飽食の国、日本の課題は飢餓の克服 徳成 旨亮著「CFO思考」

我が国の生活水準は高い。どこに行っても清潔で、物価も安い。ワンコインでもそれなりの質の食事ができる。多くの人が政治や社会に愚痴をこぼすけれど、心の底では日本が好きだ(と私は信じている)。

しかし、今は多くの人が将来不安を抱えていることは否定できない。国が多額の借金を背負い、少子高齢化が進み、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった時代から、一人当たりGDPをはじめとする多くの指標で上位から転落しつつある。そうした背景を受け、メディアは悲観一色。将来は今よりいい時代など待っていない。そういった諦念・悲観・絶望感を持つ人が愚痴の背景にあるのだろうと思う。

現在39歳の私は、私の世代による部分は大きいものの、日本の未来はとても明るいと思っている。私はJリーグ開幕年に小学校3年生でサッカー少年団に入団してサッカーをはじめ、日本サッカーの成長を目の当たりにしてきたが、Jリーグ開幕後の30年で、世界で一番サッカーが強くなった国は日本であると主張しても、まったく恥ずかしくないようなレベルアップを果たしたと思う。バスケやラグビーも同様だ。かように、我が国は一度大きな方向性を定めて一丸になれば、微に入り細に入りこだわりを追求して努力を積み上げ、大きな成果を上げることが非常に得意な国である。現在、我が国は輝いていたバブル期と比べると、厳しい状況に見えるかもしれないが、きっかけさえあれば、世界のトップ、あるいは日本独自のポジションに返り咲けるものと信じている。

そのためのきっかけを、三菱UFJフィナンシャルグループやニコンでCFOを務めた財務のプロ、徳成氏が本書で示している。すなわち、日本の財務担当役員が「金庫番」から企業のアニマルスピリッツの発揮を促す「CFO」に進化することである。アニマルスピリッツとは、「実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意」をさすが、欧米の投資家からは日本の企業の大半がアニマルスピリッツが足りないと映っているようだ。日本の財務担当役員はこれまで株主よりもメインバンクを向いてきたため、リスクをとって成長を追うよりも、リスクを取りすぎて会社が潰れることを防ぐことに主眼があったことに大きな原因がある。そこから脱却し、適切なリスクを取るCFOになることが一つの解である。

一口にリスクと言っても色々ある。CFOのリスクと言うと、設備投資やM&Aが最初に思い浮かぶだろう。また、前例踏襲に陥らず、しっかり自分なりの解釈と信念、覚悟をもって、CEOや事業部、投資家や公認会計士、税務当局など社内外のステークホルダーと対峙することもリスクを取ることだろう。

本書の中で、徳成氏は同氏が取締役だった米国のユニオンバンクの取締役会で、「リスクアペタイト」、すなわちリスクに対する食欲を問う質問が何度も見られたことを明かしている。リスクアペタイトは「自社が事業戦略や財務計画を達成するために、リスクキャパシティの範囲内で進んで引き受けようとするリスクの種類と水準のこと」と定義されており、リスクに対して受動的に決まるものではなく、企業が自ら望ましい形を能動的に定義していくものであるべきだとされている。望ましいリスクは、従業員、投資家、銀行などの債権者など、ステークホルダーごとに変わってくる。そのマルチステークホルダーの異なる利害を勘案し、ライバル企業との関係、自社の置かれている環境など、総合的にリスクキャパシティに関するコンセンサスを醸成し、意欲的な経営計画を作成することが、アニマルスピリッツの減衰した日本企業には必要だとする。それを主導するのが、CEOの女房役であり、リスクと資本と収益の三位一体のマネジメントができる立場にあり、社外とも接点を持つCFOの役割だ。会社のCFOが、安全第一でブレーキを踏み続けるCFOなのか、リスクの許容量を理解した上で、CEOをはじめとする会社のアニマルスピリッツを実行に移す努力をしようとするCFOなのか。個社で見れば後者が失敗するケースもあるだろうが、日本全体で見ると、後者のCFOが増えるほうが成長軌道に乗る可能性は高まるのではないだろうか。

アベノミクス以降の日本は、コーポレートガバナンスコードの導入、東証市場改革、NISAの導入など、矢継ぎ早に政策を打ち出してきた。それは「貯蓄から投資へ」で国民の資産を増やすことはもちろん、投資家の声、市場の声を経営に取り入れ、経営に緊張を持たせることで、企業を過度なリスク回避思考から脱却し、成長軌道に戻すことが大きな目的だったのだろう。私は2016年から2023年現在まで、投資家と対話するIRに従事してきた。その中で、自社・他社ともに日本企業の確かな変化を感じてきた。インフレも起こり、資本コスト意識も浸透している。成長に向けたリスクを取れる方向に向いてきたように感じる。今では世界を大きくリードしているアメリカも、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった40年前は企業の6割がPBR1倍割れだった。きっと10年、20年後の我が国の未来は明るい。そのためにはCFOやそれを支える財務部門が果たすべき役割はとても大きくなるだろう。

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