見出し画像

『後日譚 ジルコンの追憶』

『宝石の狩人』https://shindanmaker.com/a/1082114
『血を吸う宝石』https://shindanmaker.com/a/1081652
弁柄丸さま(@bengara0)による診断メーカーの設定原案・診断結果を基にした一次創作物語です。創作物の発表、設定の自由補完など許可をいただき有難うございました。

こちらの物語『ジルコンの記憶』の後日譚です。


───────────────
 あ、これが「人間」たちか。血を吸えばいいんだな、って分かったんですよね。動く身体を得た瞬間。
 衝動、渇望、発揮する本能。欠乏、欲望、封じられた歳月。

 身体。限りなく有機的な剛体。
 動くのにあんなにエネルギーが要るとは思わなかった。行動や思考という営為が、あれほど消耗し、あれほど疲れるものだとは。
 鉱石の時の記憶はほとんど無い。人間の似姿を得る以前の宝石だった頃の意識も、ぼんやりとしている。
 今のぼくは言うなれば思考体だ。だからずっと考えている。

 本能ってなんだろう。
 ぼくら宝石は、どうして人間の血を欲するのか。

 青鬼の狩人さん──結局本当の名前は教えてくれなかった──と共に向かった館の領主は、「吸血宝石は人間の愛情が生んだ」と書き遺していた。
 それに倣うならば、ぼくを宝石として研磨した職人が生みの親、所有していた貴族は育ての親とでもいおうか。毎日毎日、ぼくに話しかけてくれていたあの一家を、ぼくは、ぼく自身のことを理解するより先に殺し、糧にしていた。
 そして広大な世界を駆け回り、森林や川、広い空、ぼくら地質に根ざす鉱石をも育みたもうた大自然を眺めた。
 ふと思う。ぼくたち吸血宝石というのは、産まれた子が親を食い殺すような存在なんじゃないだろうか。よくわからないけれど。

 思考を整理する。
 つまり、ぼくたち宝石は元々人工的な存在だから、繁殖の術を知らない。人間に採取されず自然のなかにある鉱物は姿を変えず、宝石として手を加えられたものだけが人型を得た。ならばやっぱり領主の遺言のように「人間の愛情」とやら、もしくは何かしらの細工を契機としてぼくらは吸血鬼と化したのだろう。
 あの調子なら、同胞たちはきっと人間を滅ぼす。もし世界中の宝石が彼らを吸い殺して滅亡させたら、糧を失くした吸血宝石はぼくのようにまた石に戻ってしまう。ぼくらは人間よりはるかに強い。それなのに、突然ぼくらはどんどんと人間の似姿を得て彼らを襲うようになった。そこになんの意味があるのかわからない。意味が無いように思える。
 うん。
 別の意見や知識を与えてくれる誰かが居ないから、人間たちが「突然変異」と呼んだように、まるきり唐突な、自然と魔法の不思議ということにしておこう。

 突然、鉱物の世界から肉体の世界へ変換されて引っ張ってこられた感じ。前触れもなく訪れた死の恐怖。生きなければ死ぬんだという確信。圧倒的な強迫。人間の赤ん坊は産まれたとき死への恐怖で泣く……違いましたっけ。違ったかもな、どこかで聞いたんだけど。正誤を確かめる手段も、もう無い。

 って一生懸命喋ってもなあ。声に出してるわけじゃないし。
 本当にこれ誰にも聴こえてないのか。
 もしもーし。誰かー。
 
 ……だよなあ。
 やっぱり、もっと人間の似姿でいたかったなあ。
 もっとたくさんの人間や同胞や、それ以外の種族と話しておけば良かった。この世にはいろんな種族がいると聞いた。出逢ってみたかった。
 突然変異だろうがなんだろうが、ぼくは第一の身体である石の姿から、ふたつめの身体である人の姿を得た。二度生まれたのだ。ただ生まれてきただけ。だから生き続けたかっただけ。

 ああ、一度動ける身体の感覚を知った後、石に戻って身動きがとれないことの苦痛といったら!
 いつ眠れるんだろうと思ってもさっぱり眠れないし、眠りを妨げるかのように物音やら人間たちの声は聴こえてくる。声と光だけが原初のぼくにも伝わってきた外界の感覚だ。
 ということはこの状態のぼくにも耳はあるのか? と身体を得た経験から考えてもみたけれど、どうも人間の聴覚とは違う仕組みらしい。
 馬の駆ける音。鳥や獣たちの鳴き声や息づかい。草木のさざめき。水の流れ。人間たちの会話、雑踏、独り言。

 おお、だけど一度視覚を得たおかげで、聴こえる音声から世界を想像することができる!
 これはなかなか面白い。他に入ってくるものといえば、光だ。射し込んで、屈折する。断片的な情報。しかし、外界からの刺激ではあるけれど、光は同時にぼくの宝石としての定義、つまり輝き、“ジルコン”自体の要素でもある。このことはぼく自身を客観的に見ることで学んだ。音声情報だけが、ぼくにとってまだ切り離されていない唯一の「外界」だ。

 いやね、しかし青鬼さん。
 ぼくが聴いているとも知らないで──それはそれで構わないんでしょうけど──墓に酒を持ってこい、ねえ。このぼくを顎で使いますか。
 お墓ってあれでしょ。石か木か何かで作られた死者のしるしでしょ。人間はたくさん居てすぐ死ぬから見たことはある。
 ……あなた、誰かにお墓作ってもらえそうですか? 少なくとも、あったとしても探すのすごく大変そう。あなたは、どこでその短い生涯を終えるんでしょうね。世界の、果てとか? 人間の寿命じゃ辿り着けないか。というか、果てなんてあるんだろうか。もう、こんなことを思うとますます世界が恋しくなる。
 まあでも、墓探しくらいの目標は据えてあげてもいいでしょう。姿を得たら、きっとやりたいことが多すぎてこんがらがってしまう。

 いつ、また動ける身体になれるかなあ。その頃には、ずいぶん世の中も変わっていそうだ。あんまり変わらないかな? だけど、何もない世界に灯りを点け、家を建て、ぼくらを宝石として加工するまでの進歩を遂げたのでしょ。人間はきっとまた新しいものを作り出すはずだ。
 新しい、美しいとされるものを。
 新しい、美しいとされるもののための非情な戦いを。そのための武器を。
 作るはずだ、あなたがたは。製造する。創造する。“創意”とでも呼んだらいいのか。そして作ったものに殺される。そういう因果に支配されているんだ。と、空想する。それしかすることないんだもの。
 さっき、この調子なら人間は滅亡すると思ったけれど、案外、彼らはしぶとく生き残るかもしれない。だって笑えることに──笑えませんけど──このぼくが、まさに人間に敗北しているのだから。

 ぼくを手中に収めているこのひとたちが先駆者となって、いったいどれほどの月日を要して、今は想像すらできない……宝石の狩人という職業がなくなり、人間と吸血宝石の共存する世界が、実現されると思います?
 もしそんな大それたことが可能ならば。

 青鬼さん。
 あなたの墓石と語り合うのが楽しみです。
 きっと、あの夜に交わしたどの対話よりもたのしいはずだ。
 墓にはお名前を忘れずによろしく。

〈了〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?