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第86話:サンタさん

[子育ての記憶と記録]

クリスマスが日本に定着したのはいつ頃だろう。街路樹がイルミネーションで飾られ、ここかしこにクリスマスソングが流れ、ケーキやプレゼントを買うために人々がごった返し、恋人たちは夜景の見えるレストランで食事をする・・。
いつの間にやらお正月なんかよりずっとハイカラで華やかで魅力的なお祭としてクリスマスは根付いた感がある。

僕の子供時分にはそういうクリスマスはなかった。御馳走が出るわけでも、プレゼントを貰った覚えもない。
小学校の高学年の頃、父親が職場で注文したのか、我が実家にもケーキが登場し、初めてクリスマスケーキなるものを目にした。それ以降しばらくの間、クリスマスはクリスマスケーキを食べる日となったのである。

学生時代と就職してからの4年間は一人暮らしであり、テレビもなく世情とは全く切り離された生活をしていたため、クリスマスは他の日と全く変わらない一日として過ぎた。

結婚するとカミさんは都会育ちでもあり、キリスト教とやや関係もあったため、教え子のくれた小さなクリスマスツリーに飾り付けをしたり、ケーキを用意したりして、それなりにささやかなクリスマスを過ごしたが、我が家に本格的にクリスマスらしきものが訪れたのは、子供が生まれ、その子が物心ついた頃からということになろう。

唐突な質問だが、皆さんはサンタクロースの存在を何歳ころまで信じていただろうか。
その限界は10歳ころ、小学校4年生か5年生ではないかとよく言われるが・・。

息子のクリスマスは幼稚園がそのスタートになる。
クリスマス会が催され、歌ったり踊ったり、幼稚園の裏に住む、幼稚園の行事には何故か必ず登場するジッチャンと呼ばれていたオジイサンがサンタとなって登場し、お菓子をくれる楽しい会なのだが、これによって息子の頭の中にはクリスマスとサンタクロースの存在がインプットされたのである。

欲しいものを書いて窓に貼っておくと寝ている間にサンタさんがプレゼントを届けてくれると教わって来てウキウキワクワクしている。先生もこうすれば子供の欲しいものが分かり、親が事前に準備出来るという配慮なのだろう。
親であるところの僕らは早速それを見てオモチャ屋に走り、紙に書かれたプレゼントを調達してくるのである。それを息子が寝付いてから枕元に置いておいてやる。

最初の年は特に期待が大きかったのだろう。朝起きると息子はハッと枕元を見、そこに置かれている包みをガサガサと開け、中のプレゼントを取り出すと、
「ヤッター、サンタさんが僕の願いをかなえてくれたー。ヤッター」
と叫びながら走り回った。
見ているこちらが思わず嬉しくなるような喜びようである。

作り事と言えばそれまでだが、サンタの存在を無邪気に信じるその純真さが、親としては何ともいとおしい。今年もクリスマスだなという実感が、やっとそんな息子の笑顔と共に浮かんで来たりしたのである。


ただ、時々困ったことも起きる。
息子にさりげなく「今年はサンタさんに何をお願いするんだ」と聞いても教えない時がある。
「内緒」などと言う。
「内緒とは困った」と内心思うが、そうかと言ってそれ以上追及するとサンタさんの不在が露呈するという墓穴を掘ることになりかねない。

カミさんの話によると、あるお母さんは「何でお母さんに言わなきゃいけないの」と子供に言われて言葉に詰まったそうだが、カミさんはその点上手で、「サンタさんはいっぱいプレゼントを届けるから、ちゃんと書いておかないと間違って届けちゃうかもしれないよ」と言って書かせてしまう。

また、サンタの存在に関する危機も訪れるようで、友達が我が家に集まって遊んでいると、家に兄姉のいる子は既にサンタクロースが存在しないことを既に知っていて、
「サンタさんは本当はいないんだよね」などと言うらしい。
・・危険である。

ところがカミさんの話によれば、それを言う、その子の方が逆に排撃されてしまうらしい。
「ウソ。おれんちにはサンタは来たぜ。おまえんちは」とある子が言うと、
別の子が「ウチにも来たよ」と言う。
「そうだよな。おまえんちは」とまた別の子に聞くと、
その子も「来たさ」と叫ぶ。
「そうだよな。みんな来たよな。なんでおまえんちには来ないんだ」と責められてタジタジになるらしい。

子供の世界とはおもしろいものである。

ある女性の同僚は、はっきりと覚えてはいないが、小学校高学年のころ枕元にプレゼントが置いてあるのを見て「お父さん、ありがとう」と思ったそうだ。悲しいことだが、いつまでもサンタさんの存在を信じているわけにも行かぬ。

親も子も、前に歩かねばならぬ。ただ時々、後ろも振り返ってみたい。

松任谷由実の「恋人がサンタクロース」の歌がかかると息子の耳に入らぬように大きな声で話しかけてみたり、「デジモン」と紙に書かれて何だかよく分からないまま玩具屋に走ったお父さんサンタだった頃を、ふと懐かしく思い返してみる、今宵である。


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