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春一番

春一番武蔵野の池波あげて       水原秋櫻子(1882年~1981年)
 季語【春一番】- 春 
はるいちばん むさしののいけ なみあげて

春一番と聞くと、のどかな春が近づいてくるような、なんとなく心浮き立つ気持ちになります。昭和世代の人の中には、キャンディーズの歌う明るく可愛らしい歌を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。
けれどもこの春一番、実際はそのようなふんわりと穏やかなものではなく、立春から春分までの間に初めて吹く風速8メートル以上の強い南風のことを言います。
台風ほどではないにしろ、場合によっては突風による飛来物での事故や風が吹き荒れた為の被害が出たりなど、予断を許さない強い風なのです。

実際に19世紀中ごろ、この春先の強い風で壱岐地方の漁船が遭難し、乗組員全員が亡くなったという悲しい事故がありました。
それ以来この時期の強い南風を壱岐地方の漁師が「春一番」と呼んで恐れるようになり、それが後に全国的に広まったともいわれています。

水原秋櫻子(みずはらしゅうおうし)はそれまでの「客観的に自然を詠む」という形ではなく、自らの感性と個性を通して自然を詠いあげ、「現代俳句」の礎を築いた俳人です。
池の淵が風でざぶざぶと揺れる事はあっても、実際には「波」は立ちません。けれども今回取り上げた句は「池の波あげて」という秋櫻子自身の感覚を通すことで、「春一番」という風の強さがより一層感じられるのです。

春の訪れを待ちわびる心は「春一番」という言葉につい浮き立ってしまいますが、普段は凪いでいる池の水を揺らすほどの風だという事を忘れずにいたいものです。
予報が出た際には、庭に飛ばされそうなものが置いたままになっていないか、雨どいが外れそうになっていないか、などの確認が必要かもしれません。

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