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ヘドロの創作 2024/6/30
(承前)
キジ太郎は落ち込んでいた。寝言でぴいぴいと夜泣きするほど落ち込んでいた。
チャチビがいなかったのがショックだったのだ。猫族の男親が子猫にこうまで執着するのは珍しい。たいてい女親に子猫を全て任せて働いているからだ。そもそもチャチビはキジ太郎の子供ではないのだが。
「いつまで落ち込んでんだよ。落ち込む気持ちはわからんでもないが、なんでそんなに執着するんだ」
シロベエに静かに諭されても、キジ太郎は相変わらずしょんぼりとヒゲを落とすだけだった。
「そんなにしょげることないじゃない。大丈夫よ。なんならわたしと子猫作る?」
クロ美のものすごい提案を聞いても、キジ太郎はドンヨリと落ち込んでいて、ものすごいことを提案してしまったクロ美は恥ずかしい顔をした。
(諸行無常。どんなものでもいずれ滅びる)
シャム蔵のなんの励ましにもなっていない励ましに、キジ太郎は悲しい顔をしている。
だれが励ましても無駄そうだった。仲間たちはいろいろと考えて、魔族から助けた子供たちのいる村に向かい、子猫たちが元気にしている様子を見せることにした。
村につくと、子供たちが目ざとくキジ太郎たちを見つけて集まってきた。
みなきゃいきゃいと騒ぎながらキジ太郎たちを取り囲んだ。その向こうからハチワレの村の長が、のっそりとやってきた。
「これはこれは、勇者殿。村の子供たちを助けてくださって、感謝にたえません」
「……そうですか」
キジ太郎は素直に喜ぶ気はないようだった。
村人たちは宴会の支度を始めた。勇者一行は長の家に通された。
長の家では、利発そうな顔をしたベンガル模様の少年が書物を読んでいた。長の養子らしい。その少年は書物を閉じて、キジ太郎に頭を下げた。
「弟を助けてくださって、ありがとう存じます」
「いえ……僕らはただ魔族を追いかけて、その魔族を討伐しただけです」
「弟は勇者さまのことを素晴らしい英雄だと言っていました。きっと助けてもらえて嬉しかったのでしょう」
「そうですか」
クロ美がヒゲを動かした。
「その書物、もしかして魔界について書いてあるやつ?」
「ええ……魔界見聞録という書物です。この家に代々伝わるものです」
「もしかして魔王を倒すことについても何か書いてあったりするの?」
「ええ……古い本なので、信頼できる情報かは分かりませんが」
「ちょっと見せて」
「はい」
ベンガルの少年は、いたってあっさりと書物をクロ美に渡した。クロ美は早速開いてみる。しばし難しい顔をしたのち、クロ美は呟いた。
「魔王を倒すには……すべての魔族を討伐しなくては……ならない。それが猫の子を魔族にしたものであっても……」
「えっ」
「えっ」
(なぬ)
その「魔界見聞録」に書かれていた残酷な事実に、一同は震えた。
魔族にされた猫の子だけではない、この理屈でいけばチャチビも討伐しなくてはならないのだ。キジ太郎はしばし、何もないところを見つめて、それから毛を逆立てて言った。
「魔族と、共存するしかない」(つづく)
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◇◇◇◇
おまけ
なんということだ。6月が終わってしまう。来月は聡太くんを動物病院に連れていって一発五千円のワクチンを打たねばならない。いつもの獣医さんは復活するだろうか。いつもの獣医さんがいちばん信頼できるのだが……。