自分を好きになる方法

そとです! 知らないうちにnoteのフォロワーがとても増えていて(3800人…)びっくりしました。一年前にふたつだけ記事を書いて、それから何も書いていなかったのに、どこからかここを見つけてきてくれて、きっと何かの足しにしてもらえたのかなと思うと、記事を書いて良かったです。ありがとうございます。

わたしはそんなに書くネタを持っているほうではないのですが、せっかくなので、去年見つけたちょっとした方法をひとつ書いておこうと思います。

自分を好きになる方法」です。

シンプルだけど難しくて、うまくできない人も、うまくできる日とうまくできない日がある人も、たくさんいるんじゃないかと思います。

わたしは以前、自分のことが嫌いでした。正確に言えば、誰にも好かれていないような気がずっとしていたから、自分一人だけ自分にOKを出して生きていくことができなかった、という表現が近いです。他人の物差しが侵入してきて、自分にもあてざるをえなかった、みたいな感じです。そういう方はわたしのほかにも多いんじゃないでしょうか。自分を嫌いでいると何かとノイズが多くて、燃費が悪い感覚があります。
でも、いまは自分のことが好きです。「自分を好きになろう」と努力してそうしたわけではなく、ちょっとした習慣の変化でしぜんとそうなりました。

何をしたかというと、ほんとうに簡単なことです。
「自分を他人にすること」。

笑っちゃうような転換ですね。「他人の物差し」をあてるのをやめるのではなくて、「自分」を「他人」にするんです。


「自分」を「他人」にする、とはどういうことかというと、自分に、他人に言うみたいに「ありがとう」を言うことです。

ちょっとだけ想像してみてください。あなたは毎朝、起きてからきっとなにか飲み物を口にするでしょう。コーヒーでも水でも何でもいいのですが、きっと、「あなたが嫌いなもの」をわざわざ選んで飲み干したりはしないと思います。あなたは人間なので、水分をとることで生きながらえることができます。
ちょっと腕を怪我したときのことを考えてみてください。自分で飲み物を飲めなくなってしまいました。あなたはだれかに助けを求め、あなたが嫌いではない飲み物をいれてもらい、コップにストローを差してもらうか、口もとまで運んでもらいます。そうして飲み下したあと、潤った喉で、助けてくれた人にこう言うと思います。「ありがとう」。

つまり、他人に対しては「ありがとう」と言うようなことを、自分でやったとき、われわれは自分自身に対して「ありがとう」を言っていません。

「ありがとう」というのはすごいです。言われるとうれしい。自分が価値のあることをしたような気持ちになります。実際にあなたは、あなたにとって価値のあることをしています。あなたは毎日、眠って、食事をして、あなたを生きながらえさせている。あなた自身を助けています。

何か言い回しが怪しい感じになってしまいましたが、実際に見回してみれば、あなたの人生は「自分が自分のためにしてくれたこと」であふれていると思います。

事例にするときりがありませんが、わたしの場合は、

・仕事頑張ってる時 → 「わたしのためにわたしが仕事してくれている…すごい…ありがとう…」となる
・料理をしている時 → 「わたしのためにわたしが料理を…しかも好きなもの作ってくれてる…めっちゃうれしい…感謝」となる
・休んでる時 → 「わたしのためにわたしを休ませてくれる…優しい…感謝…」となる

こういうことにひとつずつ、他人に言うみたいに、「ありがとう」と言っていくこと。
心の中でいいです。わたしも訳知り顔でnoteに書いてますがふつうに誰にもこれを理解してもらえなくて、不審な行動なんだろうということは察しています。
でもこれをすると、わたしがアホだからかもしれませんが、すごく自分が好きになります。


よく聞く法則ですが、「好意の返報性」というものがあります。好意を向けた相手に、好意が返ってくるというものです。
「自分」を「他人」扱いしていると、感謝をやっているうちに「自分」と「他人扱いしている自分」のあいだで好意の返報性が発生して、ループのチートみたいになって、延々自分に好意が返ってきます。
無理に自分を好きになろうとしなくてもいいです。ただ、あたりまえに毎日生きていくためにやっていることを、自分が自分のためにしてくれているのだ、と思いかえてみるだけ。

もともと最初に持っていた「他人の物差し」自体、実際には自分でつくりだしているものです。
それっぽい世論、未検証の推論、古くなったルール、そんなものが混ざり合ってできている、わけの分からないものです。
だから、そのなかに「他人としての自分」も足すことができる。
誰々さんが何々って言ってたなあ、ニュースでこんなふうに言われてたなあ、と、同じ層に「わたしがあのときわたしを大事にしてくれたなあ」を入れることができる。
同じ層というのが大事で、それは「他人の物差し」の質を少しずつ変えていってくれます。

つまり、自分を他人として扱ってみることで、自身の中での好意のループが期待できるし、「他人の物差し」も変質する、ということです。
好意の実感は降り積もっていくし、物差しはフラットにすることができます。
いつのまにか自分を好きになっていてビックリしました。


このやり方の優れている点はハードルの低さです。
「自分を好きになる」というと、能動的な「やるぞ」感が出てしまいますが、このやり方は非常に受動的で、しかも習慣化すると自動で出るありさまなのでコストがほぼありません。
自分に「ありがとう」を言うのは、いつもの日常生活にプラスして都度ほんの2秒くらいのことです。もうちょっと噛み締めてもいいし、したくない気分ならしなくてもいい。
準備ゼロで今から始められます。気軽だし一人でできるから最高じゃないでしょうか。


さらに、客観的に寒いのですがわたしの場合は「自分が好きなひとにしてあげたいこと」を自分に対してやったりします。
高いもの買う時とか、自分に買うにはどうかなあ(値段)…というものでも、好きなひとにだったら買ってあげたいな…というものは買うことにしています。
で、買うとワ〜ありがと〜! という気持ちになり、単純なのですごく自分が好きになるし、「これに応えたい」みたいな感覚もあって(これも返報性ですね)すごい元気が出ます。しかも自分が好きでしてるからプレッシャーがない。
生きていく勇気が出ます。わたしがアホなだけかな?


まとめ

自分が自分のために何かしてくれたら、他人に言うみたいに「ありがとう」を言うと最高


「えっ…無いわ…」という顔の方がおられるかと思いますが、今のところいいことしかないので、よかったらちょっとだけ試してみてください。
ここまで読んでくださりありがとうございました。


(cakesのコンテストをやっていたので参加してみます。noteはいつも楽しそうですごい)


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