ヘドロの創作 2024/5/5
キジ太郎たちは多島海をどう進むか考えていた。泳ぐのは無理だ、自分たちはスナドリネコではない。毛がペショペショになっては元気が出ない。
多島海は魔王の居城のある土地だというのに、とてもきれいな海と島々の散らばる場所だった。キジ太郎は浜辺に小屋が建っているのに気付いた。みんなで近寄ってみる。
中ではシャム猫が1人瞑想をしていた。小屋の周りを見るにどうやら漁師のようだ。小さな手漕ぎ船や魚網などが置かれている。
「あのー、すみません」
キジ太郎が勇気を出して話しかけた。シャム猫は青い目をぱちりと開いて3人を見た。
(なにか用か?)
頭のなかにシャム猫の声が響いた。
「あなたは漁師ですか? 僕たちは多島海を渡って、魔王を倒しにいきたいんです」
(やはり来たか。虫の知らせ通りか……)
「あの、名前は。僕はキジ太郎です、こっちがクロ美でこっちがシロベエです」
(私はシャム蔵だ。僧侶だが漁師もやっている。ひとつ聞きたいことがある……本気で、この多島海に魔王がいると思うのか?)
「違うんですか?」
(違う)
「あの。そんなこと言われてもよくわからないのですけど……」
(多島海に魔王がいると言ったのは王か?)
「ええ、まあ」
(王は間違っているのだ。まあいい……そろそろ陽が暮れる。食事にしよう)
シャム蔵は壁に干していた魚をコンガリと焼いて3人に振る舞った。脂がのったうまい魚だった。
(鯉のぼりの季節だな)
「鯉のぼり?」
(私の故郷では、春から初夏にかけて、大きな魚ののぼり旗を掲げる祭りがあった。鯉は滝を
登ると竜になる、と伝えられている)
「聞いたことがあるわ。でもすごく古い風習で、いまは行われていないって聞いたけど」
(それだけ時が流れたのだ。さて、肝心の本題だ。確かに多島海は魔族の棲家だ。私も何度も魔族に漁を邪魔されている。しかし私がここに住めるということは、魔王のような強大な存在はいないということだ。つまり下っ端の魔族が、ここに魔王がいると吹聴して、本当の魔王のいどころを隠していると考えられる)
「なるほどねえ。あんたは賢いな」
シロベエが感心した。
そのときだった、シャム蔵の小屋の屋根が吹っ飛んでしまった。なにごとだ、と一同武器を構えた。
「キシャシャシャシャ! ウェルシュ菌をうつしちゃうぞ! お前らみんな腹くだしだ!」
現れたのは生焼けの鶏肉の魔族であった。シャム蔵は無言で手を伸ばし、爪をくいくいと出し入れした。
「な、なんだあ……?」
(猫拳奥義・ゲジゲジ滅殺砲)
シャム蔵の肉球から光線が放たれ、生焼けの鶏肉の魔族は見事に中まで火が通り消滅した。
「す、すっげえー!!!!」
キジ太郎は素直にびっくりしたのであった。そして、シャム蔵に仲間になってほしいと頭を下げた。
(構わない。私の小屋は吹っ飛んでしまった。いちいち直して漁師を再開するよりなら、もう2度と魔族に壊されないようにしたほうがいい)
一同は多島海を後にした。真なる魔王城を探す旅が始まったのである。(つづく)