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122. 尿に菌がいるのに異常なし?!

ミュージカル好き救急医の独白 vol.122
- The Monologue of a Musical-Loving Emergency Physician -

はじめに

みなさん尿検査を受けたことがあるでしょうか. タンパクの有無, 潜血(出血)の有無, 細菌の有無などがわかるわけですが, 検査の結果の解釈には注意が必要です. これは以前にも取り上げました(88.検査陰性なのに陽性?)が, 検査が陰性だから異常なし, 検査が陽性だから異常ありとは限らないのです.
女性の方のなかには, 膀胱炎や腎盂腎炎などの尿路感染症に罹ったことがある方もいるでしょう. その診断が後に覆ったことはありませんか?また, 症状はないのに薬は必要なの?って思ったことがある方もいるのではないでしょうか. 今日はそんなお話を.

今回のミュージカル

生きる IKIRU
待望の再演, 黒澤明生誕110年記念作品の『生きる』は今回もまた素晴らしかったですね. 市村正親さんは71歳, 鹿賀丈史さんは70歳, 私がミュージカルを観始めたときには, お二人は30歳代でしたから, 月日が経つのはなんと早いことか…
私が鹿賀丈史さんの作品を初めて観たのは確か『レ・ミゼラブル』のバルジャン役, 当時は滝田栄さんとのWキャストでした. 母も祖母も鹿賀さんファンのため, それから何度鹿賀さんの舞台を観に行ったことかわかりません. その中でも, 菊田一夫演劇賞も受賞しているレ・ミゼラブル, ジキルとハイドの2作品には魅了され, 夢が叶うのであればまた鹿賀さんver.も観たいですね. どこかに映像が残っていないものか…
『生きる』で, 渡辺勘治は, 胃癌で余命半年にもかかわらず, 医師から正確な診断を告げられませんでした. あの時, 症状があったのかはわかりませんが, 舞台からは体調の悪さがヒシヒシと伝わってきます. 初演の時と比べて, 市村さんも鹿賀さんもなんというか渡辺の人生を背負っている感じでハンカチなくして観劇できません.


救急外来あるある

77歳の女性(CMさん)が, 腹痛, 下痢を認め救急外来を受診しました .

Dr.S:「今日はどうされたのですか?」
Pt.CM:「ちょっとお腹が痛くて, 下痢気味で…」
Dr.S:「いつからですか?」
Pt.CM:「2日前に熱があって, 近くのクリニックでこの薬(抗菌薬)貰ったんです. それを飲んでからこんな感じです.」
Dr.S:「なるほど. そこでは何という診断だったのですか?」
Pt.CM:「尿の検査をしたらバイ菌がいたみたいで, そのためだと思うのですが...」
Dr.S:「熱以外の症状はなにかありましたか?」
Pt.CM:「いや, とくに...」
Dr.S:「そうですか…」

無症候性細菌尿とは

尿検査をして白血球や細菌などが陽性となると, なんだかマズいと思いませんか?通常尿は無菌であるため, 尿検査では正常であればなにも陽性とならないのが一般的です. しかし, 検査が陽性だからといって, それが必ずしも悪さをしているかというとそんなことはありません. 検査陽性だから治療が必要とは限らないのです.
今日は無症候性細菌尿という言葉を覚えておきましょう. 細かいことはおいておいて, 読んで字の如く, ”細菌尿を認めるけれども無症候, すなわち症状がない”ということです. この場合には治療の必要は一般的にはなく, 気にする必要はありません. 妊婦や泌尿器科の手術前など, 限られた状況においては, 菌が認められた段階で治療に踏み切ることはありますが, それ以外の場合には, その陽性所見は, 尿の検体を採取するときに入り込んだもの(偽陽性), もしくは菌はいるけれども悪さをしていないのです.

臓器特異的所見が検査結果よりも大切

肺炎であれば, 咳が出たり, 息苦しくなったりするのが一般的です. 膀胱炎や腎盂腎炎などの尿路感染症の場合には, 排尿時に痛みを認める, 血尿がある, 頻尿(トイレの回数が多い), 残尿感がある(排尿しても出きった感じがしない)などの症状が認められます. これらの症状が一切認めない場合は, 例えレントゲンで肺炎様の影が認められても, 尿検査で陽性所見を認めても, それは今回の症状の原因と考えるのは危険です.
逆に, 発熱に加えて頻尿や残尿感を認め, 腎臓あたりの痛み(お腹の横から背面)を認める場合には, 尿検査が陰性であっても尿路感染症, 特に腎盂腎炎の可能性があるのです. 菌が認められない理由として, 事前に抗菌薬を使用している, 尿管結石などで尿管が詰まり菌が検査では検出されないなどが考えられます. とにかく, 検査よりも症状が大切です.
実際の救急の現場で難しいのは症状が典型的でない場合です. 高齢者や特定の薬剤を飲んでいる場合には, 症状が出づらく, 意識が悪い, 発熱のみで他の症状の訴えがないということもあります. しかしそのような場合でも, こちらから疑って症状を聞くと, 拾いあげられることもしばしば経験します.
尿路感染症は女性に多い病気です. 発熱の原因としても頻度が高く, 僅かであっても臓器特異的所見(頻尿, 残尿感, 血尿, 腰背部痛など)を認める場合には, 医師や看護師に伝える様にして下さい.

処方された薬は理由を必ず確認!

CMさんは尿路感染症として抗菌薬が処方となった様ですが, 正確には把握していませんでした. みなさんも病院を受診し処方された薬が何のためか理解できないこともあるのではないでしょうか. 薬剤師の方が説明してくれるとは思いますが, 診察の際に必ず確認するように癖づけましょう. 「この症状は何のためですか?薬はどういった薬ですか?」, ”くすりもりすく”, よかれと思って飲んだ薬でマズい症状が出てしまっては困りますよね. きちんと確認を!



♪いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に
 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを♬
『ゴンドラの唄』

ミュージカル好き救急医から, 知っているとチョコッと役立つ知識を少しずつお届けします. ぜひ!