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第185話:猫の恩返し

思いもしない出来事が人生には起こる。

例えば、いつだったか映画館でジブリの映画を家族で見ていたら、突然火災報知機が鳴って観客全員が外に出されたことがあった。結局、誤作動で全員が劇場に戻り中断された少し前のフィルムから再開された。ありそうでなことではあるが、実際にはなかなか経験することではない。


また例えば、かなり前のことだが携帯にかなり乱暴な口調で警察から電話がかかって来た。

「あんたのケータイから110番通報がかかっていて、多分気づいていないんだろうと思けど本来は刑罰の対象になるから注意しなさい」と言う。

110番などした覚えはないと思って、ケータイを確認すると確かに110番に発信されている。当時、僕が持っていたケータイは入力キーがむき出しになっているものであって、ロックもかけていなかったからポケットの中で勝手に110が押され、しかも発信ボタンまでが押されてしまったらしい。
こんなことがあるんだと、恐ろしい偶然に唖然としたことを覚えている。


恐ろしいことと言えば、バイクで走っていた時、まだ幼稚園にも行っていないかというくらいの女の子がすぐ横の歩道を走っていた。なぜ走っていたのかは知らない。僕が彼女を追い抜こうとした瞬間、彼女は突然スピードも落とさず歩道から車道にほぼ直角に飛び出してきた。

「避けきれない。轢いた!」と瞬間、思った。

が、ブレーキはかけられない。かければ確実に横滑りして轢いてしまう。
間一髪、奇跡的に女の子とは接触せず事なきを得たが、多分、車であれば確実に轢いてしまっていたに違いない。女の子は何事もなかったように走り去っていったが肝が縮まる思いをした。


高齢者による暴走事故が頻繁に報じられている。偶発でさえ、かように思いもしなかった出来事は起こるのであるから、加齢による判断力や運動能力の低下が加われば、その確率は上がることは必然なのだろう。
悪意がないだけに被害者にとっても加害者にとっても悲惨な出来事と言える。

実は、僕にもオジイサンがらみの交通事故の経験が二度ある。

一度目は、バイクを買って初めての日。国道を走らせていると自転車に乗ったオジイサンが、さっきの幼女と同様、信号も横断歩道もないのにいきなり直角に道に侵入してきた。ハンドルを切りオジイサンの体をわずかにかすめながら、それでも何とか衝突だけは避けたが、僕もオジイサンも転倒した。
「大丈夫ですか」とオジイサンに駆け寄ったのだが、オジイサンは一言も言わず起き上がってそのまま自転車に乗り去って行ってしまった。無事でよかったが、いや、無事でよかったから言えることだが、買ったばかりのバイクは傷だらけになった。

二度目もやはりバイク事故。
左に一旦停止で止まっている車があったのだが、止まっているから大丈夫と思いそのまま直進したところ、なんと、通過直前にその車が僕の目の前に飛び出してきた。
不思議だと思うのだが、そういう瞬間、意識がスローモーションになる。「ぶつかる。このままではまずい。ブレーキをかければハンドルがロックされる。右に倒してそのまま右に転がろう。今、右車線に対向車はない」と意識が言う。ブレーキをかけながら右に倒して転がり反対車線に体を投げていく。
当たって転がりながら、意識が「ああ、生きている」と言う。
衝突音を聞いた近くの工場の人が介抱してくれ救急車を呼んでくれる。暑い日差しを遮るために日傘をさしかけて「大丈夫?」と言う声が聞こえた。

この時の相手もオジイサンだった。しかも、何十年もトラックを運転していたというベテランだった。とてもいいオジイサンで「申し訳ない。一旦停止した後、左を確認したが右を見ないまま出てしまった」と平謝りに謝ってくれた。

バイクは大破して廃車になり、僕は右肩を壊してまともにはテニスができなくなった。しかし別段、恨む気持ちにはなれない。いつ自分が被害者になり、いつ自分が加害者になるかわからないからだ。


しかし、これがまったく他人事ではなくなってきた。この間、生徒にオジイチャンと言われて愕然としたが、めっきり判断力は鈍くなってきて、時々、車を走らせながら自分がどこを走っているか見失うことがある。
走りながら、「あれっ。ここどこ?」とか、「オレはどこに行こうとしていた?」みたいな。
つい先日は、踏切で一旦停止したのはよかったが、電車も来ないし、遮断機も下りていないのに、そのまましばらく一旦停止していた。「あれっ。なぜ、オレ、止まってたんだろう?」と自問するが、答が見つからない。

寂しくなる・・。


蛇足かもしれない。
国道を走っていたら、前を走る車が2台ほど、少し前のある地点で次々とブレーキをかけ車線を変更する。「何だろう?」と思ったが、僕がその地点まで進むと、なんと車道に猫がうずくまっている。猫は危険を察知すると瞬間的に思ってもみない方向に走り出すものだが、あまりの恐怖に身動きが取れなくなったのだろうか。うずくまったまま動かない。轢かれて横たわっているわけでもない。
危険ではあるが、ハザードランプを点けて車を止め、車を降り、猫があらぬ方向へ行かないように注意しながら、手で促してやると、猫は動き出し、無事、車道から外れて行った。

これもめったにないことである。

人生は、ありとあらゆる「偶然」に満ちている。人生が「偶然」に支配されるものなら、逆に猫の恩返し!という「思いもしない出来事」があっても決して不思議ではない。猫はきっと「恩返し」に訪れ、宝くじ10億円を当てさせてくれ、ゆえに、僕は今年のお正月は堀北真希とハワイの海辺を散歩しながら、二人で朝日を見ていることになろう。
そんなことを夢見るのも、「偶然」でしかない僕の人生における一興だろう。


■土竜のひとりごと:第185話


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