見出し画像

連続短編(リライト)『時空整備士が天国に収容された二十四時間の記録⑥』(終)


14.〈準備〉 実験開始二十三時間経過

 なんとなく、この“実験的休暇”の意図が分かってきたような気がする。
 うまく言語化するのは難しいが、状況からして、〈OPENER〉としての二者の関係性の度合いや、不測の事態への臨機応変な対応や適応力を試されているのではないか。

 鵯さんと雑談を交わしながら、私はなんとなく上層部の意図について思考を巡らせていた。

「こういう時間がいちばん嫌っすね。仕事が始まる前の微妙な余白時間」
「ああ、めちゃくちゃ分かる」
「始まっちゃえばもう仕事モードになるからいいんですけどね」
「そうそう」

 おそらく、このような快適で安全な住居空間を提供されたのは、危険な時象異常空間に送り込むと、本来向かうはずだった現場と違う着時点へ向かってしまうワープ・スポットの“誤送”現象と勘違いして、時走車で自主帰還してしまう可能性があったからだろう。

 ことの始めに言及した通り、我が社のワープ・スポットは時走車ごと瞬く間もなく超時空間移送を可能にするが、転送専用だ。一方通行しかできない。現場へ急行するためだと言われるが、帰りは自分らの足を使えというのは明らかに経費削減目的である。

 時走車はその名の通りタイムマシーンだ。しかし、時空間航行をする間にも〈幻子時〉の支配する仮想時間が流れている。物質界の〈原子時計〉では観測されない別次元の時の流れ、万物の秩序。
 要するに、物質界では我々が突如として現れたり忽然と消えたりしているようにみえるだろうが、我々の生きる営為フィールドでも、時走車での時空間移動は「時間がかかる」のである。物質界のクルマと同じように。

 最初に覚えた違和感の通り、時象異常が無いのが異常。
「なにかおかしい」とその場に留まらせ、“丸一日休暇”という美味しい餌に気付かせたのも、実験装置内から我々を逃さないための設計に違いない。

 監視・観察されていることを忘れていたわけではないが、プライベートも何もあったものではない。
 そうだ。余計なことは言うなと、最初に鵯さんに言われていたではないか。やはり、自分の奥底にある不安や疑念は、口にしなくて正解だった。鵯さんが伝えたいことを何でも言ってみろ、と語りかけてくれたあの瞬間、気持ちが揺らいだのは危なかった。

 ……ひょっとして、ではあるが。
 私のこういう深層の本音を引き出すために、鵯さんが上層部から何かしらの言動操作を受けていた可能性は……考えたくない。もうすぐ仕事だ。今は考えるのを止そう。

「忘れ物点検しとこうな」
「はい」

 この“天国”のような空間に何も思い残すことはない。鵯さんもそうだと思うが、私の思考は徐々に本来の任務のほうへと切り替えられてゆく。
 仕事道具は時走車に載せっぱなしなので手元にあるのはほとんど私物だが、時走車内も含めて、声出し指差し確認をする。

「あと何しましょう。昨日の業務、本当なら建築課のヘルプでしたよね? 建設予定の……ナイトバーグ孤児院、でしたっけ。昨日の時点で“今日”の予定にスケジュール変更されてたってことですよね」
「あの胡散臭え計画な。最近多いよな、異常時象体の保護施設。ちょっと前まで排除任務が圧倒的に多かったが」
「あ、先輩いいんすか、そんなこと言って」
「ああ、やっべ」

 私が“上”を指しながら囁くと、べつにやばくもなさそうに鵯さんがニヤッと笑う。私は、鵯さんのこういうところがわりと好きだ。あなたのなかに〈あなた〉が居る、ように感じられて、安心する。

「作業手順、確認しときます?」
「真面目だな。どうせこっから時走車で現場入りなら、移動中でもできるだろ。俺はもう15分でいいからひと眠りしたい」
「ああ、良いですよ。じゃあ俺お手洗いでゲームしよっと」

 時間がいよいよ迫る。
 ふたりとも既にスーツと遮時外套を纏っている。やはり仕事着になると、自然と思考が切り替わる。我々精神生命体にとって〈第二の被服〉である衣類の自己効力感も、決して馬鹿にならないものだ。


15.〈出発〉 二十四時間経過・実験終了

 我々が“部屋”を出ると同時に、すべてが幻子へと、光や粒に似た幻質の最小単位へ還ってゆく。だだっ広い、否、狭いのかもしれない、真っ白な空間に、時走車と、鵯さんと、私だけが存在する。

「あは、すげえ顔色良いですよ、鵯先輩」
「ほぼ食って寝てただけだしな。さて」
「行きますか」
「だな」

 鵯さんは肩を軽く回し、私はぐっと背伸びをして、時走車に乗り込む。時走車はその目的に合わせて形状を変化させることができる。
 ナビゲーションが映し出されるが、現時点の時象座標系はまったくの不明。それでも目的地と、到着までの推測時間は示されている。
 我々、時空整備課の課章であり時空間転移起動装置でもある〈鍵(キー)〉の反応によって時走車にエンジンがかかる。身体拘束ベルトを装着。出力確認。計器確認。各時象対応機能作動確認。

「〈弟機〉へ告ぐ。ディスティネーション・エリア善無畏(ゼンムイ)へ時の突角を向け、パラレル・ロンギングを開始せよ」
「〈兄機〉、了解。パラレル・ロンギングを開始。灼度良好」

 〈弟機〉とは、私のような時流を下る、いわゆる〈未来〉への航路を開く〈OPENER〉のことだ。鵯さんは〈過去〉への開扉を担当する。私は鵯さんにとって後継機であるから、かれは〈兄機〉となる。
 普段は使わないが、我々〈OPENER〉が駆動時に慣例的に用いる語のひとつ。発進・任務開始時に互いの駆動的バロメータを発声確認するとともに、心理的高揚を喚起する決まり文句のようなものだ。
 こうして口にする間にパラレル・ロンギング、つまり時空を飛翔する先駆性(マインド・モビリティ)を己から〈鍵〉へ、〈鍵〉から時走車へと充填する。

「発進用意。“パラレル・メソッドの輪転に備えよ”。」
「了解。“パラレル・メソッドの輪転に備えよ”。」

 訓戒の慣例句──“いついかなる時に何があっても、たとえ我々の世界を統べる〈パラレル・メソッド〉がひっくり返ったとしても、狼狽えず対処せよ”──を唱和した直後、〈幻子〉の時を刻みながら、時走車は閉鎖されていた空間を突破した。


──実験レポート

 抽出形式:〈君影成実〉の動的リフレクション(自己言及)プロトコル強制実行による思考ローディング。

 結果:二個体間の突発的時象へのフレキシブルな対応・適応能力、肯定的・受容的・情緒的コミュニケーションを確認。協力・連携・相補性において極めて良好。

 〈鵯覚〉に関する所見:固着人体に核(コア)の継続的機能低下を確認、状況を維持する。パーソナリティに異常なし。パラディグニティの供給を継続する。

 〈君影成実〉に関する所見:着装身体にほぼ異常なし(ごく軽度の“記憶”の不整合を一時確認)。パーソナリティ指示体への脅威的な抵抗性を確認。将来的な運用方針について再検討が必要。パラディグニティの供給を継続する。


(了)


----------
 時空土木業を生業とする男性身体・本来性別無し人間模倣生命体による、テクノ・ファンタジーのバディもの。2017年の鵯覚と君影成実のダイアログ(https://privatter.net/p/2282338)に、地の文と幾つかのエピソードを加筆して連続短編としたものです。一部設定の変更等があります。初めて読まれる方にもなんとなく設定や人間関係が分かりやすいように書いたつもりです。

 ここまで読んで頂き有難うございました。

 ↓前回はこちら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?