見出し画像

「あっ、なるほど」が持つ力(3)

積極的に自分の癒しに「参加する」

前回前々回の記事を通して、

*「言葉にしたり、意味が腑に落ちることで真の変容や治癒が起きるのでは」

ということ、また、

*代替療法のように微細なエネルギーにはたらきかける療法を受けるときにも、ただ受け身で受けるのではなく、自分の心身の症状に関して、「あっ、今この症状があるのは、こういう意味だったのか」という腑に落ち感や、「今までのあり方を変えてみよう」のような振り返りのようなものがあるとよいのでは、と

いうことを書いてみました。

受け身で治してもらう、というのではなく、「あくまでも主体は自分で、いろいろな療法の助けを借りながら、積極的に自分の癒しに参加する」というのは、当たり前のようで、意外に忘れてしまいがちなのではと思います。

言葉は薬

このように言葉や概念をつかって、意識的に自分に向けて照り返しができるのは、人間ならではのこと。最近、この言葉や概念が持つ力ということに今更ながら注目していて、過去の記事(「思考について」(1)(2))でも、思考を実体を持ったものとしてとらえなおしてみる、ということをしてみました。

日本には昔から言霊という考えがありますが、実際に声に出したものでも、自分に対してつぶやくものでも、周りの人によるものでも、言葉や思考は、私たちが思っている以上の力を持っています。

たとえば、カウンセリングの中でいろいろとやりとりしていくうちに、クライエントさんが、

「自分は思っていたよりも強いのかもしれない」

とか

「今まで前だけ見て突っ走ってきたけど、案外疲れていた」

とか、内容はともあれ、体ごとの腑に落ち感があったとします。このとき、「言葉で表すことで、新しい自分がすっと立ち現れてくる感じ」、すでに変化は起こりつつあったとはいえ、そのことで次の段階にさらに進みやすくなる感じ、がします。

非科学的に聞こえるかもしれないですが、感覚的には以下のような感じです;

💚 上記のような情報が薬のように心身に入る
   ↓
💚 その情報が軸や核となってその周りに自己が結晶化していき、新しい形  となる
   ↓
💚 その新しい形が自分の魂(?)の新しい乗り物になり、それに乗りなが  ら、これまでと違ったあり方で生きていく

これは「本当に自分の人生の流れに沿っている言葉」が薬になっていくということで、ポジティブ思考や、(原理は同じですが)今流行りの「引き寄せの法則」とは微妙に趣向が違うのではと思っています。このへんのことについては、また機会があったら書いてみたいと思います。

心理療法と代替療法の交差点

代替療法のように「微細なエネルギーに働きかけること」と、心理療法でやるように「症状の意味が腑に落ちること」をどう組み合わせていくか、ということに関して、数年前におもしろい体験をしました。

我が家にオステオパシーという療法の資格を持つフランス人の友人が訪れた時のこと。この友人は微細なエネルギーへの感度がとても良い人で、植物もこの人が育てると異常なまでに良い育ち方をするという摩訶不思議な能力も持っている人です。

この友人が、私が趣味で買ったフラワーエッセンスという、植物、鉱物等のエネルギーを抽出したセットをどう感じるかを知りたくて、ある7本セットを見てもらいました。それぞれ「自信を持つ」とか「ものごとを受容する」といった類のテーマに対応しているもので、自分に必要なテーマの溶液を経口で摂ったりするものです。

画像1

彼女はまず、ひとつひとつのボトルに手をかざして、ビビっと電気のように手が反応したものを拾い上げていきました。そして、「これが自分に必要なようだけど、どういう意味?」と聞いてくるので、そのエッセンスのテーマの説明を一通り読み上げました。彼女はふんふん、と納得して、もう一度手をかざすと、今度はビビっとこない、とのこと。この液、摂ってみる?と聞くと、

「このエッセンスを私は『理解』した。もう私にはいらなくなったので口に入れて摂る必要はない」

もちろん科学的な実験ではないのですが、直感的に、「あっ、おもしろいな。情報が薬のように心身に作用したのだな」と思ったのでした。

私が以前からやっている「アウェアネス・セッション」では、セッションの途中で出てきた「立ち現れつつある次の段階の自分」に関する言葉を書きためていき、最後にこちらが読み上げて心身に入れるような感覚で聞いていただく、ということをやっています。セミナーなどでも二人組でやっていただくこともあるのですが、皆さんけっこう喜んでくださっています。

このやり方は、上記の友人の一件のずっと前からやっていたことなのですが、フラワーエッセンスのボトルを目の前にした時、つい、「これは口に入れたり、スプレーにするもの」みたいな先入観が入ってしまい、「意味が腑に落ちる」「言葉にする」の部分は忘れてしまっていたのだな、と反省したのでした。

*   *   *

こういうことを考えたり書くにつけ、私は「目に見えないものや、一見実体がないようなものの中にも、なにかの『はたらき』が存在する」という見方にとても惹かれているのだな、とつくづく感じます。心理療法が持つ良さと、エネルギー療法などが持つ良さを両方とも生かすということについて、これからも試行錯誤していきたいと思っています。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

画像2


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?