ヘドロの創作 2024/6/16
(承前)
チャチビは、恐ろしいほどスクスクと育った。キジ太郎の感覚では、あきらかに猫の子供とは違う速度に感じられたが、仲間たちは子猫というものを間近で見る機会がなく、シャム蔵が子猫の成長速度を知識として知っていただけだったので、誰も気にしなかった。
しかしそれにしても成長が著しすぎる。チャチビはあっという間に歩いて一同の旅についてこられるようになった。いつもふところに抱えていたキジ太郎としてはちょっと寂しかったが、チャチビが「もうだっこいやだー」というのだから仕方がないのだった。
しっぽの先はキジ太郎が羽織らせたマントの下に隠させた。チャチビは毎日ご機嫌で旅についてくる。
魔族に襲われた、と噂の村を訪れたとき、チャチビはずっとキョロキョロと怯えていた。魔族が魔族を恐れるとはどういうことだろうか、と思ったが、その村も魔族ではなく猫が襲ったように見えた。
なにかがおかしい。一同はそう考えた。
◇◇◇◇
「とーたん、おなかすいた」
のどかにチャチビがそう言った。育ったとはいえまだ子猫だ、大人猫のように一日2回たっぷり食べれば平気、というわけではない。1日4食くらいに分けねばならない。
「よおし。僕らもおやつにしよう」
みんなで森のぽっかり開いた丸い空間に腰を下ろし、火を焚いて、魚やら鳥肉やらを炙ってぱくぱく食べた。
チャチビはうまそうに鳥の骨をしゃぶっている。キジ太郎が「うまいか?」と聞くと、チャチビは「おいちい!」と答えた。
「すっかり父親が板についてきたわね」
クロ美に笑われる。
「かーたん、とーたんわらえばだめ」
「だれがかーたんよ! やめて!」
クロ美が毛を逆立たせて唸る。チャチビはびくりと驚いて、キジ太郎の懐に逃げ込んできた。
「そういえばさ……多島海に魔王がいると思っていたころに、クロ美が魔王を倒せば平和になるなんて単純すぎるって言ってたよね」
「ええ。実際そうでしょう。魔族による侵略なんて現実にないじゃない。わたしたちが戦った魔族だって、国を滅ぼすなんて難しいことを考えているようには見えない。魔王なんていないんじゃなくって?」
「魔王はいない……か。じゅうぶんにありえることだ」
シロベエがため息をつく。
(それはそれとしてだ。チャチビが大きくなったらどうするつもりだ)
シャム蔵が静かに呟く。
「それはチャチビが決めるんじゃないかな」
(猫とは仲良くできない、戦争だ、と言い出して牙を剥いたらどうする)
「……それは」
「せんそー?」
(ああ、チャチビや。怖いことを聞かせてしまったな。お前はなぁんにも考えなくていいのだぞ)
「あーい。とーたん、おにくたべるー」
「よしよし。いま炙ってやるからな」
キジ太郎が焼いた肉をチャチビに差し出したとき、なにやら不穏な風が吹いた。
鋭いキジ太郎の嗅覚が、魔族の匂いを感じる。その魔族は姿がなく、ぼんやりとその場を影で覆った。
「やだー! とーたんがいい! とーたんがいい! たすけてとーたん!!」
チャチビが叫んだ。キジ太郎はチャチビを抱えようとしたが、影の魔族はチャチビを捕まえて、おどろおどろしい空気を引きずって去っていった。
「チャチビ!!」
チャチビが魔族に攫われた。一同は森の中に立ちつくした。(つづく)
◇◇◇◇
おまけ
庭でなにやら鳥のヒナが巣立とうとしていて、聡太くんはずっと外をじいーっと見ていた。猫は鳥が好きなんだなあ、と思った。
それはそれとして、聡太くんはゆで卵の黄身を分けてもらって喜んでいた。最近はずっとお腹が健康そうでよい。このまま健康であれ。
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