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「和菓子の佇まい」

 お呼ばれしたお宅に伺って敷居を跨いだ途端こんな素敵な和菓子に出迎えられたら、身も心も綻ぶ。梅雨前線が湿度を置き去りに列島から離れて世間がうだる中、私はそんな居心地の良い体験をして居た。お隣さんの和菓子は甘い水色、きっと紫陽花の君。器も好きで写真を撮らせてもらった。
 

 和菓子のおいしさのみに止まらず、歳を重ねるごとに、その姿形に魅せられている自分をこの頃になって発見した。何しろ桃色だの黄色だのの園帽被って空色の園服に袖を通し、砂場で延々山を築いては爪の中まで黒くして素手でトンネル掘って遊んでいた子どもの時分から饅頭が好きだった。鼻近付けてくんくんした時の匂いがたまらなく好きだったから、和菓子の容姿が表す四季の移ろいや雅、籠められた思いにごく自然と触れており、自然であった為に受け流していたんだろうと思う。ところがこの頃、目の前の和菓子一つへ包まれたのはあんこだけではないんだろうと思い出してしまった。求肥に包まれた小豆の物語を、最中の焼印が示す所を、練り切りに籠められた職人の粋を、知りたいと考える様になってしまったのだ。「和菓子が好きです」と単純に笑っている自分でも十分幸せであったろうに、どうやら全国に隙なくお菓子の歴史が詰まっており、それがどうにも気になって仕方がない。食べ尽くせなくてもいいが、無論食べられるならその方がいいが、物語を聞かせて欲しいと「私」が云う。

 豪気な物語でなくって良いのだ。縁側でぼた餅頬張りながらうちの小豆が一番うめえよと顔皺くちゃにして教えてくれるだけでいい。黙然と、模様描いては木箱へ並べていて下さればいい。「物語」と云うのは、口から語られるばかりじゃないだろうから。私はそこへ聞こえる声に耳を澄ましたい。

 皿の上に一個の上生菓子が載っている。丸みを帯びた薄緑色。臍のような窪み。一筋の線。たわわに実った六月の果実を瞬く間に思い浮かべる。まるで香りが鼻先を掠めるようだ。人の手から生まれたんだな。その美しい佇まいに見惚れて、今日は良い日だなあと心が笑う。

                        文と写真・いち

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。