始まらない恋の終わりに

出会った瞬間に終わっている恋なんて無数にある。
例えば既に結婚して子供までいるとか、既に彼女がいたり、好きな人が居ると知っていたり理由は様々にある。
出会った瞬間にそれはTheENDそれ以上にもそれ以外にもそれ以下にもなれない。
昔から良いと思うモノは誰かのモノが多かった。
小さな頃は父親、それから姉の彼氏、友達の彼氏、親友が好きな人、後から既婚なのだと知った高校の時の美術部顧問の先生、彼女持ちだと隠していた大学生で家庭教師の先生、好きな人がいる憧れのバイト先の先輩…。
うっかりしていてドキッとときめいてしまってから何時も気づくけど、最初から終わりが見えていると分かる恋はあっさりしたもので、誰かの影があると分かった瞬間に何かのスイッチが切り替わるかのようにパッと切り替えが出来ちゃう私は、すっかりキッパリ醒めてしまう癖みたいなモノが出来てしまったせいで中々恋と呼べる域にまで発展せずに、現在24歳の誕生日をぼっちで迎えようとしてた。
もう既に何本か空けてしまった缶ビールがテーブルの上で転がっていて、何か手軽なおつまみをと思い何故そんな場所に置いたのか自分でも理解出来ないのだが、冷蔵庫の上の段の奥の方にビヤソーセージがあるのに気がついてしまった。
身長の低い私にとってはかなり難易度の高い試練にも近い様な場所なのにも関わらず、何故そんな場所に…と思う。
まぁ多分、酔っ払った時のよくある珍行動と言うヤツで、何を思ったのか脚立にでも登った勢いで届きそうで届かない絶妙な位置に置いてしまったのだろう。
朝起きてすぐに冷蔵庫の前にどうやってそうなったのか一切の記憶がすっぽり抜け落ちていて怖いが、壊れた脚立が置いてあった意味が今になって分かった。

「あー、こういう時に……こそっ…はぁ…背の高いっ超絶イケメン彼氏が欲しいっ…出てこい!!」

なんて呟いても漫画とかドラマなんかでよく見るシチュエーションみたいな、そんな都合良く高身長の超絶イケメンの彼氏なんて出て来るわけがない。
が、妄想だけなら自由だと思うのでせめて誕生日くらい脳内彼氏で妄想するだけタダか…なんて思いながら、そんな妄想をしていたせいか、ふと冷静になって客観的に考えた結果は…まぁ落ち込んだ。
そうして脚立を壊してしまったせいで精一杯の背伸びをして必死に手を伸ばしていると、何故か先々週の金曜日に数合わせ要員で参加した合コンでまさかの隣に座って話した人がめちゃくちゃ気の合う人で、コレは運命かも!なんて思っていたらあれよあれよと事がトントン拍子に進むので何事かと思っていた矢先に、イザ恋人に!なんて意気揚々としていて、浮かれに浮かれまくった結果気がつくと危うく3番目にされそうになったくそ男の顔をふと思い出してしまった。

「ないわ〜。ないない。末期症状だ……2番目どころか3番目って無いに決まってんじゃん。まぁ顔はかなり……タイプだったけど…」

彼いわく『浮気じゃない、れっきとした彼女だから。全員話をして了承は得ているし、ほら一夫多妻制ってよく言うじゃん。あんな感じだよ』らしい。
それは3度目デートの日に起こった出来事だった。
何故か待ち合わせ場所に行くと、彼と女の子が明らかに腕を組んでイチャイチャとしている場面に出くわし、こっちはもう放心状態で『え?』と声に出していた事にも気づかないくらいだった。
そんな中でまだ付き合うと言う所まで辿り着居ていなかった私と彼の関係に亀裂がピシッと言う音を立てて入り、頭の中で『はい、終わったー』ともう1人の自分が笑っていた。
『あ、来た!咲々良ちゃん!あ、えーこちら幸恵。2番目の彼女』と言われ紹介されたのにも関わらず怒りもせずペコッと可愛らしい笑顔まで見せている彼女を見て完全に目が覚めた。
そうなれば話は簡単完結で、問いただすと『え?まだ言ってなかったっけ?咲々良ちゃんは3番目とかどうかなーって思ってたんだー』と呆気に取られるほど呑気に話す彼の言葉はそれからは何1つ耳に入って来なかった。
少し前まで浮かれていた自分をぶん殴りたい気分だったけれどそんな事すらバカバカしくなったので、まだ何か話をしている途中だった彼の言葉をぶった切って、ただ『さよなら』とバッサリと切り捨てた。
まぁ別に今更だし、ちょっとはいいなぁと思ってしまっていたから未練なんて全くないと言えば嘘にはなるかもしれないけれど、復縁なんてもっと有り得ない。
なんてそんな事を考えているとソファーの上でスマホが大きな音で鳴った。

「はいはーい」

テーブルに置いたスルメを豪快にカジりながら、ビール片手に脳天気に応答するとザワザワとした所からかけてきてると分かる様なガヤガヤした声が聞こえる。

「ぼっちおめでとうー!!」

機嫌が良さそうな声で聞こえたのは、少し酔っていると明らかに分かる唯一の親友、翠の声だ。

「そっちこそぼっち焼肉だろどうせ」
「あー!何よー!祝ってやってんのに〜」
「はいはいあざま〜」

翠は高校の時に出会った。
昔から割と自分の世界に閉じこもりやすい性格でひとり遊びが得意だったから、友達とワイワイお喋りをして過ごすなんて事はなく思春期真っ只中にもかかわらず15歳の春には既にぼっちを極めつつあった青春時代を過ごしてた私は、授業が終わるとすぐに学校から真っ直ぐ図書館に行き何かと時間を潰していた。
あの頃に好きだったのは、バイトをしているらしい某有名大学の大学院生のお兄さんでよく受け付けにいて座っていたので、何度も顔を合わせていて顔見知りだった。
学校帰りに勉強をしていると、『たまたまノートの内容がチラッと見えちゃって……ごめんね。それ間違えてるよ!』と教えてくれたのをきっかけによく勉強を見てくれていた。
別に家に帰っても1人で居ることに変わりはなかったけれど、何かと手元に誘惑の多い家に居るよりも、図書館の方が勉強するのに集中出来たのもあって都合が良くて通っていて、その帰り際に何時も寄るカフェで何時も翠はバイトをしていた。
毎日とまではいかなくても、かなりの頻度で顔を合わせていたせいですっかり顔見知りになってから同じ学校の廊下でバッタリ鉢合わせになった事をきっかけに、翠が何かと話しかけてくる様になった。
もちろん翠は周りに何時も人がいる人気者ってヤツで、何かとワイワイガヤガヤ騒がしい毎日が嫌で1人になりたかったんだと後から話された。
だけど、私と出会って何となく話しかけてみたらなんだかそれが心地よい空気感で、この人なら一緒に居てもいいかなぁなんて思ったのがきっかけでそばにいる様になったらしい。

「あ、着いたからあーけーてー」
「え?ヤダよ」
「あーけーてーよー。ぼっちだから暇じゃん」
「だって翠酔っ払ってるし。面倒だもん」
「むぅ。何だと!!……あ、おにぃさぁ〜ん**……」

翠が電話越しに誰かと話してるのが聞こえる。

「ゲ。人のマンション前で逆ナンかよ。そのままゲスな男にくわれてしまえ」
「……ゲスな男で悪かったな」
「え?な、誰?」
「同じマンションに住んでるよしみで言ってあげるけど、お友達がフラフラしててぶつかってほんとにゲスな男にくわれそうだけど迎えに来なくていいの?」
「あー、もう!……すぐに行くので見てて貰えませんか?……」
「ま、いーけど。早くして下さいね」
「はい……」

電話は繋げたまま、すぐにTシャツの上にパーカーを羽織ってマンションの入口に向かうと、何でかすごく騒がしい。

「いや、だから俺じゃなくてこの子の友達が今来るんで見ててって言われただけなんで!」
「あ?都合のいい事言ってお前持ち帰るつもりだろ!俺が先に声掛けたんだからどけよ!」

想像は着いてたけど、翠をめぐっているにも関わらず本人は知らない男の子に守られながらエントランスのソファーで爆睡しているらしく、男の子のジャケットをかけられて小さくなって寝息をたてている。

「あーもう何なの!ちょっと!その子はあたしが連れて帰りますのでどちらもお引き取りください!!」

久々に大声をあげて怒鳴るとピタッと今まで騒いでた男の子達の声が収まる。

「はぁ……やっと来た……」

殴られる寸前で殴りかかっている相手も拍子抜けしたのかピタッと動きが止まった。
想像していた何倍もイケメンの男の子が翠のスマホを渡しに近づいてきた。

「あー、ご迷惑お掛けしてすみません」
「別にいいけど。早くこの人連れてったら?」
「あ、これ。ビール飲めるか分かんないけど……良かったら」
「ん。貰っとく。じゃーね」

ヒラヒラと手を振ってそのまま何事も無かったかの様に去っていく背中をポーっと見守っていると、守衛のおじさんが何事かと現れたのと同時にやいのやいの言っていた見た目が明らかにチャラそうな男の子もそそくさと居なくなった。

「翠〜、起きて」
「……ん〜」
「ココまだ部屋じゃないから、起きて」
「うーん」

むにゃむにゃと眠気眼の翠を抱えて部屋にやっとの思いで辿り着いてすぐソファーベッドへダイブさせた。

「なんで誕生日に私が翠の世話妬いてんのよ。あーあ、寝よ」

爆睡している親友を放置して、そそくさと自分のベッドで横になると珍しくすぐにお酒の助けもあってか、すぐに眠気がきてすぐに記憶は飛んだ。










翌朝、お味噌汁の匂いに釣られて目が醒めた。
翠は目覚めたと同時に見覚えのある部屋の天井を見て全てを悟り理解したらしく、記憶は断片的でよく覚えていないが自分がやらかした事実だけは理解出来たのでせめてものお詫びの印と言う口実のもと、何時も通りに朝ごはん作りを始めたらしい。
幸いな事に料理には定評のある事で歴代の彼氏には絶賛され胃袋は鷲掴みしてきたにも関わらず、未だ独身である事実が悲しい。
翠いわく家事全般が得意で尚且つそつなく何でもこなしてしまうが故に、世話を焼きすぎてしまい、何時の間にか彼氏が息子化してしまうらしい。
最後にお付き合いをしていた彼に至っては、もう後一歩でプロポーズ秒読み!?なんて言っていて、来年は一緒に住めたらいいなぁなんて話まで出ていたのもあって、連休に何日か同棲生活の気分を味わおうと数日お泊まりした結果…すぐに後悔する羽目になったらしい。
後から聞いた話では、3日目辺りに事は起こった。
何気なく漫画を読んでいる彼の側で洗濯物を取り込んで畳んでいると、後ろから「母さん」と何気なく呼ばれたらしい。
今までもお母さん扱いされてしまうことが多くてすぐに喧嘩になってしまうのが原因だったけど、直接的な言葉で「母さん」と呼ばれたのは初めてで、すぐに彼も取り繕って訂正していたけれども、洗濯物を取り込む度に思い出してしまってアウト。
2ヶ月後サヨナラを告げたと泣きながら電話が鳴ったのは夜中の1時過ぎで、何度も電話がかかってきて結局根負けして起こされた。
電話越しに眠い目を擦りながら話を聞いていたのにも関わらず朝の3時を過ぎた頃、話し足りないと家まで来た挙句にお酒の力を借りて散々愚痴をたーっぷり吐いて、電池が切れてくれたのが朝の8時過ぎだったのを思い出した。

「翠〜」
「あ、起きた?ご飯食べられるなら食べたら?」

そしてボッサボサの髪でTシャツの中に手を入れてポリポリと背中をかきながら、『もう既に結婚してるのでは?』と錯覚してしまう程にとても美しくさらに優しく微笑む親友が、愛らしいエプロン姿で朝食の用意をしている様はまるで『天使か?』と妄想を膨らませてしまったであろう翠の歴代の顔がまた浮かぶ。

「…………はぁ。」
「な、なによ?しょっぱかった?」
「……んーん天才」
「よね。何時ものだもん」
「なんで独身なの?……」
「五月蝿い」

翠にとっては黒歴史でもある歴代の元彼達。
何故…とは言わないが、この天使の様な親友を私にくれた事に感謝致します……なんて。

「翠」
「嫁には行かないから」
「まだ言ってもないのにつーれーなーい」
「早く食べなよ、バカな事言ってないで」
「はいはーい」









それから数ヶ月の間、忙しい事もあって親友の翠でさえ連絡もせずに放置気味で、LINEも5日に1度返ってくればと言う程度で生存確認する程度のやり取りが続いていた。

「はぁー……ビールが……飲みたい……」

寝室までは後ちょっとの所だけれど、もう既に手前のリビングのソファーで息絶えそうな程に疲れていて動くのすら面倒で、ご飯すらまともに食べてない状況なのに瞼が落ちて開けられない。

「嫁が……欲しい……」

と言った所までは覚えているが、ふと目を開けたら日差しが射し込むリビングで完全に寝落ちていたらしい。

「なん……時?」

とスマホを見ると『08:03』を回った所だった。

「…………え?……っヤバっ!!」

完全にやってしまった感で飛び起きてとりあえずシャワーを浴び……る前に電話!!と思い立って急いで会社へ謝罪の電話をしなければとベルを鳴らすけれど、何時もなら最速で2コール以内には出てくれるはずの受付嬢のお姉さん達が居るのにも関わらず何度コールを鳴らしても音沙汰がない。
『あれ?』と冷静に深呼吸してからスマホを見る。

「なんだ土曜日か」

念の為再確認も兼ねてテレビを付けてみると、何時も平日に見るNEWS番組のMCのお兄さんじゃないし、周りの人も土曜日担当のメンバーさんだった。
そうして確証を得てから、2度寝を試みるも起きる気は無かったのにも関わらず起きてしまったせいで目は完全に覚醒してしまっていて、仕方なく諦めてベッドから起き上がり久々の休みを堪能する事にして、まずはゆっくりシャワーでリラックスしてお風呂を満喫した後は気取らず……と思ったけれど少し気取ってみたくなり珍しくフライパンなんて手にしてみたりなんかして、ゆっくり朝ごはんを作って食べた。
メニューは、目玉焼き2個、サラダ、ピザトースト、インスタントのコーンスープ、ブラックで飲むコーヒー。
その後は、お財布とスマホとイヤホンと手帳だけを持って外に出たら空は晴天で雲ひとつない真っ青で、澄み切った色が広がっててとても気持ちが良かった。
車にしようかと悩んだけど、こんなに天気も良いし風を感じながら歩くのも良いなぁと徒歩で出てかける事に決めて、何となく歩き出してからなにも予定は決まって無かったけど、とりあえず思いついた美味しいと気に入って何度もリピートしているパン屋さんに向かう。
まっすぐに歩いて行くとパン屋の側の美容室で飼われている看板猫の茶々丸が、何時もパンを買った後にいい匂いがするからかパン屋さんから出ると、必ずペット用の入り口から出てきて愛想良く迎えてくれて、撫でてくれと顔を擦り付けてくるのでそれがたまらなく可愛くてついつい手を伸ばしてしまうとずっと撫でてしまう永遠ループだ。
今日も変わらず茶々丸は甘え上手で可愛い。

「お前は甘え上手だねぇー」

今日は違うカバンだから、こういう時の為に何時もカバンに持ち歩いてるチュールが無いかもと思ったら、上着のポケットにも入っていた。

「ちょっとだけだよ」

指に少しだけつけて差し出すと、茶々丸は少しザラザラとした小さな舌でぺろぺろと指を舐め始めた。
完全に無くなるともう無いの?と首を少し傾げてオネダリに右前脚をちょんと乗っける仕草がコレまた可愛くて、もう少しだけつけて差し出すとまたぺろぺろと上手に舐めとってるのがもうたまらなく愛しくて尊いとはこの事なのだと毎回思う。
そうして何度かこのやり取りを続けて3回目で今日は終了。
本当なら全部あげてしまいたいけれど、可愛い可愛いと調子に乗ってあげすぎて茶々丸のカラダが不健康になっては可哀想だし、ココは心を鬼にする事も大事だからとグッと堪えて我慢だ。

「おーしまい」

と、手を上げても茶々丸はぺろぺろと指をしばらくの間舐め続けるのでしばし堪能。

「くすぐったいよ、茶々丸ぅ」

そのうちにもう本当におしまいだと分かると、茶々丸は膝の上に乗りたがる。
何時もなら喜んで堪能する所なのだが、今日は少し違う場所へも行きたいと思っていたので残念で名残惜しいが、頭を撫でて『ごめんね』とだけ言って立ち去る。
また少し歩くと新しく本屋さんが出来ていて、たまには…と覗いてみると、新作の話題になっているアニメの漫画が最新刊までズラーっとショーウィンドウに並んでいたり、難しそうな英語の本や雑誌も各種あってかなり品揃えは良さそうだった。
特に欲しい本がある訳でもなくなにも決めもせずに眺めていると、見た目が凄く好みのファンタジーっぽいイラストが描かれた表紙に目が行って何となく内容が気になったので、購入を決めて手に取ると『あ』と言う声が聞こえた。

「ん?」
「あ……」

その声のトーンで一瞬で何が言いたいかと悟りはしたけれど、こう言うのは勢いだと思い一応ペコっと頭を下げてから、気にしないフリを決め込んでそのまま雑誌の新刊も手に取ってお会計を済ませた。
この後の予定も決めないまま店を出ると、さっきまで晴天だった空が少しどよんとしてて雨でも降りそうなくらいだなぁなんて思っていたら、すぐにポツポツと雨粒が落ちてきたので思わず今買った本を傘替わりに頭の上にかざして走り出そうと1歩を踏み出すと同時に反対の腕を掴まれて振り返る。

「良かったら入りなよ」

さっき本屋にいた男の人だった。
別に好みのタイプではなかったけれど何となく顔が赤くなってカーッと熱くなるのを感じた。
掴まれていた腕を離してもらうと、傘だけ手渡された。

「やっぱり、これ、良かったら使って?雨、本降りになりそうだから」
「え?!でもっ!」

と返す間もなく走り去って行った彼の背中を追いかけようにも、ヒールで追いかけるのでは追いつかないだろうと思った。

「傘返せないじゃない」


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