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茶道のこれから

●茶道の今後について

 ここではこれまでの減少原因を踏まえての提言を記す。

・改めて、個々人が目的を見つめてみる

 なぜお稽古をするのか。茶を飲ませたい相手がいるからだ。
 茶は亭主と客人の交わりなしでは成立しない。お点前なくても、ティファールで家族にでも、ピクニックで友達にでも、なんでも良い。客人に茶を飲ませる、そこに自分の作意を込めれば、茶の第一歩である。もし客人が見えなくなって、方法に迷ったら過去を見て勉強する。その繰り返しを行うことで、知識を得ることが喫茶の可能性を広げられる喜びであることを誰もが感じられるはずだ。
 お稽古は、美味しい茶を飲んで欲しい一心で行うのであって、決して自分磨きだったり、社会的地位を得るためではない。一体、誰に飲んで欲しいのか。誰のために稽古するのか。常に立ち止まって稽(かんが)える。そうして客人への創意工夫が生まれていけば、そこに集う人々は、自然と増えていくだろう。

・茶会のできる茶人育成

 不思議なことに思うかもしれないが、流派のお稽古システムは、茶人養成システムではない。言わずもがな、教授者育成システムだ。これは、江戸時代中期に茶人の子孫たちが、茶道指南を生業とし、「茶家」となったその瞬間から連綿と続いてきたことなのかもしれない。
 そのため、時代に当てはめながら茶道や茶の湯の「実践」を行う者が極めて少ない。華道や書道、踊り、演奏など、他の文化は教授者=プレイヤーであるのに対し、茶道はそうではない。スポーツだって、アートだって、経済だって、重きを置かれるのはプレイヤーである。プレイヤーでない人が、免状をもらったから、教室を開いたからと言って、「先生」と呼ばれるのはやめにしないか。
 おそらく、現代の茶道会員のほとんどは、紹介者がいない場合、ロシアンルーレットのように教室を決めてきたのではないだろうか。ハズレの先生を引いてしまったことで、茶の湯や茶道を嫌いになられたら、非常に残念極まりない。実践を見て、尊敬した後で、その人のもとで学びたいと思うのが普通ではないだろうか。
 教授者よりも、多くのプレイヤーが生まれることを望む。

・茶事の奨励

 かつて茶会と茶事は同義であったが、大寄せの茶会が主流となってから、茶事は独立してその名で呼ばれるようになった。現代の茶会は、茶事の一部分を切り取ったものに過ぎない。亭主と客人の交わりは、茶事によって行われ、お稽古の全ては茶事を円滑に行うためにプログラムされている。
 しかし、茶事を行うには大掛かりな準備や、多くの道具が必要であるとの誤解から年々、行われなくなっている。それ以前に、茶事ができない教授者が増えていることも昨今の問題の一つだ。茶の稽古をしているのに、茶事を習えないのは残念極まりない。
 茶を喫し、亭主と客人が交われる茶事がより多く行われることで、茶道、茶の湯の楽しみはより多くの人々へ伝わると思う。
 

・大寄せの茶会改革

 教授者たちがプレイヤーでないことを証明してしまう機会がある。それが大寄せの茶会だ。茶道人口を減らしている一つの原因であると言っても良い。亭主と客人の交わりなど、どこにもない。
 何十分も外で待たされ、中に入ってからも何十分も座る。多いときは3席も4席もそれを繰り返す。参加者のほとんどは、帰る頃には各席の亭主の工夫も忘れて、「茶会に参加した」という思い出だけを後生大事に持ち帰る。反対に、亭主側は「茶会をやった」という心でいっぱい。客人全員のことを思う余裕はない。水屋は点てて運ぶの運動会。手伝いの弟子たちは、これも稽古と言われてボランティア(御祝を包むこともある)。経費を削るために、菓子屋には生菓子を安く作らせる。流派や、地方の連盟によって年間スケジュールが決められているからと言って、形だけの茶会頻発は誰も得しない。これでは茶会でなくて、茶寄合である。
 そもそも参加者が多すぎるのだ。しかし、主催者側は多ければ多いほど良いと思っているようで、形だけを見て、本質を見ようとしない。ちなみに1日数百人規模の茶会が連発されるようになったのは、戦後のことである。秀吉だって1日でやめている(色々理由はあるが)。
 また、あまりにも未経験者の参加人数が少ない。常に流派内の関係者で占められているということは、外の人にとってつまらないからだ。一体、誰のための、何を目的とした茶会なのか、わからないのも、その理由の一つと言えよう。
 要素と形式を吟味し、不特定多数を満足させられる茶会は、そんなに頻発できるものでもない。課せられて催すのでもなく、上部だけ季節を取り入れるのでもなく、「亭主の伝えたい」茶会を増やすことで、未経験者であっても一服一興となるのではないか。


・流派運営体制の改革

 先述したとおり、規模が大きな流派は、宗家、流派事務局を頭に置き、代理の宗匠たち、地方支部、各教室、各会員を体系的に組織化させているところが多い。しかし、この組織体系は今の時代、古すぎるのではなかろうか。このことが、会員の情熱を吹き消してしまう大きな壁となっていることは言うまでもない。
 おそらく、かつては情報の伝達も交通機関も遅かったために、事務作業も多く(今この時もFAXは活き活きと動いている)、このような形となっていたと思われるが、今はかなりの部分の事務作業を自動化して行えるし、情報伝達も即時に大多数へ行える。どんなに会員数が多くても、今まで以上にパフォーマンスの良い流派運営ができるはずだ。
 昔は、支部長とか、地区長とか、いろいろ役職に就くことでやる気に満ち満ちたのかもしれないが、今の若い人々は社会的な責務を負うことよりも、自身の生活の充足の方が重要である。宗家以外の役職を全てなくし、宗家直結のシンプルな組織にして、個々の会員の茶の湯・茶道を満たすコンテンツを増やすことが、より多くの茶人育成につながると考える。

・流派の規模縮小、マーケットの拡大

 現在の流派は、あまりにも規模が大きすぎる。宗家の弟子など、数十人いれば良いのではないだろうか。きちんと師と弟子の関係を築き、その極少数の限られた修行者にだけ、免状を発行する。
 反対に、これまで「特別稽古」や、「特別講座」と言って費用を徴収してきた流儀の座学コンテンツを全て一般向けに開放する。無料でも良いし、有料であってもなるべく低価格で。一つの流派に所属していても、他流派の流儀を知りたい方はかなり多くいるのではないだろうか。
 非会員のコンテンツを増やすことで本流の価値は上がり、誰でも容易にアクセスすることができればマーケットが拡大する。今後の時代、図体の大きさは自身を制御する枷にしかならない。

・免状の発行を限定化する

 上記にも書いたが、免状の発行を限定的にし、その価値を費用以上のものとする。現在、年間数百人〜数千人以上に免状が発行されているが、先述した会員の減少、免状の弊害が顕著になっている今、大量発行の時代は終わり、次の展開が望まれる。
 茶道検定などの資格発行も、一つのあらわれだと思っている。

・何でも「禅」と言わない

 実は、茶と禅の関係はそれほど古くない。禅の思想と抹茶の法を持ってきたとされる栄西や、村田珠光に影響を与えた一休宗純によって、茶の至る所を禅そのものであるかのように言われるが、決してそうではない。そもそも、栄西の禅の様式は日本に根付いていないし、一休宗純が禅そのものかと言われると、特殊過ぎてそうでない点も多い。禅の影響はもちろん受けているだろうが、禅全てがイコール茶の湯や茶道ではないことを、今一度、改める必要があるかもしれない。
 また禅であると言いながら、異様に品数が多く贅沢な食材や器で彩られる「会席料理(本来は「懐石」ではない)」や、数えきれぬほどの道具、点前、思想。現代の茶道は、瀟洒な喫茶に感じる。実際に禅寺と関係が密にあって、生活そのものも禅風である茶人や流派の宗家は、どれほどあるのだろうか。
 禅と茶は、それぞれ独立している。茶は禅だけに頼らない茶独自の思想を、等しく認知させた方が良いのではなかろうか。

・全体論を語ろう

  流派が細分化したことで、茶道や茶の湯の全体論が語られなくなった。推奨も、批判も、流派内部から起こってほしいが、他流派のことを考えると一概に語れないことも多いため、全体論については皆が口を紡ぐ。
 ではその役目を担うはずの評論家や学者たちはどうかというと、彼らの生活を支えているのは、拠り所としている流派や会員であったりするため、あまり声を大にして語ってくれない。書籍を読んでも最後の方に少しだけ流派批判が書いてあるのみだ。最近は、茶の湯の新たな発見や新説も少ないため、流派に対する学者の力は年々弱まっているように感じる。
 宗家や流派よりも大きな影響を持つ人(かつては幕府、大名、華族、評論家など)は、今の時代、個々人の言葉から生まれる。


・最後に

 皆が、流儀を踏まえた上で、流儀を離れ、俯瞰しながらそれぞれの思いを語らえる機会が増えることを望む。それこそ、茶席で楽しむ数寄雑談(すきぞうだん)と思う。


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