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甘酸っぱい日常

今日はnoteの企画に参加します。
「#2000字のドラマ」ということで、書くことにした動機や昨日休んだ話などはまた明日。いってみましょう。


甘酸っぱい日常

あの日も暑い夏だった。
私は会社のコピー機で大量のコピーをしながら高校時代のことを思い出していた。

暑い日差しが照りつける日だった。
壊れたクーラーを眺めながら私はコピー機から出てくる紙をひたすら半分に折っていた。

憂鬱だ。
冊子を300部、ページは10ページ。
印刷はようやく終わる。でも、残りを半分に折って、その後・・。考えるだけでどんよりする。
どんよりしていても仕方ない、進めよう。

文化祭の実行委員長を半ば強引に先輩に押し付けられてやることになったものの、まだ2年生で先輩にお願いする時は大変だし、後輩も大して手伝ってくれないしで、なんで引き受けちゃったんだろうと思いながら私は生徒会室でコピーをしていた。
普段は会計監査で気楽に遊びに来ているこの場所さえ、いつもよりなんだか重暗く暑い気がする。

ガラガラガラ、授業中で静かな廊下にドアを開ける音が鳴り響く。
生徒会長のタケルが入ってきた。
「またお前かよ、暇だなあ」
「あんたに言われたくないわー、タケルは何の授業?」
「古文」
「あー、ひげ爺かあ、眠くなるよね」
「そうなんだよ、爺の声、子守唄なんだわ。・・で、もう大体終わったの?印刷」
「うん、最後のページ。今他のページを順番に並べているところ」
「お前もよくやるよな、断ればよかったのに」
「うん・・私もそう思う」

私の悪いくせだ。同調圧力というか、先輩や先生に頼まれたりするとうまく断れない。タケルにも『お人好しだよね、良い子ちゃんばっかりやってて疲れない?』とよく言われるし、自分でもそんな自分が嫌になることがある。
でも仕方ない、それも自分なんだと最近は諦めている。

「まー間に合いそうだからよかったんじゃん。パンフレット」

文化祭は明後日だっていうのにまだパンフレットを印刷しているあたり間に合うのか不安な私の顔を悟ってか、明るく言ったタケルがため息をつきながら半分におり終わった紙を手に取る。
野球部も兼任している彼の手は黒く焼けてた。
「何、これ1ページ目?」
「そうです」
「全部半分には折ったの?」
「うん」
「早く終わらすぞ」
「・・手伝ってくれるの?」
「暇なんでね」

冊子にするべく机をグルグル回りながら一枚ずつ紙を重ねていく。
5枚並べ切って一冊ができたところでパンチをするという作業を3回終わったところだった。
ドアが開いた。ドアからひょこっと中を覗き込んだのは副会長のサトシだった。
「いたわーお前、自習中にいなくなったから絶対ここだと思ったわ」
「え、古典、自習だったの?」
私はタケルを見る。
「・・眠いのはどっちでも一緒だから」

タケルも相当お人好しだなと思いながら顔が綻ぶ。さっきの憂鬱が嘘のようだ。

「どこまで終わったの?」出来上がった冊子をサトシがペラペラめくりながら聞いた。
「机の上に20枚」とタケルが答える。
「300部だっけ?一人でも10回ちょっとぐるっとすれば出来上がりじゃん」
「お前相変わらず計算ダメだなあ」
「10ページあるから折ってもその5倍だわ」
「まじか・・うわー」

そうだよねえ・・って思いながら私は項垂れる。

「お前さー邪魔しにきたなら帰れよ」
「んなこと言うなよ、手伝いに来たのに」

私は顔を上げてサトシの顔を見た。
サトシはニッと白い歯を出して笑いながら言った。
タケルと同じ野球部だけあって日に焼けた顔に、白い歯がいっそう際立つ。
「俺らの責任もあるじゃん?そもそもパンフは外注の予定だったのに」

その白い歯が突き刺したかのように私はもう一度うなだれた。
そう、本当は外注の予定だったのに予算申請をし忘れたのだ。
生徒会のメンバーも誰も気がつかずに1週間前に気がついた時にはもう自分たちで印刷する以外手は残されてなかった。
なんで気がつかなかったんだろう・・あー。

「気がつかなくて・・」そう私がいうと「本当、びっくりだよね」とサトシはカカカと笑った。
「お前が歩く無神経って言われるの、わかるわー」
タケルがサトシを睨む。
「は?そんなこと言われたことないけど」
「よかったな、今、言われて」
サトシがムッとしてタケルを見る。
「どこが無神経なんだよ」
「蒸し返すことないだろ、その話」
「蒸し返しているんじゃなくて、俺は、俺らの責任もあるって言ってるだけでさ」
「もう、いいから手を動かそうぜ」
「いや、だから、俺らだけでやらんでさ」
「何?」
「授業終わったらになるけど、他のメンバーにもやらせようぜって話、みんなに声かけといたから」

私は涙が出そうになった。
「サトシ、ありがとぉぉぉ」
私が思わずサトシの手を握って喜んでいるとタケルが苦笑いをした。
「お前はやっぱり歩く無神経だわ」
「だからどこがだっつーの」
「・・もういいわ、とりあえず進められるところまで俺らでやろうぜ」
私たちはまた机をグルグルと回り出した。
暑い日差しが心持ち優しくなってきたのはもうすぐ夕方だからではなかったと思う。


私にはあの頃の甘酸っぱいけど優しかった日常がある。
きっと今日も切り抜けられるだろう。



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