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定時制高校野球部

[ これは定時制に勤務していた頃に書いたものです ]

日本人は野球が好きで、野球には格段の思い入れがあるようである。高校でも、今でこそその勢いはサッカーに押されつつあるが、野球部と言えば、夏の甲子園が全国放送されたり、地区予選には全校生徒を駆り出して応援に出かけたりと、非常に特別で、「聖的」な匂いのする部活である。
野球部員と言えば、坊主頭に一年中真っ黒な顔をした、見るからにスポーツマンをイメージするし、その監督と言えば、やはり生徒からも一目置かれるような立派で厳しい人がまず思い起こされるわけである。

それが、昨年から、こともあろうに僕が野球部を持つことになり、必然的に「この」僕が、「あの」偉い野球部の監督になってしまった。
ことの起こりは簡単で、クラスにA君という野球の好きな男子生徒がいたのだが、学校を休みがちで、クラスの連中も僕もいつも気にしていた。A君は人前ではいっさい言葉を口にしない。
前の年も欠席は多かったが、それでも野球を楽しみに学校に来るようなところもあったらしい。彼に「野球をやりたい?」と聞いたら、ニコッと頷く。当時、野球部はあったが、事実上休部状態になっていて、練習は行われていなかった。そこで、僕が野球部を始めることになったわけである。

以上、事情は簡単なのだが、実際は難しい。中心メンバーのほとんどは卒業してしまい、事実上、部員はA君ひとり。4月、すぐに名乗りを上げてくれたB君と2人での出発となった。
A君は喋らないから白分で誰かを勧誘したりは出来ないのだが、人徳というのだろうか、クラスではその温厚な人柄と人なつこい笑顔で不思議なほど人望があった。B君の奔走もあって、「A君のためならひと肌脱ごう」という生徒も多く出てきて、最終的にはクラスの男子がほとんど、選手、あるいは車を出してくれるとか、ボール拾いとか、いろいろなかたちで参加してくれた。ありがたいことである。
選手として足りない人員は、他の学年に頼んだり、サッカー部から来てもらったりして、どうにかこうにか試合に出られるだけのメンバーがそろったのであった。

ただ、野球は頭数がそろえば済むということではない。技術がいる。ところが、寄せ集めの集団であるから、当然のように技術はない。野球を少しでもかじったことのあるのはメンバーの中で3人、ソフトボール部だったという女の子が一人、あとはグローブもほとんど嵌めたことがないメンバーである。
トンネル、空振りは当たり前。練習も、夜勤が入っていたり、助っ人部員は本業の部活が優先されるので、だいたい4人集まるかどうか・・。連携や走塁の練習などまず手が届かない雲の上の世界なのである。
「偉い」はずの「監督」も、ノックをするのは生まれて初めてだから、空振りはするは、方向は定まらないは、大変である。「偉い」「監督」であるはずの僕は、野球は好きで、ナイターなどはよく観るのだが、もっぱら観るばかりであって、自分でやる方は、小学生のころに遊びでソフトボールをチラットやった程度に過ぎない。「ショート」と声をかけてノックするが、球はファーストに飛ぶ始末である。ルールさえ、細かいところは覚束ない。
僕らはいたって本気だったのだが、同僚からは「本当に試合に出るの?」と真剣に聞かれたりする有様なのであった。

しかし、そう言われて、さすがの僕も一瞬不安になり、大会の責任者に電話をかけてみた。
「こんな状態だがどうか」と。しかし、相手の先生は非常に温かく、「それは素晴らしいことだから是非出てください」と言う。
「女の子がひとり混じっているがいいか」と聞くと、「全然問題ありません」と言ってくれる。
「部員がなかなか上手く集まらないが・・」と言うと、「集まらなければ、先生ご自身が選手として出てくださって結構です。ただ、相手に失礼になるのでその場合には最初から負けが前提ですが」と言う。
「1回戦は○日と◎日に予定されているが、○日はどうしても生徒の仕事の都合でだめなのだが」と言うと、「◎日に出来るように配慮しましょう」と言う。
「ありがとうございます」と言って電話を切った後、僕は「本当にそれでいいの?」と思わず眩いてしまったほどの温かさである。
後の話になるが、試合をやると審判の方も非常に温かく、選手のプレーがルール上間違っていると試合を止めて丁寧に教えてくれる。フォアボールが連続してピッチャーが落ち込んでいると、「ほれ、ピッチャー、あと一人だ。がんばれ」などと声をかけてくれる。「ありえない」ことが、ここでは、たくさん、普通に「ある」のである。

さて、そんな数々の温かさに支えられて、いよいよ試合の当日を迎える。およそ察しはつけていただけると思うが、そんな状態であるから試合は当然のように勝てない。
だいたい「偉い」はずの「監督」が、試合前のシートノックでいきなり空振りをして笑われているから、相手が調子に乗ってしまう。攻撃をすれば、三振の山。その代わり、守備の時間は長い。
フォアボールでランナーが出ると、すかさず盗塁され、内野ゴロも守備がもたつく間にセーフとなる。ランナーがたまり、パスボール、フォアボール、ヒット・・。それでも何とか1点は取ったが、結局3回コールドで、あえなく試合は終了となった。打順も2回はまわり切らなかった。
試合後、みんな、しなだれて集まる。A君は泣いている。何と声をかけていいか分からない。それでもA君をみんなで励まして、次の大会は頑張ろうと誓い合うと、思わずそこからバットを持ち出して、みんなが素振りを始める。練習試合をやろう、合宿しようぜと、昼飯を食べながら語り合う・・。

こんな言い方は彼らにはひょっとしたら失礼なのかもしれないが、僕は彼らと一緒にいて「おもしろく」てしかたがない。恐らく彼らが一生懸命だからだろうと思う。オチャラケていたり、自分たちをバカにしていたら、この「おもしろさ」は得られない。
アウトひとつ取るのが結構感動的だったりする弱いチームではあるが、「誰かのために」始めたことが「自分の楽しさ」になり、「汗をかいて」仲間と「つながり」、「やりたいから」やっている自分を自分が実感できる。「だから一生懸命にやる」・・その感覚が確かに一人一人の部員に見て取れることは、何だかすごく新鮮なのである。

勝つことが優先され、そのためには何かが犠牲にされる、あるいは、集団の中にあっては個人の思いは得てして無視される、それがある意味では当然のこととして競技スポーツにはある、そういうことを僕自身も自分に容認してきたのだが、「ちょっと待てよ」と思わせるものがここにはある。確かに一定以上のレベルは超えられないかもしれないが、「原点」とか「基本」がここにあるような気がしたりしてしまうのである。「こんな世界もある」という、初めてなんだけれど懐かしいような感覚・・。それが「おもしろい」。何だか僕は、彼らと一緒にいて、「神話」や「童話」の世界に迷い込んでいるような気がしてならない時があるのである。

さて、野球部は続いている。彼らの次の大会も3回コールド負けだった。彼らが卒業して野球部も滅びるかと思っていたが、そういうものだろう、やりたいという野球少年が3、4人出てきて存続することとなった。
しかし、状況にはさしたる変化はない。春の大会に出たが、相変わらず、「偉い」はずの「監督」は、いきなりシートノックで空振りをし、気勢をそがれたか、生徒の試合は20点の大差を付けられて3回コールド負け。先に書いたように、審判にまで激励を受けた。
それで秋の大会に申し込むとき、あの温かい責任者の先生に「本当にうちは出ていいのかと考えてしまうこのごろです」と書いて出したところ、意をくんでくれたのかどうか、うちと似たような境遇のチームを一回戦の相手に当ててくれた。
「最弱対決だ!負けられない!」と生徒も僕も意気込んだが、試合当日、選手の一人が遅刻して、プレーボールに間に合わなかった。「時間だけは譲れない」とさすがにあの温かい責任者の先生も言うので、仕方なく、応援に来てくれていた保健室の先生を拝み倒し、無理矢理ユニホームを着せて試合に出てもらうことになった。結果は2-2で引き分けだったが、教員が出たために我が校の負けとなった。こんなことも、やたらに「ある」ことではない。

試合が終わり数日たつと、相手の学校の先生から手紙が来た。簡単に要約すると、「本校の生徒は今まで最終回までプレーできたことはなく、今回、同点ながらとにかく最後まで試合ができたことを大変喜んでいる。練習試合をしたいという生徒の声が強く、もしよろしければお願いしたい」とのことだった。
僕はいたく感動し、さっそく「本校も今まですべて3回コールドで負けている。貴校との対戦では、生徒が本当に楽しむことができた。ぜひお願いしたい」と書いて送った。

そして1ヶ月後に練習試合が行われることになった。最弱対決の真の雌雄を決する試合である。頑張りたい・・。


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