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第99話:無用者

海岸によく出かける。海はいい。海を見ていると何となくほのぼのとしてくる。だから、暇があるときは沼津の千本浜に出かける。海を見たいという衝動が人間に湧くのは何故だろうなどと考えながら、海岸や防潮堤の上でゴロゴロ過ごす。

この間は鳩がやってきて、僕が食べているおにぎりを一緒に食べた。5羽も6羽もやってきて、人懐こく膝に乗ってきたりする。トンビが飛び、富士山がきれいである。

ついこの間も千本浜に転がっていると、今度は色の黒い、帽子をかぶったオジサンが近づいて来て「あんた仕事あんのか」と言う。「一応あるけど、何?」と尋ねると、「解体やんねーか。解体」と言う。オジサンは僕が浮浪者か失業者に違いないと思って声をかけたらしい。

とても教員だと返答はできなかったので、「大丈夫。何とか食ってるから」と答えると、「そうかあ。結構いいんだけどな」と残念そうに去って行った。どうやら僕の背中には、余計者、無用者の哀愁が漂っているようである。

人にどう見られるかなどということは本当はどうでもよいことだが、第三者の見方には一端の真実があることも否めない。でも、いま無用者と書いてみたとき、何となく僕の脳裡に懐かしい郷愁のようなものがフワフワと湧き起こったりもした。

無用者と聞けば、人は限りなくマイナスである人物を想像するに違いない。役立たず、はぐれ者、落ちこぼれ、あぶれ者、甲斐性なし、変人、不快、汚い、ダサい---何だか自分が寂しくなってくるのでこれ以上は書かないが、大方、そんなイメージであろう。要するに<いらない人物>なのである。

仕事はできない。人付き合いは下手。そう、そのとおり。それはそれでいいとして、ただ、それらが本当に限りなくマイナスなのかと考えるとき、僕は何だか、一方では寂しい思いも感じながら、でも「無用者=いらない人間」が持つ不器用な価値などを考えてみたりしてしまうのである。

唐突に僕はここで大学時代の学科の仲間を思い出すわけで、何かそういう不器用なニオイを放っている奴ばかりだった。国文科だったが、男で国文を選ぶこと自体が既に「無用者」を行くことだったのかもしれない。

無用な具体例かもしれないが、
外見、ブッチャーのようでありながら、すごく優しくいい奴。
黒のジーンズに黒のTシャツに身を固め、無精ヒゲに油っぽい髪の毛をオールバックにした、同級生なのに4歳年上のオジサン。
長身、長髪、緑のコート、銀のトランク---ロックシンガーのような風貌だったが、下宿は壮絶に汚く、そのゴミの中で万葉集を研究していた奴。
在学中からテレビアニメの脚本を書き、中退していった気障だった男。
グランドで凧揚げをし、次の講義にランニング姿で汗を拭きながら登場する少年のような魂を持つ奴。
ケーキ屋を根城にたむろしている幾人かのグループもあった。
小説家になると言って自分の書いた、僕にはわけのわからないシュールな原稿を「おもしろいだろう」といつも見せに来る奴。
入学早々彼女を作り、講義中もその子の隣に座って、その子の顔ばかり見ていたムチャクチャ頭のキレる男。
しばらく顔を見ないと思ったら、「俺はムショに入っていた」と言って、ムショのトイレの臭いことを延々と説明してくれる奴。
実にいろいろな、特徴のある連中だった。僕はといえば、いつも口を半開きにしてボーッとしていたらしい。よく「お前、口を閉じろ」と言われていた。

同じ学科にいたカミさんは「男子はみんな危ない感じを持っていたわ」と言うが、確かにアンバランスで、崩れてゆきそうな何かを持っていた。文学を研究するには、あまりに文学的で、人間的だったのかもしれない。

唐木順三は『無用者の系譜』という本の中で、

自分が無用者であることを意識的に選び取り、おのれを現実世界から切り離すことで、そこに観念の世界、自在な精神を得た。

と書いているが、無用者がその最初から自ら無用者であることを選び取ったとすれば、それはもはや無用者ではないのではないかという気がする。

同様にアウトサイダーと言っても、何だかカッコ良すぎる。「釣りバカ日誌」のハマちゃんは魅力的だが、現実はそううまくはいかないものでもある。

もっと生々しく不器用であり、生き下手であり、どうでもいいことにつまずいてみたり、どうでもいいことにこだわってみたり、やむにやまれず無用者であるのであり、無用者であるほかにどうしようもなくて無用者であるのであって、だから無用者なのである。

そういう人間に何だか僕は、親しさ、懐かしさを感じてしまうのであって、無用であることの価値について改めて考えてみてしまうのである。

この間、カミさんは「何だか普通じゃない不可解なところが新鮮な魅力に思えちゃったのよね」としみじみ言ったわけだが、それってやっぱり「結婚についての後悔」っていうことだろうかと、あわててカミさんの肩を揉んだりしてみた僕なのであった。


■土竜のひとりごと:第99話

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