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神様の足先0.5ミリメートル|短編小説
「神様って色白で、ボインで、ケツでかくて、足とか綺麗だと思うんだ。顔は広瀬すず、ボディは叶姉妹、そんで優しさの塊なの、慈悲深いの、見ず知らずの俺のこともつつみこんでくれんの。」
「知るかよ。それお前の好みな。」
高校の昼休み、俺はそいつに冷めた目で見られながら弁当の卵焼きを一口で食べた。
俺の神様への熱い語りも一口でいけるくらい早く終わった。
少し間があいて、目の前でボソッとそいつがいう。
「…俺が知ってる神様はそんな可愛くて優しいもんじゃない。」
それに対して俺は言った、
「お前、神様みたことあんの?いくらお前が神社の跡取り息子だからってそれはずりぃわ。広瀬すずじゃなくてもいい、会わせてくれ。」
食い気味にきた俺の発言に対して、そいつは呆れた顔と声で言い返す。
「いや、ちげーって。こっちだって会えるんだったら会ってみたいわ。小さい頃、神社の近くにいたおじさんから教えてもらったことがあるんだよ。」
そいつは左手に持っていたオレンジジュースを一口飲んでから続けた。
「神様って空中で浮いてたり、雲にのってるイメージが強いじゃん?もし神様が地上に降りてきたらどうなると思う?」
「ただ仁王立ちでたってるだけじゃねーの?」
俺の答えにそいつは少し笑った。
「これはそのおじさんから聞いた話だけどな、もし神様が現れて地に足先だけでもついたなら……………」
ジリリリリリリッッ
「うわ、もう朝か…」
目覚まし時計の音で目が覚めた。
それと同時に夢を見ていたんだと鳥の巣みたいな頭をクシャクシャとかく。
「懐かしい夢を見たもんだな。…そうか、昨日あいつから連絡があったんだっけ。あいつも父親かぁ。」
1人でぶつぶつ言っても返ってくる言葉はないが、黙っていられないのが俺の悪い癖だ。
今年で俺とあいつは31歳。
高校卒業後、お互い違う進路を歩み連絡も疎遠になっていたが、昨日そいつから連絡がきた。
「久しぶり」から始まって、互いの近況の話をして、「今度呑みに行こうな」ってお決まりの会話をして電話が終わった。
よくある話しだ。
その中でも「俺、父親になるんだ」というあいつの言葉に少し寂しい感じもしたが、まず結婚していたことに驚いた。そのまま涼しげな声で「よかったじゃん」という言葉を放つのが限界だった。
彼女すらいない俺には程遠い世界だし、最近別れたばかりで心の穴も塞がらない。唯一の癒しは「週刊少年ジャンプ」と「仕事中に飲む缶コーヒー」くらいだ。
そんな事を思いながら重たい腰をあげて出勤の準備をする。家すら出ていないのに帰りたい気持ちを抑えながら出勤する朝8時。いつもと変わらない日々だと思っているやつは俺以外にも沢山いると信じて電車に乗った。
そんな中でも「あいつは神職、俺は紙職」なんてどうでもいい事を口ずさんで通勤しているのは俺ぐらいだろう。どうでもいいことを誇らしげに思う。そんな日々も悪くはない。
今日も頑張るかと思った瞬間、俺は後ろからきた車にはねられた。
はねられた衝撃で軋む体が宙に舞った時、時間がゆっくりと流れ、その時視界に入ったのがシルバーマーク。もし俺が生きていたら爺ちゃんに免許返納のことを話そうと心に誓った。
地面に叩きつけられた俺は、最初こそ痛みを感じなかったが、現状を理解し始めると次第に体が悲鳴を上げる。
周りが耳が痛くなるくらい静かだ。
身体中がとても痛い。
俺の悪くない日々を返してほしい。
薄れゆく意識の中で、ふと違和感を感じた。
「…なんか、浮いてね?」
俺が横たわる5歩先に、地面についていない裸足が見える。伏せた頭が重たくて首が回らない。目視できる範囲は足の部分のみ。
幽霊か、死神か、それともまた別なものか。
お迎えが来たかとも考えたが何か違う。
その足は俺の方に近づくわけでもなく、ましてや足先の方向が俺の方に向いてもいない。
少しずつ、少しずつ、足先が地面に近づいているのがわかる。
…朝に見た夢を思い出した。
『………もし神様が現れて地に足先だけでもついたなら…………………
その足先から、この世界が無に還るんだって』
「もしかして、…神様?」
血の気が引いて、鼓動が激しくなるのを感じた。
あの足が神様なのかそうじゃないのかわからないが、徐々に地面に近づくその足先に俺はただじっと見ていることしかできないでいた。
10cm…
7cm…
4cm…
1cm…
0.8cm…
「ちょっとまて!!ストップストップゥ!!!!」
俺は気付いたら叫んでいたと同時に目を閉じてしまった。
…何秒か経った後、何も起きないことに気づき、目を静かに開けた。あの足は幻覚だったんだ、という俺の期待もかなわず足はいなくなっていないが、地面についていてもおかしくない、わずが0.5mmの間でその足先は止まっていたのだ。
さっきまでと違うのは、その足先がこちらの方向に向いている、そして、ゆっくりとこっちに向かってきているということ。
やばい。ドッドッドッドっと俺の心拍が早くなる。
俺の顔の前まで足先がくると
「おまえ、見えてるな?」
神様なのかわからない足の上の方から声がした。
もう意識も朦朧として判断も鈍くなる中、俺は意を決してその問いに応えた。
「あぁ、見えてるよ。あんた神様かなんかか?」
少し間をとった後、「…まぁ、そのようなものだな。」と返ってきた。
「なぁ、神様頼むよ。世界を終わらせないでくれよ。もし俺が生きていたらまだしたい事沢山あるんだ。あいつだってこれから父親になるんだ。頼むよ。神様お願いします。」
「………………」
「神様にとっては小さい事だけど、俺達にとっては一つ一つ大切なんだ。なぁ、だから、頼むよ………」
俺は涙目になりながら、神様というやつに命乞いをした。
「おまえ、さっきから何を言っているんだ?」
その発言に俺の涙はひっこんだ。
「……………えっ?」
「私を見える事に驚いてはいたが、『世界を終わらせないでくれ』だとか何を言っているのか理解に苦しむ。それに私はおまえを轢いた老夫にようがあるのだ。」
「…えっ、じゃぁ、地面に足がついたら世界が終わるとかはないのか?」
「それはお前たち人間が勝手に考えたものだろう。」
神様を目の前にしてこの現状に安心している俺は何なのだろうか。最後の力を振り絞って命乞いをしたからか限界も近い。
「ところでおまえにや…………も…………こ…………………る…………………………」
なにか神様が言っているが、聞く元気もない。
痛みも感じない。もう、眠い。
「おい、起きろ。」
その言葉に目が覚めた。何故だか身体が軽いしどこも痛くない。血が出ていた傷口も塞がっている。
「おまえの身体を治しておいた。その代わりにおまえを轢いたこの老夫のことを許してやってくれないか。」
ポカンと口を開けたままその言葉を理解するのに数秒、時間がかかった。
理解した後、すぐに顔を縦に振った。許さない選択肢を考える余地なんて俺の頭にはない。
愕然としている俺を横目に、神様が口を開く。
「礼ならその老夫にいえ。」
ピーー………ポー……ピー…ポー…ピーポーピーポー…
耳が痛くなるほど静かだった周りの音たちが騒がしくなってきた。救急車のサイレンの音とともに俺の耳に入ってくる。
「おい!あんた大丈夫か!?」
急いで俺のところに駆けつけてきたのは、俺を轢いたお爺さんだった。お爺さんの前頭部からは血が流れた跡がある。
お爺さんに気を取られていた俺は神様の存在を思い出し、視線を戻すと神様はもうそこにはいなかった。
「あんた…、血だらけじゃないか!!本当にすまない…、あぁ、私は何て事を………」
「え〜っと………」
めちゃくちゃピンピンですとお爺さんに言おうとした時だ。
「すみません!!息子が…、息子が飛び出してしまってこんな事に…!」小さい男の子を連れた、顔色が蒼白の母親が駆けつけてきた。
ただ跳ねられたことしか知らない俺は、事故が起こってしまった事の成り行きを聞いた。
お爺さんが運転する車の前に、突如その男の子が飛び出してきて、急いで避けようとハンドルをきったら車が俺にあたってしまった、という事だった。
負の連鎖とはこのことか。
「大丈夫ですよ、俺すごく頑丈なんで。」
まさか神様に治してもらったなんて言えるわけもなく、ガハハハと笑いながらその場を和ませようとした。
それでも2人は青ざめた顔を変えなかった。そりゃそうだ。俺があたった部分の車体が凄く凹んでいるんだもんな。
周辺が騒がしい中で警察に色々と話をした後、俺とお爺さんは病院へ行った。
検査が一通り終わり、待合室の椅子に座って休んでいると、俺を轢いたお爺さんが沈んだ表情で「あの…」と声をかけてきた。
「本当に申し訳ありません…何とお詫びをすればいいのか………」
そう言って深く頭をさげるお爺さん。
俺は、神様のお願いを守るために「大丈夫ですよ」と何度が伝えたが、お爺さんは首を横に振る一方だった。
どう言葉をかえしていいのかわからずにいた俺は、前頭部から流れていたであろう血の跡を思い出して、話を変えるようにお爺さんに質問をした。
「…あの、頭とか怪我していませんでしたか?後遺症とかなければいいんですが…」
「…それが、不思議な事に傷一つなくて、脳の方にも異常がないとのことでした……、お医者さんも不思議がっていまして……、そうだ!あなたの方は大丈夫でしたか!?凄く血だらけだったから!私よりもあなたの方が心配だ!」
お爺さんの身体も神様が治してくれたんだと俺はほっとした。
「僕の方も傷一つありませんでしたよ。どこも異常はありませんでした。お医者さんにどんな身体してるの?と、質問されたくらいです」
お爺さんはポカンとしていた。そりゃそうなるわ。
数秒の間が空いた後、少しお話をしませんか?というお爺さんに、俺は頷いた。
2人横並びで椅子に腰をかけ、一息をつく。
「……こういったら変かもしれませんが、神様が助けてくれたのかもしれませんね。」
お爺さんはポツリと言う。
「不可思議なことでまだ頭がおいついていませんが、なによりあなたが無事でよかった。」
そんな言葉に俺は今までに起きた事を話そうと思ったが、少し考えて言うのをやめた。
「落ち着いたら、神様にお礼を言いにいかないと…………、あなたは今回の事を大丈夫だと言ってくれましたが、せめてお詫びをさせてください。連絡先を聞いてもいいでしょうか?」
「『神様にお礼を』って何かするんですか?」
お詫びとか連絡先とかどうでもよくて、何故、神様がこのお爺さんに肩入れをするのかがずっと気になっていた俺は質問を質問で返していた。
突拍子もない質問にお爺さんは、
「昔からお世話になっている神社に『助けていただいてありがとうございます』とお礼を言いに行くんです。」と優しそうな声で応えてくれた。
「あの、もしよかったらでいいのですが、その神社とお爺さんの関係をお話してもらってもいいですか?…………いや、ねっ!僕そういう話が好きで色々と聞き回ってるんですよ!!」
ハハハッと誤魔化しながら言う俺に、お爺さんはふふっと笑って「こんな老耄の話を聞きたいだなんて、あなたは変わっているね」と言って話をしてくれた。
お爺さんが幼少期に住んでいた町の近くの森に、古い神社があった。当時、友人もいなく、唯一落ち着ける場所だと感じていたお爺さんは、そこを秘密基地にして、よくその神社へ行っていたらしい。
小学校高学年くらいの時に、別の町へ引っ越したっきり、その神社へ行くこともなく長い年月が経ってしまったが、10年前にその神社がある町へ戻ってきた。当時の記憶を思い出して、その神社に向かったお爺さんがみたものは、長年管理もされていなく荒れ果てていて、汚れに汚れていた神社の姿だった。
ペットボトル、ガラスなどのゴミが散乱していて、古くても綺麗で神秘的な神社の面影は一切なかったほどだった。そんな姿に衝撃を受けたお爺さんは、暇をみては神社へ行き、少しずつ綺麗に掃除をしていたとのことだった。
お爺さん曰く、ネットの情報でこの神社を知った若い人たちが、肝試しにきては神社を汚して帰っていくらしい。近年では心霊スポットになってしまっていて、より一層、マナーの悪い人達も増えて困っていると言っていた。
神社を守るためにお爺さんは、夜遅くまで見張っては肝試しにくる人たちに注意をしたりしていて、そんな事を10年も続けていたら「私の事が『神社で自◯した老夫の霊』としてネットで記事になっていた」と、お爺さんは笑いながら話をしてくれた。
別に神様に気に入られたいとかは一切無くて、私はあの神社が好きだからそうしているんだ、幼少期の頃にお世話になったあの神社が好きなんです。
そう言ってお話は終わった。
あの神様がこのお爺さんに肩入れする理由を理解した俺は、しみじみとその話を聞いていた。
「私が最初に『神様が助けてくれたかもしれない』と言った理由はわかるかい?」
お爺さんの問いかけに俺は少し考えて「わからないです。」と応えた。
お爺さんは優しく教えてくれた。
「その神社はね、病気と怪我を治す神様がいる神社なんです。」
ブーーッ ブーーッ ブー ピッ
「はい、もしもし〜、どうした〜?」
「聞いてくれよ!俺、昨日父親になったわ!」
「おぉ、産まれたのか!おめでとう〜!」
前に「父親になるんだ」と電話してきたあいつから「父親になったわ」と報告の連絡がきた。
嬉しそうに話すそいつは一通り喋った後、最近そっちは面白いことあったかと聞いてきた。
俺はすこし考えた後、
「神様みたよ。」
と言った。
そいつは「へぇ〜」と気持ちの入っていない声で返してきたが、
「どんな感じだった?」と聞いてきた。
俺はゴミ袋を片手に、お爺さんと神社を見ながら応えた。
「広瀬すずではなかったわ。」
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