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ライチの子

母譲りというより外祖父譲りのライチ好き
小学生時代のちょうどこの時季、母方の祖父宅に遊びに行くと、神戸元町の中華街で買ったというライチを外祖父がよく食べさせてくれました。当時(今から約40年前)は台湾からの輸入品がほとんどで、収穫期が六月から七月に掛けて約1カ月ほどと短いだけでなく、悪くなるのも早いライチはとても珍しい果物だったと思います。
上海語しか話せなかった外祖父は、上海語が分からない私におそらく「今しか食べられないから、好きなだけお食べ」みたいなことを言っていたのでしょう。よく冷えたライチを出してくれました。言葉は分からなくても心が通じ合っているせいか、不思議と外祖父とは意思疎通に困った経験はなく、温泉好きなところも似ているせいか、よく有馬温泉や平野の温泉(湊山温泉)に連れて行ってもらっていました。
外祖父、母、私の親子孫3代、三人とも滴る果汁で手を濡らしながらニコニコ笑顔で食べた記憶。それはモノクロームではなく、食べ初めはべちゃべちゃだった手が調子に乗って沢山食べているうちに糖分でべとべとになっていった感覚とともに、今でも色鮮やかに残っています。

楊貴妃も愛したライチ
そんな祖父に育てられた母はもちろんライチが大好き。
「肌に良いから楊貴妃も大好きやったんよ」と、まるで楊貴妃と友達だったような口ぶりで話しながら半透明の丸い果実を食べていた40年前の母の姿を覚えていますし、丁度2年前の七月、カナダの高齢者介護施設に入っていた母にバンクーバーのチャイナタウンで買ったライチを手土産に持って尋ねると、大層喜んで「美味しいわぁ~、美味しいわぁ~」と何度も言いながら、次々とライチの皮を剥いてむしゃむしゃ笑顔で食べてくれた時の記憶(写真下)があまりにも印象的だったので、先日、三宮の阪急百貨店の地下で売られていたライチを見たとき、迷うことなく大きい方を買って帰りました。

18ライチ (2)

笑ってほしい、ただそれだけ
話題と関係がない内容を急にし始めたり、会話が嚙み合わなくなることが散見しだした母に「おやっ?ちょっとおかしいぞ!」と老いの不安を感じたのが10年ほど前。初期症状が出始めてから徐々にでしたが確実に症状が進行し、特にこの数年で一気に認知症・統合失調症・高齢者うつ病や他の複数の症状が混在して見受けられるようになった母は、常に不安や心配でそわそわしたり、無気力でぐったりしています。そして最も多いのが、攻撃的・悲観的・絶望的な言葉を発し続けるイライラモード。
50代後半から移住したカナダ・バンクーバーでの生活に区切りをつけ、母が生れ育った神戸に戻ったのが昨年九月。私が自宅で介護を始めてからこの9ケ月の間、親戚や友人、医師やデイケアのスタッフに見せる「よそ行きの笑顔」は何度も見ましたが、昔のように他愛もない会話で腹の底から笑うようなことは一度もありません。最後に母の笑顔を見たのはいつだったかなぁ・・・・と思い返してみると、ちょうど2年前に施設でライチを食べた時(上の写真)だったことに気付き、改めて母が心身を病んでから、笑わない暮らしが続いてることに驚き、その長さに愕然としてしまいました。
テレビで感動ストーリー、お笑い、美しい風景、自然災害など、何を観ても関心を示さず、好みだった食べ物を作っても、美味しい料理を外食しても「いただきます」や「ごちそうさま」はなく、もちろん「美味しい」「嬉しい」など喜びを表す言葉もなく、そんなリアクションをまだ心のどこかで望んでいる自分がいる一方で、同時にそんなことを期待するのはもうやめよう!と諭すもう一人の自分もいます。
それでも、母が昔から好きな果物で、2年前も喜んでくれたライチを食べたら、ひょっとしてニコっと一瞬笑ってくれるかも、と一縷の望みや希望的妄想を抱いて母に出したライチ(写真下)。

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ひとつ食べた母に「美味しい?」と尋ねると、ほんの少しだけ頷きました(いえ、本当は無反応でしたが、母が反応してくれた!と信じたい気持ちから生じる目の錯覚、喜んでくれたと強く願う「自我」がいつも勝手に都合よく映像をすり替えているだけかもしれません)が、ふたつ目を食べると「私はもうアカンのよ」と弱々しく言ってヨタヨタと部屋へ行き、ベッドで横になり目を瞑(つぶ)りました。ライチの果汁で濡れた母の手をタオルで拭こうとすると、目を見開いて、何をするんや!というような険しい目で私をひと睨みしましたが、私はすぐにその視線を逸らして母の部屋を出て残ったライチを食べました。
おとなしい(うつ症状が強い)状態だったので、イライラモードで近所迷惑になるくらいの大声で叫ばれるよりも随分楽なのですが、甘いはずのライチの果汁は苦汁を舐めているようで、私はただただテーブルを見つめて、消化しきれない様々な思いと沸き起こる感情を飲み込むようにライチを貪り喰いました。

喉元過ぎれば
「もうライチは買わんでもええかなぁ」と思っても、喉元過ぎれば熱さ(今回は、苦さ)を忘れるようで、懲りない私は三日も経たないうちに元町商店街の八百屋さんで種なしライチが売られているのを見ると「種がなかったら食べやすいから嬉しいかも」と思い、箱買い(写真下)したライチをリュックに入れて喜び勇んで帰宅し、少し冷やして母に出しました。

ライチ_種なし

結果はまたもや同じで、母はふたつ食べただけで、何も言わず、また手を拭くこともなく、ベッドに横たわりました。

味覚だけでなく口癖も受け継ぐ
小さい冷凍庫に入りきれなかった種なしライチ。それらを洗って子供に出したとき、私も祖父が口癖のように言っていたのと同じようなことをつい子供に言ってしまっていることに気付きました。
「今しか食べられへんから、いっぱいお食べ」
そして、母の口癖も。
「楊貴妃も大好きやってんて、知らんけど」

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ライチが食べられる季節はもうすぐ終わりますが、山崎豊子さんの小説『大地の子』を原作としたスペシャルドラマのアンコール放送がもうすぐBSで始まるそうです。
もう一度見たいドラマの再放送と共に、ライチに続いて収穫期を迎える龍眼(りゅうがん・ロンイェン/ロンガン)がデパ地下や果物屋さんに並ぶことを今から楽しみにしています。
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最期までお読み下さり、ありがとうございました。

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