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第106話:油断一秒:キックボード編

「油断一秒怪我一生」なのか「注意一秒怪我一生」なのかは、よく知らない。

まだ若い頃の話である。

ある日曜日、カミさんと息子と三人で千本浜に出かけた。特別なにをするわけではないが、のんびりとした時間をグデグデ過ごす。
元気をもてあます息子のガス抜きのためには、ちょっとした外出も必要で、いくつかの外出パターンも出来上がっていたが、その中のひとつに沼津の千本浜の海岸でしばらくボーッとし、その後図書館で2時間ほど過ごし、回転寿司で夕食、ブックオフを冷やかして帰るというコースがあった。

そんなわけでその日も千本浜に出かけたのだが、いつもは海岸の砂利の上で昼寝をしたり、缶や棒を立ててそれを的にして石を投げたり、焚き火をしたり、取りとめもなく過ごすのだが、その日は何だか、息子の愛用のキックボードを持っていってみようとふと思いつき、車に乗せた。思えば、これがいけなかった。

息子は防潮堤の上にある舗装された道をスイスイと滑って遊んでいる。
ふと見ると、防潮堤の上から下の駐車場に向かってスロープがあり、キックボードで滑ると気持ちよさそうである。

「おい、貸せ」と息子からキックボードを取り上げて滑ってみる。スピードも出て、ちょっとしたスリルがある。一度目は、難なく成功。

戻ってきて息子に「やってみれば」と言うと、「危いからいい」と言う。「大丈夫だよ。簡単。気持ちいい。お父さんがもう一度行って来る」と言って再びスロープを降りて行く。
気持ちいい、なかなか爽快と思いながら滑ってゆくと、スロープが終わるあたりでキックボードは勝手に右に曲がり、勢いのついたままコースを外れコンクリートの割れ目に突っ込んでしまった。

「あっ」と思ったが、あとは何が何だか分からない。強い衝撃があって、次の瞬間、僕は道の上に投げ出されていた。右肩がズキズキ痛むので右肩から落ちて一回転したらしい。
それよりも右目の付近一帯にガーンとした痛みがあって目が開けられない。これは眼をやられたななどと割と冷静に思ったりしたが、幸いにも目自体ではなかった。僕と同時にすっ飛んだキックボードが、顔面右に激突してきてそこが切れているらしい。血が頬を伝ってポタポタと道路に落ちていた。

近くにいたオバサンが二人、「まあ大変」と寄って来て、ティッシュをくれたり病院がどうのと心配してくれる。
帰ってこない父親の様子を見に息子がやって来た。子供の忠告を聞かずに負傷した親の情けなさも胸によぎる。息子が呼びに行ってカミさんもやって来た。

何だかこのままいると人だかりができそうな嫌な予感もあって、痛さをこらえながらも、そそくさとそこを立ち去って、カミさんに介助されながら病院に行った。

普段、オッチョコチョイ呼ばわりしているカミさんにも何だかきまりが悪い。治療を受けたが、傷は小さいがかなり深いので、キックボードの角が当たったのだろうということだった。
それでも2ハリ縫った。今でも目のすぐ脇に傷が残っている。まともに目に当たっていたら、あんな重い金属板の角のこと、僕の目は破壊されていたに違いない。


そんなことがあって半年くらい経ったころ、家に帰るとカミさんが目の脇に大きなガーゼをバンソウコウでくっつけて、オイワサンのようになっていた。
「どうしたの?」と聞くと、
「あのね急いでたのね」と言う。
よくよく聞いてみると、急いで車から降りようとしてドアの上の部分(窓枠の上の縁)にぶつけたらしい。

今までそんなところに顔をぶつけて怪我をしたなどということを聞いたことはないから、それがどういう状態なのか一瞬分からず、
「何故そんなところにぶつかるの?」と問うと、
「だから、急いでいたのよ」と言う。
「急いでいても人間ならそんなところにぶつからないだろう」と改めて問うと、
「だから急いでいたのよ」と飽くまで急いでいたことに責任を転嫁させたいらしい。
「でも、普通そこにぶつかるか?」と追い討ちをかけると、
「痛かったんだから・・」と悲しんでいる。
僕に言わせれば、僕の怪我は仕方のない出来事だったが、カミさんのは考えられない出来事である。

僕はカミさんがやはりオッチョコチョイで安心したのだが、
「私、これでもとても痛かったんだから、あなたはあんな鉄の塊がぶつかってきて、さぞ痛かったでしょうね」などと言っている。
そう、頭蓋骨が割れなかったの幸いであった。カミさんのは縫わず済んだようだ。
「傷が残らないといいけど」と言うが、多少の傷痕が残るかもしれない。

息子も、まだ本当に小さい頃に、店の中を走って転び目の横に怪我をした。その傷痕が今もわずかに残っている。

期せずして、親子三人、目の脇に傷を持つ者となった。不思議な因縁である。


三人ともたいしたことななく済んだが、以前に一緒に勤めていた同僚のお母さんは玄関の敷居につまずいて頭を打ち、そのままなくなってしまったそうだ。
人は一瞬でどうなることかわからない。くれぐれも「油断一秒」を心に言い聞かせてありたい。

実はこの話は全く無縁の話でありながら次話の前振りとなっており、もしよろしければ次話をお読みいただければと思う。


■土竜のひとりごと:第106話


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