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きょうの聡太くんとプレイバックたまちゃん 2022/7/30

 題して「おおらかな飼い主になろうチャレンジ」を始めることにした。
 先代猫たまちゃんに対してそうだったように、猫本人を信頼し、猫を心の底から愛そうと思ったときに、あまり心配しすぎない、というのが大事なのでは、と思えてきたのだ。
 まあたまちゃんは17年と半年一緒に暮らしたわけで、それだけ一緒ならば当然信頼は築かれるに決まっている。まだうちに来て3ヶ月しか経っていない子猫と、無理に信頼関係を築こうというのは無茶な話だ、というのは分かっている。
 だからその第一歩として、「心配しすぎない」ことにした。床に落ちたパンくずを拾い食いするだとか、一人にすると退屈そうな顔をするだとか、そういうことをあまり心配してもどうしようもないのだ、ということに気付いたわけである。
 一人の時間を退屈がることについては、そりゃあ心配だ。できることなら同じ部屋にいてやりたい。でもよそのお家では日中フルタイム労働でだれも家にいない、なんてこともあり得るわけで、そこばかり心配してもなんにもならないと思うのだ。
 そして聡太くんのために文章を書いているのだ、聡太くんに邪魔されて文章が書けなかったら共倒れである。公募の原稿やカクヨムのパソコンで書いたほうがいい話は仕方なく部屋で書くわけだが、noteの記事やカクヨムに気まぐれにUPしているやつはなるべく茶の間で書くことにした。スマホ用キーボードにあまり興味がないようだからだ。
 パソコンにはコードがあるしマウスがある。猫のおもちゃとして最高すぎるのだ。だから茶の間でパソコンを使って破壊される可能性がある。そしてパソコンは安いものではない。
 そのうち落ち着いてくれば、パソコンを茶の間に持ち込むのも問題なくなるだろう。いまはまだ子猫である。4ヶ月の子猫は人間の7歳なので、そりゃあものを壊すのが大好きに決まっている。
 遊び方が足りない気もする。遊べるときはもっといっぱい遊んでやりたい。猫じゃらしを、あつ森の道具よろしく壊してくれても構わない。母氏の同僚が飼っている、聡太くんと年ごろの変わらない猫は、既に猫じゃらしを2本破壊したらしい。いっぱい遊んでやらねばならない。

 きのうはクソ暑かった。
 猛暑日一歩手前まで気温が上がった。日差しの入らない茶の間もムシムシジメジメした。でも、網戸にして扇風機を回すだけでどうにか乗り切った。
 真夏だが夕方には外の日陰が涼しくなるのだ。それをいちいちエアコンで冷やすのはもったいないし、かつていつもの獣医さんは「人間は窓開けて扇風機回して、あちーあちー言ってれば猫には適温」と言っていた。
 その言葉通り、聡太くんはわざわざ日当たりの玄関まで出ていってゴロゴロしたり、階段の上の日当たりでのんびり過ごしたりしていた。
 猫はもともと砂漠の生き物だ。暑いのはわりと平気なのだろう。まあさすがに30度は人間がヤバいなと思ったので、今後はもしうんと暑くなるようならエアコンをつけようとは思っているのだが……。

「あついところからでると、ととのうんですよ」


 聡太くんが手からおやつを食べてくれるようになった。最初は「いらな〜い」とやっていた、鶏肉を茹でたパウチのおやつを、手でつまんで顔の前にもっていくと、がぶがぶ食べて「もっとよこせ〜」と主張するようになった。
 このおやつはシリーズでカツオのパウチもあるのだが、そっちは味見したら猫にはしょっぱいと思われたので、薄味だった鶏肉のほうを与えている。
 しかしどうしてキャットフードのパッケージのモデル猫のみなさんはああも可愛いのだろうか。子猫用のキャットフードを買うので、パッケージもだいたい子猫だ。それもべらぼうにかわいい子ばかり。
 ちなみに個人的に好きなのはシステムトイレの底のシートや砂のパッケージにいる、トイレで用を足す味わい深い表情の猫さんだ。人間に例えると、まるで居酒屋のトイレで飲み仲間からいったん離れてゆっくり用を足している、みたいな顔だ。たぶんそのあとは「ふうさっぱりした」みたいなことを言い砂をかき回して出ていくのだろう。

 コワモテのおじさんとかわいい動物、という組み合わせが好きだ。この間ホームセンターに母氏の職場で飲むボトルコーヒーを買いに行ったところ、店を出るときにコワモテのおじさんがかわいい小型犬を抱っこしてホームセンターに入っていった。思わず母氏と2人して「わあーかわいいー!」と言ってしまった。おじさんはポーカーフェイスというやつだった。
 あのワンちゃんは奥のペットサロンでトリミングでもしてもらうのだろうか。それとも洋服を買ってもらえるのだろうか。想像するとニコニコしてしまう。
 最近買い物に出掛けて、道中犬を見かけると1匹あたり百万点が加算される、というゲームを始めた。ちなみに老犬だと百五十万点だ。老犬は可愛いから仕方がない。
 20年後、わたしは年老いた聡太くんをかわいいと思えるのだろうか。またシリンジにご飯を詰めて食べさせる日がくるのだろうか。

頑なに涼しいところを拒否する。


 すごくどうでもいいのだが、先代猫たまちゃんを獣医さんに連れて行ったとき、「16歳を超えた犬猫飼ってると申請すれば表彰状もらえるよ」と獣医さんに言われた。
 まあとりあえずいらないのでそうなんですか〜と言っておいたのだが、その話を絵の先生にしたところ、「それで獣医さん代が安くなるなら欲しいけど、そうじゃないならいらない」とめちゃめちゃ現実的なことを言われた。

 ふと、たまちゃんを火葬したときのことを思い出した。
 待合室にはたくさんの犬猫の写真があった。22歳まで生きた猫の写真もあった。たくさんの人がここで悲しみを堪えたのだな、と思った。
 たまちゃんを火葬した日は、冬晴れのきれいな空の見える、寒い日だった。
 それから季節はめぐって、わたしはまた猫と暮らしている。優里というアーティストの「レオ」という曲を聞く限り、きっとたまちゃんは聡太くんとわたしたちが暮らしているのを喜んで見ているのではないかな、と思う。

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