sotto and playfulness

不登校のママであるわたしたちが、感じたこと、経験したことを 次の世代の人へ伝えていきた…

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不登校のママであるわたしたちが、感じたこと、経験したことを 次の世代の人へ伝えていきたい 遠回りしなくていいんだよ そんな思い出綴っていきます https://sotto-and-playfulness.studio.site/

最近の記事

不登校の妹の言葉

不登校になって、2年半、山あり、谷ありっていう言葉では表現できないくらい、どん底はどこまで下があるのかと感じた毎日でした、いや、毎日です。 受験勉強で忙しい友達を横に、起きてるだけで偉いねって、心の声を隠して言っていたけど、最近は「今」が楽しい方がいいのでは?と本気で思うようになった 時々、そう思えない時もあるのも事実ですが😅 「不登校はギフト」っておちょくってるの? 時々、「不登校はギフト」なんて言葉を何度かみた 正直、何言ってるの? それ言える人は、再登校してるんで

    • 死ぬことを考えた日、それを思い出す今日

      悩みながらも何とか、希望を探して生きている不登校児の母です もちろん、楽しい日もたくさんあります しかし今もなお、苦しみ、もがきながらの毎日です

      ¥300
      • 「疲れ」「弱り」を回復するには

        娘が不登校になってすごい酷いことを言ったり、したりしていたと反省しながら、次に続く人が同じと遠回りをしてほしくないと思って綴っています。 当初、重度の起立性調節障害で寝たっきりでしたが、今は、午後からは元気に動けるようになりました。 でも、普通に学校に行くのはかなりまだエネルギーが足りていません。 「疲れ」って ストレスによって、体や心が一時的に消耗し、休息を必要とすること でも、短期間で復帰ができて、とにかく、寝て治す 「弱り」って 体力や気力が減少し、正常に機能

        • 留学という安直な考え方が・・・

          不登校になって 他の子よりできる ← 誰と比べてんのか? 期待以上にできている ←期待ってなんだろ なんて思っていたけど、全部が バーンって潰されてしまった 本人が一番辛いと頭ではわかっているけど 子育てを必死にしてきた親としては どうして?、どうして?の毎日でした。(自分本位ですいません) 「できない」が当たり前になるのに、 整理する時間がかかりました いきなり、また、赤ちゃんになった感じ あの頃は、 掴まり立ちできた う🙆ちがトイレでできた なんて、赤飯炊く勢

        不登校の妹の言葉

          不登校の子どもの人生はだれもの

          なんでもしてあげたかった幼少期? 小さい時は、全てをやってあげたかった このこは私がいないとダメなんだって 目の前にある小石を全て取り除いて つまづかないように 彼女の能力以上にできるように サポートするのが親の役目だと勘違いしていた そして、予想以上に子どもができると 嬉しくて 嬉しくて もっと、もっと って勝手に期待していた 子どもはママの笑顔のために頑張る ママが喜んでくれるからと 小さい娘は頑張っていました ある時から、私の心を満たすために 頑張っていたのか

          不登校の子どもの人生はだれもの

          娘に勧められた本・・・

          娘に読んで欲しいと渡された本がある 過去にもたくさんあるけど、泣きながら止まらなくなったのはこれが始めてかもしれない。 リエゾン ーこどものこころ診療所ー 過去に勧めてくる本、映画などに、虐待ものや世間で悪いと思われる母親が描かれているものがたくさんあった。どうせ、当てつけだろうと思って見ていた。 良い母親になりたいと思っていた私。 思い通りにならない娘 ワンオペ育児 孤独 自分は、凸凹の人間なのかもしれない。いやそうに違いない。 この本を読んで、どの登場人物にも自分が

          娘に勧められた本・・・

          犬の調教と子育て

          不登校のママのコミュニティ sotto and playfulnessを運営しているKeicoです。 まだトンネルの中から出ていない親子ですが だからこそ見える世界があって 遠回りしたからこそ、伝えられることを 綴っています 犬の調教が得意だった 犬が好きで小さい頃から犬を飼っていました 1代目はシェトランドシープドック 2代目はゴールデンレトリバー 3代目はコッカースパニエル そして、現在4代目、トイプードル 1代目、2代目は私も子どもだったので 親が飼っていた感じで

          犬の調教と子育て

          やる気になった時、親は白々しく知らないふりをしている

          不登校の理由ってなんだろう そもそも、不登校に理由をつけるってことが 不登校はダメなものになっているんだろうな いきたくない理由 いけない理由 それがたくさん集まったら、理由は聞かれなくなるのかな 不登校が続くと、行かないのが当たり前になるのかも___ そう思っていたけど、そうでもなさそう だって時々行けたら、喜んでしまうし親(私)がいる でも、プレッシャーになったらダメだから そっとしておかないといけないし 最近、お昼から行けるようになったら そろそろ朝から行

          やる気になった時、親は白々しく知らないふりをしている

          賢い子どもが欲しい、それも本音

          初めまして、不登校のママのコミュニティ sotto and playfulnessを運営しているKeicoです。 ずっと、子育てに必死でした。 子どもの成績やいく学校、習い事 全てがまるで自分の成績のように感じたいた そんなふうに今振り返って思う ある時から、親子関係、正直最悪でした。 世代じゃないけど、“積み木くずし”やん、って思ってました。 毎日泣いて、泣いて、泣いて、 なぜ? わたしが悪いの? わたしの教育が? ママとして失格?? 子どもの思いを考えてあげられな

          賢い子どもが欲しい、それも本音

          子どもが苦しむ始まりは、今思うともっと前だった

          不登校のママのコミュニティ sotto and playfulnessを運営しているKeicoです。 まだトンネルの中から出ていない親子ですが だからこそ見える世界があって 遠回りしたからこそ、伝えられることを 綴っています 実際、不登校になったのは中学1年生 でも本当はもっと前からだと私は知っていたのかも 娘が小学3年生の頃、半月ほどだけ学校に行けない時がありました それは、私の乳がんが見つかった時でした 大きな手術が必要な状態でした 当時はまだ育てにくい子だと思っ

          子どもが苦しむ始まりは、今思うともっと前だった

          不登校の子どもを変えることはできない だからママが変わるのが近道

          このコミュニティを作ったわけ 初めまして、不登校のママのコミュニティ sotto and playfulnessを運営しているKeicoです。 まずは私について。 大阪生まれ、大阪育ちの生粋の大阪人。 でも、猫を被って芦屋マダムやってます。 ずっと、子育てに必死でした。 子どもの成績やいく学校、習い事 全てがまるで自分の成績表のように感じたいた そんなふうに今振り返って思う ある時から、親子関係、正直最悪でした。 世代じゃないけど、“積み木くずし”やん、って思ってまし

          不登校の子どもを変えることはできない だからママが変わるのが近道