"The Design of Everyday Things" - Don Normanの読書記録 (誰のためのデザイン)
新しいことを勉強するときは、まずその道のプロが勧めてくれた本を3冊は読むようにしている。経験上、4冊を超えると投下する時間量に対して得られる情報量の割合が小さくなる傾向があるためである。
プロフェッショナルであれば、限りなく完璧に近い情報・知識を常に保ち続ける必要があるが、ある程度の解像度を持っておく程度でよければ、まずは3冊を精読するということでやってみている。これは短期間、可能であれば1ヶ月内に完遂することが好ましく、かつ学んだ内容を何らかの形式でアウトプットすることでスキーマに知識を格納することができればなお良い。
というわけでまずはDon Normanだ。Normanは人間中心設計の提唱者であり、認知心理学およびインダストリアルデザインにおける大家である。デザイナーでその名を知らない人はいない(らしい)。自分は実用書の翻訳がどうにも苦手なので、わざわざフィリピンの本屋で原著を購入して読んだ。
Normanの議論において提示される諸概念を整理する。説明しやすいので、今目の前に木製の椅子があるとして話を進める。
ノーマンは良いデザインとは、DiscoverbilityとUnderstandabilityが高く、すぐにそのモノがどのように使えるのかと、どのように使われることを意図されているかの両方が理解できるのだという。そして両方が高い水準で担保されている状態を、後述する5つの心理学的概念が適切にモノに反映されている状態として定義した。Affordance/アフォーダンス、Signifier/シグニファイア、Mapping/マッピング、Constraints/制約、Feedback/フィードバックである。
まずAffordance/アフォーダンスとはモノと人間が取り交わしうる関係性のことである。元々は、認知心理学者のGibsonの概念を借用している。木製の椅子であれば、木という材料が持つ性質、例えば透過性がなかったり、固かったり、衝撃を与えると割れたりすること、そしてそれらの性質を変数として、目の前の人間が取りうる行動の全てがアフォーダンスである。
Signifier/シグニファイアとは、モノに対して人間が取りうる行動のヒントである。例えば、「背もたれ」というシグニファイアは、椅子に寄りかかることができるというヒントを与える。「ホイール」というシグニファイアは、椅子を引きずって動かすことができるというヒントを与える。アームレストであればそこに腕を置くことができる、レバーがついていれば高低差を調整できる、など。アフォーダンスがモノと人間の交わしうる関係の全てを意味するのに対して、シグニファイアは重要な性質を粒立て人間に伝えるための目印である。
Normanによると、デザイン業界ではAffordanceがSignifierの意味で利用されることが多いが、彼はこのような用法が広まった責任が自分の著作にあることを認めつつ、明確に誤用だと指摘している。確かにパラパラと日本語の文献を眺めてみるとAffordanceをSignifierの意味で利用している事例を直ちに発見できる。
AffordanceとSignifierを峻別することで何が嬉しいかと言えば、Affordanceがモノ自体が持つパラメーターの全てを意味しているのに対して、Signifierはそのパラメーターを人間にシグナリングする知覚可能な形質であるという違いがあり、要はデザインとは前者を踏まえた上でうまく後者を拵えてやることなのだ、と展開しやすくなることだろう。
Mapping/マッピングとは、ある記号と行動とのペアリングである。これはSignifierの1つの要素として考えるのが適切である。椅子のレバーに↓という表記があれば、それを引くと高さを調節できるとわかる(↓:高さを変える)。これがマッピングである。
Constraints/制約とは、文字通りモノが取ることのできない動作である。椅子は曲げたり溶かしたり伸ばしたりできない。そういうAffordanceがないからである。
Feedback/フィードバックとは、ある行動がもたらす結果をモノが人間に対してシグナリングすることである。椅子のレバーを引くと高低差が変わること。ホイールを滑らせようとするとおかしな抵抗が走って動かしづらい。ロックを解除していないからである。この一連のモノからのシグナリングがモノからのフィードバックだ。
以上の5要素は、椅子の場合は「そんなものか」で済ませることができるが、デジタルプロダクトの場合は大いに注意を払う必要がある。物理世界と直接的に干渉できない以上、これらのシグナリングの成否はデザインの品質に依存することになるからだ。ユーザーが負荷なくプロダクトのDicoverbility とUnderstandabilityを把握できる状態を実現することは、デジタルプロダクトにおけるUIデザイン工程の最も重要な責務である。
例えば、Signifierは適切にプロダクトが可能にする行動を伝えているか?批判の的に挙げられやすいのは所謂「ハンバーガーアイコン」である。多くの場合折りたたみ式のメニューを開閉するボタンのアイコンとして利用されるが、使い慣れている人でなければそのMappingを直感的に理解できる人はそう多くないだろう。
あるいは、ユーザーが取れない行動をConstraintsとしてシグナリングできているか?そのような行動をとった場合適切にFeedbackできているか?何の説明もなく、袋をスキャンせねば商品をスキャンさせてくれない自動レジや、タップできそうなボタンなのに押しても何も起こらない筋トレアプリの記録ページのフラストレーションは、まさに怒髪天をつく勢いである。
これら5つの心理学的要素を通じて、人間はモノに対するConceptual Model/概念モデルを形成する。これは端的に言えば、「モノがどのように機能するか」ということに対する人間のイメージである。例えば、4本の足が加重を支えて、座った体制を保つことができるというのが、椅子のConceptual Modelである。
人はそれぞれ、同じモノに対しても情報量に応じた異なるConceptual Modelを持っている。ソフトウェアエンジニアがECアプリを見るのと、高校生が見るのとでは、Conceptual Modelが異なるのは当然である。しかし重要なのは、たとえ「どうやって動いているか」わからないものであっても、人は何らかのModelを作ってモノとインタラクションしているということだ。テレビの仕組みは分からなくても、写りが悪くなればアンテナの調子が悪いのかと勘繰るし、iphoneの仕組みは分からなくてもアプリの応答が遅ければバックプロセスをキルした方がいいのかなと思う。人は皆、未知のテクノロジーに対しても、経験と観察によってある程度のConceptual Modelを作っているからだ。だからこそ、プロダクトは、ユーザーが適切なConceptual Modelを形作ることができるように、正しく5つの心理学的要素を使いこなす必要がある。
Conceptual Modelが特に問題になるのは、ユーザーが意図する挙動をプロダクトがとってくれない時や、何らかの問題に遭遇したときである。このときユーザーは自分のConceptual Modelを利用して、起こっている問題の原因を特定しトラブルシューティングを行おうとする。間違ったConceptual Modelを持っていれば、意図している行動は永遠に実現されず、ユーザーは苛立ちばかりを募らせることになる。
例えば、ECサイトで残高が不足していて購入ができないのに、それを知らせず購入画面で「エラーが発生しました」というメッセージばかりが表示され入出金への導線が提示されなかったらどうなるか?ユーザーは、きっと出店者やアプリ側の問題なのではないか?と自分のConceptual Modelで解釈し、永遠にそこから逃れることはできないだろう。最後は離脱してしまう。この場合は適切なFeedbackで発生している問題をユーザーにコミュニケーションし、Conceptual Modelに残高不足を組み込んでもらうべきだ。
デザイナーは、Affordance, Signifier, Mapping, Constraints, Feedbackをはじめとするあらゆる技術を駆使して、プロダクトのConceptual Modelが適切にユーザーに伝達されるUIを作り出すのだ。すごい。
他に読んだ本。UI関連でもう少し書くつもりである。