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感情のファスト化

昨今、ショートコンテンツが流行っているといわれている。実際にそうだろう。視聴者は、長時間のコンテンツに集中できなくなり、短くて手軽なコンテンツを求める傾向がある。

なぜ、ショートコンテンツを求めるのか。それは最小の労力で最大の利益を得たいという人間の本能に由来するだろう。

以下、ショートコンテンツが最小化する労力を挙げる。

まずは、集中力である。長時間集中することは、労力である。コンテンツの時間が短いということは、そのコンテンツに集中している時間が短くて済む。

次に、思考力である。短いコンテンツの中には複雑な設定、頭を悩ませる問題を詰め込むことが一般的には難しい。通常、ショートコンテンツは、単純で分かりやすいものが多い。たとえば、スーパープレー、人の失敗、動物、食べ物などである。
このような単純なコンテンツは、それを消費する際に頭を使うという労力を使わなくて良い。そのため、手間をかけずに満足を得ることができる。

以上のことは、直感的にもわかりやすい。集中力と思考力を使わずにコンテンツを消費したいことは、ショートコンテンツを消費する人間も気づいているだろう。

ただ、おそらく気付きにくく、そしておそらくはより深刻な問題に、感情のファスト化の問題があるのではないか。
ショートコンテンツは、頭脳的なファスト化だけでなく、感情的なファスト化も引き起こしているのではないか。

ショートコンテンツを求めるとき、人は、複雑で矛盾を抱えた解決困難な感情の問題から、逃避し、安易な感情的満足に逃避しているのではないか。
事実、例に挙げたようなショートコンテンツによって引き起こされる感情は、単純で本能的なものが多いだろう。

スーパープレーを見て驚き、猫を見て可愛いと言い、食べ物を見て美味しそうと思う。
もちろん、悪いことではない。しかし、複雑な感情、ずっしり重く負担に感じるような感情、痛烈な切なさ、やりきれなさ、こういった深い感情から逃避し続けると、現実においてもそういった感情が薄れるのではないか。そして、そのことは、現実を味気なくするのではないか。

そして、最終的に、そういった感情を育まずに成長した人間は、人間的な深い感情をもたなくなるのではないか。そういった人間は、他人の痛みや辛さに対して、無感覚になるのではないか。それは、社会的に問題であると思う。

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