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VFRクロスカントリー考 ダイバージョンについて

ニュージーランドの飛行訓練の一般的な傾向として、細かいところにあまりこだわらないところがあります。ビッグピクチャーを重視して、とんでもない方向に行っていない限り、ある程度の誤差は許容していきます。

これは、国民性もありますが、天気が変わりやすく、山がちな国土では、ものごとが計画通りに進むこと自体が珍しいためだと考えます。ETA(到着予定時刻)の算出も、定時性の確保というより、燃料を切らさないための時間管理が主な目的です。計画が変わるので、定時もヘチマもないわけです。

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同じ理由で、針路を一定に保って直線的に飛ぶ推測航法も、現地のインストラクターはあまり教えてくれません(というか、知らない人が多い)。ヘディングを守れない状況が発生することが多いのと、晴れた日の視程がとんでもなく良く、そもそも「推測」しなくても遠くから目的地が見えてしまうからです。

逆を言えば、ニュージーランドで推測航法を鍛えようと思ったら、学生自身が研究する必要があります。その話は、また今度にします

そういう意味で、前回の「不時着」と、今回説明する「ダイバージョン」が重視されるのは当然と言えます。なぜなら、両方とも「不測の事態」や「計画の変更」をいかに処理するかが主眼だからです。

本稿を含めたマガジンの収録記事は、著者の私見であり、あくまで参考情報の提供が目的です。実際の訓練にあたっては、それぞれの国の法律を尊守し、担当インストラクターの指示を優先してください。

ダイバージョン

クロスカントリーとは、A空港からB空港までのフライトプランを立てて、計画通りそこにたどり着く、言ってみれば飛行機を飛ばす最も本来的な意味に沿った運航です。遠くに、早く行きたいから、人は飛行機に乗るわけですね。

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しかし、様々な理由でB空港にたどり着くことを諦めなければならない状況が発生することがあります。天気がその最も大きな理由でしょうが、他にも急病人や飛行機の故障、現地空港の閉鎖など、理由はいろいろです。

B空港に向かっている途中に、空中で計画を変更し、C空港に向かうこと。これがダイバージョンです。

ちなみに、主に日本語の文脈で飛行機が目的地を変更することを「ダイバート」と言うことがありますが、「Divert」は動詞なので、名詞として使うなら「Diversion: ダイバージョン」が正解です。

HEROチェック

飛行機の世界では、一連のプロシージャを覚えるときに、その頭文字をつなげて語呂で覚えることをよくやります。国や学校によって異なりますが、代表的なのを挙げると

SADIE、CLEAR、ABRIEF、TCTWO、BUMPHER(GUMP)、3Tチェック、、

そして、ニュージーランドでクロスカントリーのダイバージョンといえば、「HEROチェック」です。

Heading:新しい目的地への針路
ETA:新しい目的地への到着予定時刻
Radio:フライトプランの変更
Obstacle:ルート上障害物の確認

このような手順を踏んで行います。4つしかないので、簡単そうに見えますが、私がインストラクターをしているとき、いや、もっと以前の、自分が学生の時も、このHEROチェックには合点がいきませんでした。

というのも、現地のインストラクターの理解だと、これをいかに「手早く」やるかが評価対象になっていたからです。

評価対象の違い

確かに、天気の急変などで目的地を変更する際、地図に線を引っ張ったり、それを分度器で測ったりしているうちにどんどん飛行機が進んでしまうことは好ましくありません。上空で

「んじゃ、今からここに行こう」

と言われたときに、ざっくりとヘディングやETAが出せることは、大事なことです。しかし、手早さを重視するあまり、正確さに疑問が出ることが多かったのです。

冒頭に説明した「訓練目的の違い」を思い出してください。ニュージーランドで訓練している日本人は、ここに少し気をつける必要があります。ニュージーランドの視程の良さを前提としたこの技術は、日本に持ち帰ってもそのままでは使えない可能性が高いからです。これは、他の外国で訓練している学生の方にも、大なり小なり当てはまることではないでしょうか。

日本のナビゲーションがNZに比べて優れている、と言うわけではありません。どの国でも、事情に合わせて必要なところが進化しているだけです。細部にこだわりすぎて「木を見て森を見ず」になってしまうのもまた、問題で、要するに、バランスの話です。

ということで、Ash流の「HEROチェック」は、ラフさと正確さを両方兼ね備えるために開発したハイブリッドバージョンになっています。早速見て行きましょう。

2-Sweep HERO 1巡目

結論から言うと、HEROチェックを「ふた回し」することでこれを両立させます。最初のHEROは、ラフに、手早く、外を見て、が特徴です

まず「Heading」ですぐに地図を出すのではなく、新しい目的地が現在の位置から東西南北のどの方角にあるか、自分の経験と常識から思い出してみてください。

もし、地図を見ずに大体の方角がわかれば、とりあえず東西南北のうちもっとも近いと思われる方向に機首を向けます。そして、その方角にある町や湖など、比較的大きな目印を見つけてその上空を目指して飛び始めます。

インストラクターによっては、目的地へのラフヘディングは?と聞いてくるかもしれないので、その場合は次の「ETA」の段階でフリーハンドで引いた線を地図の経線と比較してざっくり出してください。

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なぜ目印に向かうかと言うと、これを次のナビゲーションの「発動点」とするためです。発動点は誤差ゼロが基本なので、オーバーヘッドできるところが望ましい。

いつも都合よく町なんかない、と思うかもしれませんが、ピンポイントできればいいので、特徴的な形をした川や、橋、湖の端っこでもいいです。すぐに判別できて、間違えづらいユニークな物標を選びましょう。

あるいは小さな町でも、その町の場所をよく知っていて、かつ地図に載っていれば、すぐにピンポイントできますね。

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次は「ETA」です。1巡目のETAは、新しい目的地に行くのに十分な燃料があるかどうかを判別するために出します。だから、どんぶり勘定でOK。

ここで地図を取り出し、発動点と目的地を丸で囲み、この丸と丸の間の距離を、手を使って測ります。フリーハンドでトラックを引いても構いません。

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チャートが手元にないのでグーグルマップで代用してます

手の大きさにもよりますが、私の場合ちょうど親指を入れた手のひら1枚で30マイル(縮尺1:500,000)です。上記の例ですと、プカキ湖の南端からアッシュバートンまで約手のひら2枚分と少し。70マイルくらいです。

手のひらは、距離よりも時間で覚えていた方が使いやすいので、自分の手のひら1枚が、この地図上で何分かをあらかじめ覚えておきましょう。自分の飛行機のTAS(真対気速度)で考えます。小型機なら、110ktから120 ktくらいでしょう。

もし120ktなら話は簡単。120マイル/60分ですから、距離を半分にすると時間(分)が出ます。70マイルは35分ですね。地図に書き込みます。

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燃料の流量計や、学校で決められている平均燃費から35分の燃料を出します。ウォーリアで確か36L/hとかでしたね。ちょい多めに見繕って25Lくらいか。ざっくり30Lでもいいです。これに法定予備燃料の30分、つまり18Lを足して、約50Lぐらいあれば安心ですかね。

もちろん、学校のSOPに予備燃料規定があれば、それを適用してください。

燃料ゲージをみて、50Lあればとりあえずダイバージョン先に向かうことができます。

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「Radio」この時点でフライトプランのアメンドをしてもいいのですが、まだ正確なETAが出ていないので、正直、あまり意味がありません。「目印」に向かいながら、周りのローカルトラフィックにポジションレポートでも入れておきましょう。

「Obstacle」外をよく見ます。周りに高い山がないか、低い雲がないか。自分がこれからトラッキングする方向に何か障害になるものがないかをよーく観察してください。

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ここまで、あえて正確なヘディングやETAを出さずに、とりあえず発動点、とりあえず燃料OK、とりあえず障害物なし、と当面の脅威を取り去る行動をしました。いきなり「ヘッズダウン」してタスクに飛びつくのではなく、タスクを最小限にして、外をみて飛行機を飛ばすことを最優先するのは、ダイバージョンに限らず、ノンノーマルやエマージェンシー対策の基本です。

1巡目のHEROは、短期的なプランを立案しているとも言えます。こうして下ごしらえをしてから、2巡目のHEROで正確を期した長期的なプランを立てていきます。

次回に続く

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