不在通知 カミイケタクヤ 展
主人のいない「無人アトリエ」で鑑賞者がたった一人で作品を鑑賞する。カミイケタクヤさんの個展「不在通知」に行ってきた。
会場は香川在住の彼自身のアトリエ。コロナだからというより以前から考えていたものとのこと。
予約後に送られてきた案内文に従って、アトリエの扉を開けて足を踏み入れる。なにも悪いことしてないのに、いけないことしているみたいだった。
作品を観て、しまった、と思った。
この作品は触りたくなる。
監視の目がないこの空間は普段の展示より自制心が試される。だから頑張って少しだけ近づいてみた。そうしたらますます触りたくなってとても困ってしまった。
アトリエの真っ正面奥にあるジャングルジムの向こうでは作業用扇風機が回っている。テレビが置いてあって登れない階段、展示台の向こう側も覗きたい。遊びたくなるトラップがあちこちにあってますます困る。
見上げると平台や箱馬が当然のように並んでいるし、至るところにムササビとかパンダとか鳥だかなんだかよくわからない動物も見え隠れしているのも気になる。
鏡の扉の向こう側には、鳥籠の明かりが灯る小部屋があった。ここは少し空気が違う。漫画や本、CDが並んでいたりして少し触っても大丈夫そうだった。ついでにラジカセにスイッチを入れて音楽をかけてみた。予想より音が大きかったので慌ててボリュームを下げた。意外とライトでポップな音楽だった。
壁面にはこれまで携わった作品のフライヤーや、ポスター、海外のチケットや子どもたちからもらった手紙が飾ってあった。隅っこでふと目が止まった。みたことがある衣装のデザイン画だった。
これは2016年瀬戸内国際芸術祭「讃岐の晩餐会」の衣装デザイン画。カミイケさんは美術製作として関わっていた。私も出演しており、今回のコロナでこの衣装を思い出していた。メンバーはキャストとスタッフ含めて総勢40名を越えていた。
小部屋から出てテレビが置いてある階段の本棚を眺めていたらこの本を見つけた。
「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」は、カミイケさんが舞台美術を担当し、4月末に静岡の劇場で公演予定だったもの。リアル公演の日が待ち遠しい。
そして本の隣にはヤマト運輸の本物の不在票もあった。代金と引換えに何を受け取ったんだろう、と思いながら漢字で記載されたカミイケさんの名前をみて、あ、ちゃんと生きてる、と再確認した。
このあたりでまた改めて作品を眺めようとしたけどもう時間が少なくなっていた。アトリエにトラップがあちこちに仕掛けられているから、仕方がない。
いそいそと片付けていたら机の上に置いてあった今回の展示の案内文をゆっくり読めずに出てしまった。持って帰ってよかったんだよ、とアトリエを出てからメッセンジャーで教えてもらった。
こんな鑑賞者の喜劇っぷりをこの木彫りの熊の行列がじっとみてくれていたはず。
時とともに変化していくアトリエ空間を背景にして、時を凝縮した作品たちは、輪郭を鮮明にしながら鑑賞者に向かってゆっくりと浮かび上がってくる。
カミイケさんの作品は記憶と時間と場所の備忘録かしらと思えた。なんだか小部屋の壁に貼られていた手紙みたい。
だからカミイケさんの作品の地平線は垂直に立っているのかもしれない。
そして、空間に「在るべきはずのひとがいない」ことは、いる時以上にその人の存在が色濃く炙り出される。その体験ができた貴重で豊かな時間だった。
「無人アトリエ展」という試み。
カミイケさんに会ったことない人がこの個展をみたらどんな人だと思うのかしら。
もしまだお会いしたことのない作家さんがこれからこの形式を試みるようなことがあれば、それを味わってみたいと思う。
まあでもそんな簡単じゃないんだろうな。
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