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血の気が引いていく。吐き気とめまいが体を巡る。戦争、虐殺…… 冷酷なリアリズムと、痛ましい抒情の反復が浮かび上がらせる、禍々しい人間の業。 『炎628』を鑑賞して

炎628
Иди и мотри / Come and See
1985 ソ連 エレム・クリモフ

血の気が引いていく。吐き気とめまいが体を巡る。戦争、虐殺…… 冷酷なリアリズムと、悲痛な抒情の反復が浮かび上がらせる、禍々しい人間の業。

ナチス占領下のベラルーシでパルチザンの抵抗運動に参加した少年が体験した出来事を中心に、ドイツ軍が東欧の村の人々に行った残虐行為と、人間としての苦痛を描く。史上最高の反戦映画の一つとも評される。
徹底したリアリズムに基づいて描かれる虐殺。少年のくぼんだ眼から向けられる悲痛な視線。不穏な環境音、爆撃や銃声、あるいは頭の中で響くくぐもった息づかい…… 不協和音は頭痛を引き起こし、その中にいればいるほど四肢は痺れ、胃の奥底を押し上げられるような、頭に鉛が埋め込まれているような、陰鬱な感覚に襲われる……
この映画の何が恐ろしいかといえば、この映画の誰も、狂っているわけではないことだ。人間が、集団が、ある価値観に完全にのめり込んでしまうと、それがどんなに極端であったとしても、“普通”となり、何も感じなくなってしまう。目の前にいる人間は、もはや人間ではなく、虫ケラか何かに変わる。その目に映るのは、殺戮ではなく、サーカスか何かなのだ。それが、ただただ恐ろしい。
本作で特筆すべきは、徹底したリアリズムに基づいて悲劇を強烈に描きながらも、そこには、神経質で情緒的なレイヤーが幾重にも重ねられていることだ。冷酷なまでのリアリズムと悲痛な抒情の繰り返しは、悪夢のような極限状態を強化し、現実として立ち上げる。そして、見る者を、大虐殺の抑圧された空気の中に誘うのである。
この映画を見て、ふと、中学の社会科の教師が言ったとある言葉を思い出した。「戦争というものは、理性からではなく、感情のレベルから否定されなければならない」という言葉だ。この映画が殴り描く禍々しいものに対するめまいや吐き気、憂鬱…… それらは、そのまま、人間と人間、民族と民族が互いを抹殺しあう「戦争」という行為そのものに向けたいと思う。


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