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しかたなかったと言うてはいかん


8月15日は終戦記念日。


『戦争を知らない子供たち』という歌を覚えていますか?
1970年代にヒットしたジローズの曲。ある世代まではきっと口ずさめると思う。

戦争が終わって、僕らは生まれた
戦争を知らずに、僕らは育った

戦争を知らない子供たちとして産まれてきた私ですが、物心つく頃から、毎年終戦記念日には戦争のドラマや映画、ドキュメンタリーを見せられたし、テレビの中の人たちと一緒に、この歌を口ずさんだものでした。
夏休みは楽しい思い出だけじゃなく、終戦・原爆・黒い雨…というワードも深く心に刻まれています。
高校の修学旅行も京都と広島。原爆について考える機会が多かった年代なのかもしれません。
原爆ドームを見学した時の衝撃とその光景は、30年以上経った今もよーく覚えています。

そんな私も結婚し親になり、平成になった我が家では、"はだしのゲン"や、"火垂るの墓"など、戦争のアニメを子供たちと一緒に繰り返し見て来ました。
毎年のように放送されていた火垂るの墓。

「昭和20年9月21日夜。ぼくは死んだ」
「火垂るの墓」の最初のセリフ。亡霊となった清太が、三ノ宮駅の大きな柱の脇に座り込んで動けなくなった自分の姿を見ながら語る。
所持品から清掃員が見つけたのは、ドロップ缶に入った少量の灰と骨のかけらだった。何の変哲もない缶は近くの野原に投げ捨てられ、空に向かった清太の魂は4歳の妹、節子の魂と再開する。


「いつからか、テレビで放送されなくなったよね?最後に見たのはいつだっただろうね、あれは見なきゃいけないやつだよね。」と息子。さすが私の息子なだけあって、考える事が同じでした。
辛いけど…子供たちに見てほしい作品です。

平成産まれの息子たちは『戦争を知らない子どもたち』を知りません。学校でも教わらないし、テレビで流れることもありません。
今、戦争の話をしてくれる人は減って、戦争の話を直接聞いた経験を持つ人すら、少なくなっています。
今後、そういう話をどう記録して、語り継いでいくのかは、これからの世代にかかってるんじゃないのかな〜と思う2021年の8月15日です。
『戦争を知らない子供たち』を知らなくても、戦争のことは知ってほしい。令和を生きる子供たちに訴えたい。
そんな時、このNHKのドラマが目にとまり、息子とふたりで見ることにしました。

太平洋戦争末期、帝国大学医学部の医師たちによって捕虜への実験手術が行われ、8人の命が奪われた。命を救うはずの医師が犯した恐ろしい罪とその裏に隠された真実。死刑判決を受けて自分自身と向き合う医師と、その判決に異議を唱え、公正な裁きを求めて奔走する妻。それぞれの罪を背負った死刑囚たちとの出会い。深い苦悩の果てにたどりつく、ありのままの真実とは何なのか?人間の狂気と正気を描き出すヒューマンサスペンス!
NHK公式ホームページより

この実話は、遠藤周作さんの"海と毒薬"という小説でも題材とされています。これも読んだ時衝撃的だったので、よく覚えています。

「戦争だったから(殺しても)しかたなかった」と言う言葉は、一番言ってはいけない言葉です。

タイトルにもなっているこの言葉。
人体実験とは知らなかったとは言え、医師でありながら人の命を奪ってしまった自分を責める主人公に、息子とふたりで涙(;_;)

息子が戦争のことを考える機会が今年もあって良かった。年に一度、この日くらいは、戦争を知らない私達もちゃんと向き合って考えてもいいんじゃないかな。
と真面目な一面を見せるsoraでした(^o^)/


妻夫木聡さんのインタビュー記事もどうぞ。






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