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手紙小品「houhokekyou」


拝啓 大空に飛行機雲が幾筋 いつの間にやら若葉山へと姿変えた窓の向こうは今日も麗らかです

 あなたに会いたい。そう思いながら何度春を見たでしょう。薄紅色の道を踏み分けて、高い白雲へ、たんぽぽの綿毛と競う様に想い飛ばしてみます。風が吹いては私の視界を淡く染めるのです。ああ、切ない。嬉しいのに、儚くて切ないのです。今年もまた、鶯が鳴き始めました。
 鶯は薮の中へ姿隠して囀ります。まだあどけなくて、ホーウホケキョウは何処か調子っ外れ。けれどもその一途さが愛らしいですね。こちらへはとんと姿を見せてくれないのに、そんな小鳥へ思わず耳を傾けるのは、小鳥たちがひた向きだからかも知れません。

 おや、別にあなたと重ねた訳ではありませんよ。姿隠して出て来ないのは、きっと私の方ですから。けれど、いつでも飛び立つ用意だけは出来ている積りです。いつかあなたが教えてくれた通りに、思い切り羽を広げて、存分に羽ばたいてみる積りです。其処から眺め見る景色とは、全体どんなものでしょうか。どきどきわくわくするものであったら嬉しいです。願わくば・・・いえ、何でもありません。

 そう云えば、先日から気を揉んでいたプランターのチューリップ、無事に花が咲いたのです。鮮やかなピンク色でした。小さくて可憐な一輪が、自分の力で、太陽を目印に、花を咲かせてくれました。可愛くて本当に奇麗です。毎朝挨拶しています。これはあなたにも是非お届けしたいと思い、カメラを取りに家の中へ戻りました。今日の手紙へ添えてお贈りします。わが家の春です。
 日一日と陽気に向かう自然に触れるうち、私の心は温もりに満ちてゆきます。仮令じわり滲んだ切ないのも、知らず溶けてゆくのです。そうしてすっかり楽しくなって、私はまた、日々の平穏を祈ります。あなたの事を想います。あなたの無事を祈ります。

 先の見えない不安に心縛られるより、一パーセントの「夢」に想い馳せる方がうんと幸せで、うんと力になると思いませんか。と云って、実は「夢」と書きますと何だか遠い希望のように思えてしまうので、本当はあまり使いたくありません。私にとり一パーセントの夢とは、今日の続きにあるものなのです。或る日とんとぶつかる驚きなのです。手と手を繋ぐ、大切な気持ちなのです。好奇心の隣にある、日常の幸せなのです。

 だって人生っていつだって奇想天外じゃありませんか!

 こうして手紙へつらつら想い綴るうちに、山の木立で鶯が練習を始めました。今日も未だ、ホーケキョッ。可愛いです。
 あなたの目の前へ、晴れやかな春は広がっているでしょうか。そうであれば一層嬉しいこの頃です。

 今夜は少し暖かい夜だそうですから、私は部屋の窓を開けて月を眺めます。もうじき満月を迎える夜の静寂に、星より眩い願いを描きます。

 どうかあなたに届きます様に。それでは、お元気で。

                           敬具

   令和四年四月              
                                いち

あなた様

                   

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