちはその程度のものってことさ。
サヤカ  そんなの、人殺しじゃないですか!
ヤマダ  ああ‥‥俺たちがたとえば人間だったらな。
ユウコ  それじゃ、あたいたちがまるで人間じゃないみたいじゃん!
ヤマダ  ‥‥少なくとも、奴らにとってはな。
オキヌ  ♪闇にかーくれて生きる。
早く人間になりたーい。
‥‥って、あたいらを妖怪人間みたいに言わないでよ!
ヤマダ  妖怪人間か‥‥。まあ、当たらずと言えども遠からずってとこだな。
オキヌ  何すまして気取ってんだよ! あんた、そういうところが気に入らねぇんだよ。
サヤカ  ヤマダさん、ちょっと言葉が過ぎると思います。イナバさんが目の前で撃たれたんですよ。評論家みたいに言わないで下さい。
ヤマダ  評論家ねぇ‥‥俺はただ、事実を事実として言ってるだけだぜ。
サヤカ  たとえ、そうだとしても‥‥。
オキヌ  もー! 頭に来た! だいたい、おしゃべりな男なんかにろくな奴はいねぇんだよ。こうなったら、力で勝負だ。一人前のキンタマついてんなら、かかって来い!
ヤマダ  あいにく俺は、女とはケンカをしない主義でね。
オキヌ  うるせぇ! そっちが来ねぇんなら、こっちから行くぜ!

      オキヌ、ヤマダに飛びかかる。
      ヤマダ、オキヌの手首をつかんで簡単にねじ伏せてしまう。

オキヌ  ちくしょー! 殺すなら殺せー! 殺せー!
マスター おいおい、店の中でケンカはしないでくれよ。金星人同士、仲良くしようよ。な、ヤマダ君も、オキヌちゃんも。
オキヌ  (断末魔のような声で)キャサリンだって‥‥。
ユウコ  キャッシー、大丈夫? ‥‥(ヤマダに)あんた、ひどいじゃないの!
ヤマダ  成り行きだよ、成り行き。あんたも見てただろう?
サヤカ  それにしても大人気ないと思いますよ。‥‥大丈夫ですか、オキヌさん。
オキヌ  ‥‥だから、キャサリンだってば!
ヤマダ  フー、みんな俺が悪者か‥‥。男はつらいねぇ。
オキヌ  ‥‥マスター、バーボンもう一杯ちょうだい。
マスター オキヌ‥‥キャサリン、ちょっと飲み過ぎだよ。
ユウコ  そうだよ、キャッシー、今日はちょっと飲み過ぎだよ。お冷やにしといたら?
オキヌ  やだ! バーボン! あんなことされて、飲まずにいられっかい!
ユウコ  あんなことって?
オキヌ  インポ野郎のことに決まってんじゃん!
ユウコ  それって、(ヤマダの方を見て)あいつのこと?
オキヌ  バーカ、そいつはインキン野郎だよ! あたいが言ってんのは、さっき、ピストルぶっぱなしたインポ野郎のことだよ!
ヤマダ  インポとインキンねぇ‥‥。ま、おほめにあずかり、光栄です。‥‥ってとこかね。
オキヌ  ねぇ、マスター 、バーボン、バーボン!
ユウコ  しょうがないなあ。(マスター に)水割りで薄ぅくね。
マスター ラジャー。

      バーボンができあがる。
      それをユウコがオキヌのところに持って行く。

ユウコ  はい、バーボン。ゆっくり飲まなきゃだめだよ。
オキヌ  はい、はーい。

      オキヌ、バーボンを一気に飲み干す。

ユウコ  あ、あ‥‥。
オキヌ  フー、ごちそうさま。
ユウコ  あーあ。
オキヌ  オイチカッタ。
ユウコ  もう、どうなっても知らないよ。

ヤマダ  ところでマスター。
マスター  ん?
ヤマダ  さっきので何回目だ? 今月に入って。
マスター  三回目‥‥かな。
ヤマダ  ふだんは何回くらいなんだ?
マスター  そうだなあ‥‥きちんと数えてるわけじゃないけど、少なくて月二回、多くて四回かな。
ヤマダ  去年と比べてどう?
マスター  そりゃ、増えてるね、確実に。
ヤマダ  やっぱりそうか‥‥。
マスター  何が、そうなんだい?
ヤマダ  去年の選挙。あれからだよ。
マスター  ああ‥‥そうかもな。
サヤカ  あの、選挙が何か関係あるんですか?
ヤマダ  ああ。去年の選挙で、大日本地球党が三十五議席取って、大騒ぎになっただろう?
サヤカ  ああ、そうでしたね。
ヤマダ  あれから移星人への取り締まりが厳しくなったんだ。
サヤカ  ああ‥‥。
オキヌ  するってぇーと何かい? その大日本なんとかてのが、インポ野郎なのかい?
ヤマダ  大日本地球党。
オキヌ  だから、そいつらがさっきのインポ野郎なのかって聞いてんだよ!
ヤマダ  いや、そうじゃないね。
オキヌ  じゃあ、なんなのさ!
ヤマダ  事は、そう単純じゃない。
オキヌ  何もったいつけてんだよ! あたいが馬鹿だと思って馬鹿にしてんだろ!
ユウコ  やめなよ、キャッシー。だから飲み過ぎだって言ったじゃん。
オキヌ  大丈夫、酔っぱらってなんかいませんよー。このインキン野郎が、さっさと言わねぇからだよー。
ユウコ  あんたも、あたいたちに分かるように話をしてよね。
ヤマダ  ‥‥しょうがないな。できるだけ単純に説明してやるから、よーく聞くんだぞ。
ユウコ  うん。
オキヌ  ああ。
ヤマダ  まず、初めに確認しとくが、そもそも大日本地球党ってのは知ってるか?
ユウコ  知らなーい。
オキヌ  わかんないから聞いてんじゃん
ヤマダ  お前ら、新聞とかは読まないのか?
オキヌ  読むわけないじゃん。あんなうざったいの。
ユウコ  漢字が難しいもん。
ヤマダ  テレビでもニュースはやってるだろう?
ユウコ  ドラマは見るけど、ニュースはねぇ‥‥。
オキヌ  時代劇はよく見るよ。オヤジが好きだからさぁ。
ヤマダ  フー。こりゃ、話が長くなりそうだ。‥‥(サヤカに)あんたは知ってるんだろう?
サヤカ  はあ、まあ、一応。
ヤマダ  それじゃ、よく聞けよ。大日本地球党っていうのは、超国家主義、スーパーナショナリズムの政党なんだ。
オキヌ  なんだよ、それ。わけわかんないぞ。
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  うるさい。黙って聞け。‥‥超国家主義ってのはな、簡単に言うとだな、「日本を日本人に取り戻せ。地球を地球人に取り戻せ。」って主張をしているんだ。
オキヌ  バッカじゃないの? 取り戻すも何も、日本は日本人のものだし、地球は地球人のものじゃん。
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  フン‥‥果たしてそうかな? ‥‥(サヤカに)あんた、どう思う?
サヤカ  それは、移星人問題についての話ですか?
ヤマダ  その通り。ご名答。
オキヌ  なんだよ! 二人で勝手にわかんなよ!
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  つまりだな、今の日本は日本人だけのものじゃないし、今の地球は地球人だけのものでもないってことだ。
オキヌ  それじゃ、誰のものなのさ。
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  それじゃ聞くが、お前らは何者だ?
オキヌ  キャサリン!
ユウコ   ユウコ  !
ヤマダ  ‥‥。話にならんな。‥‥質問を変える。お前らは何人だ?
オキヌ・ユウコ  金星人!
ヤマダ  そうだ。そして、ここはどこだ?
オキヌ・ユウコ  バー「ヴィーナス」!
ヤマダ  ‥‥‥。(頭を抱える)

      イシダが入ってくる。

イシダ  ここは、日本で、そして地球です。‥‥そうですよね。
マスター ああ、いらっしゃい。
ヤマダ  聞いてたのか?
イシダ  ええ、大きな声だったから。‥‥あれ、イナバさんたちは、今日は来てないんですか?
ヤマダ  ♪異人さんに連れられて行っちゃた。
イシダ  え?
オキヌ  クソインポ野郎どもがさらって行きやがったんだよ!
イシダ  はぁ?
サヤカ  出入星管理局が取り締まりに来て、連行していったんです。その時、イナバさんは足を拳銃で撃たれて‥‥。
イシダ  ああ、そうだったんですか。それは大変でしたね。‥‥それでイナバさんは?
サヤカ  わかりません。
イシダ  そうですか‥‥。だんだん取り締まりが手荒になってきましたね。    
サヤカ  そうですね。
マスター イシダ君は、いつものやつでいいのかな?
イシダ  はい、お願いします。‥‥ところで何の話だったんですか?
ヤマダ  大日本地球党と移星人取り締まりの関係について。
イシダ  ああ。
オキヌ  ああって、あんた分かってんの?
イシダ  まあ、ひととおりの常識程度は。
オキヌ  常識程度って‥‥それじゃまるであたいらに常識がないみたいじゃん!
ヤマダ  その通りなんだから仕方がないぜ。
オキヌ  もー、頭に来る! このインキン野郎!
ヤマダ  ‥‥それじゃ、もう、この話はおしまいにするか。
ユウコ  えー、そんなのずるいよ。全然わかんないじゃん。話し始めたんなら、途中でやめんなよ。
ヤマダ  聞きたいのか?
ユウコ  うん。
ヤマダ  それじゃ、もうちょっとおとなしく聞くんだな。約束できるか?
ユウコ  ‥‥うん。
ヤマダ  (オキヌに)お前は?
オキヌ  ‥‥ああ、わかったから、とっとと話せよ。
ヤマダ  つまりだな、今、地球や日本には、俺たちのような宇宙人が数多く入り込んでいる。だから、その宇宙人を追い出して、地球や日本を取り戻せ、って言ってるのが、超国家主義、スーパーナショナリズムだ。
オキヌ  そんなの自分勝手じゃんかよ! あたいらはどうすんだよ!
ヤマダ  そんなことは、奴らには知ったことじゃない。奴らにとって俺たちは、敵なんだからな。
ユウコ  どうして、あたいたちが敵なのさ?
ヤマダ  俺たち金星人が、安い給料でまじめに働くからさ。
ユウコ  わけわかんないよ。どうして、それがいけないのさ。
ヤマダ  金星人が安く働けば、地球人の給料も下がる。同じ仕事をさせるのなら安上がりの金星人の方がいい。それで地球人は仕事がなくなる。仕事にあぶれた地球人は、誰を恨む?
ユウコ  うーん‥‥会社の社長!
ヤマダ  ところが、それが、俺たち金星人なんだな。
オキヌ  えー、全然わけわかんないじゃん! あたいら何もしてないじゃんか!
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  とにかく、それで金星人を邪魔者に思う地球人が増えてきた。その中の一番過激なのが、超国家主義、スーパーナショナリズムっていうわけだ。
オキヌ  するってーと、やっぱり、そいつらがインポ野郎なんじゃねぇか。
ヤマダ  だから、事はそう単純じゃないって言っただろう?
オキヌ  だったら、何なんだよ!
ユウコ  もったいぶんなよ!
サヤカ  ヤマダさん、私も、そこがよくわからないんですが‥‥大日本地球党が三十五議席取ったと言っても、国会の中では、まだ、少数野党なわけでしょう?
ヤマダ  ああ。
サヤカ  それなのに、どうして移星人の取り締まりが、急に厳しくなったんですか?
オキヌ  わかったー! あいつら、みんなグルなんだよ。政治家なんて、いろんなことを言ってるけど、みんな同じ穴のムジナなんだよ。
ユウコ  オナジアナノムジナって?
オキヌ  だからさぁ‥‥だから、おんなじ穴に入ってるムジナじゃん!
ユウコ  ムジナって何よ?
オキヌ  ムジナっつーのは‥‥ムジナよ!
ユウコ  わけわかんない!
サヤカ  あの‥‥ムジナっていうのは、たぶんタヌキのことだと思います。
オキヌ  へぇ、あんた、よく知ってるねぇ。まるで地球人みたいじゃん。
サヤカ  大学で、日本語を勉強しましたから。
オキヌ  へえ、金星人なのに大卒なんだ。
ユウコ  それで、同じ穴に入っているタヌキって何よ?
オキヌ  お前もしつこいぞ。‥‥(サヤカに)ねぇ、あんた、説明してやって。
サヤカ  同じ穴のムジナというのは、悪者の仲間たちのことを言うんだと思います。
オキヌ  ほーらね。そーゆーこと。
ユウコ  何よ。自分も分からなかったくせに‥‥。
オキヌ  だからさあ、同じ穴のムジナだからさあ‥‥あれ? 何言おうとしてたんだっけ?
ユウコ  バーカ。
サヤカ  政治家の話じゃなかったですか?
オキヌ  そうそう、政治家はみんなタヌキなのよ。だから、みんなおんなじ穴に入ってんの。‥‥アレ?

      しばしの間。

イシダ  おっしゃりたいことはだいたい分かります。でも、ちょっと違うんです。
オキヌ  え? 何が?
イシダ  政府と大日本地球党とは、仲がよくないんですよ。むしろ敵同士と言ってもいい。
ユウコ  それじゃ、どうして政府があたいらをいじめるの?
イシダ  今、日本の大日本地球党と同じように、世界中のあちこちで超国家主義政党が勢力を伸ばしているんです。なぜだか、おわかりですか?
オキヌ  えー?
ユウコ  どうして?
サヤカ  それは、超国家主義を支持する人が増えているということですか?
イシダ  そうです。そして、この超国家主義の政党を支持する人たちは、貧困層や若者に多いんですよね。これはなぜでしょう?
オキヌ  えー?
ユウコ  わかんなーい。
サヤカ  そういう人たちが、仕事を奪われているということですか?
イシダ  そうです。この層の人々が、私たち金星人労働者と最も競合しているのです。賃金が安くなっても、仕事がある人はまだましです。年をとって体が弱かったり、若くて技術のない人は、働く場所さえ与えられない。
そして、今、そうした人たちが、世界中に急増しています。その人たちは、その不満を現在の政府に向けています。そして超国家主義の政党の進出を期待しているんです。
ユウコ  そうすると、政府は、あたいらの味方なの? 敵なの?
イシダ  少なくとも味方ではないでしょう。  
オキヌ  えー、なんでそうなんのー? もう、ややこしくて、わけわかんない!
イシダ  もし、政府が金星人の進出を放っておいたらどうなると思いますか?
オキヌ  ‥‥‥。
ユウコ  ‥‥‥。
サヤカ  地球人の失業者が増えて、政府に不満を持つ人たちが増えるでしょうね。
イシダ  問題はそこなんです。そうなったら、超国家主義政党がますます勢力を伸ばし、やがて政府をも脅かす存在になるでしょう。だから、そうなる前に、不満のタネを取り除かなければならない。
サヤカ  ‥‥つまり、金星人を取り締まらなければならない、ということですね。
イシダ  そうです。

      オートバイが止まる音。

      光が変わり、ロックンロールが鳴り出す。
      ジョージとメアリーが、踊りながら登場。

ジョージ ハーイ!
メアリー ハーイ!
全員   ‥‥‥。
ジョージ ハーイ!
メアリー ハーイ!
全員   ‥‥‥。
ジョージ どうしたの? どうしたの? みんな全然元気ないじゃん? みんなのアイドル、ジョージ君のお出ましだよー!
マスター やあ、いらっしゃい。‥‥そちらのお嬢さんは?
ジョージ ああ、紹介するね。ボクのステディー、メアリーちゃんでーす。
メアリー メアリーでーす。(一回転)よろしくね。
全員   ‥‥‥。
オキヌ  メアリー? するってーと何かい、お前さんは異人さんなのかい?
ジョージ ノーノー、メアリーは、日本生まれだよ。ね。
メアリー そうよ、メアリー、日本生まれだよ。ね。
オキヌ  そんなら、本当の名前は何つーの?
ジョージ メアリーはメアリーさ。ね。
メアリー そうよ、メアリーはメアリーよ。ね。
オキヌ  なんで、日本生まれがメアリーなんだよ!
メアリー あのねー、パパが付けてくれたの。かわいい子になるようにって。それで、メアリー 、かわいい子になれるようにがんばったの。ハニー、私、かわいい?
ジョージ もちろんさ、ハニー。
オキヌ  そんなこと聞いてんじゃねぇよ。
マスター ま、ま、落ち着いて、オキヌちゃん。
オキヌ  キャサリン!
メアリー あら、あなた、オキヌさんって言うの? おもしろいお名前ね。それも、やっぱりお父様がお付けになったのかしら?
オキヌ  おう、あたぼーよ。うちのお父様はよー、日本語がろくにおできにならねーもんだからよー、それでも時代劇はお好きだったんだよー。それでもってよー、日本で生活するなら日本人らしい名前がいいってお思いになってよー、オキヌっておつけになりあそばしたんだよー。
キヌじゃねぇんだぜ、オキヌだぜ。あたいはいったい何時代の人間なんだよー!
メアリー フフフ、おかしい。
オキヌ  あ、てめえ、笑いやがったな。
メアリー (笑いながら)だって、あなたの話、おかしいんだもん。ね、ハニー。アハハハハ‥‥。
ジョージ ‥‥‥。
オキヌ  ちっくしょう。許せねぇ! このあま‥‥。

      オキヌ、カウンターのアイスピックを奪い取り、ふりかざす。

マスター あ、オキヌちゃん!
オキヌ  さあ、地獄に堕ちな。
ユウコ  キャッシー!
サヤカ  オキヌさん!

      ゆっくりとメアリー が立ち上がる。

メアリー それじゃ、お相手させていただくわ。

      メアリー、中国拳法のポーズ。

ジョージ メアリー!
オキヌ  ‥‥へん、今度は中国人かい? この無国籍野郎が! ‥‥いくぜ!

      オキヌとメアリーの格闘。
      一進一退の戦い。
      力は同等で、なかなか勝負がつかない。

ヤマダ  やめろ! やめろ!

      ヤマダ、いつの間にかギターケースを持っていて、それを二人の間に突き出して、ケンカを止める。

オキヌ  何すんだよう!
メアリー 止めないで!
ヤマダ  ‥‥女のケンカは、酒がまずくなる。
オキヌ  ‥‥‥。(メアリーをにらんでいる)
メアリー ‥‥‥。(オキヌ をにらんでいる)
ヤマダ  やるんなら、表でやるんだな。
マスター な、二人とも、ケンカはおしまい。金星人同士仲良くしようよ。
オキヌ  ‥‥‥。(息が荒い)
メアリー ‥‥‥。(息が荒い)
マスター よし! 仲直りのしるしに、俺が二人におごるよ。さあ、ミロで乾杯だ。
メアリー えーミロ? メアリー、ミロなんか飲めないもん。
全員   え?
メアリー 甘くてドロドロして気持ち悪いもん。
全員   え?

      しばしの沈黙。

ジョージ あ、の、さ、メアリー、金星人バーに来るの、初めてなんだよね。それでさ、彼女の家はさ、地球人みたいになれるようにって、地球人風の生活をしてるんだよ。そうだよね、ハニー?
メアリー (曖昧に)うん。‥‥メアリー、ジントニックがいいな。いい?
ジョージ ああ、もちろんさ。‥‥マスター、ジントニックお願い。
マスター ああ。
オキヌ  じゃあ、あたいは、バーボンのオンザロック。
ユウコ  あんたはミロにしといたら? もう、飲み過ぎなんだから。
オキヌ  平気、平気。無国籍野郎なんかに負けられるかってんだ。
サヤカ  そんなの勝ち負けの問題じゃないですよ。
マスター オキ‥‥キャサリン、ほんとに大丈夫なのかい?
オキヌ  平気つったら平気なの! さっさと出す!

      しばしの間。

マスター はいよ、ジントニックにバーボンのオンザロック。

      オキヌとメアリー、グラスを持ってにらみ合う。

オキヌ  ‥‥おめえ、裏切り者の無国籍のピラピラドレスにしては、けっこうやるじゃん。
メアリー ‥‥あなたも、酔っぱらいにしては、けっこうやるわね。

      二人、乾杯。二人とも、一気に飲み干す。
      全員、拍手。

マスター さあ、これで仲直りだ。一時はどうなることかと思ったよ。さあ、いつものように、みんなで楽しくやってくれ。
ユウコ  マスター、あたい、ミロウォッカ。
サヤカ  私は、ミロドライバー。
マスター あいよ。ミロウォッカにミロドライバーね。
ヤマダ  俺は、ミロマティーニ。ドライで。
イシダ  それじゃ、僕はミロ、ストレートでお願いします。
マスター おいおい、そんなにいっぺんに言ったら、覚えられないよ。順番、順番。
メアリー ねぇ、ジョージは、何にするの?
ジョージ そうだなあ、カルーアミロにしようかなあ。それとも、ミロフィズにしようかなあ。
メアリー ねぇ、ハニー。ひとつ聞いてもいい?
ジョージ もちろんオーケーさ。なんだい?
メアリー メアリー 、前からききたかったんだけどぉ‥‥。
ジョージ うん。何を?
メアリー どうしてみんなミロを飲むの?
全員   え?

      全員の視線が集中する。

ジョージ ‥‥‥。そ、それは、あれさ‥‥僕たちが金星人だからさ。
メアリー 金星人だから、なあに?
ジョージ 金星って、英語で言うとヴィーナスだろ?
メアリー だから?
ジョージ だから‥‥。
全員   ミロのヴィーナス!

  一瞬の沈黙。

メアリー アハハハ‥‥。なんだ、そうなの。くだらなーい。
ジョージ おいおい、メアリーちゃん、くだらないは言い過ぎだよ。
メアリー アハハハ、だって‥‥。アハハハ‥‥。(笑いが止まらない)
ヤマダ  おい、ジョージ。そいつをちょっと黙らせろ。
ジョージ ああ‥‥はい。
ユウコ  頭に来るわね。家でいったいどういう教育してんの?
オキヌ  裏切り者の無国籍だからしょうがないじゃん。
ユウコ  あれ、キャッシー、えらく物わかりがいいんじゃん。
オキヌ  あたいは、力しか信じないからね。
イシダ  最近増えてるんですよ。地球人に同化するというか、愛星心の希薄な金星人が。
サヤカ  ‥‥ねぇ、ジョージさん。その人、本当に金星人なんですか?
ジョージ ええ、金星人ですよ。れっきとした正真正銘の金星人です。はい。ね。メアリーちゃん。
メアリー え‥‥うん。メアリー、ちゃんと金星人だよ。
ヤマダ  それじゃ、証拠を見せろよ。
ジョージ え?
ヤマダ  ちゃんと金星人だ、という証拠を見せろ。
ジョージ 証拠って言われても‥‥。
ヤマダ  移星人登録証、持ってるだろう? それを見せろよ。
サヤカ  ヤマダさん。それじゃまるで出入星管理局の取り調べと同じじゃないですか!
ユウコ  そーだ。そーだ。
ヤマダ  取り調べ? そうだ、これは取り調べだ。
サヤカ  どうして、そこまで?
ヤマダ  これからはな、闘いなんだよ。金星人、いや、宇宙人と地球人の闘いなんだ。だから、我々は組織を固めなくてはならない。敵につけ入る隙を見せてはならないんだ。‥‥さあ、移星人登録証を見せてもらおうか?

      しばしの間。

メアリー イセイジントウロクショウ? ‥‥ああ、あれね。‥‥あれね‥‥あれね‥‥メアリー、なくしちゃった!
ヤマダ  ‥‥‥。本当か?
メアリー あれね、メアリー、写真の写りがすっごくかわいくなかったの。それで、いやでいやで、そこいらにほうっておいたのね。そしたら、いつの間にか、なくなっちゃった。
ヤマダ  それじゃ、不法残留移星人と同じ扱いになるんだぞ。
メアリー メアリー、難しいこと、よくわかんない。ねぇ、ハニー、この人、メアリー のこと嫌いなの?
ジョージ ヤマダさん、もういいでしょう?
ユウコ  そうだよ、もういいじゃん。
サヤカ  お願いですから、やめて下さい。
ヤマダ  ‥‥‥。

      マスター に電話がかかってくる。

マスター はい、バー「ヴィーナス」。‥‥‥ああ、君か‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥え!‥‥‥ああ‥‥‥ああ‥‥‥ああ、わかった。それじゃ、また、連絡を頼むよ。

  マスター、電話を切る。

イシダ  マスター、どうかしたんですか?
オキヌ  なんだか、元気ないじゃん。
マスター ‥‥みんな、落ち着いて聞いてくれ。
全員    ‥‥‥。
マスター イナバさんが、亡くなったそうだ。
全員    え!
イシダ  いつですか?
マスター つい、さっきだそうだ。

  長い沈黙。

オキヌ  ‥‥ちくしょう‥‥インポ野郎め。
ユウコ  やっぱり病院に連れて行かなかったんだ! あいつら‥‥。
サヤカ  イナバさん‥‥。
ジョージ イナバさんって、あのイナバさん? どうして、どうして亡くなったの?
イシダ  出入星管理局の取り締まりの時に撃たれたんです。
ジョージ オーマイガッ! なんてこった!
ヤマダ  もう、こうなったら、こっちも黙ってるわけにはいかないな。
オキヌ  ちくしょう! クソインポ野郎ども、ぶっ殺してやる!(メアリーに)おめぇもやるだろ? 金星人なんだから。
メアリー うん、なんだかよくわかんないけど、メアリーもやるよ!
オキヌ  なあ、みんな! かたき討ちだ! 今からクソインポどもをぶっ殺しに行こうぜ!
ユウコ  よし、行こう!
ヤマダ  やめな。武器の一つも持たないで、何ができるってんだ。
オキヌ  てやんでぇ! 何臆病風に吹かれてやがんだ、このインキン野郎! こちとらには、気合いと金星人魂があんだよ!
ヤマダ  一時の興奮と精神主義で勝てる相手じゃない。
オキヌ  うるせぇ! 弱虫は残ってろ! 勇気と根性のあるやつだけでやってやるぜ! さあ、あたいと一緒に行くやつは誰だ?
マスター 静粛に!(あごでサヤカを指し示す。)

      サヤカは呆然として、天を仰いでいる。

ユウコ  サヤカさん、どうしたの? 大丈夫?
サヤカ  ‥‥‥。(涙を流す)
ユウコ  サヤカさん!
マスター サヤカさんはね、イナバさんが好きだったんだ。
サヤカ  ‥‥‥。
ユウコ  サヤカさん‥‥。(抱きしめる)
マスター  ‥‥オキヌちゃん、気持ちは分かるけど、ヤマダ君の言う通りだよ。
今は、静かに祈ってあげようよ。イナバさんのために。
オキヌ  だって‥‥。
マスター さあ、祈ろう。
オキヌ  だって‥‥くやしいじゃんかよ。(泣く)

      全員、祈る。

      サヤカが歌い出す。やがて、全員の歌声に。

  きらきらひかるおそらのほしよ
  まばたきしてはみんなをみてる
  きらきらひかるおそらのほしよ

  きらきらひかるおそらのほしよ
  みんなのうたがとどくといいな
  きらきらひかるおそらのほしよ

      暗転。


      バー「ヴィーナス」。
      マスターしかいない。

      オートバイが止まる音。

      光が変わり、ロックンロールが鳴り出す。
      ジョージとメアリーが、踊りながら登場。

ジョージ  ハーイ!
メアリー  ハーイ!

      沈黙。

ジョージ  ハーイ!
メアリー  ハーイ!

      沈黙。

ジョージ  どうしたの? どうしたの? みんなまるでお通夜みたいじゃん? って、あれー、今日は誰も来てないの?
マスター  いらっしゃい。‥‥今日は、お通夜だよ。イナバさんの。
ジョージ  えー、そうなの? どうして教えてくれなかったのさ。
マスター  もうじき、みんな来ると思うよ。‥‥何にする?
ジョージ  そうだねぇ、じゃ、ミロのオンザロック。メアリーちゃんは何にする?
メアリー  じゃあ、メアリーもおんなじの。
ジョージ  え? メアリーちゃんはミロ、飲めなかったんじゃないの?
メアリー  ちょっとがんばってみようかって思って。
ジョージ  それって、ひょっとして僕のために?
メアリー  もちろんよ、ハニー。
ジョージ  イエーイ! マスター、ミロのオンザロック、二つね!
マスター  あいよ。
ジョージ  ねぇ、マスター 、ニュースで見たけど、昨日のは、全国一斉の取り締まりだったんだって?
マスター  そうらしいね。
ジョージ  イナバさんを含めて、四人も死んだんだってね。
マスター  ああ。‥‥でも、新聞じゃ、取締官のケガの方が、大きく出てたな。
ジョージ  ほんとに? ひでーよなあ。
マスター  ああ、まったくだ。‥‥はい、ミロのオンザロック。
ジョージ  サンキュー。‥‥はい、ハニー。
メアリー  サンキュー。
ジョージ  じゃ、かんぱーい。

      二人、グラスを合わせる。

ジョージ  クー! ミロはやっぱりヴィーナスに限るねぇ!
マスター  ありがと。
メアリー  ‥‥‥。
ジョージ  ハニー、大丈夫?
メアリー  (手で制して)大丈夫。メアリー、がんばる!

      メアリー、必死の形相で飲み干す。
      ジョージ、マスター、思わず拍手。

メアリー  (胸を押さえながら)‥‥メアリー‥‥がんばったよ。
ジョージ  クー! 泣けるねぇ! 僕のために‥‥(メアリーを抱きしめる)

      マスターが水を持ってくる。

マスター  はい、お水。‥‥よくがんばったね。これで仲間だ。
メアリー  ありがとう。

      メアリーが、水を飲み干す。

      通夜に行っていたメンバー達がやって来る。

イシダ   こんばんは。
マスター  やあ、いらっしゃい。
オキヌ   邪魔するぜ。
マスター  いらっしゃい。

      サヤカは、ユウコに支えられて入ってくる。

ジョージ  イナバさんのお通夜だったんだって?
イシダ   ああ、そうです。
ジョージ  それで、どうだったの?
イシダ   警官が何人も来てました。それに向かって怒鳴りつけている人もいましたけど、大きなトラブルはありませんでした。
ジョージ  ふーん、そうだったの。
マスター  みんな何にする? とりあえずミロでいいかな?
オキヌ   いいよ。‥‥でも、そこの無国籍姉ちゃんは、飲めねぇんじゃねぇのかい?
ジョージ  聞いてよ! それがさ、メアリーちゃん、がんばってミロを飲んだんだよ。
オキヌ   へぇ、そいつは、どういう風の吹き回しだい?
ジョージ  それはさぁ‥‥彼女、僕のために‥‥ああ、恥ずかしい!
オキヌ   何一人で興奮してんだよ。バッカじゃねぇの。
マスター  彼女もみんなと仲間になりたいんだよ。だから、認めてあげてよ。いいだろ?
イシダ   ああ、いいですよ。
マスター  オ‥‥キャサリンは?
オキヌ   なりたかったら、勝手になりゃいいじゃん。
マスター  ヤマダ君は?
ヤマダ   ‥‥ああ。
マスター  さあ、みんな行き渡ったかな? それじゃ、乾杯‥‥。
ユウコ   マスター、お通夜だよ。
マスター  ああ‥‥そうだった。‥‥それじゃ、イナバさんをしのんで、静かに飲んでくれ。

      全員、静かにミロを飲む。

イシダ  イナバさんのお墓、やっぱり金星に作るんですかね。
ユウコ  いや、日本にするらしいよ。
イシダ  え、どうして?
ユウコ  さあ、よくは知らないけど‥‥。
サヤカ  イナバさん、金星から一族で移住されて、それでご両親ももう亡くなられてるんです。
イシダ  はあ、そうなんですか。
サヤカ  それで、いつも「俺が死んだら宇宙葬にして、骨を宇宙にばらまいてくれ」って言ってました。‥‥でも、そんなお金はないし‥‥。(涙ぐむ)

      ユウコ、サヤカを抱きしめる。
      しばしの沈黙。

オキヌ  あーあ、貧乏はやだねー! どうして金星人は、みんな貧乏なのかねぇ。‥‥あたいんちなんか、ほんの十四ヶ月家賃を払わなかっただけなのに、取り立ての役人が二人も雁首そろえて来やがってさ、頭に来たから「てめえら不浄役人に払う金なんかねぇ!」って言ってやったら、尻尾を巻いて帰ってったぜ。‥‥でも、電気ってのは、何の前触れもなく、止まるんだよな。あの時は、親父がえらく焦ったね。なにせ、命の次に大切な時代劇が見られねぇってんだから、ありったけのもの質屋に持ってってさ‥‥。
ジョージ へぇ、それでよく、毎日ここに通うお金がありますね。
オキヌ  あたぼうよ! 酒は、あたいの命の次に大切なもんだからよ、何やってでも飲み代は作るんだよ。‥‥そういう坊やは、けっこう金持ってそうじゃん。でっかいバイクなんか乗り回してよ。
ジョージ  そうでもないですよ。かなり年代物のバイクを知り合いから譲ってもらって、原型を留めないほどに手を入れまくって何とか走らせてるんです。まあ、それでも、僕の生活の中じゃ、一点豪華主義ですがね。なにせ、僕にとっちゃ、命の次に大切ですから。
メアリー  えー。それじゃ、メアリーは、何番目に大切なの?
ジョージ  な、何言ってるんだよ、ハニー。君はもちろん一番さ。僕の命とおんなじ、いや、命よりも大切さ。
メアリー  本当? メアリー、うれしい!
ジョージ  メアリーちゃんがうれしいと、僕もうれしいよ!
メアリー  ジョージがうれしいと、メアリーもうれしい!
ジョージ  メアリーちゃんがうれしいと、僕もうれしいよ!
メアリー  ジョージがうれしいと、メアリーもうれしい!
ジョージ  メアリーちゃんがうれしいと‥‥
オキヌ   ストップ! おめぇら、いつまでやる気だよ。‥‥おい、そこの無国籍女、おめぇんちは金持ちそうだな。
メアリー  え‥‥メアリー、よくわかんない。
オキヌ   ひょっとして外車とか持ってんじゃねぇか?
メアリー  よくわかんないけどぉ、パパの車とママの車があるよ。人のマークがついてて、おそろいなの。
オキヌ   人のマーク?
メアリー  うん、丸い輪っかの中に人のマーク。
オキヌ   ?
イシダ   それって、ベンツですよ、ベンツ。
オキヌ   するってーと、何かい? ベンツが二台ってことかい?
メアリー  メアリー 、よくわかんない。
オキヌ   いったい、どういう商売してやがんだい?
メアリー  メアリーんち、パパもママもお医者さんだよ。
オキヌ   医者? 金星人が医者なんかになれんのかい?
イシダ   一応、医師法では認められてると思いますけど‥‥。
オキヌ   大方あれだろ。金星人相手のもぐりの医者だろ。あこぎにもうけてる奴がいるっていうじゃねぇか。‥‥おい、そうじゃねぇのかい?
メアリー  メアリー、よくわかんない。
オキヌ   なんだい。自分の親のことだろ?
ジョージ  そ、そうなんですよ。メアリーちゃんのご両親は、在留資格が切れて保険を持ってない宇宙人を相手にしてやっておられるみたいですよ。
メアリー  え、そうなの? ハニー。
ジョージ  う、うん、そうらしいよ。
オキヌ   なんだよ。何で当人より、赤の他人のおめえさんの方が詳しいんだよ?
ジョージ  えへへ、彼女のことは何でも知っておきたいと思って。へへへ。
メアリー  そうなの、ハニー? メアリー、うれしい!
イシダ   でも、そうだとしたら、取り締まりがきびしくなってきてますから、用心しないといけませんね。
オキヌ   あーあ、心正しい貧乏人もいれば、あこぎな金持ちもいるってか。これじゃ、地球人と変わんねぇや。しがねぇ世の中だぜ。
ちぇっ、ミロがまずくなりやがるぜ。誰だい? こんな陰気な話を始めたやつは?
ユウコ   キャッシー。あんただよ、あんた。
オキヌ   ‥‥‥。よーし、景気づけだ。マスター、バーボンのオンザロック。
マスター  あいよ。
イシダ   それはそうと、今朝の新聞読みましたか?
ユウコ   ううん。
オキヌ   あたいは読まねーつーてんだろ。
サヤカ   何が書いてあったんですか?
イシダ   いよいよ、移星人制限法が、国会で成立しそうなんです。
ユウコ   何だよ、それ?
イシダ   不法残留移星人だけでなく、僕たちのような合法的な移星人にも、活動に制限をかけようとする法律です。例えば仕事に就くのにも、厳しい条件が付けられるし、集会や政治的活動にも、一定の制限がかけられるんです。
サヤカ   そんなの、憲法違反じゃないんですか?
イシダ   普通に考えれば、もちろん憲法違反です。でも、移星人は日本国民じゃないから、憲法の保護下には入らない、という解釈なんです。
サヤカ   そんな、無茶苦茶な‥‥。
イシダ   ええ、無茶苦茶です。でも、最近、毎日のように移星人問題がニュースで取り上げられているでしょう? あれも、この法律を通すための地盤作りじゃないかと思うんです。こんなにたくさんの不法残留移星人がいるんだ。こんなに悪いことをしているんだって、世間をあおっているんじゃないでしょうか。だから、今度のイナバさんたちの事件だって、非難する声はほとんど聞こえてきません。サヤカさんには悪いけど‥‥。
サヤカ   ‥‥‥。
マスター  そうすると、その法案が通れば、このバー「ヴィーナス」の営業もやりにくくなるってことかい?
イシダ   おそらくそうなるでしょう。
マスター  嫌な世の中になったもんだねぇ。
オキヌ   するってぇと何かい? ミロが飲めなくなっちまうってことかい?
イシダ   そこまではわかりませんが、全くあり得ない話でもないかもしれません。
オキヌ   そいつは、てーへんだ! マスター、ミロを十年分、いや百年分買いだめしとくれよ。
マスター  そんなに買いだめしたら腐っちまうよ。
ユウコ   ねぇ、そんな無茶苦茶な法律、あたいたちでぶっつぶそうよ。みんなで国会に行ってさ、「なんとか法はんたーい!」とか「金星人をいじめるなー!」とか言ってさ。
イシダ   もう既に、そういう活動は行われています。でも、その声を取り上げてくれる国会議員はほとんどいません。今、金星人の味方をしても、選挙に不利になるだけですからね。
ユウコ   じゃあ、どうすりゃいいのさ!
イシダ   究極的には、金星人の国会議員を作るしかないでしょう。でも、その可能性はますます遠ざかるばかりです。
ユウコ   じゃあ、このまま黙って我慢するだけ? 地球人にいじめられても、殺されても、ひたすらカメみたいに我慢するだけ?
イシダ   ‥‥‥。
オキヌ   あたいらは、おしんじゃねぇ!
イシダ   ‥‥‥。

      しばしの間。

ヤマダ   いや、手はあるぜ。
全員    え?
ヤマダ   やつらにやりたい放題させておくことはない。
ユウコ   だって、どうすんだよ?
ヤマダ   やられたら、やりかえせってことさ。‥‥目には目を、歯には歯を、だ。
ユウコ   やりかえすって、どうすんのさ?
ヤマダ   ‥‥戦う。
全員    え?
オキヌ   何かっこつけてんだよ! あたいらが仕返しに行こうって言った時に、臆病風吹かせて止めたのはあんたじゃねぇか!
ユウコ   そーだ。そーだ。
ヤマダ   勝てないケンカはしない。‥‥そう言っただけだ。
オキヌ   何言ってやがんだ! だったら、今度は勝てるってのかよ!
ヤマダ   勝てる。‥‥少なくとも負けはしない。
ユウコ   なんでそんなことが言えんだよ!
ヤマダ   ここにいる全員に確認しておきたいことがある。
全員    ‥‥‥。
ヤマダ   今から俺のする話は、機密事項だ。外部に情報がもれると非常にまずいことになる。
全員    ‥‥‥。
ヤマダ   そこでだ、箝口令をひくが、異議はないか?
ユウコ   カンコウレイって何さ?
イシダ   他人に話をもらすなってことです。
ヤマダ   一人ずつ確認したい。‥‥まず、オキヌ。
オキヌ   キャサリン!‥‥ああ、言わねぇよ。
ヤマダ   ユウコ。
ユウコ   ああ、わかったよ。
ヤマダ   イシダ。
イシダ   異議ありません。
ヤマダ   サヤカ。
サヤカ   はい、わかりました。
ヤマダ   ジョージ。
ジョージ  いいですよ。
ヤマダ   メアリー。
メアリー  ジョージがいいなら、メアリーもいい。
ヤマダ   マスター。
マスター  了解。
ヤマダ   よし、これで全員だな。

      しばしの沈黙。

オキヌ   何だよ。もったいぶらずにさっさと言えよ!
ユウコ   そーだ。そーだ。
ヤマダ   うるさい! 大事な話だから、静かに聞け。
オキヌ・ユウコ   ‥‥‥。
ヤマダ   アルケミッションという組織のことは聞いたことがあるだろう?
イシダ   あの金星人過激派のアルケミッションですか?
ヤマダ   そうだ。あのアルケミッションだ。
サヤカ   その過激派がどうかしたのですか?
ヤマダ   詳しい事情は話せないが、実は、俺は、アルケミッションとコンタクトを持っている。
全員    え!
ヤマダ   そこからの情報によれば、アルケミッションの指導部では、今回の当局の強権的な取り締まりと移星人制限法の制定によって、政府の対金星人弾圧政策は、最終的段階に入った、と判断している。
全員    ‥‥‥。
ヤマダ   そこでだ。このような最終的局面において、我々、金星人の採るべき道は二つしかない。‥‥わかるか?
全員    ‥‥‥。
イシダ   ‥‥屈服するか‥‥闘うか。
ヤマダ   その通り。そして、我々金星人は、誇り高き民族だ。その我々に屈辱的な屈服、服従という選択はあり得るか?
全員    ‥‥‥。(顔を見合わせる)
ヤマダ   さすれば、すなわち、残された道はただ一つ。地球人との全面戦争あるのみだ。
ジョージ  でも‥‥。
ヤマダ   何だ?
ジョージ  それは、過激派の人たちの判断でしょう? 僕は、別に過激派じゃないし‥‥。
ヤマダ   いや、これは全ての金星人の問題だ。現実を直視すれば、当然たどり着く結論だ。違うか?
ジョージ  ‥‥‥。でも、本当に、その二つしかないんですか? もっと他のやり方はないんでしょうか? たとえば‥‥。
ヤマダ   たとえば何だ?
ジョージ  たとえば‥‥。
メアリー  (思いついて)そうよ! 地球人と金星人がもっと仲良くするとか!
ヤマダ   ‥‥話にならんな。
マスター  いや、まだお互いに話し合う余地は残っているんじゃないか? 星は違っても、人間同士だ。お互い腹を割って話せば、わずかでも良い方向が見えてくる可能性もあるんじゃないか?
ヤマダ   マスター、何をのんきなことを言ってるんだ。現に、やつらは、武器でもって我々に対峙しているじゃないか。どこに話し合う余地があるんだ。その上、既に我々は犠牲者さえ出しているんだぜ。
‥‥もう戦争は始まっているんだ。
オキヌ   でもさー、戦争つっても、鉄砲も軍隊もないじゃん。
ユウコ   そーだ。そーだ。
オキヌ   そんなんで勝てるわけないじゃん。
ユウコ   そーだ。そーだ。
ヤマダ   フフフ‥‥鉄砲か?

      ヤマダ、壁に立てかけていたケースから、おもむろ  に銃を取り出して見せる。

全員    あ!
ヤマダ   鉄砲なら、あるぜ。
ユウコ   それどうしたの? あ、さっき言ってた何とか‥‥。
ヤマダ   そうだ、アルケミッションから供給されたものだ。アルケミッションは、武器、弾薬を潤沢に用意している。
オキヌ   で、でもさ、軍隊はどうすんだよ?
ヤマダ   軍隊は‥‥諸君だ。
全員    え!
ジョージ  それって、僕たちが銃を持って、日本軍と戦うということですか?
オキヌ   そんなの勝てっこねーよ。
ユウコ   そーだ。そーだ。
ヤマダ   いや、そうとも限らない。
ユウコ   どうして?
イシダ   ヤマダさん。もう少し、具体的な作戦を教えて下さい。
ヤマダ   ‥‥まず、初めに言っておくが、アルケミッションは馬鹿じゃない。敵の正規軍と正面対決をして、勝てると思っているほど楽天家でもない。
彼等の選択した戦術は、都市ゲリラ戦だ。ゲリラ戦の有効性は、歴史が証明している。第二次世界大戦のレジスタンスしかり、パルチザンしかり。中国人民解放軍しかり。ベトナム戦争しかり。そして、ゲリラ戦は、市街地において、より一層効果的なものとなる。なぜなら、敵にとって、市街地においては、重火器の使用が困難だからだ。戦車や戦闘機、ミサイルは、まず使えない。また、一般市民とゲリラとの判別も困難を極めるだろう。
さらに、戦いは、武力闘争に限定されるものではない。ゼネストを含め、あらゆる手段を用いて、敵を混乱させる。特に、情報網を寸断すれば、大都市ほどマヒ状態に陥りやすい。それに乗じて、我々は作戦を拡大してゆけばよい。
全員    ‥‥‥。
イシダ   その作戦の最終目標は?
ヤマダ   都市コミューンの確立だ。全国の都市に、我々金星人の自治コミューンを作る。そして、もう一つは、都市自体を人質として、政府との対等な交渉権を獲得することだ。
イシダ   勝算はどのくらいあるんですか?
ヤマダ   それは、この作戦にどれほどの金星人が参加するかにかかっている。アルケミッションの試算によれば、全金星人の三〇%以上が参加すれば、少なくとも敗北することはない。
オキヌ   なんだかよくわかんねーけど、その作戦とやらを、いってー、いつおっぱじめるんだい?
ヤマダ   明朝6時、作戦開始。
全員    え!
オキヌ   おい、みょうちょうって、明日の朝のことだろ? いくら何でも、そいつぁー無理ってもんだぜ。だいたい、あたいら鉄砲なんざ、触ったこともねぇしよ。
ユウコ   そーだ。そーだ。
ヤマダ   あわてるな。別に、お前たちを前線に立たせるわけじゃない。前線はアルケミッションの軍事部隊が受け持つ。一般の金星人の役割は、その後方支援と、敵の攪乱だ。
ジョージ  それにしても、何でそんなに急ぐんですか?
ヤマダ   明日の午後、移星人制限法が参議院を通過して成立する。それを阻止することが一つ。もう一つは、今回、犠牲者が出たことで、金星人の反日感情が高揚してしているタイミングを見計らったものだ。これは、いわゆる弔い合戦なのだ。
イシダ   それにしても、それだけの作戦なら、少なくとも何ヶ月かの準備や、軍事訓練を行った方がよいのではないですか?
ヤマダ   作戦の準備は、アルケミッションの内部で時間をかけて十分に行われている。それに大規模な軍事訓練は、敵に発覚して、かえって作戦の失敗につながりやすい。
少数精鋭の指揮系統の下で突発的に実施されることにこそ、この作戦の意義がある。諸君が「まさか」と思う以上に、敵は「まさか」と思うだろう。
ユウコ   それでも、あんまり「まさか」だよ。
ジョージ  そうですよ。唐突すぎますよ。
ヤマダ   恐いのか?
ユウコ   そんなこと言ってないだろ! あたいを見くびらないでよ!
ジョージ  別に、恐くなんか‥‥(メアリーを見て)ありませんよ。
ヤマダ   この作戦は、敵に対する作戦であると同時に、我々金星人自身に対する作戦でもあるんだ。つまり、ここでは、一人一人に、金星人であることの誇りが試されているんだ。
ここで確認しよう。君たちは、金星人としての、痛みと悲しみと怒りと、そしてプライドを持っているのか?

      しばしの間。

オキヌ   おう、あたぼーよ。あたいは、どこのどいつにも負けねぇ金星人魂を持ってるぜ。でも、それとこれとは、ちょっと違うんじゃねぇのかい? 難しい理屈はよく分かんねぇけどよぉ。
ヤマダ   ほほお、どう違う?
オキヌ   だから、理屈は分かんねぇって言ってんだろ!
ユウコ   あたいも金星人魂はあるけど、その何とかって過激派の片棒をかつぐみたいなのが、どうも気に入らないな。
ジョージ  僕もそうです。アルケミッションの作戦に参加するのに抵抗感があります。
メアリー  メアリー、そのアルケミッションというのが、よくわかんない。
オキヌ   そうだよ。その何とか何とかっつーのは何なんだよ!
ヤマダ   そうか。お前たちは、アルケミッションについて、ずいぶん悪い先入観を植え付けられているようだな。それは、そうかもしれんな。マスコミでは、ひたすら過激派、暴力組織としか言わないからな。
それでは、教えてやろう。アルケミッションというのは、英語のアルケミストとミッションの合成語だ。アルケミスト、すなわち錬金術師。ミッション、すなわち任務、使命。そこで、しばしば、果てなき夢を追い求める夢想家集団のように言われるが、そうじゃない。錬金術の金とは、他ならぬ金星の金なのだ。つまり、アルケミッションとは、金星人の理想社会を創り出すことを使命とする愛星者の組織なんだ。
そして、爆弾をしかけ、テロを起こすのだけが、アルケミッションじゃない。貧しい金星人を助け、金星人の権利を守る活動を日常的に行っている。お前たちは気づいていないだろうが、学生、サラリーマン、自営業、あらゆる職業の金星人が、アルケミッションで活動している。お前たちの身近にも、アルケミッションの活動家はたくさんいるんだ。
‥‥これでも、彼等の指揮の下に戦うのは嫌か?
全員    ‥‥‥。
ヤマダ   お前たちは、悲しくはないのか? 悔しくはないのか?ただ酒に酔って、うさを晴らすだけでいいのか?

      長い沈黙。

サヤカ   やりましょう。‥‥戦いましょう!
全員    え!
サヤカ   みなさん、戦いましょう! ヤマダさんの言う通りです。ここで私たちが黙ったままでいたら、本当に金星人はダメになってしまいます。
ユウコ   サヤカさん‥‥。
サヤカ   確かに無謀な戦いかもしれません。勝てない戦いかもしれません。それでも、私たちが、金星という故郷を愛し、自分が金星人であることに、いや、自分が自分であることに誇りを持つなら、戦うべきだと思います。それが、自分が生きていることの証になると思うんです。
戦いだから、もしかすると命を落とすこともあるかもしれません。でも、私は、誇りを捨て、自分を偽って生きるくらいなら、自分に正直にあり続けて死ぬことを選びたいと思います。
全員    ‥‥‥。
サヤカ   私も、正直言って、死ぬのは恐いです。というより、死ぬということの意味がよく分かりません。でも、分かるのは、イナバさんたちも、わけの分からないまま死んで行ったのだろうな、ということです。このままでは、彼等の死は、余りにも無意味です。余りにもむなしいです。少なくとも、今、私たちは、意味のある死を選ぶことができるのです。それだけでも、彼等より、ずっとずっと幸せじゃありませんか?
さあ、みなさん、戦いましょう!
イシダ   ‥‥わかりました。戦いましょう。
サヤカ   オキヌさん。
オキヌ   キャサリンだっつーの! てやんでぇ、べらぼーめ! あたいだって江戸っ子でぇ! なんかわけわかんねーけどよー、あんたの話にイキを感じちまったよ。こうなったら、命の一つや二つ、とっととくれてやらあ! 持ってけドロボー!
サヤカ   ユウコさん。
ユウコ   あたいもやるよ。でも、なるべくなら痛いのはやだけどね。
サヤカ   ジョージ さん。
ジョージ  分かりました。僕も参加します。どれだけ役に立つかは分からないけど。
サヤカ   メアリーさん。
メアリー  ジョージがやるんなら、メアリーもやるよ。
サヤカ   マスター。
マスター  僕は、参加しない。悪いけど。
サヤカ   え‥‥どうしてですか?
マスター  ちょっと思うところがあってね。
‥‥みんなが行くのを止めはしない。ただ、サヤカさんには悪いけど、弔い合戦というのはやめてほしいな。それは、無意味な復讐の連鎖を生み出すだけだから。
サヤカ   ‥‥。はい、わかりました。

      間。

ヤマダ   それじゃ、参加するのは七人だな。
サヤカ   ええ。
ヤマダ   それでは、確認しておくが、集合は明朝四時半。場所は、ここ、バー・ヴィーナスだ。その時に、武器の配給と、作戦の詳細を伝える。
くれぐれも言っておくが、このことについて他言は無用だ。親、兄弟にも決して話さないように。いいな。
全員    はい。
サヤカ   みなさん!
全員    ‥‥‥。
サヤカ   がんばりましょう! 私たちの愛する星のために!
全員    愛する星のために!
サヤカ   戦いましょう! 金星人のしあわせのために!
全員    金星人のしあわせのために!
サヤカ   戦いましょう! 自分自身のために!
全員    自分自身のために!
サヤカ   戦いましょう! 正義のために!
全員    正義のために!

      音楽! レッド・ツェッペリン「移民の歌」。
      ダンス!

      暗転。


      深夜のバー「ヴィーナス」。
      中央に、マスターがイスに縛られて座っている。
      両脇に、銃を持ったジョージとメアリーがいる。

      しばしの沈黙。

ジョージ  マスター。
マスター  うん? 何だい?
ジョージ  痛くないかい?
マスター  ああ、大丈夫だ。
ジョージ  そう‥‥。

      間。

マスター  ジョージ。
ジョージ  何? マスター。
マスター  ありがとう。
ジョージ  ‥‥ああ。

      間。

メアリー  ねぇ、ハニー。
ジョージ  なんだい? ハニー。
メアリー  メアリー思うんだけど、どうしてマスター を縛らなくちゃいけないの?
ジョージ  それは‥‥作戦の情報がもれるのを防ぐためだよ。
メアリー  それはわかってるけど、マスターは絶対うらぎったりしないよ。
ジョージ  ‥‥僕も、そう思うけど。
メアリー  だったら‥‥。
ジョージ  ヤマダさんの指示だから‥‥。
メアリー  でも‥‥。
マスター  メアリーちゃん、いいんだよ。‥‥こうすることでみんなが安心できるのなら、別にかまわないさ。
メアリー  マスター‥‥。
マスター  それより、明日は大変なんだから、二人とも休んでおいた方がいいんじゃないか?
ジョージ・メアリー (互いに見合う) ‥‥‥。

      間。

マスター  ハハハ、大丈夫だよ。僕のことなら心配いらないよ。決して逃げたりしないから。
ジョージ・メアリー (互いに見合う) ‥‥‥。

      間。

マスター  じゃあ、こういうのはどうだい? 一人ずつ交代で寝るんだ。それなら心配はいらないだろ?
ジョージ・メアリー (互いに見合う) ‥‥‥。
ジョージ  それじゃ、メアリーちゃんが先にお休みよ。
メアリー  ジョージこそ先に寝たら?
ジョージ  メアリーちゃんだよ。
メアリー  ジョージよ。   
ジョージ  メアリーちゃんだよ。
メアリー  ジョージよ。   
ジョージ  メアリーちゃんだよ。
メアリー  ジョージよ。   
ジョージ  メアリーちゃんだよ。
メアリー  ジョージよ。   
マスター  ストップ! おいおい、こんなところでのろけてる場合じゃないだろ?
ジョージ・メアリー  ごめんなさい。
マスター  別にあやまってもらわなくてもいいけど‥‥。

      間。

ジョージ  それじゃ、僕が朝まで起きてるから、メアリーちゃんは寝ておくれよ。
メアリー  そんなのだめよ。ジョージが起きてるんなら、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
ジョージ  いや、僕が起きてる。
メアリー  それじゃ、メアリーも起きてる。
マスター  ストップ! ‥‥フー、困ったカップルだねぇ。仲が良すぎるのも考えもんだ。

      間。

メアリー  ねぇ、マスター。
マスター  うん?
メアリー  どうして、マスターは参加しないの?
マスター  さあ、どうしてだろうな。
メアリー  戦うのが恐いの?
マスター  ああ、恐いよ。
メアリー  死ぬのが恐いの。
マスター  もちろん恐いさ。
メアリー  だったら、こうやって縛られてるのも、恐くないの?
マスター  やっぱり、恐いかな。
メアリー  だったら、どうして?
マスター  どうしてだろうねぇ。
メアリー  もう! マスターのいじわる! メアリー、わけわかんない!
マスター  メアリーちゃん。君はどうして参加するのかな?
メアリー  ジョージが参加するから。
マスター  それだけ?
メアリー  えーっと、みんなが参加するから。
マスター  何のために?
メアリー  えーっと、金星人の幸せのため。
マスター  どうして?
メアリー  え?
マスター  どうして君が、金星人のために戦わなきゃいけないのかな?
メアリー  えっ?
マスター  地球人の君が。
メアリー  ‥‥な、なに言ってんの、マスター。メアリー、金星人だよ。
ジョージ  そ、そうだよ。メアリーちゃんは、正真正銘の金星人だよ。
マスター  別にごまかさなくてもいいんたよ。
ジョージ  ごまかしてなんかいないよ。本当なんだから。
マスター  &%#”$+*<@@#メアリー?
メアリー  ? ‥‥‥何て言ったの?
マスター  正直におなり、メアリー、って言ったのさ。
ジョージ  マスター、ずるいよ! でもさ、金星語をしゃべれない金星人だっているよ!
マスター  そうだ。最近では、特に若い金星人の中には、金星語をしゃべれないやつの方が多いくらいだ。
ジョージ  だったら、メアリーちゃんがわからなくても、何の証拠にもならないよ。
マスター  だけど、ミロが飲めなくて、両親が医者で、ベンツに乗っている金星人なんていやしない。
ジョージ  ‥‥い、いるかもしれないじゃないか!
マスター  いや、いないね。
ジョージ  どうしてそんなことがわかるのさ!
マスター  君の顔に書いてあるよ。
ジョージ  え?
マスター  どうして、そんなにむきになって否定するんだい?それに、君は今、「いるかもしれない」って言ったね。‥‥つまり、君はそういう金星人を見たことがないんだ。
ジョージ  ‥‥‥。マスター、汚いよ。
メアリー  ‥‥‥。
マスター  大丈夫だよ。隠さなくてもいいんだ。誰にも話したりはしないよ。‥‥それに、僕だって金星人じゃない。
ジョージ・メアリー  えっ?
マスター  ‥‥正確に言うとね、金星人と地球人のハーフなんだ。父親が金星人で、母親が地球人だ。
ジョージ・メアリー  マスター‥‥。
マスター  小さい頃、あいの子、あいの子って、よくいじめられてね、親をうらんだものさ。そして、大人になってからも、地球人社会じゃ金星人扱いだし、金星人社会じゃ地球人扱いだし‥‥。
ジョージ・メアリー  ‥‥‥。
マスター  だから、金星も地球も、どっちも好きになれなかった。いや、憎んでいたと言った方がいいかもしれない。‥‥自分に故郷なんかいらないんだ、と強がっていた頃もあった。‥‥でもね、人間ていうのは、そんなに強い動物じゃないんだよね。母親とか、ふるさととか、そういう、よって立つべきものが必要なんだね。
ジョージ・メアリー  ‥‥‥。
マスター  根無し草の自分の弱さに気づいた僕は、いったい自分が何者なのか、必死になって考えた。考えて、考えて、考えぬいた。それでも答えは出てこなかった。
そんな頃だ、金星人と地球人の関係が、だんだんと険悪になり始めたのは。
その時、思った。大嫌いな金星人と大嫌いな地球人がケンカを始めている。僕は、ニヤニヤしながら、これを高みの見物するべきなのか? 正直言って、そういう気持ちがないでもなかった。でも、そこで再び、あの問いかけが僕に迫ったんだ。お前は何者だ?
そこで、僕は気づいた。僕はあいの子だ。あのいがみ合っている金星人と地球人の間に、何の利害もなく入れるのは、あいの子しかいないんじゃないかってね。そして、それこそが、僕のよって立つべき場所なんじゃないかってね。
そこで、僕は、自分に何ができるか、を考えた。そして、金星人と地球人が共に語り合える場所を作ろうと思った。そこで始めたのが、今のバー「ヴィーナス」の原型だ。
ジョージ ‥‥でも、バー「ヴィーナス」は、金星人バーじゃない? 地球人なんて来ないよ。
マスター  そうなんだ。現実は、そう甘くなかったんだ。
初めのうちは、金星人も地球人も来てくれた。ところが、そこで当然議論が起きる。酒が入っているもんだから、それが、つかみ合いのケンカになる。やがて、しょっちゅうケンカばかりの、すさんだ店になってしまった。
地球人相手の店はいくらでもあるから、そのうちに地球人の客は来なくなってしまったんだ。
それを見ていて、僕は店をたたもうかと思った。でも、金星人の客がそれを許してくれなかった。金星人にとって、安くで酒が飲めて、心おきなく語れる店は少なかったんだ。
そこで僕は思った。今の現実を見る限り、金星人が圧倒的に弱者だ。平等な社会を目指すためには、まず、弱い方に肩入れすべきなんじゃないかってね。それで、店の名前もバー「ヴィーナス」に変えたんだよ。

      間。

ジョージ  ‥‥‥でも、それじゃ、金星人に肩入れするなら、どうして戦わないの?
メアリー  メアリーもそう思う。マスターは弱い方の味方なんでしょ?
マスター  僕の理想は、金星人と地球人の平等な社会なんだ。戦いからそれが生まれるとは思わない。憎しみからそれが生まれるとは思わない。‥‥だから、僕は戦わない。
ジョージ  でも、でも、それじゃ、やられっぱなしじゃない?何も良くならないじゃない?
マスター  だから、戦うのか?
ジョージ  そりゃ、そうだよ。
マスター  すると、地球人は、金星人を、より一層憎むだろうな。
ジョージ  そんなの関係ないよ。自業自得だよ。
マスター  戦いの後には、おそらく、金星人は、もっと弾圧されるよ。
ジョージ  だ、だから、勝てばいいんだよ。勝てば。
マスター  勝てるかな?
ジョージ  勝てるよ!

      間。

マスター  ‥‥昔から、弱者の闘い方には二つのやり方があるんだ。一つは、やられたらやり返せ、という闘い方。これが君たちのやり方だ。
もう一つは、どんな闘い方か、分かるかな?
ジョージ・メアリー  え?
メアリー  メアリー、わかんない。
ジョージ  ‥‥‥。
マスター  それは、いわば、戦わない闘い方、だよ。
ジョージ・メアリー  戦わない闘い方?
マスター  キリスト教の聖書にもあるだろう? 右の頬を打たれたら、左の頬を向けなさい。
ジョージ  ‥‥それの、どこが戦いなの?
マスター  昔々、インドの独立運動というのがあってね、その指導者のガンジーって人は、徹底的な非暴力主義者だった。そのかわり、徹底的に不服従を貫いたんだ。そして、彼は殺されたけれど、インドは独立した。
アメリカの黒人解放運動もそうだった。ブラックパンサーという過激な武装グループがいた一方で、キング牧師という、これまた非暴力不服従で闘った人がいた。
ジョージ  ‥‥それって、戦いなの?
マスター  ああ、立派な闘いだ。もしかすると、銃を持つより勇気のいる闘いだ。
メアリー  もしかして、マスターは、そのなんとかという人みたいになりたいの?
マスター  まさか、ガンジーやキング牧師になれるなんて、うぬぼれてはいないさ。でも、その精神は見習いたいって思ってる。
ジョージ  ‥‥‥。
メアリー  じゃあ、マスターも戦ってるんだ。
マスター  ああ、闘ってるつもりだよ。君たちとはやり方が違うけどね。
メアリー  ‥‥マスター。
マスター  何だい?
メアリー  メアリー、感動しちゃった!
マスター  え?
メアリー  ねぇ、ハニー、マスターの縄をといてあげようよ!
ジョージ  メアリーちゃん!
メアリー  ねぇ、いいでしょ?
ジョージ  でも、ヤマダさんの命令だから‥‥。
メアリー  ハニー、いつからヤマダさんの手下になったの?
ジョージ  そうじゃないけど‥‥。
マスター  おいおい、メアリーちゃん。ありがたいけど、ジョージ君を困らせてはいけないよ。
メアリー  いいの。ハニーはやさしいから、いつでもメアリーのお願いはきいてくれるの。そうよね、ハニー?
ジョージ  でも‥‥。
メアリー  そうよね、ハニー?
ジョージ  ‥‥うん。
メアリー  やーっぱり! だから大好きよ、ハニー!

      メアリー、ジョージに抱きつく。

メアリー  さあ、マスター、すぐに楽にちてあげまちゅからねー。

      ジョージ・メアリー、縄をほどきだす。

マスター  おいおい、赤ん坊扱いはやめてくれよ。

      縄がほどける。

メアリー  はーい、ほどけまちたよー。
マスター  あーあ。やっぱり、イスってのは、自由に動ける方がいいねぇ。

      マスター、背伸びする。

ジョージ  ‥‥ねぇ、マスター。
マスター  うん?
ジョージ  これからどうするの?
マスター  どうするって? ‥‥どうもしないよ。
ジョージ  逃げないの?
マスター  どうして? ここは、僕の店だよ。
ジョージ  だって、朝になったら‥‥。
マスター  朝か‥‥。大丈夫さ。なんとかなるさ。
ジョージ  なるかな?
マスター  人の心配をするより、自分の心配をしたらどうだい?
ジョージ  え?
マスター  君たちは、どうするんだい?
ジョージ・メアリー  ‥‥‥。
マスター  君たちは、おそらく大丈夫じゃないよ。
ジョージ・メアリー  えっ?
マスター  君たちは、僕を見張るという任務を破ったわけだ。ヤマダ  君は、軍隊的な発想を持った男だ。おそらく、君たちを見過ごしはしないだろう。
ジョージ・メアリー  え‥‥。
ジョージ  じ、じゃあ、どうすればいいの?
マスター  逃げなさい。
ジョージ・メアリー  えっ?
マスター  とにかく逃げなさい。
これは、僕の個人的な意見だが、そもそも、君たちは、今回の戦争ごっこに参加すべきじゃなかった。
ジョージ・メアリー  ‥‥‥。
マスター  君たちのような若い人たちに僕は期待している。憎しみが憎しみを生むような世界を終わらせることを。‥‥だから、逃げるんだ。ここから。そして、愚かな戦争から。
メアリー  だったら、マスターも一緒に逃げようよ。
マスター  いや、いいんだ。僕には僕の闘いがあるから。
メアリー  マスター‥‥。
ジョージ  マスター‥‥。
マスター  さあ、早く! 朝はもうすぐだ。
ジョージ  うん、わかったよ、マスター。
メアリー  ありがとう、マスター。

      ジョージとメアリー、武器を置いて、立ち去ろうとする。

ジョージ  それじゃ。
メアリー  マスター、元気でね。
マスター  二人とも気をつけて。
僕は、君たちにとっても期待しているんだ。金星人と地球人のアツアツのカップルなんて素晴らしいじゃないか。きっと、君たちのような人が、新しい時代を創るんだ。
僕は、そう信じてるよ。
ジョージ・メアリー  ありがとう。マスター 。

      ジョージとメアリー、去る。

      見送って、再びイスに腰を下ろし、物思いにふける  マスター。

      暗転。


      バー「ヴィーナス」。
      全員が店内にいる。
      中央のイスにマスターがすわっている。

ヤマダ  マスター、これはいったいどういうことだ!
マスター まあまあ、ヤマダ君、そう興奮しない。
ヤマダ  ロープはどうしたんだ? あの二人がはずしたのか?
マスター 手品だよ、手品。みんなには話してなかったけど、僕は、実は、縄抜けの手品ができるんだ。
ヤマダ  ふざけるな!
マスター ふざけてなんかいないよ。
ヤマダ  ジョージとメアリーは?
マスター それも、僕が手品で消した。
ヤマダ  逃げたのか?
マスター だから、消したって言ってるだろう。
ヤマダ  そんな冗談でごまかせると思ってるのか?
マスター ごまかしてなんかいないよ。
ヤマダ  マスター。これは遊びやゲームじゃないんだ。どうしても言わないなら、力ずくでも話してもらわなければならないことになるぞ。
マスター ‥‥‥。

      ヤマダ、銃を取り出し、マスターに向ける。

全員   ヤマダさん!
ヤマダ  マスター。これでも、手品だというのか?
マスター ‥‥ああ、手品だよ。
ヤマダ  これは、脅しではないぜ。銃には実弾が入っている。
もう一度聞こう。ジョージとメアリーを、どこに逃がしたんだ?
マスター ‥‥さあ、どこに消えたんだろうね。
ヤマダ  これが最後の警告だ。言わなければ、本当に撃つぞ。
さあ、言うんだ!
マスター ‥‥‥。

      張りつめた、長い沈黙。

サヤカ  ヤマダさん、やめて下さい。
ヤマダ  ‥‥‥。
サヤカ  こんな時に、金星人同士が殺し合いをして何になるんですか?
ヤマダ  ‥‥‥。
サヤカ  お願いですから、銃を下ろしてください。
ヤマダ  ‥‥‥。
ユウコ  (小さな声で)そーだ。そーだ。
オキヌ  ♪に?げ?た?女房にゃ未練はない?が?。逃げちまったもんは仕方ねぇじゃねぇか。昔の人も言ってるぜ。去る者は追わずってね。
ユウコ  そーだ。そーだ。
イシダ  ヤマダさん。みんなの言う通りですよ。マスターのことは、後で判断しましょう。
ヤマダ  ‥‥‥。

      ヤマダ、ゆっくり銃を下ろす。
      全員、拍手。

ヤマダ  ‥‥マスター。あんたも運のいい男だな。
マスター そうかな?
サヤカ  ヤマダさん。それより、もう時間がありません。早く武器を配布して、作戦を教えてください。
ヤマダ  ‥‥そうだな。
‥‥それでは、まず、銃を配布して、使用方法を教える。銃は、店の裏の車の中にあるから、二、三人で取りに行ってもらいたい。‥‥そうだな、イシダとサヤカ、それにオキヌだ。
オキヌ  キャサリン!
ヤマダ  さあ、ぐずぐずするな。行くぞ。
イシダ  ヤマダさん。ちょっと待って下さい。
ヤマダ  何だ?
イシダ  銃を持ってきてもらうと、ちょっとまずいんです。
ヤマダ  どうしてだ?
イシダ  いろいろとやっかいなことになりますからね。
ヤマダ  ?

  イシダ、拳銃を取り出して、ヤマダに向ける。

ヤマダ  !
イシダ  さあ、銃を床に置いて下さい。
全員   イシダさん!
ヤマダ  ど、どういうことだ!
イシダ  僕は簡単に片づけたいんです。さあ、置いて下さい!
ヤマダ  イシダ、お前、まさか‥‥。
イシダ  たぶん、そのまさかですよ。‥‥今なら、凶器準備集合罪と騒乱罪未遂で済みますよ。さあ、早く。
ヤマダ  お前は、地球人だったのか‥‥。
イシダ  いや、違いますよ。正確に言うと、地球人と金星人の混血です。
ヤマダ  それなら、どうして、地球人の側についた?
イシダ  そんなことは、あなたには関係ないでしょう? まあ、簡単に言うと、僕は強い方が好きなんですよね。‥‥おっと、隙を見て僕を撃とうなんて考えない方がいいですよ。この店の回りは、全部警察に取り囲まれていますからね。
ヤマダ  ‥‥ちくしょう。
オキヌ  イシダ、てめえ、汚ねぇぞ! てめえ、それでも男かよ!
ユウコ  そーだ。そーだ。
イシダ  別に、男じゃなくてもいいですよ。僕は、そういう非合理な価値観にとらわれませんから。
サヤカ  イシダさん。一つだけ、教えて下さい。あなたにも金星人の血が流れているのなら、その血に対して恥ずかしくはないのですか?
イシダ  僕は、むしろ、自分に金星人の血が流れていることを恥じています。みじめで、薄汚れた金星人の血をね。
オキヌ  この野郎! 許せねぇ!

      オキヌ、イシダに飛びかかって行く。
      イシダ、一瞬、オキヌに銃口を向ける。
      その瞬間に、ヤマダがイシダを撃つ。
      イシダが倒れる。

全員   オキヌさん!
オキヌ  キャサリン! ‥‥あたいは大丈夫だよ。
全員   ‥‥‥。
イシダ  ‥‥撃ってしまいましたね。‥‥銃声を合図に、警官隊が乗り込んで来るんです。‥‥だから、撃つなと言ったのに‥‥。
ヤマダ  おい、アルケミッションは、どうなるんだ?
イシダ  ‥‥今頃‥‥地下本部も包囲されているでしょう。‥‥革命は‥‥成功しませんよ‥‥。
ヤマダ  ‥‥‥。
サヤカ  もう、しゃべらないで。傷口が広がってしまうわ。
イシダ  ‥‥フフフ‥‥あなたは‥‥いい人ですね。‥‥裏切り者にもやさしいんだ‥‥。

      イシダ、首を落とす。

全員   イシダさん!

      立ちつくす人々。
      サイレンの音。

      暗転。


      河原の土手。
      ジョージとメアリーが腰をかけている。

ジョージ  今頃、もう始まってんだろうな。
メアリー  そうね。
ジョージ  うまくいってるかなあ。
メアリー  どうかな。
ジョージ  みんな、がんばってるんだろうな。
メアリー  そうね。
ジョージ  オキヌちゃんなんか、マシンガンを乱射してたりしてさ。それで、その後ろで、ユウコさんが「やれ、やれ!」って言ってたりして。
メアリー  かもね。
ジョージ  サヤカさんは、先頭に立って、旗を振ってたりして。ヤマダさんなんかは、アクション映画のスターみたいに、黙って、次から次へと敵を倒していくんだ。イシダさんは、クールな感じだから、さしずめスナイパーってところかな。
メアリー  ‥‥‥。
ジョージ  すごいだろうなあ‥‥。
メアリー  ねぇ、ジョージ。
ジョージ  うん、何?
メアリー  ジョージも戦いたかった?
ジョージ  うーん、ちょっとね。
メアリー  やっぱりそうなんだ。
ジョージ  え、何で?
メアリー  何となく、そうじゃないかと思ったの。男の子はそういうのが好きだから。
ジョージ  ふーん。
メアリー  後悔してる?
ジョージ  え、何を?
メアリー  逃げてきたこと。
ジョージ  ‥‥いや、仕方ないよ。マスターの言うことも分かるし。
メアリー  マスター、どうしてるかな?
ジョージ  きっと大丈夫だよ。あの人は強い人だから。
メアリー  そうよね。マスターは強い人だから。
ジョージ  うん、そうだよ。
メアリー  うん、そうだね。

      二人、しばらく水面を見ている。
      ジョージが、川に小石を投げる。

メアリー  ‥‥勝てるかな?
ジョージ  勝てるよ。きっと。
メアリー  勝っちゃったら、私たちどうなるんだろうね?
ジョージ  うーん、どうなるんだろう。‥‥メアリーちゃんは、普通に家に戻ればいいよ。地球人だから。僕は‥‥僕は、裏切り者だからなあ‥‥。
メアリー  そんなのダメ。私とハニーはいつも一緒よ。
ジョージ  え?
メアリー  メアリーも家に帰らない。ハニーと一緒にいる。
ジョージ  でも、お家の人が心配するよ。
メアリー  いいの。そんなのかまわない。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  いいの。
ジョージ  でも。
メアリー  アハハハハ‥‥。おっかしい。
ジョージ  え?
メアリー  ストップ! って、もう誰も言わないんだよね。
ジョージ  ああ、そうだね。(笑う)

      しばしの間。

メアリー  もう一度、バー「ヴィーナス」に帰りたいなあ。
ジョージ  そうだなあ‥‥。
メアリー  ‥‥でも、もう帰れない。
ジョージ  ‥‥‥。
メアリー  私たち、ここまで来ちゃったもんね。
ジョージ  うん。
メアリー  こんなに遠くに来ちゃったもんね。
ジョージ  ‥‥‥。

      メアリーが立ち上がる。

メアリー  あ、ヘリコプター。

      ヘリコプターの音。
      ジョージも立ち上がる。

ジョージ  ほんとだ。‥‥きっと作戦が成功して、それをテレビが取材してるんだよ。
メアリー  そうかもね。
ジョージ  そうだよ。きっと。
メアリー  ハーイ!‥‥ハーイ!(ヘリコプターに手を振る)

      ヘリコプターの音、去る。

ジョージ  ‥‥行っちゃった。
メアリー  行っちゃった。
ジョージ  ‥‥勝ったら、記者会見なんかするんだろうな。
メアリー  インタビューなんかもあるかもしれない。
ジョージ  メアリーちゃんも、インタビュー受けてみたかった?
メアリー  うーん、ちょっとね。
ジョージ  やーっばり、そうなんだ。
メアリー  えー、なんで?
ジョージ  女の子はそういうのが好きだからさ。
メアリー  もう!

      ジョージ、マイクを持つしぐさ。

ジョージ  あなたのお名前は?
メアリー  メアリーちゃんでーす。
ジョージ  戦いは大変でしたか?
メアリー  すっごく大変でした。でも、メアリーすっごくがんばりました。
ジョージ  あなたはどうして戦ったのですか?
メアリー  それは、金星人と地球人が仲良くするためでーす。
ジョージ  メアリーちゃん。それ、ちょっと変だよ。地球人と戦ってるんだからさ、金星人の幸せのため、とか、正義のため、とか言わなくちゃ。
はい、もう一回。あなたはどうして戦ったのですか?
メアリー  金星人と地球人が仲良くするためでーす。
ジョージ  もう! なんで?
メアリー  ‥‥ハニー。
ジョージ  何だい?

      メアリー、突然、ジョージの右頬を平手打ちする。

ジョージ  痛てっ! ‥‥何すんだよ?
メアリー  ほら。
ジョージ  ほらって、何だよ?
メアリー  もう! ‥‥右の頬を打たれたら、左の頬を向ける。
ジョージ  あ‥‥。
メアリー  マスターが言ってたでしょ。戦わない闘い方があるって。
ジョージ  ああ。
メアリー  私たちも、あれでやりましょ。戦わない闘い。
ジョージ  戦わない闘い‥‥。
メアリー  そう、戦わない闘い。
ジョージ  ‥‥‥。うん、そうだね。戦わない闘いだ。
メアリー  そう、戦わない闘い。
ジョージ  うん、戦わない闘い。
メアリー  そう、戦わない闘い。
ジョージ  うん、戦わない闘い。
メアリー  そう、戦わない闘い。
ジョージ  うん、戦わない闘い。
メアリー  そう、戦わない闘い。
ジョージ  うん、戦わない闘い。
メアリー  そう、戦わない闘い。

      音楽。

      暗転。

                              おわり


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