月無き夜の小夜曲(セレナーデ)/6.そのうち!そのうち片づけるから!
本編
「わぁ……」
目的地に到着した日向(ひなた)の第一声がこれだった。
それもそのはずである。目の前に広がっている光景はそれだけ魅力的だったのだから。
一応、辻堂(つじどう)が前もって断りを入れていた通り、流石に『とと服』に出てくるような「オホホこれでこそ私が住むにふさわしい家ですわ」といった塩梅の大きさではないし、庭でお茶会もやってやれないことは無いだろうが、外から簡単に覗けてしまうのであまり快適とは言えない可能性が高そうだった。
ただ、こと玄関のある正面側は、『とと服』の聖地としての風格を立派に備えているといってよかった。
流石に噴水こそなかったものの、門から家の玄関まではそこそこの距離があり、そこに至る小路の両脇には気が植えられていた。
辻堂曰く全て桜の木であるようで、既に春から夏へと季節が移り替わろうとしている今でこそその面影は無いものの、シーズンにはそれはそれは素晴らしい、満開の桜並木のようになるのだという。
正直なところ日向は、辻堂の言葉もあって「ちょっと立派な一般家庭の家」くらいを想定していたのだが、これは間違いなく「お屋敷」と言っても差支えないレベルのものだ。
「気に入った?」
「はい!これ、桜なんですよね?」
「そうだよ。だから春にはお花見なんかも出来るハズなんだ」
「ハズ、ですか?」
「ハズ。あの子がね、出不精だから。花より団子っていうの?そういう実利と最小限のエネルギーでの生活を取る子だからね」
「……なんだか、聞き覚えがある気がするのですが」
「あ、分かった?」
分かったも何も、番組《チャンネル》51.5はまさしくそういう“キャラクター”だったはずである。なんですか、こんな昼ふけに起こさないでください。
「まあ、多分無意識だと思うけどね。じゃ、いこっか」
それだけ言って辻堂は屋敷へとずんずん歩みを進める。
「分かりました」
日向も遅れないように後を付いていく。ここまで一緒に移動し敵が付いたことだが彼女──辻堂観雪(みゆき)は大分せっかちで、雑な性格の様だった。
まず歩く速度が速い。日向もそこまで遅いほうではないと思うが、それよりも大分早い。身長が日向よりも高いことも助けになっているとは思うが、それにしてもだ。
ちなみに雑な性格だと思ったのは、ここに来るまでの移動中、貸し会議室と、タクシー。その両方で物を忘れそうになったからだ。
ぶっちゃけ、日常生活で支障が出るんじゃないの?というレベルな気がするが、どうやら人といる時は特段酷いだけで、普段はそれほどでもないらしい。本当だろうか。
「わあぁ…………」
日向は思わず、先ほどと同じような声を上げる。
屋敷内に一歩足を踏み入れただけでこれだった。
内部は普通によくある「お金持ちの家」という感じで、特段変わったところはない。外から見る限り三階建てだが、階段は奥にあるようだ。
玄関から見えるのは中央の廊下と、左右に広がる部屋の数々、そして、最奥にある大きな扉だけである。あそこは大広間のようなものなのだろうか。シンメトリーな作りになっているようで、ぱっと見の内観はシンプルだった。
そんなもんだから辻堂は流石に苦笑いをたたえながら、
「そんなに?」
「はい。だって、聖地ですよ?」
「いや、そうだけど……でも内装は全く違くない?」
日向は力強く、
「それでもです」
辻堂は苦笑いを残したまま後頭部をかき、
「ま、気に入って貰えたならいいや。上がってよ」
日向を屋敷内に招き入れる。
「靴はそこの靴箱に置いちゃって。どうせ使う人間が少なくって余ってるから」
そんな指示を受けて、日向は靴箱に視線を移す。
余ってる、使う人間が少ない、というフレーズからしたら大分多くの靴が入っていたが、それでもまだまだ余裕があった。
サイズは手に取ってみないと分からないが、その傾向からして少なくとも三、四人分くらいは入っていると考えられた。男性が一人。女性が二人。それからどちらか、あるいは別の人間のものと思わしき靴が数足、
「よっ……と」
訂正。辻堂のものが数足入っているようだった。日向もその隣に靴を入れ、屋敷の奥へと進んでいく辻堂についていき、
「ちょっと止まって」
「?はい」
唐突に、辻堂から「待った」の合図が出る。
「ちょっとここで待っててね。今、確認してくるから」
それだけ告げると、辻堂は一つの扉を開け、中へと消えていく。
暫くして、
「全く……しゃーないかぁ……」
辻堂が部屋から顔を出し、
「少年。こっちこっち」
手招きをする。日向は辻堂のところまで行き、小声で、
「少年呼びで良いのでしょうか?」
辻堂も小声で、
「いいの。どうせ聞こえてないと思うから」
「それはどういう」
「見れば分かる」
そういって扉の中へと日向を誘い入れる。
「…………わあ」
三度目。
ただし、前二回とは大分意味合いが異なっていた。
それもそのはずである。辻堂に招き入れられたその部屋は、びっくりするほど散らかっていたのだから。
一応、ゴミの類はない。
したがって異臭がするゴミ屋敷のような状態にはなっていない。
また、一見すると無作為に散らばっているものも、よくよく見ればある程度の規則性を伴っているのは事実である。
部屋の隅にいくつも渦高く積みあがっている雑誌類はよく見ればそれぞれ種類がきちんと山が分かれているし、山ごとの順序にしても発行順にきちんと揃えられている。恐らく読んだらあそこに積みあがるシステムになっているのだろう。
部屋の中央。扉と、奥の机を結ぶ部分には一切物が置かれておらず、通路のようになっているし、部屋の奥に備え付けられている天蓋付きのベッドには漫画の単行本が積みあがっているが、それも出版社ごとにきちんと整理はされている。
さらに奥には脱ぎ捨てた衣類が積みあがっているが、恐らく最近着たと思われるものはハンガーにかけて本棚に引っ掛けてある。
断捨離が趣味の人間が見たら卒倒間違いなしの光景ではあるが、一応部屋の主からしてみれば「整理整頓されている」のではないかという推察は出来る状態になっていた。
もちろんこの部屋の状態を「綺麗」と「汚い」の二択で選ぶのであれば、後者であることは間違いないのだが。
「ごめんね。これでも片づけてるんだけど」
なぜそれを辻堂が謝るのかがさっぱり分からない。
「え、この部屋って辻堂さんの……」
辻堂は両手をぶんぶんと振って否定し、
「違う違う!流石にここまで酷くなっちゃうのは年に一回くらいだって!」
それは自信を持って言うことなのだろうか。
とはいえ、この部屋は辻堂のものではないという。そうなると消去法で、
「まさか……逢初遥(あいぞめ・はるか)さんの……?」
「ピンポーン」
辻堂はポンと手をたたいた上で、右手の指でわっかを作った。正直当たってほしくなかった。
流石に辻堂もそれは分かっていたようで、
「や、分かる。分かるよ。夢が崩れるのは。でも、大体こんなもんだよ。いや、流石にこんなに酷いのは珍しいと思うけど。けど、作家なんて案外そんなもんだよ」
とだけ言って、部屋の中央へと足を踏み入れ、
「こっちこっち」
再び手招きする。彼女は今、机の前に備え付けてある、椅子(恐らくはゲーミングチェアというやつだと思う)の隣に立っていた。日向は呼ばれるままにそばに行き、
「紹介しよう」
辻堂はそう言うとゲーミングチェアをくるりと回転させ、
「君の主人、逢初遥……本名二宮月乃(にのみや・つきの)だ」
そう言い切った。
関連記事
・作品のマガジン
・カクヨム版
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?